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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
2章 吹雪妖精

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4 冬の朝


 アルゼリュートを正式に厨房補助として雇って一ヶ月後。サラの経営する『星明かり亭』は、少しずつ雰囲気を変えていった。




    ◆◇◆




「ん〜、今日も冷えるわね。おはよう、アルゼ」

「おはよう、サラ。パンなら焼けてるよ。食べるかい?」


 ぶるりと震え、肩に羽織ったショールを胸の前で掻き合せたサラは、身支度を整えてすぐに厨房へ。鼻腔をくすぐるパンのいい香りと、湯気をたてるスープ鍋ににこりとする。

 かまどの近くでは、若きコックさながらにエプロンを着けた赤毛の王子殿下が立ち、悠々と鍋の火加減を調節していた。かまどの中の熱源である拳大の魔石を、火掻き棒を使って()()()のだ。扱いも手慣れたものだった。


 サラは、横顔も端正なアルゼリュート王子ではなく、コトコトと美味しそうな音をたてる鍋を覗き、うっとりとする。


「いいえ、昨晩は積もったみたいだから。雪をどかしてくるわ」

「そうか。気を付けて。食堂の暖炉も火入れしておこう」

「ありがとう。焦がさないでね」

「……大丈夫だ。流石に私ももう新人ではない」

「ふふっ。よろしく」


 肩をすくめる王子に微笑み、サラは意気揚々と宿の外に出た。




 朝の仕込みは、以前はサラの仕事だった。住み込みの女給はみんな料理が不得意だったし、厨房勤めのスタッフは全員が家庭持ち。通いの遅番に早番は頼みづらい。


 そのうえ『星明かり亭』の客室は全部で八つ。四人部屋はふたつあるものの、常時滞在者は十指に満たない。よって、新規に雇うほどではなく。


 作業は簡単。前日に料理長が仕込んでくれたパン種を焼いたり、作り置きにしてくれたスープを温めたり。それだけだ。朝食は宿泊客に、直接カウンターまで取りに来てもらうシステムにしている。


 ……とはいえ、深夜まで働く身に早起きは地味につらい。

 アルゼリュートはそれを知り、率先して手伝ってくれた。今では完全に任せている。張り切りすぎてスープを焦がしてしまったのは、もうかなり前のことだ。


 そのときは心配になり、睡眠は足りているか尋ねたところ、意外にも問題ないと答えられた。

 (いわ)く、ノルヴァに来る前は何年も夢魔に苦しめられたので、当時を考えれば眠りの質は格段に良いとのこと。


 であれば、若人(わこうど)にばかり働かせるのは忍びなく――


「さあっ、やりますか!」


 扉を開け、サラは気合いを入れた。

 夜明けの光は分厚い冬雲の向こう側。それでも白々と辺りを染める朝の気配。

 それにも増して、雪、雪。こんもりと雪が積もっている。高さはサラの膝くらい。通りは地中に埋められた融雪の魔石が発動しているから、柵より向こうはきれいなものとして。


 空を見上げれば、幸い降雪のピークは過ぎ去ったもよう。ちらちらと振る粉雪を睫毛に引っ掛けながら、サラは魔力を練り上げた。


「――熱よ、わが手に。炎熱球(ヒートボール)


 両手に灯した炎熱系の極小魔法を、ゆっくりと地面に落とす。目には見えない高温の球体はふたつ、対照的な軌跡を描いてころころと転がり、冷えて消えることなく触れた雪を融かしていった。もうもうと上がる湯気は、氷の結晶が急速に湯となったせいだ。それらが辺り一面に波及する。

 サラを中心に半円を描き、通りと宿の間に横たわるわずかな敷地は水浸し。もちろん、このままでいいわけがない。


(冷えたらまた凍って、大変だもの、ねっ、と!)


「――地表結界(アースバリア)灼熱風(ハイ・ヒートウィンド)


 目をすがめたサラは、地面すれすれに結界を張った。そのなかに熱風を送り、どんどん乾かしてゆく。……閉ざされた地面だけをみれば灼熱地獄かもしれない。

 水気がなくなり、四角い敷石の色が白っぽくなったのを合図に、サラは、すい、と魔力の供給を解いた。

 温かな敷石に、しんしんと降る細かな雪。

 睫毛の結晶はとっくに消えており、束の間の暖かな風が渡る。

 サラは満足げにそれらを見渡し、軽快な足取りで宿へと戻った。


 ――――もう、魔法を使っても時間を奪われない。

 スキルが弱体化し、若返らないことが、こんなにも嬉しい。



 入ってすぐの食堂では、すでに暖炉に薪が入れられ、あかあかと炎を揺らしていた。

 ただいま、と告げると、卓上ランプをひとつずつ灯していたアルゼリュートが振り返る。


「おかえり、サラ。よかったら、冒険者たちが起きてくる前に一緒に食べないか? 用意なら厨房にできてる」

「ありがとう。いただくわ」


 サラも順にテーブルを回り、手を洗ってから、ふたりで厨房の作業机に並べた木椅子に掛ける。窓に面しているので横並びだ。

 ほかほかのパンはもっちりと柔らかく、一角兎の肉と香草のスープは野菜の出汁が染みていて美味しい。


 淹れたての紅茶には小鍋で温めたミルクを足し、好みで褐色のごろごろとした砂糖を入れた。


「おいし……」

「よかった」


 サラの思わずの一言に、アルゼリュートがにっこりと笑う。

 結露で白くけぶる窓の向こうは雲間が切れて、ほんのりと光が差していた。




 

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― 新着の感想 ―
これが幸せってやつなんですね( ˘ω˘ )
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