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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
2章 吹雪妖精

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12/26

3 王子の勝利


 翌日。

 泊まりの冒険者たちをあらかた送り出した朝のひととき。

 星明かり亭では新入りの採用試験が行われた。女給や清掃員ではない、厨房係――その補助として。採用希望者は、まさかのアルゼリュートだ。

 コック長の審査を待ちがてら、ホール席で客のように座ったサラと女給長は、複雑そうな面持ちで厨房の様子を窺った。

 ……とくに激しい物音や怒鳴り声はしない。意外にもうまくやっているのだろう。

 女給長は背もたれに寄りかかり、肩までの青髪を億劫そうにかき上げる。


「女将、いいんですか? あの子、貴族の坊っちゃんでしょ」

「わかる? ペネロペ」

「そりゃあねえ、ふつうに偉そうですし。身なりも顔も最上級。(かしず)かれ慣れてるっていうか……あんまり()れてないじゃないですか。その辺の成金じゃないなって」

「そうよねぇ。そう見えるわよねぇ」

「どっかの、家出中の若様なんでしょ? 宿(ここ)で匿うってことで合ってます?」


 サラは、まさかぁ、と、破顔した。


「匿うわけじゃないわ。実家には伝えたし。せいぜい、預かるってとこね」


 彼女――ペネロペは、宿をひらいた当初からのスタッフだ。ある程度気心が知れており、元・Cランク冒険者。定職に就きたいとギルドに申し出たところ、気を利かせたハリーが星明かり亭(ここ)を紹介してくれた。なかなか年を取らないサラのことは、体質的な童顔と思ってくれている。


 サラは、黒靄(くろもや)の夢魔を倒しても失った年月のすべてを取り返せなかった。現在の外見年齢はおよそ十七、八歳。

 ようやく少し大人びたかな? という程度。


 それでも、ほんの少しの変化を「春が来たんですね!」と揶揄(からか)うスタッフや常連は思いのほか多くて。


(ペネロペくらいの距離感は助かるなぁ……)


 つい、頬を緩めた。

 そんなサラに、ペネロペが胡乱げなまなざしとなる。彼女が何かを告げようとしたとき、キィ、と厨房側のカウンタードアがひらいた。




   ◆◇◆




「できた! 女将、女給長、味見してくれないか」


 元気に出てきた青年の装いは平民そのもの。袖を肘までめくった生成りのシャツにシンプルな前掛け。手に持ったトレイには白い皿がふたつ。かわいらしいプチケーキが乗っている。

 よくよく考えるとこの国の王子に給仕させてしまったわけだが、もう、本人のたっての希望だしな……と、サラは半ばで思考を放棄した。

 いっぽう、ペネロペは驚きながら目の前に置かれたケーキを指差す。


「え!? アルゼさん。これ、あなたが?」

「ええ。コック長に『得意なものを作れ』と言われたので。うろ覚えだったが、作れて良かった」

「うろ覚えって……こんなの、王都のお洒落なカフェでしかお目にかかったことないんだけど。しかも、食べたことない……」


 ペネロペは商人の護衛などもよくしていたので、ノルヴァと王都の往復は何度か経験済みのようだ。

 その際の記憶と照らし合わせてのことだろう。ひと口食べて、鳶色の瞳をいっぱいにみひらく。


「甘っ、おいしい。すごいわ」

「それは光栄だ」


 ほわん、と夢見心地になる女給長を眺めてから、サラもフォークをとる。飾りのクリームとスポンジ部分の両方を(すく)った。

 軽やかな口当たりの生クリームにはわずかにレモンが香り、かさねたスポンジに挟まれた柑橘類のジャムとよく合った。スポンジ自体もしっとりと焼き上がってほくほくとしている。まだ温かい。


 サラは、カチャ、とフォークを置いた。

 アルゼリュートの後ろで腕組みをする壮年のコック長を見上げる。


「コック長、何か教えた?」

「いいや? 別に。あんたも知ってるだろ。俺ぁ甘いモンは苦手なんだ」

「あ〜、そうね。じゃあ、本当にアルゼひとりで?」

「そうだ。ちなみにこいつ、見た目はまったく働かなさそうだが、一度教えたことは完璧にこなしやがる。基本の下(ごしら)えは一丁前だぜ」

「意外だわ」

「どうだ? サラ。私を雇う気になったろう」


 心持ち上気した頬でアルゼリュートが微笑みかける。サラは、これは間違いの元だな……と、隣のペネロペを流し見た。

 ペネロペは、もうすっかりケーキに(ほだ)されている。


 サラは、むむ、と経営者として考え込んでしまった。


「……おいしいのは確かだけど、うちは冒険者向けの宿なのよ。食堂だって夕方からは酒場だし」

「大丈夫だ。コック長も言ったろう? 下拵えは任せてくれ」

「もったいなくない? 折角の腕前を。もっと華やかで女性向けのお店を紹介してもいいのよ? そう、避暑地で有名なグレイシア辺りなら、貴族御用達店だって――」

「サラ。私は、ここで働きたいんだ」

「ぐっ」


 ぐうの音も出なくなったサラの肩を、うれしそうなペネロペがぽんと叩く。コック長は、うんうんと頷いた。


(〜〜こんの、人たらし王子!!)


 アルゼリュートが想像以上に器用だったことにびっくりしつつ、サラは、うかうかと彼に機会を与えたことに(ほぞ)を噛む。

 くたりと萎れ、瞑目し、天を仰いでから呟いた。


「……住み込みだから……お給金なんて最初は無いも同然よ」

「!! サラ、それでは」

「ご、誤解しないで!! 仕方ないじゃない! 自分の食い扶持(ぶち)くらい稼ぎたいって人間を雇わない理由なんて無いものっ」

「ありがとう。恩に着る……!」

「『女将』って呼んで!」

「わかった、女将。お茶を淹れようか?」


 にこにことアルゼリュートが尋ねる。

 サラは、ぐぬぬ顔で「いただくわ」と、絞り出した。





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― 新着の感想 ―
これは時間の問題ですね( ˘ω˘ )
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