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辺境都市の隠れ宿〜星明かり亭(うち)は、そういうお店じゃありません!〜  作者: 汐の音
2章 吹雪妖精

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10/24

1 冒険者ギルドのお客人

新章、ゆるりと始まりました。

よろしくお願いします!



(あ。降ってきた)


 冬の晴れ間は空が澄み透って青い。雲のまにまに蒼天は見えているのに、やわらかな雪がちらついている。サラは、はぁ、と白い息を吐きながら毛織の襟巻きを緩め、すっぽりと頭に被った。即席のフードにする。

 知らぬうちに色素の薄い瞳を苛んでいた眩しさは鳴りを潜め、かわりにうっすらと目元に影が落ちた。


 サラの仕事場兼自宅の『星明かり亭』から歩いて十分。入り組んだ小路は唐突にひらけ、雑多な店が建ち並ぶ大通りに出る。馬車とひととが頻繁に行き交う露店街。辺境都市ノルヴァ名物・大門前繁華街だ。


 左に進めば頑丈そうな大門。その先は広大な平原。すなわち『入らずの森』にもっとも近い人間の領域と言える。


 だから、魔物退治を主な生業とする冒険者たちは、大半がこの通りで必要な物資を(あがな)い、また、危険と引き換えに得た富を落とす。

 富――金貨を文字通りばら撒くわけではない。(念のため)


 右に進めば、ひときわ目立つ石造りの建物がある。星明かり亭から見れば、通りを挟んだ反対側だ。

 サラは、するすると人混みを避けてそこをめざした。

 時刻は午前十一時。

 ひとと、待ち合わせていた。




   ◆◇◆




「ようこそお嬢さん! 冒険者ギルドへ……って、あら。サラさん? ごめんなさい、わからなかったわ。そんな被りものして」

「こんにちは、ナターシャさん。ちょっとね、急に雪が降ったものだから」


 サラは襟巻きを解き、ふるふると頭を振った。雪は融けてしまったが、細かな水滴が散る。

 剣と杖が交差する大きな紋を看板に掲げる、ここ、冒険者ギルドは暖房の魔道具が行き届いている。両開きの扉の内側は完全に春だった。

 脱いだ外套を腕に掛けるサラに、受付嬢のナターシャは立ち上がる。


「ああ〜、今朝は冷えてましたよね。どうぞどうぞ。ギルマス呼んできます。掛けてお待ちください」

「ええ」


 きょろ、と辺りを見渡せば、受付のある一階に併設された食堂はまばら。昼前のひとときは、よほど朝寝坊をした冒険者くらいしか利用しない。それ以外はたいてい依頼者だ。


 安心したサラが端のテーブル席に着くと、扉がひらいて外気とともに男性冒険者の一群がなだれ込んだ。そのリーダーらしき戦士と目が合う。

 ピュウ、と口笛を吹いた戦士は、笑みを浮かべて向かって来た。仲間たちも一緒だ。


(あっ)


 サラは内心、しまっと、と呟いた。

 ……外套は仕方がないとはいえ、襟巻きくらいまだ被っておけば良かったと。





「きみ、可愛いねぇ、お使い? 依頼に来たの? 俺を指名しなよ。目いっぱいサービスするからさ」

「……」


 どっ! と、周囲に並んだ取り巻きらしき連中――総勢六名――が野卑な笑いをあげる。

 無言かつ無表情を貫くサラをどう思ってか、若い戦士は肩をすくめて勝手に相席をした。顔から胸下を数往復。不躾な視線でじろじろと眺めてくる。

 しょうがないな、と、サラは嘆息した。


「誰の使いでもないし、依頼じゃないわ。もちろん指名もしない」

「そっかー、俺はディエルっていうんだ。知らない? 先週からそこの『ノルヴァ・ターリア』ってホテルを拠点に森を攻略してる」

「知らない」

「つれないなぁ〜。覚えておいて損はないぜ? なにしろ、登録して三日でCランク! 稼ぎは上々、有望株だしさ。名前教えてよ。昼メシでもどう? うちのホテル行こうよ」

「…………」


 サラは、黙りこくった。


 ――おおいに。

 おおいに鼻につく態度だが、三日でCランクに駆け上がったのが本当なら、よほどの素地があったのだろう。

 気障ったらしく切りそろえた髪や肌艶の良さからして、そこらの商家や貴族の放蕩息子かもしれない。幼い頃から剣を習っていた可能性もある。

 装備品もまぁまぁだ。ターリアもノルヴァの上宿のひとつ。しかし……


 哀れみの視線にならないよう気をつけながら、サラは眉尻を下げた。


「先約があるから結構よ。でも――ディエルさん? ()()()()は選んだほうがいいわ」

「へ? なんで」


 テーブルに肘をついたまま、ディエルがぽかんと口を開ける。

 周囲の男たちは、むっと顔を歪めた。

 サラは、真実を告げるべきか否かを逡巡した。


(この子、カモにされてるのよね……資金力と、そこそこの実力。あとの六人はせいぜい補助と荷物持ちでしょ。おこぼれ目当てなの見え見えじゃない。気の毒に。おだてられちゃったのかしら)


「おいおい。姉ちゃん、あんまり意固地なのも良くないぜ」

「おとなしく来いよ。なあ?」


「はぁ……」


 辟易と、長大な溜め息をこぼすサラを男たちが取り囲む。ディエルも立ち上がり、「決まりだな」と、うれしげにサラの腕を取ろうとした。


 そこで、バァン!! と扉がひらく。

 皆がいっせいに見守るなか、息せき切った赤髪の青年が佇んでいた。

 彼はサラに目を留め、視線を険しくする。それから、つかつかと歩み寄った。


「サラ。出歩くならあれほど私を連れて行けと言ったろう。従僕くらいさせてくれ。これじゃあ単なる居候だ」

「アルゼ……誤解を招く発言は慎んで。どうしてここが?」

「宿の、掃除係の女性が教えてくれた」

「あーもう。みんな、あなたに甘すぎるのよ」


 突然の乱入者に、男たちは今度こそ呆気にとられていたが、ディエルが強引に割って入った。馴れ馴れしくサラの椅子の背もたれに手を掛けている。


「サラちゃんっていうんだ。誰? こいつ。邪魔なら俺たちと行こうよ」

「! やめないか。サラは、ギルド(ここ)にはっ」



「――……そこまでだ。若造ども。うちの娘から離れてもらおうか」



 あわや、サラを挟んで言い合い勃発か、という段でようやく待ち人が現れた。

 筋骨隆々とした長身に無精髭。伸ばしっぱなしの黒髪は適当に切って額を出している。ほんの軽装だが容赦なく放たれる圧に、ディエルらは仲良く半歩ずつ下がっていた。

 やたらと品のある赤髪の青年――アルゼリュートは、ホッとしている。


「助かったよ、ギルドマスター殿」

「いや、いいんですがね」


 しっ、しっ、と犬猫を追い払うようにディエルたちを散らした男性に、サラはにこっと笑う。


「ありがとうハリー。ちょっと扱いに困ってたの」

「ぶん殴ってもいいんだぞ? サラ」

「未来ある若者に怪我をさせるわけにいかないわ」

「女神みたいに優しいこって」


 ハリーが黒目の圧を解き、へにゃりと口の端を下げる。それから、アルゼリュートに視線を流した。



「お……、あんたも来てくれ。ここじゃ落ち着かない。食事はオレの執務室に運ばせよう」






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