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二人とも全然本気じゃない

サルラは心から楽しんでいた。まさか公爵家に嫁入りしても剣を振ることができるなんて!と。

しかも相手は最高戦力と言われる、国境の守りを任された北方騎士団。相手に不足があるはずもない。

ちょうど良く馬鹿にしてきてくれたのがいたので少しはしゃいで、そのままのテンションで案内してくれた騎士にまで絡んでしまったが存外素直に出てきてくれたので喜んでいた。そして構えられて、理解する。


(なるほど、確かに強い)


流石に見習いと同じようにはいかない、峰打ちする余裕はきっと無い。なんなら本気を出さなきゃ余裕の勝ちは訪れない。

なら、本気でなくても真剣に。相手が本気を出さざるを得ないくらい。



彼女の強みは剣筋を読まれないことにある。女性であることを活かし、技の強さではなく速さと柔軟さに重きを置き、体の軸をわざと固定しないことで相手の攻撃を受け流すことに特化している。それを貫き通してしまえば、相手がどれほど一撃必殺を放とうとも受け流して隙を作ることができるもの。

しかしそれは、彼女が二本の剣を持った時にのみ本領を発揮する。つまり、現時点で一本しか持っていない彼女は未だ本気ではない。



足元に転がる人間が邪魔なので、先に斬り込む。右手に持った剣を踏み込んだ勢いに乗せて左から横薙ぎにすると、アベルドは余裕でそれを止めた。アベルドは力加減を確かめたかったのか眉を寄せている。サルラは微笑むと鍔迫り合いをやめて一瞬力を入れ押し込み、力を一気に抜いて反動で軽く離れた。くるりと勢いに任せて回ると、ふわりとドレスのスカートが揺れる。


「うふふ〜、強そうで安心したわ。楽しめそうねぇ」

「それは良かった」


今度はアベルドからだ。

片手剣を持ち直し、先ほどのサルラと同じように踏み込んで左下から斜め上に。サルラはそれを受け止めず、ギリギリまで引きつけてから__その剣筋を変えた。斜め上方向から、真上に。ギャリ、と嫌な音も響く。


「っ!?」

「隙あり〜」


アベルドの剣に沿わせたサルラの剣は、サルラが左逆手で持っていた。普通の片手剣でならあり得ない持ち方だ。

アベルドは反射的に、上に逸らされた剣筋をそのままに力を入れる方向だけを変えた。上に逸らされたのなら、真下に…と。

サルラはそれをシンプルに、軸足を左に固定して半身を回転させることで回避した。それと同時に片手剣を軽く持ち直し、アベルドの首を狙って振る。もちろん当たりそうなら止めるつもりで。

アベルドはそれに対しわざと身を屈ませることで回避した。振り向きながら剣を振り抜き足元を狙う。それを今度は力技も交えて剣筋を変えさせられた。それも嫌な音と共に。

ガンと音が響き、真横に振り抜いた一閃が、地面に向かってしまったのが分かった。

この時点でアベルドは理解した。最小限の手数で、降参か撤退かの二択に持ち込まれた…と。

それを確かに肯定するかのように、サルラが地面スレスレのところまで来た剣を真上から踏みつけ、固定した。


「わたくしの勝ち〜。うふふ、初見にしては頑張った方よぉ、自信持ってねぇ」

「お嬢があれやるんだったらアベルドさんってなかなか強いんじゃないか?」

「えぇ、確かに将来有望ね〜」


のほほんと会話するサルラとノヴァの二人は、唖然としている周囲なんてそっちのけだ。アベルドは苦笑し、剣から手を離して立ち上がる。そして丁寧に礼をした。


「レディ、完敗です。女主人として以前に、貴女自身の強さに敬意を」

「あらぁ、ありがとう。あなたも本気ならいい線行ってたわよぉ。わたくしの力加減なんて確かめずとも良かったのに、律儀ね〜」

「怪我をさせては騎士の名折れでございましょう?」


サルラはうふふ〜と笑うと肯定も否定もせずに血振りの動作をして剣を収めた。


「楽しかったわぁ、ありがとうねぇ〜」



一部始終を屋敷の窓から見ていたランザックは、唖然としていた。急に見習いを並べたと思えば数人を除いてほとんど全員を一刀の下に切り伏せ、剣の実力が高いと評されているアベルドに数手で完勝したのだ。いくらアベルドが手加減していたとはいえ、その速さはあまりにも令嬢の範囲に収まらない。

トランはもはや面白がって、腹を抱えて笑っていた。


「ランザック様、サルラ様は確実に私より強いです。流石にランザック様には及びませんが」

「…あぁ」

「しかし、噂を聞かないにしても別のところから探れば出てきそうですね。どっかの騎士団に女性にも剣を教えそうな方がいらっしゃいましたか?」

「…あぁ」

「ちょ、ちょっと、ランザック様?戻ってきてくださーい!!」

「あ、あぁ、いや、すまない。女性…女性とは、あんなに強いものか…?」


ひたすら困惑しているランザックに、トランはこれはまずいと顔を引き攣らせた。ただでさえ碌な女性に目を付けられず女性不信になり、家族に夢を持たず、女性を無意識に遠ざけてしまうランザックには刺激が強すぎた。慌てて声をかける。


「いえ、普通ご令嬢は剣を振りませんよ。ネルクロード家の生まれならともかく、他家では聞いたこともない!ですから、社交場に調査をかけるのではなく王都の騎士団を中心に調査してみては?」

「……確かに」

「ランザック様も、どなたか心当たりありませんか?今の剣筋。もしくは女性にも剣を教える方」

「剣筋は…見たことがない。女性にも……剣を教える………」

「流石にいませんよね。完全に独学なんでしょうか」


うぅん?と首を傾げ、いやノヴァ殿が訓練に付き合って…?とトランがぶつぶつ言っていると、「あ」と間抜けとも言えるような呆然とした声があがる。


「え?いるんですか?」

「もしかしたら…いた、かもしれない」

「一体誰なんですか、一歩間違えれば騎士団から浮きそうなもんですけど」

「たしか、現王都騎士団長の親戚筋に傭兵上がりの騎士がいたような気がする」

「絶対その方じゃないですかも〜〜〜〜!!!」


そんな令嬢なんでいるんですか!ともはやよく分からないテンションで騒いでいるトランを横目に見て、いまだに困惑を抑えきれずにじっとサルラを見つめていると、ふとサルラが視線を上げた。

ぱちり、と目が合う。

サルラはふわりと笑うと手を振った。

わずかに赤みがかったピンクブロンドの髪が風で揺れ、同色の瞳は真っ直ぐランザックを見つめて細まる。その視線に変な情は見えず、ただ純粋に目が合ったから笑ったのだとわかる物だった。

ランザックはそれに対して目線を外せず、慣れないなりにぎこちなく手を振りかえした。



「…あら。ぎこちないわね」

「お嬢様?」

「ミリカ。いえね、ランザック様がさっきまであそこの窓から見ていたのだけど、手を振ってみたら振り返してくれたわ。とてつもなくぎこちなかったけれど」


ぱちぱちと目を瞬かせながら笑うと、ミリカは意外そうに言った。


「お嬢様が素で笑ってらっしゃるのは久しぶりに見ました」

「…あら?」


そっと頬に手を当て、素で…?と首を傾げているサルラは、そんなつもりは無かったと言いたげだった。しかし長年共にいたミリカが見間違いなんてするはずもない。とはいえ追及するほどのことでもない、とミリカはそれを流した。


「それで、お嬢様。この後はどうなさるおつもりで?」

「…あぁ〜、そうねぇ。調度品を考えたいから手伝ってくれるかしら〜?」

「かしこまりました。銀を基調にするのですよね」

「そのつもりよ〜。というか、お部屋作りのセンスはわたくし自信がないわぁ。誰かに手伝ってもらいたいのよねぇ、屋敷の調度品ってどなたが決めたのかしら〜」


ほのほのとした笑顔を戻し、ノヴァに剣を返して歩き出す。ほとんどの騎士達はそれを敬礼で見送った。……未だ立ち上がれずにいる見習い達を除いた、ほとんどの騎士たちが。


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