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喧嘩は買うタイプ

「さぁ二人とも、許可は貰ったし肩慣らしに行くわよぉ」


サルラの口調は間延びしていた。案内するメイドがいるからだったが、隠しきれない喜色が見えている。


「お嬢、あれ許可貰ったって言わない。どう見てもご当主はついてこれてなかったし護衛は顔青ざめてたよ?」


ノヴァの軽い口調にミリカが一瞬眉を上げたが、すぐにノヴァに続く。


「手加減すればいいでしょう。そもそも国境の守りを任されているのですから、お嬢様に簡単にやられるほど柔では困る」

「それはそうだけどねー、怪我するかもよ?」

「そしたらミリカに手当してもらうわ〜」

「呑気だなぁ」


軽口を叩きながらも案内を任せたメイドについていくと、正面玄関とは少し離れた場所にある扉に辿り着く。


「こちらが騎士団に続く道でございます。この先は私どもは同伴できません、申し訳ありません」

「いいのよ〜、案内ご苦労様〜」


メイドは一度綺麗に頭を下げ、サルラはひらひら手を振って見送った。

ノヴァが躊躇いなく扉を開けると、石畳で作られた小道があった。少し先に、本邸よりも無骨ながら上品さを損なわない意匠が施された扉が見える。


「楽しみね」


いつもより幾分か不敵に笑いながら、サルラは一歩を踏み出した。



それから1時間ほど過ぎただろうか。

サルラは今、幾人もの騎士の前で剣を片手に笑っていた。


「あらあらぁ、もうおしまいかしら?わたくしが思っていたよりずうっと、見習い騎士は弱いのねぇ」

「…ッ!侮辱か……ッ!」

「なぁに?文句があるのかしら?そもそも女だとか都合よく使われてるだとか失礼なこと言っていたのはあなたたちじゃなかったかしらぁ?」

「それはっ」

「力で勝てず、言葉でも勝てず、身分でも勝てず…あら、あなた、わたくしよりも優れているところがひとつもないのねぇ。可哀想に〜」

「貴様……!」

「あ、また。減点ねぇ、騎士たるもの、いつでも冷静さを欠いて判断を誤ってはいけないわ〜」


ほのほの笑い、これでもかというほど見習い騎士たちを煽っているサルラはその穏やかさがむしろ恐ろしいと感じさせる武器になっていた。

それもそのはず、サルラはぷんぷんと怒っていたのである。

1時間ほど前に遡る。

サルラはまず、騎士団長に挨拶しに行った。順当な判断だ。

騎士団長は艶やかな黒い髪に黄色の目をした男性だったが、サルラがランザックを連れずに来たことを怪訝そうにしていた。サルラはほのほの笑って自分が先走ってしまったのだと言って流した。

が、問題はその後である。

団長は多忙だそうで、代わりに次期副団長、ゆくゆくは団長も視野に入れている、という騎士が案内を頼まれていた。彼はサルラの「宿舎内も見てみたいわぁ」という願いにも快く応じ、建物内の案内が済み、最後に修練場へ…というところで、どんどん不躾な視線が増えてきたのだ。

彼は顔を曇らせ、苦笑いで「騎士学校から騎士見習いを預かっているのです。家系や性格的に優秀な子供はみな他家で、最も厳しいと言われるここに…所謂問題児が、多くいまして」と語った。彼の立場上、明確な権力があるわけではないので見習いを叱りつけることもできず、団長やランザックへの報告をこまめにすることが多かったそう。サルラも最初は気にしないと流していたものの、流石に堂々と侮辱されれば相手取る。

しかも侮辱の対象が、自分ではなく供をしている二人ならば。


「あんな笑うしか出来ないような女の後ろで付き従って、情けねえな。主人が弱いと護衛も弱いのか」

「その喧嘩買ったわぁ、今何か言ったやつは今すぐに出てきなさ〜い」

「「お嬢様!?」」


流石に案内の騎士もギョッと目を剥いていた。

しかしサルラに止める気なんて毛頭ない。すぐそこに修練場があるならば尚更。

反射的に声を上げたミリカとノヴァは口々にいけません、だの気にしてないですから、だのと言い募っている。しかしサルラはそれを一蹴した。


「たかだか従者二人程度の尊厳も守れずに何が女主人よぉ、今すぐに試合するわ〜。…二人とも、準備してちょうだい?」


にっこり、それはそれは深く笑って言われてしまえば二人に否は唱えられない。自分たちの主人はやると言ったらやる、それを覆したことが今までなかった。放置してしまえばドレスにヒールのまま剣を振るうことを躊躇わないだろうと判断したのだ。

二人は顔を見合わせてため息をつくと肯定を返し、どこからともなくそこそこの大きさの箱と剣を取り出した。ノヴァに至っては剣は腰にさしていたものを差し出したのだ。ミリカは澄まし顔で突然現れたような箱を丁重に扱っている。開いてみせると使い慣れたような見た目をした女性用の靴が入っていた。

サルラは満足気に頷くと、案内の騎士に一言告げた。


「あの方についている騎士以外のすべての騎士をここに呼び寄せてちょうだい?」


ゆったりした言い方は有無を言わさぬ強さを伴っていた。



そして数分で陰口を叩いた者をすべて物理で叩きのめしていた。これには案内の騎士も「スピード解決だなぁ」と遠い目をする。

そもそもサルラは見習い騎士を並ばせると、何を言うでもなくうっそりと笑い全員を眺めて3人を指し、「関係ないから下がってていいわ〜、後でまたお稽古しましょ」と、ころころ笑ったのだ。選ばれた見習いたちは疑問符を浮かべながら大人しく下がったが、案内の騎士は一発で分かった。


(…あの3人は、鍛錬に文句を言わない。噂話もあまり好まない、仲のいい奴らだったはず)


つまり、問題児の括りに入らない。案内の騎士も、彼らは他家の許容人数の都合であぶれてしまった素直な子供だと思っていたのだ。それを一発で見抜き、関係ないからとまとめて叩くこともしない。案内の騎士は目を細めた。


「さ、残りの全員一度にかかってきてねぇ。時間の無駄よ、あなたたちは弱いもの〜」


とほのほの告げられた煽りにすぐに目を見開いて驚くことになったが。



サルラ・シャングラリは元々要領の良い子供だった。その境遇から貴族社会において武器になる要領の良さは埋もれてしまったが、貴族社会の代わりに彼女には触れられる世界があった。

それが市井と騎士団だ。

サルラの数少ない友人であり護衛であるノヴァ・タンメラの家系は、貴族でありながら領地を持たない。領地を持たず、他家の補佐にあたり、仕える家の名高さをそのまま誇りとするのだ。それを無様とする貴族もいるが、その功績から一目置かれている。無様と切り捨てられないのは、その家系に産まれた者は皆なんらかの審美眼がよく磨かれているからだ。


彼らは、仕える相手を間違えない。

彼らは、見たものの価値を間違えない。

彼らは、主人にとっての最善を尽くす。


__彼らに選ばれた者は、きっと価値がある。


こっそりとそう囁かれている。それを知らずに無様と喚く者はその品位を疑われるのみだ。

そんな彼の家系は王宮に仕える高官、医官、騎士、侍女、教師、執事などなどその道のプロフェッショナルを多く排出している。その内容は多岐に渡り、追いきれないほどだ。

そんな中、ノヴァが心の赴くままにしていたのは遊び人である。

何を、と思われることが多い遊び人。しかし風のようにふわふわひらひらと吹いていつの間にやら情報を持っているノヴァはその道…暗殺者や諜報員、果てには一部の身分の高い人間を必ず守る影の才能があった。そして心の赴くままに漂う彼は、サルラを選び取ったのだ。

サルラに付き従い、市井で共に遊び、実家のコネで騎士団に入り浸って遊んだ。遊びとはいえ剣術なのだが、彼らに剣を教えた人は傭兵上がりの騎士という大変珍しい立場の人間で、型を過度には気にしなかった。だから女であるサルラにも剣を教え、サルラは剣を振ることができた。彼女は独自の戦闘方法まで編み出し、長いこと訓練をしていたノヴァと拮抗するほどまで強くなったのだ。

だから、今。


「もう立ち上がれる子はいないのねぇ、拍子抜けだわぁ弱いわぁ暇だわ〜、誰か相手してくれないかしら〜」


と睨みつけてくる見習いを足蹴にしてぐりぐりと踵を捻じ込みながら笑っているのだ。


率直にその場の皆の心の答えを代筆すると。


怖い。ただひたすらに、怖い。

笑顔なのにまったく笑っていない。戦いに本気だったのは充分わかるが、どう見ても当て付けのように踵を捻じ込みながら作り笑顔を貼り付けているのは恐怖でしかない。


「もぅ、誰も名乗り出てくれない〜…いいわぁ、アベルド〜、相手してちょうだい?」


ほらご指名だと言わんばかりに隣で見守っていた副団長が案内の騎士をつついた。案内の騎士…アベルドは顔を引き攣らせながら進み出ると、言いにくそうに口を開く。


「奥方様、私はまだ女性の方を相手に剣を振るったことがありません。どこか無意識で手加減をしてしまうと思います、先に失礼をお詫び申し上げます」

「あらぁ、先に謝られてしまったわ〜。それじゃあ本気で来てちょうだい、わたくしが手加減を忘れるくらい強ければいいのですものねぇ」


頬に手を添えうふふ〜と笑うサルラからは覇気などカケラも感じられない。しかしアベルドは目の前で起こった蹂躙の恐ろしさを充分理解していた。だから謝罪を先じて終えてしまえばあとは真剣に剣を抜くのみだ。


見習いとはいえ学校で基礎を学んでいたから、見習いたちの筋は悪くなかった。それを全て跳ね除け、数分で全員を地に伏せさせた力は本物であり、それは。


「…はっ」


小さな吐息と共に繰り出される、強く柔らかな剣筋が原因なのだろう、とアベルドは確信を持っていた。

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