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思ってたのと違う

とある屋敷に。


「政略結婚だし、急な話だから貴女にも希望を聞きたいのだが、何かあるか?」

「それなら〜、使用人契約になりません?」

「は?」


なんの話だ、と言うように無表情ながら胡乱げな目で見つめられ、あら〜?と首を傾げる女性がいた。


アイルバード王国。

立地的に他国に狙われることも少なく、また狙うことも難しいこの国では局所的に頑丈な守りが置かれている。

その守りの筆頭であるネルクロード公爵家の邸宅、その一室では、今まさになんとも微妙な雰囲気が流れていた。


「……すまない、貴女はシャングラリ伯爵家の御息女で間違い無いか?」

「えぇ、名無しの長女でよろしければわたくしでお間違いありませんね〜」


伯爵家の令嬢とは思えない発言を受け、ネルクロード公爵は頭を抱えた。いつも変化しない無表情さえ崩れ、わずかに眉間に皺を刻んでいる。銀糸のような長い髪の毛を乱雑に束ねており、顔を伏せるのと同時にさらりと揺れた。

いまだにほのほのと笑っている女性に目をやり、それから女性の背後に控える二人に目をやると、どちらからともなく口を開いた。


「この方はサルラ・シャングラリでお間違いありません」

「少々変わり者でして」


前者が女、後者が男である。少々で済むものか、明らかに変わり者だとため息をついていると「ダメでした〜?」となんとも呑気に追撃が来た。


「いや、ダメ、というか…なぜ?」

「なぜ、と言われましても〜」


少し考えるように言葉を止めて、再び口を開く。


「慣れていますのでぇ、お役に立てるかなぁと」

「却下だ」


とんだ初対面だった、と後に公爵が語る。


遡ること1週間。

シャングラリ伯爵家に急な縁談が舞い込んだ。

曰く、ほとんど社交界に出たことのないサルラに惚れていた。

曰く、全ての用意はこちらでするので、すぐにでもネルクロード家の領地へ来て欲しい。

曰く、返事はなるべく早く欲しい。

サルラの継母と義妹はこれを嘲笑し、嫉妬し、最後には「こうするくらいしか価値がない」と追い出すようにサルラを嫁に出した。父はただ無言で背を向けただけであった。

サルラも初めはあっさりと嫁に出されることに意外と思っていたのだが、嫁ぎ先の家名を聞いて納得した。ネルクロード公爵家は重要な国防地であるとともに、北の辺境地でもある。王都からならまぁ近いが、南に位置するシャングラリ伯爵家からはとにかく遠い。なので返事が届くのも1週間はかかってしまう。そこでサルラはこう言った。


「すぐ出て行きますので、お返事を書いていただいてよろしいですかぁ?護衛と侍女を一人ずつ連れて行く旨も添えていただきたいです〜」


反発もあると予想していたが、元々サルラにべったりだった者達も邪魔だったのか、要望は珍しくすぐに聞き届けられた。



それから現在。本人が返事を携え、ほのほのと笑いながら使用人契約を提案している。およそ普通ではないためネルクロード公爵は頭を抱えた。その原因であるサルラはあらぁ、とどこまでもおっとり声をあげる。


「公爵様はお加減が優れないのかしら〜?ほとんど昨日の今日のようなものですし、本日のところはこれで下がりましょうか〜」

「………すまない、それで頼む。部屋は女主人の部屋が空いているから好きに使ってくれ」

「わかりましたぁ」


行きましょ〜、とおっとりした発言とは裏腹に美しく素早い所作で移動し、退出する際には淑女の礼も美しくこなし、最後まで違和感を植え付けてサルラが出ていった。


「……………あの、ランザック様」

「……なんだ」


恐る恐ると言ったふうに口を開いた従者兼護衛のトランが言った。


「とんでもない人嫁に迎えました?」

「言うな…………」


ネルクロード公爵は頭を抱えたまま動いていなかった。




彼にも一応言い分がある。

ネルクロード公爵家は、代々国境の守りを任されている名誉ある家。その当主である彼の正式名称は『ランザック・ウィル・ネルクロード』である。ウィルという家名は特に国に貢献した実績のある家だけが持ち、手に入れるのは並々では無い努力と幸運と実力が必要になる。それを持つのは今の所いくつかある公爵家の中でも『三大公爵家』と呼ばれる三つの家だけだ。

その三つの中では一番の僻地、しかも危険が伴う、更に夫はいつ死んでしまうか分からない、更に更に夫がもしかすると目の前で死んでしまうかもしれない。そんな家に嫁ぎたがる令嬢は実は多くない。パイプを作ろうと懇意になろうとする家こそ数多いものの、娘を嬉々として差し出そうとする者は案外多くないのだ。

とはいえランザック自身の美貌に取り憑かれたようにまとわりつく女も少ないわけではなく、取り憑かれるには至らないものの、惚けて一時の夢を求めにくる令嬢も少なくない。

つまるところ。


「まさか本当に私の何もかもに興味がないとは思わないじゃないか……!!」


これである。今までが散々すぎて女性不信の気があるランザックからしてみればまさに青天の霹靂、というべきか。サルラは初対面から完璧な礼をして動じることなく「サルラ・シャングラリと申します〜。公爵様へのお返事と、ついでにお求めのものも一緒に参上いたしましたぁ」と初速からかっ飛ばした。混乱しつつも自己紹介に応えて返し、慇懃無礼ながら謝罪することもなく話を進めようとしたランザックに「使用人契約〜」と言い出したのである。かっ飛ばすにも順序があるだろ、と頭を抱えた主人を視界の端で捉えながらトランは現実逃避した。


「いや、私はまず今日来るのは返事だけだとばかり……は?いや、なぜ??」

「あのご令嬢、別にいい噂も悪い噂も聞かないんですよね?」

「そうだ。そのはずだ」


社交界において、噂というものは常に付属する。どこの家のどんな立場の者であろうと、どれほど下位の貴族であろうと、社交界に一度姿を見せれば煙は必ず湧き起こる。基本的に一度見た顔を完全に忘れることはないという地味な特技があるランザックは、自分が選んでも大きな問題には発展しない、かつ悪い噂は聞かない、それでいて自分の見目に騙されない女性を探して思い当たったのがサルラだった。ただ一度きりしか顔を見た覚えがなく、しかもその時は俯きがちで他の令嬢に紛れることもなくただ壁の近くで佇んでいた彼女のことを細かく覚えているわけもない。改めて探らせてみたところ、びっくりするほど何も出てこなかった。初めはその見目を、次に教養を、最後には噂を求めて探らせてみても社交界のお披露目日、その日だけに生きた令嬢のことはなぜか何も語られていなかった。

不自然なほどに隠されていた、と感じた。しかし当時見た彼女の気質が大きく変わっているとも信じられなかった。ランザックは最後には勘を信じて縁談を申し込んでみたのだ。

すると拍子抜けする間もなく本人が寄越され、しかもその本人は完璧な令嬢であったのだ。これに頭を抱えなくてどうする、という話である。


「……とりあえず、あれは世間知らずの顔ではない。使用人契約がなんの話なのかも含めて明日話し合う必要があるな…」

「なにか確証とかは?」

「ない。勘だ」

「旦那様の勘ってどうしてこうも当たるんですかね」

「トラン、お前」

「だってランザック様、あの方絶対この縁談受けますよ。危険な地に来るんだからって多めに用意した支度金とか見え透いた嘘とかランザック様の混乱とか全部すっ飛ばして首傾げてましたよ。あれで『帰ります〜』とか言われたらそれこそ困りませんか」

「…そう、だが」

「明日契約書にサインしたらその時点で易々とランザック様とは呼べないですからね、俺は」

「………そうだな」


未だ少し取り残されたような表情で目を細めたランザックはくしゃりと髪を乱すと立ち上がった。書斎から出ながら投げやりに指示を出す。


「風呂に行く。夕食については食堂でもいいし私室でもいい、相手に合わせるからそのように伝えてくれ。明日の昼頃書斎に来て欲しいというのも頼む」


かしこまりました、とメイドの一人が立ち去る足音とその逆側へ向かう足音が遠ざかる。

トランは一人書斎の中で呟いた。


「騒がしくなりそうだな」


無意識に溢れたその言葉は、案外間違っていないのかもしれない。




一方その頃。

さらっと家を出て嫁ぎ先の家に行き爆弾発言をブチかました張本人は暢気にほのほの笑っていた。

部屋を出たらメイドが「ご案内いたします」と案内をしてくれ、シンプルな調度品が置いてあるかなりの広さの部屋に通された。メイドは「何かあればお呼びください」と下がったので、サルラもほのほの笑って礼を言った。

メイドの足音が遠ざかったところで、サルラが口を開く。


「少しやりすぎたかしら」


ほのほのした表情をそのままに、口調と声音だけはガラリと変えて首を傾げた。


「いやいや、面白いぐらい困惑してて笑い堪えるのが大変なくらい!まだやっても良かったってぇ、あれ」


ケラケラ笑いながら不遜な態度で面白がるのはサルラの護衛である騎士、ノヴァ・タンメラ。


「異例の速さでしたし、そもそも見え透いた嘘を吐かれたのですから気にすることはないかと。ところで調度品はどのように?」


もう関係ないと言わんばかりに提案するのはサルラ専属侍女のミリカ・グロスターノ。


「う……そうね、あまりこだわる理由もないのだけど…女主人なのだし、銀を基調にしましょう。でも華美にならないように。ネルクロード家の色よ、丁寧にしなければね」


少し前までの間延びした喋り方などどこ吹く風、表情と発言の一致しない女性はサルラ・シャングラリ。


この三人は旧友である。互いに互いの立場を理解しながらも良き友であり、主従であった。

そして、絶対的な味方でもある。


「あなたたちの部屋も貰わなくちゃね、とりあえず今日は近くの部屋がいいかしら?最悪ここで寝てもらうけど」

「こーら、一応でも嫁入りに来たんだからそういうこと言わない。俺が後で聞いとくから大人しくしといてね」

「いいですかサーシャ、本当の最悪はこの男と同室で寝ることよ」

「おっと今の発言は俺の心を傷付けるけど??」


急な手紙に振り回されるように着いてきた二人に、サルラは一応でも気を遣おうと思っていたのだが。いつもと変わらない、立場もなにもかもぐちゃぐちゃな会話に可笑しくなって笑ってしまう。サルラが笑えば、二人もそれが嬉しいというように笑う。どこまでいっても変わらないだろうという安心で、サルラはまた笑顔を浮かべたのだった。


それから少し。勝手を知ろうとメイドに話しかけに行ったミリカがすぐに戻ってきて、夕食のことと明日の予定を伝える。サルラは鷹揚に笑うと自室で食べる旨と了承を伝えた。

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