序章
それは豪雨と呼ぶに相応しく、頻繁に落雷する酷い天気のことである。
歩くことさえも困難な暴風が森林を揺らし、暴力とさえ言える土砂が、川の流れを激流に変える。
そこに二人、傘も差さず、ズボ濡れになる麗しき少女と、風流な青年がいた。
「どうして、……どうしてなんだ!」
青年は物陰に避難しながらも、雷にも劣らぬ怒声で木霊した。
「ごめん……なさい」
少女はそんな叫びに、何を返すわけでもなく、涙を流し、顔を覆う。
「オレとお前が力を合わせればきっと何とかなるはずだ! 今までそうだったじゃないか、頼むオレの手を取ってくれ‼ 今からでもまだ……二人なら……」
それでもめげずに青年は手を差し出し必死に声を張り上げる。
この手を握ってくれ、どうか信じてくれ。
力強くも逞しい、真っすぐな、瞳が少女を差す。
だが、青年の手が握り返されることは無かった。
此処には、ただ虚しく雨の音が響くだけだ。
差し出したその手はただ宙を舞い、いつしか重力にやられ、沈んで消えた。
その先には、涙を流す少女だけしかいない。
「約束……約束しただろ‼」
もう青年には、自分の想いを、呪いのような願いを叫ぶことしか出来なかった。
そこで少女は、初めて表を上げる。
長い白髪を雨と土で汚し、僅かに映る瞳は幽霊のように虚空を描いていた。
お互い目が交差し合うとき、今の自分はきっと、酷い顔をしているのだろうと、自覚した。
「ごめんなさい、……何も出来なくて。 ごめんなさい、……貴方と同じ道を歩けなくて。 ごめんなさい……やくそ……くをまもれ、なくて……」
少女は青年の目を見据えたまま、押しつぶされそうな謝罪を吐露した。
青年はッグ、と奥歯を噛み締める。 同時に怒りも込み上げて来た。 彼女に対する理不尽な怒り、そして何もできない無力な自分に、
「もう、無理なの、駄目なの」
少女がそう言った時、遠くから足跡が聞こえてきた。
10や20じゃない、軍勢とも呼べるものだ。
「……っ!」
青年は露骨に舌打ちするが、少しするともういいかと、そんな気持ちも込み上げて来る。
青年は無力で少女を助けることはできなかったのだ、少女は弱く青年の手を握れなかったのだ。
彼女なしに逃げて、何になると言うのだろう。
青年は彼女の事が好きだった。 愛してた。 いや、今も愛している。
この少女とならなんだってできる、世界すら変えられる、そう思っていた。
だが、結局それは子供のたわごとであった。
無力なガキが思い上がって掲げた夢物語でしかなかったのだ。
青年は……彼女の手を引けるほど強い人にはなれなかった。
その現実を理解すると、青年の意識はだんだん遠くなっていった。 全ての感覚が薄れていく。
だんだんと足音が近くなるが、もう気になりもしなかった、青年はただ全てを受け入れ、抗うことを放棄した。
その時、少女は青年を突き飛ばした。
「……え?」
「貴方だけは絶対に殺させない」
気が付くと、青年の体は宙を舞い、激流する川へと放り出されていた。 無気力な青年はただ流されていく。
自然と言う圧倒的な力が体の自由を束縛してくるが、不思議と苦しくはなかった。 きっと最愛の恋人が——元彼女が、きっと何か魔法をかけたのだろう。
もう抗う気力も残っていなかった青年は、ただ目を閉じる。
——セリナ。




