ボス戦「ゴブリンナイト」
『カールの洞窟のボス「ゴブリンナイト」との戦闘を開始します。』
システムメッセージが現れると同時に俺とタスクの二人が動き出す。タスクがゴブリンナイトの左側から回り込み、俺はその逆の右側から『挑発』を発動させながら回り込む。ゴブリンナイトの注意がこちらへと向きタスクに背を向ける形になる。そのタイミングで俺たちのステータスにバフがかかる。エクルの強化魔法によるものだろう。
そしてゴブリンナイトを強化されたタスクの斬撃とハルの魔法が襲う。一瞬ひるんだものの全く気にしていないかのようにゴブリンナイトは俺に向けて大曲刀を振ってくる。
「今っ!」
俺はゴブリンナイトの大曲刀に向けて攻撃を繰り出しパリイを成功させる。ゴブリンナイトは攻撃を弾かれたものの再び俺に向けて大曲刀を振る。俺も再びパリイを成功させ、今度は攻撃をねじ込む。しかし俺の攻撃はもう一方の手に持つ盾によってガードされる。そんな戦いを繰り広げるゴブリンナイトの背中をタスクの斬撃が襲う。横目に弓を打ちながら魔法の詠唱をしているハルの姿が見える。
今のところは順調といっていいだろう。これも敵のヘイトが『挑発』によってすべて俺に向けられており、自分にヘイトが向くことがないタスクとハルは思い切って攻撃出来るからである。しかし今のこの状況は綱渡りのようなものだ。なぜなら『挑発』はどんなに小さくてもダメージを受けた瞬間に効果が消える。そうなれば戦士タイプのタスクはともかくハルやエクルにヘイトが向いたときにかなりまずいことになる。
まあつまり何が言いたいかというと…
「緊張感やばいな…!」
俺がミスった瞬間に壊滅する可能性があるのだ。緊張するなというほうが無理がある。とはいえ全く経験がないわけでもない。前作において黄金平原の盾役は俺だけであった。だから黄金平原で遊ぶときは必然的に俺一人でタゲ取りをすることになり、ボスが倒れるまでの間にノーダメでタゲ取りをするなんてことはよくあった。
そもそも『アナオン』ではパーティ人数の上限は10人と決まっており、前作では盾役を2人以上用意してローテーションを組むのが普通だった。それはVRになっても変わらない。だからこれで負けたところでタスクたち3人から攻められることはないはずだ。
ではなぜそんなに緊張しているのか?という疑問が出ることだろう。
よく考えてみてほしい。俺は今パリイビルドというまともに運用ができてる人がいないビルドをしている。言い換えるならわざと難しい方法を選んでいるということだ。
つまりこれで俺がミスって負ければ「わざと難しいことに手を出して負けた恥ずかしいやつ」というレッテルを張られることになる。最もタスクたちはそんなことを言わないだろうし、俺の性格を知ってる黄金平原のメンバーからも(多少煽られるだろうが)特に何も言われないだろう。
ではなぜそこまで気にしているのか…。そんなの単純に自分が恥ずかしいからに決まっている。
そんなことを考えながらゴブリンナイトの攻撃を冷静に弾いていき、タスクたちもダメージを与えていく。
ゴブリンナイトが大曲刀を水平に薙ぎ払い、俺がそれを弾いた時だった。今までよりも大きくゴブリンナイトの体勢が崩れ攻撃をしてこなくなった。俺が弾いたことでゴブリンナイトのスタミナが無くなり、何も行動できない状態になったのだろう。チャンスと見て取ったタスクたちが一気に攻めかかる。
エクルが攻撃バフを味方にかけ、ハルが魔法を放ち、その爆風が消えたところへタスクが切りかかる。
「グランドブレイク!」
『グランドブレイク』は両手剣の単発の振り下ろし攻撃だ。タスクの一撃がゴブリンナイトを襲い派手なダメージエフェクトが弾ける。ちょうどそこでゴブリンナイトのスタミナが回復したようで大きく吠える。それを見てタスクも下がったのだが、ゴブリンナイトの様子が変わる。
ゴブリンナイトが吼えると体の周りに赤い靄のようなものが現れ、明らかに強化された状態となり、片方の手に持っていた盾を放り出した。HPが減ったことでいわゆる発狂状態となったのだろう。
ゴブリンナイトが俺に向かって走って来る。
「レイン!」
タスクから心配するような声が飛んでくるが、すでに集中状態に入っている俺の耳には遠くに聞こえた。
発狂状態となったことで先ほどよりも早くなった攻撃を見極めながら弾いていく。2、3回ほど失敗だったようで俺のスタミナがごっそりと削れる。
「やっぱり連撃の弾きは課題だな。」
そう言いながらゴブリンナイトから一気に距離を取りショートカットからアイテムを取り出し、中に入った液体を飲み干す。使用したアイテムはスタミナポーションで、効果はスタミナを50%分回復するというものだ。
スタミナを回復させた俺は再びゴブリンナイトの攻撃を弾き始める。ゴブリンナイトの背後からタスクたちが攻撃をしているがまだ倒せないようだ。しかも強化状態前ならすでにスタミナが無くなっているであろう回数パリイを成功させたが、いまだにその様子はない。そこらへんも強化されているのだろうか。
なかなか当たらない攻撃にしびれを切らしたのかゴブリンナイトの大曲刀が青く光る。スキル使用の合図だ。
『アナオン』ではスキルを使用するときにもスタミナを消費する。そしてその仕様はスキル発動に必要なスタミナを先に全消費してからスキルが発動される。その際に消費されたスタミナはスキルを中断しても消費されたままであり、またスタミナ消費した時に必要スタミナ量がなかった場合、スキルは発動せずスタミナも0となり一気にピンチとなる。
ゴブリンナイトがスキルを使ったのはある意味でチャンスともいえるだろう。途中でスタミナポーションを飲むための時間があったとはいえすでにかなりの攻撃を弾いており、ゴブリンナイトのスタミナはかなり消費されているはずである。スキルが発動していることからまだ無くなったわけではないが、残りのスタミナは少ないはずだ。これをしのげれば倒せる確率が上がる。
俺はゴブリンナイトの行動を見逃さぬようにしっかりと集中する。スキルの中には前作から引き継がれて使われているものも多い。その系統のスキルが来ればモーションは知っているため弾くことができる。もし違うスキルが来たのならその時は気合で弾くしかない。
ゴブリンナイトが大曲刀を肩に背負うように構え、そのまま力をためて振り下ろす。俺はそれを弾き次の行動を見定める。この時点で前作スキルでは2つの候補に絞れる。この次に攻撃が来るかどうかで前作スキルのモーションは確定する。
ゴブリンナイトが再び大曲刀を振り下ろす。この瞬間に前作スキルの可能性は『烈火乱舞』というスキル一つに絞られ、あとは新作スキルの可能性を気にするだけでよい。『烈火乱舞』は肩に背負うように構えた後、振り下ろしを三回繰り返し、足と体を狙う切り払いの2回攻撃をした後に再び振り下ろしを行う6連撃である。
2回目の攻撃をパリイされたゴブリンナイトが3回目の振り下ろしをしてくる。それを弾き俺は新作スキルの可能性を消そうとする。ここまで既存のスキルと同じなのに新作スキルは出ないだろうと思ったからだ。
しかし俺の直感が警鐘を鳴らす。『妖怪調伏奇譚』において俺はこの直感に何度も助けられた、だから今回もそれに従うことにする。ゴブリンナイトの動きを注視する。『烈火乱舞』ならば切り払いがくるはずだ。
大曲刀を振り下ろしたゴブリンナイトが体に力を籠める。その瞬間に次の行動を予測した俺は自分の予測に従い動き出す。
ゴブリンナイトが次にとった行動はその体ごと前に突っ込む、つまりタックルだ。もしその場にいたならもろにタックルを食らって追撃を受けていただろう。だが俺の体はもうその場にはない。タックルが来ると予測した瞬間に俺は後ろへと飛んでいたのだ。
ゴブリンナイトのタックルは外れたがスキルはまだ終わっていない。その勢いのままに大曲刀を切り上げる。俺はその攻撃をパリイしようとするが失敗に終わる。スタミナがごそっと削れる。
ゴブリンナイトは切り上げた大曲刀を力を込めて振り下ろす。おそらくこの一撃がスキルの終わりなのだろう。しかし俺は直感していた。この一撃を弾こうとすれば失敗するだろうと。そして失敗すれば俺のスタミナはなくなりそのままやられる。
だから俺がとるべき行動は一つだけ、この攻撃を回避することだ。ゴブリンナイトが振り下ろした大曲刀が通る場所を見極め、相手の懐に潜り込みながらすれすれで回避する。そして隙だらけのゴブリンナイトの急所、首に向けて自分の短刀を突き刺す。
俺の短刀が突き刺さった瞬間に時が止まったかのようにゴブリンナイトが不自然に硬直する。
一瞬の静寂ののちにゴブリンナイトの体が光となって消えていく。
「か、勝った…?」
実感が湧かずに思わずつぶやく。
「やったなレイン!お前やっぱりすげぇよ!」
そこへタスクが声を上げながら肩を叩いてくる。そしてボスを倒したということを遅れて理解する。
「さすがですねー、レインさん。お疲れさまでしたー。」
「いやほんとに。最後は何をしてたのか全くわからなかったわ。」
タスクに肩を叩かれているとエクルとハルがやってくる。
「ははは…たまたまうまくいっただけですよ。」
そんな風に返すがおかしいものを見る目で見られる。
「それよりボスを倒したんだ。次の街に行こうぜ。」
タスクが言う。その言葉に頷き俺たち4人は次の街であるタナクスに向けて歩き出した。
戦闘シーンを書くのって難しいなあ…
あっ、少しでも面白いと思っていただけたら感想とかもらえると蚊取り閃光がきりもみ回転します。