ハイスペック嬢VSハイスペック王子
ハイスペック嬢がとても肉食系なので苦手な方は注意してください。おせおせです。
ゆるく波打ったピンク色の髪に血色の良い肌、困っているように見える垂れた眉と目尻、少しだけ高めの鼻に柔らかそうな唇。すらりと高い身長に優雅で気品ある佇まい。いつも優しげな笑みを浮かべる王子は正しく主導者の気質を持った優れた人あった。
目の前で幼い子供が転べば助け上げ、賊が出たぞと叫ばれれば手際よく騎士に指示を出し、勉学に励めば国一の成績どころか学者と肩を並べ、剣を握らせれば全ての騎士をなぎ倒す。
最早恐れることなど何も無い素晴らしき才の持ち主だった。
国民は咽び泣きながら素晴らしき王子の誕生を喜んだ。王子が人助けをすれば国民は褒め称え、王子が素晴らしき才を発揮すれば国民は諸手を挙げて喜び、王子が一つ歳を取れば国民は我が事のように祝った。
素晴らしき才に溢れた稀代の王子、御歳15歳、名をチェリースノー王子と言う。
しかし彼は今非常に困っていた。
目の前で綺麗にすってんと転げた令嬢を助け上げ、気をつけるんだよと微笑めば令嬢は顔を真っ赤に染めあげて首をがくがくと振りながらさっさと廊下の向こうに消え去ってしまった。
そう、本当に困っていた。何故なら婚約者が居ないのである。王族たるもの幼い頃から人生の伴侶を決めて共に歩む、筈だ。
齢8歳の時から定期的にお茶会、パーティ、もうその他色々取れる見合いは取っていった筈だ。令嬢達と話もした。極めつけに今王子は学園に居る。出会いは星の数ほどあった、筈だ。
将来王と肩を並べる相手なので妥協は許さない。語らって語らって彼女ならばと思う令嬢達に婚約の申し込みもした。
しかしながらチェリースノー王子に返される言葉はいつもこうだ。
「恐れ多くも申し上げます。殿下の隣に立てる気が致しません。どうか私などお忘れください。」
そんな馬鹿な事があるだろうか。
最初は愕然としてつい王と王妃ーつまり両親を思わず見てしまった。今考えると阿保な顔をしていただろうと思う。王妃は肩を震わせ厳しい表情(ー笑いをこらえている)をしながらすっと目を逸らし王は平然と笑っていた。
王が一言婚約の許可を告げれば婚約出来たものを両親(ー特に王)があまりにゆったりと構えているものだから王子は今の所、こと婚約に限り全敗を喫している。
しかしながら彼は本当に困っていた。チェリースノー王子には上に姉が一人、下に妹が三人いる。そう、王子はただ一人チェリースノー王子だけであった。残念ながら現王である父にも男兄弟はいないどころかなんの偶然か今現在王族の男は二人だけだ。
今まで王家は男が継いでいるので王子である彼が伴侶を持てなければ必然的に伝統も王朝も崩れ去る。
これが後ろ暗い王家ならばまだしもチェリースノー王子の生まれた王家は代々素晴らしき王ばかりであった。
王子は本当に困り果てていたー筈だった。
あまりの敗北続きに流石にがっかりと肩を落とし友人に弱音を零す。
「なぜ私は婚約ができないのだろう。たしかに誰でも良いわけじゃないよ。でも釈然としない。」
「仕方ないさ。お前の横に立ちたくないのはわかる。俺も正直たまに嫌だ。」
短く髪を刈り上げ、小麦色に焼けた肌を持ち、体格に恵まれた騎士見習いの友人はそう言って笑った。
突然の裏切りに王子は目をまん丸にして友人を見つめた。
「誰もお前と俺を比較はしないがね。チェリースノーの隣にいると自分があまりにもちっぽけな様に思うよ!」
ははは、大きな声で笑い飛ばす友人に王子はなんとも言えない表情ですっかり落ち込んでしまった。
「チェリースノー殿下。」
ぱちんっ、硬質な音が教室に響き渡る。王子は落ち込んで下がった頭を上げた。
「突然の無礼、お許しください。私ジュエルローズと申します。」
礼儀正しく挨拶をした彼女は名前に負けず美しい令嬢だった。波打った真っ赤な髪につりあがった赤い瞳、何処とは言わないが肉つきが良く背もすらりと高い。今まで何故見かけなかったのかわからないほどの迫力と美貌を持った令嬢であった。
令嬢はきゅっと口を引き締めた。目元は何故か蔑む様に睨んでる様にみえたが頬は少し赤い、様に見える。
王子は気の抜けた顔で令嬢の紹介に頷いて先を促した。
「貴方を私にくださいませ。」
「えっ?」
それからのジュエルローズ嬢は最早快進撃と言っても良いほどであった。
チェリースノー王子が学者と共に新たな発明をすれば当たり前のようにジュエルローズ嬢もやってのけ、剣の腕を争えばこれも当たり前の様に引き分けた。
令嬢が転べば助けてみせ、令息が勉学に困れば優しく教え導いた。
生徒達は瞬く間にジュエルローズ嬢のその素晴らしさに惚れ込んだ。王子の隣に並ぶ令嬢の姿に涙した。とうとうあの素晴らしきチェリースノー王子に並ぶ猛者が現れたのだと。
ジュエルローズ嬢の噂は学園を飛び出て瞬く間に国中に広がった。
ーなんでも王子に並ぶ美しさらしい。
ーそれでいて女神の様に優しいらしい。
ー王子と国の未来を語らっているらしい。
ーさらになんと剣の腕も良いらしい。
国民は歓喜した。素晴らしき未来の王の隣にはなんと素晴らしい未来の王妃もいるらしい。これはこの国はもう栄えたも同然ではないだろうか。
王妃は嬉しさあまりに宴を開き王は満足そうな顔で王子の婚約の書類をさっさと受理した。
この間チェリースノー王子は置いてけぼりだった。いつの間にやら外堀が埋まるどころか高い城が聳え立っていた。
確かにチェリースノー王子にとっては降って湧いた幸運だった。才に溢れた人格者の伴侶が自ら歩いてやってきたのだからなんの文句もない。ジュエルローズ嬢は政の話にも明るく身分も問題ない。王妃という責任ある立場にも文句を言うどころか彼女自ら進んで成ろうとしている始末である。
好みも似通っていて話が弾み、彼女と過ごす時間に苦痛は無い。
ただどうしてもチェリースノー王子が気になって気になって仕方がない事がある。
「ジュエルローズ嬢。」
「何か?」
つんとした表情、冷やっとした空気、向くことのない顔はよく見ると瞳が王子をじっとみつめているが、正直最初は嫌われているのではと思えて仕方がなかった
しかしながらお茶に誘えば快諾され、恐る恐る横に座っても特に何も言われなかった。どころか最近はお茶に誘って貰えるし自然に横に座ってくれている。
別に嫌われてるわけでは無いらしく誰に対してもおおよそ態度は変わらなかったので彼女の性格からくるものだろう。
王子は気にすることをやめた。
「どうしたのかしら。言ってくださらないとわからないわ、殿下。」
「あ、や、待って。近いから。」
王子の頬を長い指がするりと撫でる。あまり感情が乗らない真っ赤な瞳がぐんぐん近づいてくると温かい肌がくっつきジュエルローズ嬢の柔らかな香りが漂う。王子はそれだけで真っ赤に頬を染めてジュエルローズ嬢を引き離そうとして手が空を切る。チェリースノー王子は婚約者と言えど肩を抱くことも手を握ることも出来ない程、残念ながら端的に言ってうぶだった。
ジュエルローズ嬢はその間にもチェリースノー王子の両頬に手を添える。王子は可哀想な程慌てふためいた。
ジュエルローズ嬢はその王子の様子を少しだけ見守る。目尻が下がって柔らかそうな線を描く瞳が潤んで頬が赤く熱がこもっている。柔らかそうな手入れの行き届いた唇が何か言いたそうにはくはくと開閉しているもののいっこうに言葉が出てこない。
ーなんて愛らしいのかしら。
ジュエルローズ嬢は頑張って頑張って手に入れた宝物をうっとりと眺めた。
柔らかい少し波打った癖のあるピンクの髪におっとりとしていそうな目元。少し厚みがある唇に青年になって男らしくなってきた輪郭と首筋。剣を振るうのに相応でありながら優雅さを残す体格。
ジュエルローズ嬢や周りに外堀を埋められている癖にどこかのんびりとしていて間の抜けた性格。王子として育てられたからか生真面目さが目立つ上に女性慣れしていない。
ーああキスをしたら柔らかそう!どんな顔をするのかしら!抱きしめただけで彼、気絶してしまいそうだわ!なんてうぶなの!
ああ瞳から涙が零れ落ちそう!舐めたらどうなるかしら!
ああ、ああ、そんなうっとりとした顔なさらないで!食べてしまいたくなるわ!
ジュエルローズ嬢は実のところ内心では荒れ狂う程喜んでいた。表情には全く出ないが長年の間育て上げた少し前のめりな恋が叶ったので死にそうな程喜んでいた。
目をつけたのは8歳の時、王子が参加した最初のお茶会だった。庭の端っこで何一つ見逃してやるものかと目を光らせていた。
ー黒い髪に赤い瞳、つり目だわ。綺麗。あちらの金の髪の子も優しそうな笑い方が素敵。あちらの子、令嬢のエスコートがとっても素敵。いいわね。あちらの子はお菓子を美味しそうに食べて可愛いわ!
庭の隅から仏頂面であちらこちらに目を光らせた。そう、素敵な伴侶探しである。
ーでも駄目。ぴんとこないわ。もっと愛らしい方が良いの。私が沢山可愛がってあげられるような!
あちらでもない、こちらでもない。もしかして私の理想が高いのかしら。そう諦めかけた時だった。ゆるく波打ったピンクの髪が目に入った。瞳も同じくピンク色で柔らかな微笑みは少し困ったような表情にも見える。
ジュエルローズ嬢に衝撃が走った。
もう言いようのない程の一目惚れであった。それからジュエルローズ嬢はひたすら努力した。特に聞こうとせずとも王子の素晴らしさは耳に届く。王子に見合うべく彼女は努力を重ねた。時折王子を見ては順調に育っている事に満足してそれを糧にまた努力、偶に王子を手中に収める妄想にときめきながらそれを糧にまた努力、全ては王子を正攻法で手に入れる為に!
ジュエルローズ嬢は自分に努力が実る下地が有り余っていたことに感謝した。血の滲むような、という表情が生温い努力が実り今では国民からも、王子を産み育ててくれた王妃からもこの国を纏め上げる才ある王からも認められるどころか祝って貰えている。後は王子をじっくり煮詰めて更に美味しく更に自分好みにすれば良い。ジュエルローズ嬢はあまりの幸運に泣きそうな程感謝した。
手元にいる王子は今も真っ赤で愛らしい。忙しない鼓童が緊張している事を伝えているが満更でもなさそうだ。
「あの、ほら。私は王子だから、婿にはいけない、よ?君のものには、その。」
「…貴方を私にくださいと言ったことでしょうか。」
告白の仕方がどうやら間違いだったらしい。チェリースノー王子の瞳に熱がこもると同時に少し寂しそうな表情を浮かべている。
どう考えても脈がありそうな反応にジュエルローズ嬢はうっかり舌舐めずりしそうになる。
「それは勿論私が嫁ぎます。大丈夫、その後じっくりと貴方を頂きますから。ええ。どうか私のために美しく咲いていてくださいませ。」
「うん…。うん?」
歓喜に満ち溢れた表情から一転、何処とない違和感に気付きかけた王子はしかしその違和感を忘れてまんまとジュエルローズ嬢の手中に収まるのだった。