第九十八話 努力したって夢なんてかなわない、じゃあどうすればいい?
努力は報われない。夢はかなわない。それは人生の冷厳な現実です。
プロ野球で考えてみましょう。一軍の人数は一球団25人程度、12球団で300人です。そこから一年間で1割程度入れ替わるとして、一軍に、つまりプロで飯が食えるのはたったの年間30人しかいないのです。ちなみに東大入学者数は年間3000人を少し超える程度です。つまりプロ野球選手になれる可能性は、東大合格の百倍以上難しい訳です。
あなたが東大に合格する能力と根性があり、血のにじむような努力をしても99%以上、夢はかなわず挫折するのです。
夢を見ることがいかに残酷だか、よくわかると思います。
それでもやりたいなら道は二つです。
①夢に期限を設ける。
「二年間必死になってチャンスをつかめなかったらあきらめよう」
これでいいと思います。
D・カーネギーの「道は開ける」の悩みの無くす処方箋として「私は人生の兵站戦を維持した」という、昔の有名なアメリカンカウボーイ歌手の話がありました。彼はもと鉄道会社鉄道員で、ダメだったらいつでも鉄道会社に復職できる優先権は手放さなかった。だからダメだったら鉄道員に戻れば良いと、何一つ悩むことなく夢にチャレンジすることができたと。これは見習うべき態度ではないでしょうか?
②失敗を前提に覚悟を決める。
もうそれしかない。とてもあきらめきれるものではない。それ以外の人生は考えられない。失敗してもやむを得ない、と考える。「自分で選んだ自分の人生だから仕方ない」と割り切って腹をくくる。決断する。
「赤毛のアン」で有名なモンゴメリ女史には「可愛いエミリー」という小説家を夢見る少女を主人公とする作品があります。その中でエミリーにこんな事を言わせてます。
「しかし、君は将来どんなことが起こるか知らない。石だらけの丘。けわしい坂。虐待。落胆。もし君がかしこいならば、谷間にとどまっていたまえ。エミリー、君はなぜ書きたいのかね」
「あたし、有名になって、それからお金持ちになりたいんです」
「それは誰でもそう思うがね。それでぜんぶかね」
「いいえ。あたし、ただ書くのが好きなんです」
「もし君が一生涯、ものすごく貧乏だとわかったら――もし自分の書いたものの一行も出版してもらうことができないとわかったら――それでも、君はまだ書くのをやめないかね」
「もちろん、あたしやめませんわ。だって、あたし書かないでいられないんですもの」
「うむ。それでは忠告してもむだなことだ。登らなければならないなら、そうするほかはない。世の中には、丘に眼をあげなければならない人間がいるものだ」
夢は残酷だ。しかし、それでもなお丘を見上げてしまう人間がいる。
その人だけが、登る資格を持つのです。




