第七十五話 ヘンリー・ダーガーという生き方
ヘンリー・ダーガーという男がいます。このスレに救いを求めて集まる人々にとっては興味深い人物です。
1892年、アメリカに生まれたヘンリー・ダーガーは、少年の頃両親を失い、知的障害児の施設に入れられるも脱走し、17歳から71歳まで病院の清掃員として過ごしました。
家族も友人もなく生涯を天涯孤独にすごし、小さなアパートの一室と職場と教会を巡るだけの日々を過ごし、貧困の中、最後はカトリックの介護施設に送られ81歳で亡くなります。
残された荷物を捨てるため、彼の部屋に入った大家は、ゴミの山の中に、1万5千ページにも及ぶ世界最長の奇妙な少女小説と、そのために描かれた数百枚の挿絵を見つけました。誰にも知られることなく、ただ自分自身のためだけに半世紀以上にわたり作品を作り続けていたのです。
すべては自己流で、貧しさ故に画材を買う金の無い彼は、ゴミ箱から調達していました。近所の人々はそんな彼を疎み嫌い、アパートから追い出せと大家に談判していたそうです。
だが彼は今や20世紀最大の前衛芸術家の一人と見なされ、残された彼の幻想的で奇妙な集団少女の絵は、好事家に数十万ドルで売買されています。
死後の名声を残したという点では、宮沢賢治やカフカを彷彿とさせる面があります。ですがヘンリー・ダーガーの凄い点は、賢治やカフカと違い、表現者として死後に名声を求めるようないやらしい思いが、これっぽっちも無かった点です。
彼は数十年間、誰一人として自分の作品を見せようとはしませんでした。純粋に誰の為でもなく、自分自身のためだけに創作を続けたのです。彼には他人からの承認要求(ここ重要)すら必要無かったのです。
私達は他人から承認されると、自分と言う存在が認められたと思い幸福を感じます。私も“感想が書かれました”との赤文字が自分の小説管理ページにマークされると、嫌な事・辛いことも忘れて幸せな気分になれます。
ヘンリー・ダーガーはそんなチンケな他者承認を必要としなかった。自己承認だけで満足し自分の物語を紡ぎ続けたのです。なんという強靭な神経、なんという偉大な精神の持ち主でしょうか。本当に頭が下がります。
私も私のために『きれいごと抜きの人生論』を紡ぎ続けていこうと思います。




