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雑学百夜

雑学百話 「けりをつける」の「けり」は「蹴り」ではない

作者: taka

物事の決着をつけることを指す「けりをつける」という言葉。

この「けり」は「蹴り」の事ではなく、古文にて過去や詠嘆を表す助動詞の「けり」である。

和歌や俳句にて「けり」で終わることが多いことから「決着をつける」ことを意味するようになった。


俺、ずっと逃げてきたんだと思う。

ふと夜空を見上げながら言った時、一眼レフで星を撮影していたアカリは「じゃあ、コウキは明日で逃げきっちゃおうって考えてるわけだ?」と挑発するように言ってきた。

「別にそういうわけじゃねぇよ」

俺は語気を少し強くし反論したが、アカリは「さぁ~どうだか?」と言い悪戯っぽく笑った。



付き合って1年経ったがずっとこんな調子だ。1つ年上で、今大学生のアカリはこうやってちょくちょく俺の事を見透かし、子どもみたいな扱いをしてくる事がある。

今日だって、受験が終わってすぐバイクの免許を取っておいたので、早速先輩のバイクを借りアカリを後ろに乗せ二人でドライブをしてみたが、アカリは特に怯えたり俺の腰にしがみついたりする様子もなく「寒いね~」とケタケタと笑っていた。

大学で天体観測サークルに入っているアカリが「山の上で夜空の星を撮影したい」と言ったので、こうやって山に連れてきたわけだがアカリは本当に撮影に夢中になってしまい、秘かに期待していたロマンチックな展開にもならず只々、俺は手持無沙汰に携帯を弄ったり地べたに寝転び星を見上げるしかすることが無かった。

そんな時、おふくろから今日の晩御飯についてメールがきた。今日が最後だから気合を入れていたのだろうか、メニューは俺の好きなハンバーグと肉じゃがだったらしい。惜しむ気持ちを抑え俺は「今日は友達と遊んで帰るから要らない」とだけ返信を送った。

メールを送った後、俺は小さく胸が痛んだ。



幼い頃に父親を亡くした俺をおふくろは女手一つでここまで育ててくれた。

他に兄弟がいるわけでも無い一人息子の俺をおふくろは何かにつけて世話を焼いてくれた。特に中学・高校のワイシャツに関しては毎晩毎晩これでもかというほど綺麗にアイロンを掛けてくれた。

感謝の気持ちは勿論ある。人生で「ありがとう」を言える回数がたった一回だけと決められてしまったら、その一回は迷う間もなくおふくろに捧げるつもりだ。

とはいえ、現実では別に一回に制限されているわけでも無いので、まぁ特段急いで言う必要もない訳だ。

まぁ、それでのらりくらり、いつかは言おう言おうと思いながら今日まできてしまった。

俺は明日、県外の大学に通うために家を出ていく。

なので、もしかしたから、ひょっとするとの話だが今日が「ありがとう」と言える最後の日になってしまうかもしれない。

だからこそ俺は今日、敢えてアカリとのデートを選んだ。家にいたらどうしたって例のセリフを言わなきゃ仕方ない様な空気になってしまう、それが何だか怖かったのだ。

怖かった。言い方としてはこれが一番正確だ。俺は結局、おふくろに親孝行をすることでこれまでの母と子という関係に一旦の区切りをつけるのを怖がっている。

逃げている。そんな事をふと思い呟いたのをアカリに耳ざとく聞かれてしまったのが、今回の冒頭に繋がっている。



「ねぇ、いい加減けりをつけなよ。いつまでも子供じゃいられないんだよ?」

アカリは星を撮影するのを止め、呆れたように俺に言ってきた。

「お母さんにありがとうくらい伝えときなよ。遅くなる前に帰ろう。星の撮影なんていつでも出来るから」

アカリはそう言うとそそくさとカメラをバッグに仕舞い始めた。

「待ってくれよ。そんないいって!」

「私が良くない」

「せっかくこの街で過ごす最後の夜なんだからさ。もうちょっと一緒にいようよ」

「嫌だ。私を言い訳にお母さんから逃げないでよ」

アカリはにべもなく言い捨てる。

「……明日から遠距離なのに、寂しくないの?」

あまりのアカリの素っ気なさに俺はついつい女々しい事を言ってしまった。我ながら嫌気がさす。

こんなこと言ってばかりだから俺はいつまで経ってもアカリに子ども扱いされるのだ。

「……ほーんと、コウキって可愛いなぁ」

アカリはそう言って俺の頭を撫でる。

「私も寂しいから安心して」

アカリの一言に胸を撫で下ろした瞬間「シャッターチャンス!」とアカリは閉まっていたはずのカメラを再び取り出し俺の方に向けた。

眩い光が一瞬照らす。

「これが、コウキの子ども時代、最後の写真だよ」

アカリはそう言い悪戯っぽく笑った。



俺達は山を後にすることにした。

駐輪場で2人バイクに跨りながら「忘れ物ない?」と俺が後ろを振り返り聞くと「なに? コウキ。私を子ども扱いしないでよ」とアカリが冗談めかしながら俺の背中を叩いてきた。

「いてて! ごめんごめん!」

俺がそう言うとアカリも可笑しそうに笑う。

「じゃあ、行くわ」

俺はそう言いヘルメットのバイザーを下げる。

キーを捻りエンジンを掛けた時、後ろからアカリが「ねぇ!! 帰ったらコウキのお母さんとの写真撮ってあげようか!?」と言ってきた。

俺は返事代わりに思い切りシフトペダルを蹴り出した。

雑学を種に百篇の話を一日一話ずつ投稿します。

3つだけルールがあります。

①質より量。絶対に毎日執筆、毎日投稿(二時間以内に書き上げるのがベスト)

②5分から10分以内で読める程度の短編

③差別を助長するような話は書かない


雑学百話シリーズURL

https://ncode.syosetu.com/s5776f/

なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前に書いたものを別の人の視点で見るっていうのはうれしいです。面白かったです。
[一言] そう言えば、以前は『はだける』を変換すると『開ける』ではなくて『肌蹴る』と誤変換されましたっけ。
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