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5-6話 多くの冒険者にとっての分岐点


 生徒と言っても一括りには出来ず彼らには様々な個性がある。

 真面目な生徒と不真面目な生徒。

 そう二つに分けて考えるのは容易いのだがそんな簡単な法則で当てはまる訳がなく、また誰よりも生徒達を良く見ている為かそう考えるのは早計であり、一人一人しっかり見ていると何か見えて来る何かがあるのもまた事実だ。

 そう学園教師であるジョルトは思っていた。


 例えば、授業中真面目な様子で立派に見えるが裏ではそうでもない生徒もいれば、その逆で授業中不真面目なのにちゃんと聞いていて復習もする生徒もいる。

 授業の受け方や真面目に聞く方法がわからない生徒もいれば、一度聞いただけで全部覚える様な羨ましい生徒すらジョルトは受け持った事がある。


 (ひとえ)に分けるなどという事は不可能であり、また生徒全員が上手く出来るような授業を行うのは難しいを通り越して無理と言わざるを得ない。

 だからこそ我々教師がいて、そして限りなく完璧に近づける事こそがやりがいを感じる部分でもあった。


 ただ、皆が違うとは言え一つだけ確かな事もあるにはある。

 どんな生徒であっても、いや生徒だけでなくどんな人間であってもこの時だけは絶対に真面目に受けるという瞬間が存在する事である。 


 それの一つがこれから行う授業――課題者用ダンジョン学だ。

 命の危機に対して真剣にならざるを得ないというのは絶対の真理、その内の一つと言い切ってしまって構わないだろう。

 そして、この授業一つで生徒の生存率が変わるのも事実であり、ジョルトに対し大いなる重圧が責任と共に降り注ぐ。

 だからこそ、ジョルトはこの授業の遂行に文字通り全身全霊を賭していた。




 本来の教室が三つも四つも入りそうな巨大な空間。

 膨大な数の座席が用意されているにもかかわらず、当然の様に空席は出ていない。

 出席率にしてほぼ十割。

 一部の例外を除けば三か月課題を受けた者全員がその場に参加していた。


 授業開始まであと数分。

 そんな授業が始まってもいない時間にも関わらず、生徒達は完璧なまでに沈黙していた。

 それはただ静かというだけでなく、生者はこの場におらず皆が屍であると誤認するほどの静寂っぷりだった。

 というのもほんのわずかに私語をするだけで周囲の生徒全員が同時に黙る様睨みつけてくる。

 静寂の中にはピリピリとした張り詰めた空気とイライラが常に漂い続けていた。


 理由は単純、教室が広い為静かにしなければ先生の声が後ろまで聞こえないからだ。

 先生の声を最大限に響かせる舞台装置に近い形状になってはいるが、それでも最後尾になると誰かの小さな私語であっても教壇にいる人の声がかき消される。

 だからこそ、授業が始まる前であっても誰もが音を立てない様皆が殺気立っていた。


 そんな中――。

 こっこっこっ。

 革靴によるリズミカルな歩行音が教壇の方から響き、生徒全員が注目する。

「……ふむ。全員揃っているな。授業を行う為にプリントを用意した。前列の者は受け取って後方に回していきなさい。五分後に授業を始める」

 堅物生真面目で有名なジョルトが普段よりも声色も態度も固い態度でそう言葉を発すると、生徒はざわつき慌てる様にプリントを受け取り、残りを後方に回していく。

 そしてきっちり五分で全員がプリントを受け取るとジョルトは咳払いをして生徒を黙らせ、授業を開始した。


「ダンジョン、迷宮とはそもそも何なのか。それを正しい意味で知る者は誰もいないだろう。だが、わかっている部分もまた多い。例えば、膨大な魔力が秘められ本来あり得ない事が起きる空間であるという事などだ」

 その言葉を皮切りに、ジョルトはダンジョン、迷宮についての概要を話し始めた。


 ダンジョンとは天然の洞窟、人工の建造物が変化し、魔力が漂い同時に魔物を発生させる様になった場所の事をそう呼ぶ。

 長い歳月人の手が触れない様な場所で変質しやすく、ダンジョン化した場合物理法則を無視した現象が多々確認されるようになる。

 原因は複数あり、魔力との因果関係は不明。

 魔力が原因でダンジョン化した場合もダンジョン化したから魔力が発生する様になった場合もある為、一概に魔力が原因であるとは言えないのが現在の共通見解である。


 ダンジョンの危険度はそのまま漂う魔力の強さに比例し、残留魔力が多い場所ほど危険度が高く、同時にダンジョン内の様子も様変わりし常軌を逸したものとなる。

 例えで言えば、夏場の山にも関わらずダンジョン内は凍り付いていたり、逆に外は吹雪なのにダンジョン内ではマグマが湧きたっていたりなどといった現象が確認されている。


「それと、ダンジョンと迷宮の違いだがこれは単純だ。ダンジョンは天然であり、迷宮は人工となる。昔は別の分け方だったが今の判断基準はこうだな。あらかじめ言っておくが、人工の建造物という意味ではない」

 その言葉に生徒全員が良くわからない様な困った表情を浮かべた。

「要するに、『作為的に生み出されたダンジョンを迷宮と呼ぶ』という事だ」

「え? そんな事出来るんですか?」

 つい、最前列にいるプランはそう言葉を発してしまっていた。

 慌ててサリスとエージュがプランの口を押えた。


「うむ。たぶん皆そう思っただろう。答えは『出来る』だ。とは言え、当然簡単な事ではなく多くの者を危険に晒そうとする行為そのものである為見つかれば極刑は免れない。だから出来る事だけは伝えておくがやり方は説明するつもりはなく、また法という意味で言えば君達は当然私達教師も出来ない。繰り返すが、可能であるという事だけ覚えておいてもらえたら良い。さて、話をダンジョンの方に戻そう」

 ジョルトはそう言葉にしてプリントに目を通した。


 この授業を受けている者にはまだあまり関係のない話だが、ダンジョンと魔物は切っても切れない関係にある。

 その昔魔物はどこにでも蔓延っており、魔族、魔王と呼ばれる者も存在していた。


 だが、今魔物は例外である場所を除きほぼ絶滅したと言って良い程に数を減らした。

 その例外がダンジョン内である。

 ダンジョン内では魔物が突然発生する。

 その理由も原理もわからない。

 もし魔力が原因であるなら魔力が多い場所も魔物が湧きやすいという事になるが、ダンジョン外なら魔力が多くても魔物が湧かない場所もある。

 要するに、理由がわからないが全てのダンジョンは魔物を生み出すということだけは確かである。


 ダンジョンで沸いた魔物が外に出て来る事はない。

 ダンジョン内の魔物が外に出たという記録が一応ある為絶対とは言い切れないが、それでもそんな例なんて変わった様子のダンジョン千件に一件あるかないかの例外と言っても良い程の少数であり、魔物は外に出ないと思って問題はない。


 極一部の話だが、力に比重を置く領地等はダンジョンを買い取り、またはレンタルし魔物がダンジョンで生まれ外に出ないという性質を利用し、兵士や武官を派遣して魔物の討伐訓練を行っていたりする。

 魔物との接敵、討伐の経験は兵士、武官にとって絶対の武器になるからだ。


「地形が未知で魔物が現れる可能性のあるダンジョンにおいて絶対の対策という物は存在し得ない。それでも、非常に効率の良い方法は存在する。こうしてこの授業に来る様に、事前に対策を練る事だ。今君達が出来る事の中で具体的に言うならば、君達がこれまで培ってきた人脈、コネと呼ばれるもの、つまり先輩冒険者に話を聞く事が最も効率の良い方法と言えるだろう。少なくとも、君達と先輩冒険者が出会えているという事はダンジョンから生還した人間である事は確かなのだから。さて、次の話に移ろう」

 ジョルトは続いて、ある意味最も致死率の高いであろうダンジョンにおけるメリットについて話しだした。

「危険であるにもかかわらず冒険者の中にはダンジョンアタックを繰り返し行う者がいる。その理由が何かと言えば、単純に巨額の利益が得られる可能性がある事に尽きる。宝箱や魔物の体といった素材などといった本来の冒険の大当たりと呼ばれる物を避け、それ以外にも経験と実力が必要な物を省き、誰でも比較的簡単に利益を得る方法。それだけ制限をつけてもまだ二種類も存在している。ローリスクローリターンとハイリスクハイリターンの二種類だ」

 ジョルトは指を二本立ててそう言葉にした。


 ダンジョン内には当然だが植物や鉱石が存在している。

 そして変わった環境である為動植物や鉱石が変質化し変わった環境に適した物になる事も決して珍しくない。


 鉱石は目利きだけでも多くの知識と技術が必要であり、よほど運と実力がない限り儲ける事は難しい。

 だが植物はそうではない。

 ちょっとかじった程度の知識だけでその植物に価値があるかどうか簡単に調べる事が出来る。

 そういった図鑑に記されている様な植物の回収こそが、ダンジョンにおいて最も手堅く最も簡単な稼ぎ方と言えるだろう。


 そしてダンジョンに存在する価値ある植物は大きくわけて二種類ある。


 一つ目は既存の植物に魔力が宿った物。

 外見の変異は元の植物よりもほんの少しだけ成長した程度であり大した変化が見られない為識別も難しくない。

 だが、それでも傷薬の材料なら少し優れた傷薬を生成出来、火傷の薬の材料なら本来よりも痛みと熱が引きやすい薬になる。

 またその植物が何の効果もないただの植物であっても、魔力が宿っているのなら魔力を抽出する等錬金術においての利用方法が存在する。

 これらは大きな稼ぎにはなる事はないが、それでも低リスクで絶対に稼げる方法の為多くの冒険者が良く見る植物は暗記し依頼中併用して行っている稼ぎ方である。


 二つ目は魔力、またはダンジョンの環境により既存の植物が大きく変異した物。

 要するに完全に別種であり新種の植物の回収である。


 当然だが図鑑に記されていない物ならそれが稼ぎになるかどうかはわからない。

 それ以前に何が起きるのかすらわからない次元である。


 最悪を言うなら、その植物は植物に擬態した生命体であり持ち帰ろうと懐に入れた瞬間人に寄生したという事例も存在した。

 そしてそんなリスクを背負って持って帰ったとしても、ただの植物かそれ以下で何の価値もない場合もざらである。

 それでも新種は当たれば大きく稼げる為、リスクは大きいが新種を持ち帰り一攫千金を企む冒険者は後を絶たない。


 冒険者として未熟である者達がダンジョンで稼げるのはこの二つ位だと、ジョルトは皆の前ではっきりと言葉にした。

 

 優れた冒険者ならば、ダンジョンの魔物を間引く等ダンジョン管理者から様々な依頼を受けられ、ただ潜るだけで金銭が貰える。

 だが、そうでない場合ダンジョンは死と赤字という巨大なリスクを抱えるという博打でしかなかった。


「それでも……そういった冒険者に憧れる者は後を絶たない。もちろんその気持ちを否定するつもりはない。だが……良く考えて欲しい。君達の望みは実力を付けてからでも十分に間に合うはずだ。だからこそ、ダンジョンの危険性を知ってもらう為に三か月課題が存在する」

 そうジョルトが言葉を放っても場は静まり返ったままである。

 だが、生徒達の雰囲気や顔色は余りよろしくなく、皆が同様に緊張した様子となっていた。


 そしてその恐怖と緊張は、続いてのジョルトの授業をより真剣に聞くというスパイスになっていた。




 授業が終わった後、プラン達は他に受けた者達と同様知り合いを巡り今回のダンジョンに潜った事のある人を探した。

 だが……そう物事は上手く運ばなかった。


 出来る事なら直接話を伺いたいと思いクコに頼らず自分で探したのが悪かったのか、どういうわけか誰もこれからプラン達が向かうダンジョンを知らず、経験した三か月課題は別のダンジョンだった者ばかりだった。

 盾サークルも乗馬サークルも、何ならジョルト先生率いる料理サークルにも足を運び他の生徒に尋ねてみたか結果は伴わず、課題を受けた者の中に同じダンジョンだった者は一人も見られなかった。


 そんな時……。

「え? 確かに課題は違ったけどそこなら僕経験あるよ?」

 そう答えた人物は思った以上に近くにいた。

 同クラスの仲間であり最上位の先輩のクリスである。

「まじですか先輩!?」

 サリスの言葉にクリスはVサインをしてみせた。

「うん! そのダンジョンなら二十回以上は潜ってるよ」

「どしてそんなに潜ってんですか先輩?」

「毒って面倒でしょ? だから人気がなくってね。そんなわけで依頼が結構良い報酬になるんだ。んで、ダンジョンについて聞きたいんだっけ? 良いよー」

 そうクリスが言葉にするとプランは慌てて言葉を遮った。

「すいません。クラスメイト片っ端から呼んでくるんでちょっと待っててください。サリス、テオパーティーお願い! 私はクコ君とマルク達探してくる。エージュはダルク探してついでに先輩に長話しても疲れない様甘い飲み物と何かつまめる物お願い!」

 そうプランが言葉にすると三人は慌ただしく走り出した。


「んー()()を当たり前だと思ってるなんて皆仲間思いだねぇ。うん! やっぱりこのクラスは楽しいし良い感じだね」

 クリスは走っていった三人を楽しそうに見つめ、隣にいる美形の男、同じ一年突破してこのクラスに来た吟遊詩人のイドラに話しかけた。

「そうですね。私としましても女性人口が多く非常にありがたく思います」

「あ、あはは……」

 相変わらずなイドラにクリスは苦笑いを贈る事しか出来なかった。

「冗談ですよ。……一割位は。まあ、三か月目にもかかわらずこれだけ仲が良いクラスというのは本当に良い事だと思いますし居心地が良いのは確かです。私のクラスは三か月目でまあ……」

 そう言ってイドラは苦笑いを浮かべた。


 学園のクラスは大体四種類に分かれる。


 皆の仲がぼちぼちと良いパターン。

 ビジネスライクで全員が仕事付き合いしかしないパターン。

 名前すら覚えず全くの無関心となり完全な他人同士となるパターン。

 仲が悪くなり殺伐とするパターン。


 ちなみにクリスとイドラの元クラスはどちらも徐々に下に向かい、終わり際には最後のパターンとなっていた。

 

「ああうん。こっちも同じ感じだったかな。半年位は何とか誤魔化しながらやりくりしてたけど……一旦ボロが出て来るともう酷い事酷い事。皆がピリピリしてきて最終的には何だか僕を取り合って喧嘩を始めだしたり。仲間として取り合うならまだ良いけど誰が僕を無理やり組み伏せようとするかの喧嘩だからねぇ。……ああやだやだ!」

 そう言ってクリスは嫌悪感を露わにした。

「……正気を疑いますね。色々な意味で」

 イドラはため息交じりにそう呟き、教室外でパタパタと忙しなく走るプラン達の様子を見つめた。


ありがとうございました。

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