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4-20話 仮面の教師と雇われ事務員


 ジメジメした水気がねばりつくような錯覚に陥るほど湿気が多い石レンガに囲まれた薄暗い地下。

 そこはまるでダンジョンの様な雰囲気でもあれば、同時に地下闘技場の様な雰囲気でもある。

 おどろおどろしい雰囲気と肌にひりつく冷たい空気。

 そして同時に流れる吐き気すら催す腐臭。


 それは悲惨という意味であるならばギャリシーにとって想像通りの場所だった。

 そして武具の支給があり治療も受けられるという部分で考えるならば、想像よりも遥かにマシな場所だった。

 少なくとも、地下施設と違い人間扱いされるのはマシな部分であった。


「というわけで、ギャリシー君。君はアンデッドという存在をご存知ですか?」

 このタイミングでそう聞く時点で、この先に何がいるのか答えを言っている様な物だとギャリシーは重い苦笑いを浮かべ、ニコニコ顔のイースの言葉に頷いた。

「ああ。それなりに見て来たし、ついでに言やそれなりに処理してきた」

「ですよね。君はそういう人生を送ってそうですし」

 そんなイースの言葉は、ギャリシーには性質の悪い皮肉にしか聞こえなかった。


『アンデッド』

 魂のない動く死体、とひとくくりにされているが……実際は肉体を持たない者もいる為その例えは少々間違っている。

 より正確に言えば『腐り落ち別の何かになった存在』となるだろう。

 生き物と定義する事も出来ないどころか『存在』という言葉すら怪しいのも確かな本来あるべきでない何か。

 生き物でも、化け物でも、ましてや人ですらあるわけがない。

 それがアンデッドである。


 動く死体という事から誤解されやすいのだが、アンデッドは生前の存在とは完全なる別物であり、決して生き返ったわけではない。

 誤解を生む原因として偶に生前と同じ物を追い求めるアンデッドが発生するのだが、それは生前の知識や記憶が残っているわけではなく、ただ生前の執着をアンデッドが知っているに過ぎない。

 

 アンデッドに関しては忌避感を持つ者が多くおり、特に宗教者にとっては不俱戴天なる存在である。

 その為好んで研究をする者は少なくまた研究自体をタブーと考える者も多い為、その存在についての研究はあまり進んでいない。

 だが、一つだけ確かな事がある。


 魂の汚れがひどい人間はアンデッドになりやすい。


 魂の汚れというのはちょっと誰かを困らせたくなったとか、欲に負けて盗みを働いたとかそういった程度の汚れなら溜まる事はない。

 憎しみや怒りを込めて人を殺したり、自分の欲の為に誰かを犠牲にし続けたりという様な、要するに屑やロクデナシと言われる様な人種。

 それこそ、アンデッドになるほど魂の汚れた存在なら地下施設に送り込まれる様な愚か者クラスの話である。


 だからこそ、ギャリシーは普通の人生では早々巡り合わないアンデッドにこれまで多く遭遇していた。


「という事で最初の仕事です。ここに溜まっているアンデッドの浄化をお願いしますね」

 そう言ってイースは美しい刀身を持った長剣と恐ろしく形の整った銀に輝く盾をギャリシーに手渡した。

「おう。……なあ、ここのアンデッドって……」

「はい。想像通り、貴方が元いた場所、地下施設で死んだどうしようもない方々です。生きている内にどうしようもなく、そして死んでも迷惑でしかない。全く困ったもんですね」

 そう、その吐き気を通り越す臭いと醜悪なる緊張感を生み続ける不気味な地下ダンジョンは、地下施設で死んだ屑を集める、ただの死体安置所だった。

「……グルディとゲーナもここ――」

「二人共ここにはいませんよ」

「それはまだここに来ていないとかそういう……」

「いいえ。彼らはもう既に葬られました。ちゃんとした宗教者によって手厚くね。そして今現在は共同墓地の方に」

「あいつらだけどうしてだ? 俺に気を使って……」

「まさか。どうして私が貴方に気を使わないといけないんですか? 単純に、彼らの魂は汚れていましたが……それでも、神がその魂を認めたから……らしいです。まあ私には良くわかりませんけどね」

「そうかい。……ま、死んでから運が良いって辺りあいつらも本当付いてねーな」

 そう言ってギャリシーは苦笑いを浮かべ、武具を手に取った。


「それで、俺はどうしたら良いんだ? 発生したアンデッドを皆殺しにしたら良いのか?」

「レイス等肉体のないアンデッドの対処は――」

「斬った事がある」

「危険レベルの高いアンデッドは……まあ発生しないでしょう。そうですね……最初のお仕事ですし無理せず一時間にしましょう。とりあえず一時間殺し続けてください。ぶっちゃけますけどアンデッドが蔓延るほどに溜まってますのでここのを殺しきるのは不可能です。ですのでとりあえず間引く感覚で」

「……そりゃそうか。なあ、参考までに聞きたいんだが地下施設って一日何人位死ぬんだ?」

「平均二百。多い時は千人を超えた時もありました」

「……そんだけ死んで良くこの国滅びねーな」

「それだけこの国はどうしようもない人が多いという事です。では、いってらっしゃい。このろうそくが消えるまでで一時間ですが、酷い怪我をした場合や無理と思ったら早めに帰還してください」

 そう言ってイースがろうそくに火をつけるとギャリシーは真剣な表情で腐臭の強い場所に向っていった。


「……そうですよね……。二人はいませんが……貴方にとってクラスメイトがいる可能性もありますもんね」

 悲しみを秘めたギャリシーの目を見て、イースは泣きそうな顔でぽつりとそう言葉を漏らした。


「……その表情を、彼に見せてあげたら良いのに」

 そう言ってイースの背後に現れたのはイヴだった。

「……そうですね。もう生徒でないのでそれも良いかもしれません。ただ……やはり彼は私の生徒の様な気がしましてね」

 そう言ってイースは苦笑いを浮かべた後、何時も通りのニコニコ顔に戻った。


「それでイヴさん。報告書は出来ましたか?」

「ええ。出来ましたともよ黒幕のイースさん」

「……ま、あながち否定は出来ませんね。ある程度わかっていてこうしたんですから」

 そう言って悲しそうな顔をするイースにイブは慌てて言葉を紡いだ。

「冗談ですよ。黒幕って言えば私の方が近いですしぶっちゃけ学園の指示なんですから仕方ないですし。それにイースさんは犠牲者減らす努力したんですから」

「……まさか。私は見殺しにしただけですよ。努力なんて何もしてません。まだ何か、出来たはずなんです。もっと何か方法があったはずなんです……」

 そう言ってイースはどんよりとした空気で座り込んだ。


「……なんでこの人地下施設教師なのにこんなメンタル弱いんだろう」

 ただの生徒であるイヴは困った顔でそう呟いた。




「それでは、報告を聞きましょうか」

 立ち直ったとはいえまだ悲しそうな顔のまま、イースはそう言葉にした。

「……約束ですので来ましたが、無理に聞く必要ないんですよ?」

「いえ。自分のした事の結末を知るのも私の義務です」

 そう言葉にする癖にメンタルの弱いイースにイヴは溜息を吐いた。

「……ま、そういう性格なのも魅力なんでしょうけどねぇ」

「何か言いましたか?」

「いえ。何でも、とりあえず、報告を始めますね」

 その言葉にイースは頷き、真剣に聞く姿勢に入った。


 今回の犯人の名前はコーダ。

 コーダ・アラベル。

 王都に住むアラベル家の長男として生まれ、服屋の雑用係として働いていた。

 仕事の出来は良くも悪くもなく普通。

 ごく一般的な男性だった。


 一体何があってどうしてそうなったのかわからない。

 正直事態が急展開すぎて警備兵も事件を把握するのに時間が掛かった。

 結論だけで言えば、アラベル家と名のついた者はコーダによって皆殺された。


 当然の話だが王都の兵士という存在は無能ではなく、また他の領と違い武官にも余裕があり待機状態の武官も数十人は滞在している。

 だからすぐに事件が解決する話だったのだが……ここで一つ大きな間違いを犯してしまった。


 間違いが発生した理由は二つ。

 現場の遺体はバラバラでパーツが多かった上に半ば腐りかかっていた為、人数を正しく把握出来なかった事。

 偶然、有名な殺人犯が滞在しているという情報が入ってしまった事。

 この二つにより、コーダは当時犯人ではなく遺体の一つとして考えられていた。


 コーダが犯人であると気付いた時には現場を発見してから一週間以上経過した後だった。

 正しい情報が得られ、犯人がわかった国はコーダに懸賞金をかけた。

 それでもコーダは捕まる事なく、遂に学園内に逃げ込む事に成功し、地下に居ついた。

 より正確に言えば、イヴが地下に誘導した。


「とまあ、こんな感じですかね?」

「お疲れ様です。良く調べられましたね」

「調べろって言ったの先生じゃないですかー。大変だったんですよ」

「すいません。それで、犯人の能力はどの様な物だったのでしょうか?」

「剣を持っていなくても剣があるかのように斬る事が出来るって能力らしいんですが……私学者畑の人間なんで良くわかりません。出来るんです?」

 そう言ってイヴが首を傾げると、イースは微笑みながら手のひら大の石を地面から拾い、そしてそれに指をとんと当てた。

 たったそれだけで石は綺麗に割れた。

 崩れたではなく鋭利な切断面を見せるそれは、誰が見ても斬れたとわかる状態だった。

「おおう。どうやったんです?」

「特に種も仕掛けもありませんよ。斬撃の極意と言われる物の初歩ですね。ですので、そう言う事が出来る人はこの学園内にもそれなりにいます」

「ほえー。知らない世界だわー。あ、コーダの能力はそんな感じというかモロそれですね」

「ふむ。見るからに剣技を学んだ様子もなく素人だったみたいですが?」

「はい。どうも歪んだ認識により出来るようになったみたいです」

 そう言葉にし、イヴは他の教師と共に調べた事実を語りだした。


 コーダは最後まで人を斬っていたという実感を持っていない。

 どの様な事をしていたとしても、本人的には晩御飯を食べていたという行動しか記録出来ていなかった。

 だからこそ、晩御飯を食べる程度の難易度で人が殺せる能力が当然の様に生まれる事となった。

 本来ならば剣技を鍛えた上での一つの終着点に、何の努力もせず認識を変えるだけでコーダは会得出来てしまっていた。


「学園長が好きそうな話ですよねー」

 そうイヴが言葉にするとイースは苦笑いを浮かべた。

「私はそうは思いませんけどね」

「そうです? 人という存在の可能性を引き出したあり得ない事例。そういうの好きじゃないです?」

「そういう話は好きでしょうが……今回の場合彼は自分のしている事を自覚していません」

「ふむ?」

「逆に言えば、何をしているのか分からないという事です。ですので、彼は成長出来ません。そういう存在として能力が生まれてしまったという事、飛び級で能力を得たのは凄い事ですが、残念ながら彼はそれ以上成長する事がありえないのですよ」

「あー。じゃあ駄目だ。学園長が好きなのは無限に成長する人の可能性ですからね」

「ですね。では、続いての報告をお願いします」

「了解です。と言っても、後は犠牲者の人数だけなのですが……地下は把握が難しいですからねぇ」

 地下施設で特定の条件がついた殺人が起きると、罪をなすりつける為、誤魔化す為、模倣する為に殺人をする者が出て来る。

 それ以外にも、遺体をあらゆる目的の為に回収しようとする者も後を絶たない。

 だからこそ正式な数を特定する事は今回の様に見やすいバラバラ殺人であっても難しかった。

「大体で良いですよ」

「では……まあ合計八十人程度ですかね」

「おや……思ったよりも少ないですね」

「ええ。最初こそカモとして大量に人が襲い掛かってましたが、途中から人があまり寄ってこなくなりましたから」

「まあ派手にやり過ぎましたからねぇ。」

「ですです。そして、今回の遺体の中で確実に神の身元に帰ったのを確認したのは、三人です」

「おや? 私の知る限りでは二人のはずなのですが?」

 最後の最後に自分を犠牲にしたグルディと恩人を助ける為に残された短い時間とプライドを捧げ切ったゲーナ。

 この二人は魂が汚れているにも関わらず、神の元に行った。

 良くわからないが、ここに魂がなく神の元に行ったと宗教者達が言っていたから事実なのだろう。

 イースにとってそれは最後の気休めであった。


「ほら。一人いるじゃないですか。罪がないのが」

「います?」

「コーダですよ」

 その言葉にイースの殺気が溢れ空気がぴしっと張り詰めた。

「……おや。殺人犯なのに罪がないのですか?」

 イヴは涙目で答えた。

「さっきから言ってるじゃないですかー。全く自覚がないって。魂の汚れは自覚しないと汚れませんから何をするかは関係ないんですよー」

「……そうでしたね。ええ、ええ。気にはしてませんよ。ただ……どうせなら魂を捕まえる技法を覚えたマッドな方々を呼んでおけば良かったですね。あちらは実験材料が手に入ってよし、こちらも憂いがなくて良しだったのですが」

「本当……この地下の教師とは思えないほど人が良いですよねイース先生は」

 生徒の為に怒り狂っているイースを見てイヴはそう呟かずにはいられなかった。


「……そんな事ないですよ。何人も見殺しにして、場合によっては直接殺して。そんな私の人が良いなどと……。まあそれは良いです。今回はお疲れ様でした。約束通りこれで一月分のペナルティを帳消しにしましょう」

「やった! これで一月引きこもれる」

 そう言ってイヴは笑顔のまま腕を振り上げぴょんとジャンプして喜びを表した。

「……そこで一月ずっとこもってまたペナルティを受ける辺り貴方も相当ですよね……」

「研究が私を待ってるんで」

 さっきまで涙目だった人物とは思えないほどに爽やかな笑顔でイヴはそう言葉にした。

 イースは苦笑いしか出来なかった。


「あ、それはそれとして、私のお気に入りのプランちゃんはどうでした? 将来有望ですし何より可愛いくないです?」

 イヴがそう言葉にするとイースは露骨に困った顔を浮かべた。

 それを見て、イヴはあれ?と首を傾げた。

「……ええ。将来有望なのは確かですね。……私は彼女が少し恐ろしかったです」

「どしてです?」

 それに対し、イースはニコニコとした何時もの笑い顔の仮面をかぶった。

「この時の私の表情読めます?」

「無理ですね。胡散臭さしか感じません」

「ですよね。そういう風にしていますから。ですが……あの子は私の表情を、心を読みました。……いえ、あれは読んだというよりも私の仮面を突破し、心を掴んできたと表した方が近いかもしれません」

 偽りの表情の裏側にある隠した本心、それを掴みイースに同情する様な目を向けたプラン。

 それは表情を隠して生きるイースにとって天敵にも等しい存在だった。


「凄いよねーあの歳で」

「凄いですね確かに。それで人誑しでしたっけ?」

「というよりも皆が放っておけないタイプな感じ。凄いんだけど隙が多くて、誰かに支えてもらわないと大ヘマしそうな。でも誰かに支えられたらどこまでも伸びていく感じ」

「なるほど」

「そして何よりも可愛い! ちんまくてニコニコして。ああいう妹が欲しいなーって。今からでも私の妹になってって言ったらいけるかな? いやきっといける可愛いし」

「……それを伝えるのは相当以上に不気味がると思いますのでオススメはしませんよ」

 そう言ってイースは気持ち悪いという言葉を飲み込みながら渋い表情を浮かべた。


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