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4-18話 塵芥の中で輝く銀


 ――絶対何かあると思ってたよイヴおねーさんなんか怪しかったしさぁ!

 プランは学園内にもかかわらずスラム街よりもなお汚いという怪しい事この上ない道を全力で走りながらそう考えた。


 用事があるから来て欲しい。

 こういった頼み事なら理解出来る。

 だが、イブ・ストールはプランに対し、用事があるからと言ってわざわざ目印も何もないとある移動地点を指示した。

 しかも武装した上でだ。


 そしてイブ自身もまたそのお願いに対し納得してない様な雰囲気を醸し出しているのだ。

 巧妙に隠してはいたのだが、よほど納得していないのか不満が見え隠れしていた。

 怪しいと言わざるを得ないだろう。

 だが、従う外なかった。

 イブという存在はプランにとって頼れて信頼出来る人物だからだ。


 そして行けば死に際のゲーナのお願いである。

 どう考えても学園側の仕込みであり、そして汚い大人が何か質の悪い策略でも張り巡らせているのだろう。

 だが――。


「知るもんか……っ! 難しい話とか、恐ろしい裏とか……そんなの私達には何も関係ない。約束したんだ……助けるって……最後の最後の約束だったんだ!」

 学園の怪しき部分も、良くわからない事態に巻き込まれ組み込まれた事も、プランにとって重要な事ではない。


 重要なのは一つ、元クラスメイトが、最後の命を使ってまでプランを頼ってくれた事。

 それ以外は全て些細な事だった。




 既に死線を超えた数は十や二十では利かない。

 命を失う紙一重を何度も何度も体験した。

 全身傷だらけではあるが、それでも皮膚を切った程度の傷でまだ何とかなっている。

 それは単純に、幼き頃戦いに身を置き続けた感性とギリギリを見極めつつも冷静でいられる精神力をギャリシーは持っているからに外ならない。


 命を失うほどの経験を繰り返し、その上でギャリシーはまだ生きている。

 その御蔭でギャリシーは一秒ごとに成長を遂げていた。

 たった数十分の戦闘で、しかもただ逃げ続けているだけなのにここ一月よりも間違いなく成長しているという実感があった。

 とは言え、例え無限に成長出来たとしても……残念な事に勝ち目は全く見当たらない。


 目の前の浮浪者スタイルの化け物と対峙出来ているのは守りに徹底しているからであり、僅かにでも欲を掻けばその辺りに転がる未来が待っている。

 それ以上に大きな問題として……非常に残念なのだが、そろそろ終わりの時間である。

 体はまだ動く。

 汗を掻き皮膚は血で汚れているが、それでももうしばらく戦い続ける事が出来るほどに体はあったまったままである。

 ただ……数十分常に視線を潜り向けた所為か、肉体よりも脳の疲労が限界となっていた。


 意識がブラックアウトするのを堪えつつ戦うのはかなり無理がある。

 せめて一分……いや、五秒でもあれば一息ついて戦いに集中出来るだろう。

 だが、人ならざるとしか言えない何かの攻撃範囲が全く見えない。

 武器すら持っていないのに、そのリーチは短剣かそれよりも長い。

 鉄を切り裂く獣の爪を持っていると思って丁度良いだろう。


 その上に、当たればあらゆる物がバラバラになるという理不尽極まりない攻撃は、連撃として襲い掛かる。

 五秒どころか一秒すらも休む余裕はなかった。


「……糞が……死んで、たまるか……」

 強引に呼吸をして意識を戻す。

 ギャリシーは死ぬわけにはいかなかった。


 本来ならば、この命はもう終わっている。

 最初の化け物の攻撃に気づけなかった時点、ギャリシーは死んでいなければおかしいのだ。

 だが、今ここにギャリシーはいる。

 つまりこの命は……。


「ゲーナの預かりもんを……潰すわけには――」

 だが、決意とは裏腹に体の反応は鈍くなっていく。

 むしろここまで格上相手に生き延び続けている時点でもう結構な奇跡だった。

 だが、奇跡は一瞬だけであり、続く事は――。


 見えない刃が襲い掛かる。

 わかっていても、どうしよもうもない。

 もう……体はほとんど動かなくなっていた。


 ――これで、終わりかよっ……。


 死ぬ事自体に後悔はない。

 ゴミがゴミの様にあっさり死ぬ。

 それはもうどうしようもなく定められた事なのだから。


 だが、貰った命を守れなかった事だけは、悔やんでも悔やみきれなかった――。


「間に……合えー!」

 そんな叫び声と同時に、鋭い金属音が響いた。

 ギィンと金属と金属が激しく叩きつけられる様な音の中に、ギャリギャリと金属が高音で抉り削れる音。


 気付けばギャリシーの目の前に、小さな背中が立っていた。


「生きてる!? ううん生きてろ! 私の前で死ぬ事は許さないからね!」

 そう叫ぶのは、ギャリシーにとって最も憎い性別をして、そしてこの学園で最も恐ろしいと感じた存在だった。


「糞女……何しにきやがった」

 助けに来られた事より何より、視界に入った事に対しての不愉快さにギャリシーはそう声を上げる。

「煩い! ゲーナに言われて来たのよ! 理由位わかるでしょう!?」

 そう言って叫ぶプランの目元には涙が見えていた。


 大体それで理解した。

 理解したくない糞女の心情だが、何となくギャリシーは理解出来てしまった。

 そして、理解した事により強いイライラを覚えた。

「……ちっ。とりあえず引けヘタクソ! その盾次は保たないぞ!」

「まじで!? ありがとギャリシー君!」

 そう言って素直にプランは後ろに下がった。


 その直後で化け物はプラン目掛けて腕を振るうが、その攻撃をギャリシーは小石を投げて潰した。


「ゲーナは……いや良い。助かるわけがなかったな」

「……ごめん。助けられ――」

「謝るな」

 ギャリシーは憎悪を込めた瞳でプランを睨みそう冷たく言い放った。


「ゲーナが死んだのは俺の身代わりになってだ。お前如きが俺とあいつの間に入って来るな。邪魔だ。そしてとっとと消え去れ」

 そう憎しみの目を向けるギャリシーに、プランは怒りを込めた目で睨んだ。

「そっちこそ、私とゲーナの間に入ってこないで! 私は約束したの! あんたがどう思おうが何をしようが、ゲーナの為にあんたを助けるって! 素直に助けられろ!」

 そう言って二人は睨み合った後、タイミングを一致させて斬撃を回避した。

 本来ならばもう避けられないはずなのに、二人は上手く注意を反らしながら何故か軽々と避けきれていた。


「……ゲーナの為か」

「そうよ。ゲーナの為よ」

「……仕方ねぇ。ゲーナの為なら受けてやる」

「それは私の台詞よ」

 そうプランが言うとギャリシーは苦笑いを浮かべた。


「とりあえず盾寄越せ。下手すぎて見てられん」

「ほい」

 そう言ってプランがぽいっと放り投げるとギャリシーは盾を掴みながら相手の斬撃を受け流し、そのままくるりと回り壁を蹴って浮浪者から距離を取った。

「わぁお。すっご」

「……こんな良い盾ありゃこれ位な。だが防ぐ以外は出来ねーしもう盾長く保たねーぞ。助けに来たなら何か手はあるんだろうな!? ないならこの場で俺が殺すわ」

 ギャリシーの軽口にプランは困った顔を浮かべた。


「ない事はない。けど……ちょいと条件が」

「何だ早く言え」

「一撃で無防備になります」

「おう」

「終わった後私身を守れません」

「おう」

「……だからギャリシー君終わった後私を守って」

「――は? 一撃で片が付くんだろ?」

「たぶん。でも……本当に何も出来なくなるの。だからギャリシー君が守って私を元の場所に連れて帰ってくれる?」

「はぁ!? 何で俺がそんな事しないといけないんだ。その辺で野垂れ死ね!」

「うん。だから使えないなー。困ったなー。ゲーナとの約束でギャリシー君助けないといけないのになー」

 そう言ってニヤニヤするプラン。


 答えなどわかりきっている。

 ただ、ギャリシーはとにかく嫌だった。

 この厄介なのを庇い、護るという事を考えるだけで腹が立つ。

 とにかく気に食わない。


 だが――。

「……何でもやってやる! 護れというなら誰からでも護ってやる! 抱きしめろだって、甘い言葉を吐けだって、何でもしてやる! だからその切り札使いやがれ!」

 その言葉にプランは笑顔で答えた。

「はーい!ただ……悪いけど実力不足なもんでちょいと自信がない。一瞬でも良いから隙を作れる?」

「ああ! 一瞬だけならな!」

 ギャリシーはぶつけどころのない後悔と怒りを胸に秘め浮浪者の方に集中した。


 ――本当に、気に入らねぇ。

 死ぬほど嫌いな女がいる事もそうだが、それ以上に、プランという存在と連携を取るのが非常に容易い。

 それこそ長い事一緒にいた様な安心感すらある位だ。


 その上、こいつには嫌いになりきれない何かがある。

 自分が女相手にそう思う事……それこそが、ギャリシーは何よりも気に入らなかった。





 相手は浮浪者の様な外見で化け物だが、その恐ろしさは色々と異なる。

 人とも違い、獣とも違い、ましてや憎悪の象徴でもある魔物とも違う。

 強いて言うなら、刃物そのものの怖さだろうか。


 獣にすらある殺意や感情を、相手からは一切感じない。

 例えるならば……自動で動く道具である。

 風を受けて風車が回る様に、水を受けて水車が回る様に。

 目の前に見えたから人を殺す。

 ただそれだけの道具の様だった。


 一手。

 殺意も欲も、一切の感情すらも見受けられない絶対必殺の腕が横薙ぎに振るわれる。

 それをギャリシーは両手足地面に付けた蜘蛛の様な姿勢で回避し、その不気味な低空姿勢のまま浮浪者に突撃する。


 二手――。

 壁に跳びかかった後蹴り飛ばし、その勢いのまま剣を突くギャリシーの一撃に対し、浮浪者は腕を振り乱してギャリシーの持つ剣を小さな欠片に容易く分解する。


「これで……三手目!」

 ギャリシーは追撃の腕を空中のまま盾で受け流し、更にその時の勢いをそのまま回転に変え――化け物の横っ面を盾でぶん殴った。


 頭蓋骨が砕ける音と同時に赤い液体と透明な液体が飛び散る。

 それがただの人ならばこれで終わりという致命傷となる一撃だが、ギャリシーはこの程度で終わるわけがないと理解していた。


 そしてプランに合図を出そうとして――止めた。


 恐ろしいほどに美しい鈴の音が聞こえたからだ。

 プランが既に、倒れている浮浪者の奥に移動しているのをギャリシーは見た。

 その手には木製の玩具の様な剣が握られていた。


 たった一手、それで十分だった。

 また一つ、ギャリシーはプランを憎む理由が増えた。


ありがとうございました。

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