4-15話 塵芥4
地下でのクラスという関係は地上と全く異なり、仲良しで共に学ぶというよりも他クラスに対抗する為の軍事同盟に近い。
当然仲が良いのならその方が良いのだが、大抵の場合はクラス内でも個人行動が主流となる。
そういう意味で言えば、ギャリシークラスは一人のトップを作り纏まっている為本当の意味で領や国に酷似していた。
だが、例えクラス内で仲が悪くても、生き残る為の手段として最低限の連携は取り、他クラスへの牽制だけはどのクラスも行っている。
お互いのクラスがその相手の領地を奪いあい、また相手から物資を略奪、並びに殺人ありの弱体化工作を図る。
戦争のルールがない領地争いと考えたら地下でのクラスの関係図が見えるだろう。
だが、ただ争うではお互い上手く行かない。
自分達の主義を通す為に延々戦い続けるのは蛮族のやる事だ。
その為、本当に重要となるのは内政の方である。
金銭を使って物資を増やし、味方を作り自分達の土地を守り増やしていく。
その法則に気づけないクラスは一瞬で瓦解する。
銭で、力で、物量で押し切られどうして食い物にされたのかすら気づく事はないだろう。
そしてこの国盗りの法則に気づき理解した場合は、誰であれクラスの周辺土地を護ろうとするなんて驚くほど地味な活動しかしなくなる。
というよりも、クラスの周辺土地、支配圏がいかに重要かを理解すれば他に手が回せるわけがなかった。
そんなまさしく国取りの様な状況が続く中、ギャリシークラスはその支配圏をこの三日で大きく減らした。
具体的に言えば、二割から三割程度の減少である。
減少した理由はグルディが亡くなったからだ――。
グルディの危機察知能力は斥候としてはこれ以上ないほどに頼りになる能力だった。
だからこそ、それだけの支配圏の消失はどうやってもカバーできない部分だと言える。
これが国や領地の奪い合いであるならば、兵や兵糧、武具の準備に時間がかかる為もう少し領地を取られるまで猶予があっただろう。
だが、地下は少人数での行動が基本な為恐ろしく流れが早く、カバー出来ない支配圏が奪われるのに三日というのは十分な時間だった。
明らかに数が減ったクラスメイトにどんより落ち込んだ空気。
だが、そんな事一切気にもせず担任イース・キリキアは開かれたクラス会にてニコニコとした顔で淡々と言葉を綴っていった。
「という訳でして、今日の予定は戦闘訓練、軍略について、そして対人トラップ講座の三つです。戦闘訓練は何時もの場所ですから準備をしてください。不参加の場合は必ず寝室かそれに属する部屋に待機してくださいね?」
「……先生、質問が」
その言葉に一瞬だけ冷ややかな空気が流れた。
死すらも錯覚する様な、そんな悍ましい気配を一瞬だけちらつかせ、イースは微笑んだ。
「珍しいですね貴方が私を遮ってまで質問するなんて。何でしょうか?」
「はい。こいつ――ダリアンの特技である魔法関連はどうするんです? 今日まで一度も学ぶ機会なかったのですが」
「ああそういう――。はい、授業でやるつもりはありませんよ。まあ、代わりに教本を地下図書室に用意しておきましたからお暇な時にどうぞ」
「……先生。地下図書室なんて俺達一度も行ってないし行く機会ないんですけど」
「訓練が終わって、暇になったら行けば良いじゃないですか」
そう言ってイースは微笑んだ。
暇になんてなるわけがない。
課題をこなしたら次の課題、その課題をこなしたら次の課題。
ギリギリまで詰め込むスタイルの授業が主流の中で時間が余るわけがなかった。
要するに、イースはこう言っているのだ。
『教師に逆らわない範囲の手段を用いて、自分達で時間を作れ』
それは教師を買収しても良いし、何なら先生がもう良いというまで高速で課題を終わらせても良い。
とにかく各自で何とかしろという事だった。
「……わかりました。説明ありがとうございました」
ギャリシーの無表情で淡々とした礼にイースは微笑み頷いた。
「ええ。では、頑張ってください。それと、以前言われていたダリアンさんの例の件は了承しましたよ。こちらとしてもまあ……誓約書でも作れば納得出来る範囲ですし」
そうイースが言葉にしても、当の本人であるダリアンは何の事かわからず首を傾げた。
「あー。あれだよ。お前を地上に戻すって奴。俺達の誰かが何かしらの功績を稼いだらお前が地上に戻れる様俺が連絡を入れておいた」
「……え? それ良いんですか?」
ダリアンが驚きそう尋ねた。
「本来なら駄目なのですが、貴方ならまあ……ぶっちゃけ幼稚なだけですから。ただし、幾つか誓約書は書いていただきますけどね。破ると命のなくなる類の」
例えそれだけ厳重だったとしても、地下の人間がそのまま地上に戻るというのは相当以上に異色な事であった。
「ああそうそう。一応今回の……なんだかやけにごみ処理に協力してくれている犯人さんですが、彼を何とかしても功績としますよ?」
そう言葉にすると、ざわっとした空気が流れた。
イースの言っているのはバラバラ殺人の事だろう。
という事は、ゴミと言っているのはこの前殺された……。
とは言え、その事に怒る者は誰もいない。
イースに歯向かう事の愚かさは過去一瞬だけクラスメイトであり、そしてあっという間にクラスメイトだった何かに変わった何かを良く見ている為恐ろしいほどに理解している。
問題はそこではなく、功績の方である。
要するに、バラバラ殺人犯を何とかすればダリアンが地上に帰れるという事だ。
それだけではない。
それはつまり、無意味な仇討ちに正当なる理由を付ける事が出来るという事でもあった。
ゲーナ辺りはずっと我慢していた。
クラスメイトが殺され、グルディが殺され、その相手の厄介さ故に何も出来ず、情報を積極的に探るぐらいで他に何も出来なかった。
そのゲーナ達に、今、明確に仇討ちをするべき理由が出来てしまったのだ。
ギャリシーはどう説得しようかを苦虫を噛み潰した様な顔で悩みだした。
イースは去り際に、教室の隅に手配書を貼って帰った。
バラバラ殺人の犯人の外見とその犯行状況についてが記されており、概ね事前に報告した事と調べた事と一致している。
ただし、その手配書には一つだけ事前に伝えられていない重要な事が書かれていた。
「……報酬は地下施設内でのある程度の融通。ま、何時もの事だ。だが……報酬支払期限が……一週間しかないぞ。どうしますギャリシーさん」
ゲーナはあからさまに誘導しようとする意志を見せながらそう言葉にした。
ダリアンを地上に帰す良い機会である事に間違いはない。
間違いはないのだが……。
「諦めましょう」
その言葉は他の誰でもなく、ダリアンから放たれた。
「……どうしてだ?」
ゲーナは凄みを持たせ、脅す様な目つきでそう言葉にした。
「え? どうしても何も危な過ぎるからです。それに……僕の考えが間違っていなければ時間が解決してくれますし」
「あん? どういう事だダリアン。手配書が出来たから誰かが殺ってくれるって事か?」
ギャリシーがそう尋ねるとダリアンは首を横に振った。
「いいえ。それもあるかもしれませんが……ほら。手配書に期限が書かれているじゃないですか? たぶんこれ学園側のリミットなんだと思うんです。つまり……」
「ああ。期限が過ぎたら学園が処理するって事か」
その言葉にダリアンは頷いた。
確かに、ギャリシー達にとってバラバラ殺人の犯人は危険極まりない。
だが、教師達からしてみれば路上の石程度の存在にすぎない。
それ位ここ地下にいる教師のレベルはずば抜けている。
だから学校側がその気になればこの問題は数分で解決となる。
今そうなっているのは教師達に都合が良いからに過ぎないという事は、深く考えなくとも皆が理解していた。
「まあ、今までそうしなかったのは生徒の自主性とか言う奴ですよたぶん」
皮肉めいた口調でダリアンはそうぶっきらぼうに言い放った。
「ダリアン、お前はそれで良いのか? これを逃したら次はいつかわからんし、その時までにお前が生きて居られる保証はないんだぞ?」
ゲーナはとても本心とは思えない様子でそう言葉にした。
ゲーナの本心など誰でも理解出来た。
自分の手で、クラスメイトの仇を討ちたい。
それがわかっているからこそ、ダリアンは首を横に振った。
「僕を理由にして建前を作るのは止めてください」
その言葉にゲーナは顔を赤くし、ギャリシーは苦笑いを浮かべた。
「ひゅー。言う様になったねぇダリアンも。ま、今回はお前が正論だ」
そう言ってギャリシーはダリアンの頭をぽんぽんと叩いた。
「ちっ。まあしゃあない。お前が良いなら今回は見逃すしかないな」
ゲーナはそう言葉にした。
「そうしてください。それに、確かに僕が次の機会までここで生きて居られるのかはわかりませんが……それは皆も同じでしょう。そう、ここじゃあどうなるか誰もわからないんですから……」
そう言ってダリアンは、遠くを見つめた。
窓もなく狭苦しいはずの教室が、今日だけはやけに広く感じた。
「……そうだな。……ああ、そうだったな」
ゲーナもその言葉に同意し、手配書を壁から引っぺがした。
「……ギャリシーさん? どしました?」
さっきから無言でぼーっとしているギャリシーにダリアンはそう尋ねた。
「ん? ああいや、なんでもないさ。……何でも……」
そう言った後もギャリシーは何か考え込んでいる様な態度を取り続けた。
恐ろしくしんどい三連続の授業が終わり、夕飯の時間となった。
食事に関しては……正直文句しかない。
いや、質が悪いというわけではない。
むしろ選択肢がない代わりに常に野菜が付く分地上よりも食事情は良い位だ。
ただし、その野菜が彼らにとっては問題だった。
出て来る食事の量は悪くなく味も良いのだが、基本的に薄味で必ず茹でた野菜が複数必ず出る。
そして当然酒の類は出てこない。
一般的な人であるなら喜ぶ食事であっても、冒険者崩れである彼らにとってその食事はあまりに健康的過ぎた。
それ故に、我慢がどうしてもできない者は夕食を食堂に食べに行かず自分達で何とかする。
一旦食堂に入ると残す事が許されないからだ。
最悪の場合、好き嫌いが原因でコックに殺される。
例えどんな死にたがりであったとしても、その死因だけはきっと拒否するだろう。
あまりにも情けなさ過ぎる。
この例え他クラスと合同の食事になろうとも絶対に争いが起きない平穏な永世中立地帯だが、そこに入る者の顔は大体が暗く、辛そうだった。
ただ、今日は食べるのが嫌で雰囲気が暗い事以外にも少々変わった事が起きていた。
ギャリシークラスの食事時間になっても、来ている人数がいつもよりも少なく人数で言えば十人程度となっている。
いつもなら十五人程度は来るのに、今日に限ってで言えばやけに人が少なかった。
「……お前ら、いるな?」
食堂とは全く違う場所で、ゲーナは後ろにいる仲間達にそう言葉にした。
ゲーナを筆頭に、ギャリシーにゲーナ組と言われた者達四人の合わせて五人。
彼らは皆が食堂に行っている時間を見計らい、脱走してきた。
目的は当然、仇討ちである。
当然だが、ゲーナも危険性は考慮に入れている。
その上で、ゲーナは動く事を選択した。
勇猛で、性に奔放で、怒りっぽくて、そしてそれ以上に、ゲーナの性根は優しすぎた。
グルディ達クラスメイトの仇討ちにダリアンを地上に返す為、そしてそれを望むギャリシーの為。
その目的と自分の命を天秤にかけ、命が軽く感じるほどには、ゲーナは優しかった。
「……一応冒険者として、最後の冒険になるかもしれんしな。点呼を取るぞ。一」
その声に合わせて、順に数字が呼ばれて行く。
だが……数字が合わなかった。
この場にいるのは五人。
だが、最後に声を出した人の数字は六だった。
少ないのではない。
何故かその数は多かった。
「は?」
慌ててゲーナは後ろを向く。
そこには――ギャリシーが苦笑いを浮かべゲーナ組の後ろに立っていた。
「俺を出し抜けるなんて思ってたかい?」
そう言ってニヤニヤするギャリシーに、ゲーナは申し訳なさそうな顔をする事しか出来なかった。
ありがとうございました。




