4-14話 塵芥3
四人で見回りに行き、帰って来たのは三人だけ。
何があったかを察するにあまりある状況であり、誰一人、生き残った彼らを責めなかった。
震える三人から事情を聴き、見捨てて逃げたと彼らが懺悔しても、責める者はいなかった。
責められるわけがなかった。
ただ、多くの者は信じられない様な顔をした。
軽薄で適当で、ロクデナシの中でも特別ちゃらんぽらんで、それでいて誰よりも臆病者。
そんなグルディだけは死ぬわけがないと皆心のどこかで思っていたからだ。
付き合いの長いゲーナは悔しそうに歯噛みし、ギャリシーは泣きそうな顔になっていた。
それでも……誰もダリアン達を責めなかった。
「……お前らはゆっくり休め。…誰か、この三人を寝室まで護衛して連れて行ってやってくれ」
絞り出す様にそれだけ言葉にすると、ギャリシーはタバコを取り出し火をつける。
ギャリシーが常にタバコを用意してあるのは自分で吸う為ではなく取引の為だ。
タバコという存在は地下では金銭よりも良いレートでの取引が出来る。
だからギャリシーはいつもタバコを持っているだけで吸った事はなく、商売道具に火をつけ口にするのは今日が初めてだった。
信じられない。
そんな空気が場を支配する。
とは言え、残念ながら大半はグルディの死を悲しんでではない。
グルディが三人を庇った事に驚愕を覚えているだけだった。
「……俺の目から見ても、あいつは極度のチキンだった。とても……誰かの為に死ねる様な男じゃあない。だからこそ、あいつがいなくなるなんて事は、俺が死ぬよりもあり得ないと思ってたのに……」
ギャリシーはぽつりと、遠くを見ながらそう呟き、再度タバコを口に加える。
その横顔は哀愁という言葉ではとてもいい表せないほどの深みがあった。
まずい。
気持ち悪い。
質が悪いからかこういう物だからか、ギャリシーはこのタバコの味をすこぶるお気に召さなかった。
だが、それでも何か誤魔化しとなる物をギャリシーは欲している為、捨てる事はなかった。
「……まさかの遺品になっちまったけど……これ、あいつの荷物です」
そう言ってゲーナは帰ったきたら密告してやろうと思っていたグルディが買った道具をギャリシーに手渡した。
それは資料だった。
「……これは何だ?」
「近隣クラス複数の見回り資料みたいですね。主にバラバラ死体に関してが中心の」
「……どうして、これをグルディが?」
「ほら。ダリアンが来たから資料の重要性が増したじゃないですか」
「ああ。だが、それでどうやって……、いや、どうして他クラスから……」
「買ったんですよ。着服――いや、そんな大それた事じゃないか。小銭をネコババして集めた金で。んでどうせ『俺一人で調べたんだー』って威張る予定だったんだろうなアイツの事だから」
「ああ……その理屈ならわかる。グルディらしいな」
そう言ってギャリシーは今は亡き友の忘れ形見に目を通した。
自慢の為だけにわざわざ他クラスから資料を買った。
しかも、その元金は少額をネコババして集めた金。
臆病で小者のグルディらしいとしか言えない。
そしてそれをゲーナが密告し、グルディがギャリシーに窘められ、大して反省もせずなあなあになってギャリシーとゲーナが苦笑する。
それがいつもの流れだった。
今回も、そうなる予定だった……。
「それでも……きっちり役に立つ事するからあいつは面白い――いや、面白かったよな」
そう言ってギャリシーは笑おうとした。
だが、笑う事は出来ずぎこちなく頬を動かすのが精いっぱいだった。
「これはダリアンに届けてやってくれ。ひでー書き方で汚い字だが、ダリアンならまあ上手く活用するだろうさ。……ゲーナ。一つ、尋ねて良いか?」
クラスメイトに資料を渡した後ギャリシーにゲーナに向き合いそう尋ねた。
「何ですギャリシーさん?」
「あいつがさ、どうしてダリアン達に命を費やしてまで守ったのかの理由……わかるか? 俺にはさっぱりわからん」
四人全員死ぬのは理解出来る。
グルディだけが返ってくるのもまだ理解出来る。
だが、グルディだけが自分を犠牲にして死ぬなんて、全くもってグルディらしくなさすぎる。
長く一緒にいて良くにていたギャリシーだからこそ、グルディらしくなさすぎて違和感しか覚えていなかった。
「……ああ。たぶんですがその理由はちょっとだけわかります」
性格が異なり、仲が良かったかと言えばそうでもなかったが、それでも同族意識のあるゲーナはそう言葉にした。
「そうか。教えてくれないか?」
「はい。と言っても、あれですよ。ただ……褒められたかったんですよ。俺ら、親はいないし友達と呼べる存在もアレなんで」
「……褒められたかった?」
「ええ、他の誰でもなく、俺らを見てくれているギャリシーさんに」
そう言ってゲーナは苦笑いを浮かべた。
親には捨てられ、世間には冷たい目で見られ、自分の性根は腐っている。
それでも、友だと言って手を差し伸べてくれ、何度愚かな事をしてもその手を離さなかったのなんて……ギャリシーだけである。
グルディとゲーナは確かに仲良くなかった。
だが、その点だけで言えば間違いなく同士だった。
だからこそ、二人共ギャリシーの事を友達とは思っていない。
二人にとってギャリシーは主君であり、そして同時に親でもあった。
ギャリシーはゲーナの言葉に、何も言えなかった。
「たぶんですけどね、あいつ今回も誰かを犠牲にして生き延びる事なら出来たと思うんですよ。でもさ、それをしたらギャリシーさん悲しむでしょう? 悲しませたくない。出来たら褒められたい。だから……良い恰好がしたかったんだろうな……」
「そうかい……。だがな……俺は全然嬉しくないし、褒めたくもねぇよ……」
ギャリシーの声は震えていたが、その事に触れる者はいなかった。
後日、臆病者グルディの死は正しく確認された。
その凄惨な姿をギャリシーは見る勇気がなくゲーナが確認した。
確かに……本人だった。
そう断定されてから、珍しく正しい形で処理された。
この地下には教師と生徒の他にも幾つかの特別な役職の人間が存在している。
その中には当然、この地下に多く出る物、生徒だけでは対処しきれない物……死体処理係という役職も存在している。
ただ、彼らは聖職者でもなければ慈悲深い人間というわけでもなく、ただの職員である。
、その為、死体の扱いはいつも乱雑で愚痴りながらの回収であり、最悪の場合はその場の焼却となる。
いつもはそのはずなのに……グルディの死体だけは恐ろしく丁寧に全てのパーツが集められ、元の姿に極力復元された上で、正しい形の処理、地上に埋葬された。
普段運が悪い癖に、こういう時だけ運が良いのかとクラスメイト達は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
いくら珍しく丁寧にされているとは言え、あくまで地下にしてはというだけである。
当然だが、葬式なんてものが行われる事はない。
クラスメイトの方もそれをわかっているし、それを行っている時間も彼らにはない。
誰かが死んで悲しみに暮れるなどという当たり前のことをする様な余裕も価値も、地下に済む人達にはないからだ。
だからこそ、皆無理にでも気持ちを切り替えた。
ギャリシーは目を赤くし、ゲーナは顔を顰めながらも、いつものクソみたいな日々に戻っていった。
「……これで三日か」
グルディがいなくなってから三日目、そしてダリアンが寝室横にある部屋に籠ってからの三日である。
どれだけ仲が良くても、どれだけ寂しかろうと、地下という施設にいて、自分を最低野郎であると自覚している皆は日常に戻る事が出来る。
だが、真っ当であるからこそダリアンは苦しんでいた。
自分の為に犠牲が出たのだから猶更だろう。
そう、クラスメイト皆は引きこもったダリアンの気持ちを察した。
それがわかっているからギャリシー達はダリアンが元気になるまで待った。
待ったのだが……それもそろそろ限界だった。
「なあ。この場合どうしたら良いんだ?」
部屋の前でギャリシーは困った顔でそう呟いた。
他の奴ならば『とっとと出て来い』と叫べばそれで良いのだが、相手は真っ当で、そしてしんそこ幼稚なダリアンである。
下手に出れば良いのか、甘やかせば良いのか、ギャリシーには判断が付かなかった。
そして、当然他のクラスメイトもである。
「……とりあえず、飯を食わせません? 三日食わないってのはガキにはちょっと……」
知らず知らずの内に完全に子供扱いをしているゲーナがいた。
十八歳という年齢にもかかわらず外見内面共に幼いダリアンの印象は、子供でしかなかった。
そしてギャリシーもそれに違和感を持たず、こくりと頷いた。
「そうだな。よし、じゃあ……」
そう言って意を決し、ノックをしようとドアに近づいたその瞬間――バタンと強くドアが開けられた。
思いっきり顔を打ち付け、ふらっと倒れ掛かるギャリシー。
そしてその奥から出て来たダリアンは、目は真っ赤なもののすっきりした表情を浮かべていた。
「あれ? 皆さんどうしました?」
ダリアンが首を傾げているとギャリシーは赤くなった鼻を抑えながら眉を顰めた。
「あん? お前が落ち込んでいるからどうしようか悩んでいたんだよ!」
ほぼ逆切れに近い勢いでギャリシーは叫び声をあげた。
「え? 落ち込んでいたって?」
「だから籠ったんだろ? 部屋に」
「落ち込んでいたのは確かですが……別に落ち込んでいたから籠ったわけじゃあないですよ。というか、資料纏め室に落ち込んだからって立てこもったら迷惑極まりないでしょう」
「いや、俺ら別に行かないから誰も困らなかったぞ」
ダリアンは目を丸くした後盛大に溜息を吐いた。
「いや。そもそも落ち込んでいても資料室には籠らないでしょう普通」
「いや。お前は頭良いから数字でも見てたら落ち着くのかなと」
ダリアンは再度、露骨に溜息を吐いた。
「ま、落ち込んでいたのはそうですが、それよりもしないといけない事がありましたから」
「……何をしていたんだ?」
「グルディさんの遺した物を纏め、皆にわかりやすく伝える。それが、僕の唯一出来る弔いで、そして僕の戦いだと思うんです」
そう言葉にするダリアンは微笑んでいた。
その横顔は、子供のものではなく確かに男の顔だった。
「なるほどな。そりゃそうだ。ダリアン、出て来たって事はつまり、お話する準備が出来たって事か?」
ギャリシーの言葉にダリアンは頷いた。
「はい。期待して――」
その言葉と同時に、ダリアンの胃は空腹を自己主張し、盛大に音をかき鳴らした。
「……の前に、何か食べさせて下さい。お腹が空きました」
「照れもせず堂々と言う辺り、お前も微妙にここに馴染んできたな」
そう言ってギャリシーはダリアンの頭を乱暴に撫でまわした。
「バラバラ殺人野郎についてまとめましたが……ぶっちゃけますけど皆さん難しい事言ってもわかりませんよね?」
ダリアンのその発言に、クラスメイト全員が同時に頷いた。
それを馬鹿にしての発言と感じれば、誰か一人位怒る様な言い方である。
だが、ダリアンを怒る声はない。
全員が、ダリアンが自分達を馬鹿にしているなどと感じる事がない。
何故ならば、全員が自分は本物の馬鹿であるとしっかり自覚しているからだ。
むしろ、『そうだ。俺達は馬鹿だからお前が全部難しい事やってくれ』と全員が当然の様に思っていた。
「ですからかなーり簡潔に、結論だけ纏めました。どうしてって質問をしてもらえたら答えますがかなり面倒ですよ」
「わかった。絶対に質問しないわ」
ギャリシーはきりっとした口調でそう答えた。
「では一つ目、バラバラ殺人野郎の犯行時刻は常に夕方から夜です。深夜から朝方は今のところほぼ安全です」
「おう。だが、今のとこってのはどうしてだ?」
ゲーナは疑問に思いそう尋ねた。
長期での殺人をする場合は時間を絞らないのが普通である。
同じ様な場所で、同じ様な時間に人を殺すのなんて、活動時間だけ行動する獣の様だった。
「グルディさんの用意した資料で分かった事なんですが、犯行時間が広がっている様です。もしかしたらいずれ二十四時間常に人を殺し続けるかもしれません。なのでしばらくは安全としか言えませんね」
「わかった。続けてくれ」
ダリアンは頷き、資料をめくった。
「これは資料というよりも実際に見た僕と二人の意見を纏めたものですが、何か武器を使ってる様子はありませんでした。ついでに言えば魔法を使ってる痕跡もなかったです」
「暗器……隠し武器や暗器の可能性は?」
「見る限りその可能性は低いですねギャリシーさん。少なくとも、ワイヤーや刃物を扱っている様な動きではありませんでした。……そういう方法に心当たりありませんか?」
指をすっと通すと、そのままバラバラになる。
そんな事はダリアンの常識では考えられない事であり、そしてギャリシーの常識であってもあり得ない事だった。
「悪いがないな」
「わかりました。そんなわけで驚異的な切断能力で危険極まりなく厄介としか言いようがないのですが……残念な事にもう一つ、厄介としか言えない能力を持っています。それは擬態ですね」
「擬態?」
「はい。詳しくは僕もわかりませんしそう表現して良いのかもわかりません。ですが、あのグルディさんが視覚するまでその脅威に気が付きませんでした。何となくヤバいという言葉だけで危機から逃げて来たグルディさんがですよ? 下手すれば切断能力よりもそっちの方が脅威じゃないですか?」
その言葉にざわっとした空気が流れる。
この地下生活でグルディの危機感知の恩恵を受けていない者はいない。
その能力が通用しなかったというだけでそれがどれだけ危険であるのか、皆が同様に理解出来た。
それはグルディがいなくなったからこそわかる重要度の高い情報であり、グルディが命を消耗して持ち帰った貴重な命綱の様な情報でもあった。
「外見もやせ細った上にみずぼらしく、動作も遅く戦えるどころか歩く事すらままならない様子です。ですから初見で危険であるとは思えないでしょう」
「……殺す時だけ機敏に……か。だから擬態か」
「はい。後は走る事が出来ないのか一度に多数殺さないからか、逃げる僕達を追いかけて来る様子すらなかったです。その理由はまあ不明ですが」
「……わかった。他に使えそうな情報はあるか?」
「はい。この教室から南側の教室付近に被害が集中しています。ですので南側に行かなければ危険は最小限に抑えられるかと。あくまで最小限ですが。それと、相対的にこそ死者数は変わっていませんが、被害者自体は増加傾向にあります」
「……すまん。難しい言い方じゃわからん。それは、バラバラ殺人は増えてるけど死んだ数は変わらないって事か?」
ゲーナの言葉にダリアンは頷いた。
「はい。そう言う事です」
「……なんでバラバラに死んでるのに死人は増えてないんだ?」
「今まであった他の死因が減っているからです。他クラスも用心している事と、本来殺す側が殺されているからこうなっているんだと」
「つまりアレか。今まで殺しを重ねて来たヤバーイ奴らが殺されてるって」
「まあ……概ねそんな感じです」
「なるほどな。悪いな色々聞いて」
ゲーナはそう言ってダリアンに礼を伝えた。
「いえ。ではここまでです。何か質問は……」
全員が首を横に振った。
「それじゃ後の相談はお任せします。僕は……ちょっと……寝ますね……」
そう言ってダリアンは教室の後ろに移動し、寝袋を取り出してそのまま音もなく泥の様に眠りだした。
ダリアンの三日ぶりの睡眠だった。
「よしお前ら。ダリアンの用意した情報を頼りに今後の事を考えるぞ……出来るだけ静かにな」
ギャリシーは一切音を立てず死んでるのかと不安になるほど静かなダリアンの方を見ながらそう言葉にする。
それに全員が頷き、体を寄せ合いひそひそ声で相談を始めた。
ありがとうございました。




