4-13話 塵芥2 臆病者のグルディ
現在十九人となったギャリシーがトップを務めるクラスだが、ギャリシーの下に着くという形での中心人物が三人いる。
元からギャリシーと近い位置にいた初期組のゲーナ、グルディと今回新規で入った誰とも役割が被っていないダリアンである。
ゲーナは他者よりもはるかに優れた巨体に力強さ、力へのひた向きな努力、誰かをいたわれる心と慕われるべき部分は十分にあった。
ゲーナの元々の欠点である女性に対しての劣等感やあふれ出る劣情は実際に経験する事により非常に軽くなり、今では人よりも少々女性を買う頻度が高くからかわれる程度である。
ダリアンはクラスの中で誰よりも幼い。
肉体や外見という話ではなく、精神がである。
誰の所為でもない不幸が起きると誰かの所為にしたがる。
誰かの所為で不幸になると恨み、怒りはするが何もしない。
そしてあっさりと爆発する。
その精神は幼稚としか言い様がない。
だからこそ、ギャリシーのおかげで余裕の出来たクラス一同はダリアンの事を弟の様に、子分の様に可愛がった。
地下に馴染めない一般的な精神に幼さを残し、またそれに相反して知性の高いダリアンだからこそ、唯一のポジションに付く事が出来た。
では、グルディはどうだろうか。
細身の巨体に大きなアフロ。
いつも口だけは大きく話を盛るが実力はさほどでもなく、さしたる努力もしていない。
別に他のクラスメイトに優しいというわけでもなければ頭が良い訳でもない。
確かにクラスを笑わせ明るくしてくれるが、それは目立ちたいからに外ならず、いいとこなしの性格と言っても過言ではない。
そんなグルディがクラスの中心人物に入っているのは、ギャリシーに近いという理由以外に大きな要因があった。
それは、グルディが恐ろしく臆病な事である。
ただ臆病なだけでない。
極度なまでの――いや、病的なまでの臆病である。
大口叩く癖もその臆病さの裏返しからであり、怖いから常に自分を大きく見せようとしてしまう位は気の小さい男、それがグルディである。
その臆病さこそが、この地下では最も優れた資質であるとも言えた。
地下施設送りになる者は、基本的にロクデナシである。
だからこそ、臆病なんて欠片も持たない考えなしな者が多い。
誰かに負けるなんて考えもせず、誰かに負けても次は勝てると意味のない自信を持ち、ありもしない次に期待する。
そんな性格が多い中で、その臆病さは確かな資質だった。
実際ギャリシーも性根で言えば臆病とはかけ離れ勇敢な方である。
だからこそ、その臆病さにはギャリシーも助けられており、実際グルディの臆病さに救われた事は何度もあるからこそクラスの中心人物に残っている。
ただ、その様な性格だからこそ、どうしても人望の厚いギャリシー、ゲーナよりも下に見られる事が多かった……。
「もう少し来ても良いと思うのになー。なあダリアン」
恐ろしく汚くそこらへんの街の路地裏よりも汚い道を歩きながらグルディは隣にいるダリアンにそう声をかけた。
「いえ、僕のわがままで来てもらって……。本当ありがとうございます」
そう言ってダリアンは付いてきてくれたグルディと二人のクラスメイトにぺこりと頭を下げ礼を言った。
事の始まりはダリアンの提案からだった。
『自分でも実際に状況を分析したい』
何時も教室で資料を分析、作成しているからダリアンは実際にその目で死体や周辺状況を確認しなければこれ以上の進展は難しいと考えた。
今まで死体を発見していたのはその為に探索してわけではなくあくまで副産物であり、元々見回りには安全確保という意図がメインである。
最低でも教室と寝室の通路、出来るならその通路周辺、更には教室寝室の周辺までの安全確保。
それが出来るのと出来ないのではクラス全体の死亡率に大きな差が出てくる。
こまめな見回りをしておかないとよくわからない輩が住み着き、最悪の場合は他クラスが食い物にする為に集団で襲ってくる。
クラス単位の襲撃の可能性は流石に零に等しいのだが、それでも安全管理を怠り餌とみなされると……その可能性が徐々に上がる。
だからこそ、クラス周辺の見回りは命綱と言っても過言ではないほどに必要な行為だった。
それは小さな領地を持つ貴族が盗賊対策に斥候を散策させるのと非常に良く似ていた。
そんな重要度の高い見回りである為、ギャリシー指導の元極力正確に、細かく資料作成が行われているのだが……如何せん控えめな表現で言ってもこのクラスには馬鹿しかいない。
ダリアンが必死に解読、予測を繰り返して正式な資料にしてはいるがどうしても情報が足りなかった。
その為ダリアンは自分が直接検分する必要があると言葉にし、今まで参加していなかった危険な見回りに参加する事になった。
ギャリシーはダリアンの見回りにグルディを付けた。
危険に対し人一倍敏感なグルディならダリアンが危険に遭う可能性が最も低いと考えたからだ。
当然二人ではなく、他のクラスメイトにも参加する様ギャリシーは呼びかけたのだが……参加したのは二人だけだった。
それが冒頭のグルディの愚痴に繋がっていた。
「とは言え、しゃあないっすよ。あっちに人が行くのは」
後ろの一人がそう言葉を漏らした。
グルディに人望がないのはしょうがない。
それだけでなく、今はゲーナに人望が偏っている。
その理由は単純に、ゲーナは仇討ちを諦めていないからだ。
仇討ちの為に証拠を探すついでに見回りをする。
それが今のゲーナ達の考え方であり、そしてクラスメイトの多くはそっちを是としていた。
「あいつらもいい加減忘れれば良いのに。ミイラ取りが何とやらにしかならんぞ全く」
グルディはしょうがないなという態度でそう言葉にした。
クラスメイトの死に対してそう答えるからこそ人望がないのだが……後ろの二人もダリアンもそれは言わずにいた。
実際口には出していないが、三人共グルディの言葉には共感出来るからだ。
死者の数は横這いなのに、バラバラ死体の発見数は今日までずっと増加傾向にある。
見つかった数だけでもそれなのだから、全体で何人死んでいるのかわかったものじゃあない。
しかもその犠牲者の中にはギャリシークラスが元々要注意扱いしていた危険人物も混じっている。
それはこの地下であっても異常な事であると断言出来た。
「でさー。俺はチキンだっつってな、飯では……」
本来ならば例えバラバラ殺人野郎がいないとしても注意しながら歩かないといけない通路で、グルディは自慢話を繰り返している。
正直内容はどうでも良い為三人は聞き流しているので、何を言っているのかは知らない。
ただ、グルディが話しているという現状が重要だった。
グルディが気楽に自慢話をしているという事は、ここは安全である。
そう言う事だからだ。
だから話をしている方がありがたい。
それはそれとして、うっとおしいのは明確な事実ではあるが……。
「でな……。俺はそいつの胸倉掴んでな……。チキンを……」
そこまで言葉を紡いでいたグルディは、急に黙りこんだ。
「……グルディさん? あの――」
ダリアンが何かあったのか尋ねようとしたすると、グルディはダリアンの口に手を当て強制的に黙らせた。
「……おい」
グルディはハンドサインで後ろの二人に合図を出し、二人は頷いて周辺警戒を始める。
グルディはダリアンを抱えたまま曲がり角の奥に入り見えにくい位置に移動した。
「……通路奥に二人組。バラバラ野郎じゃないですけど……」
「……この前揉めたとこっすね」
二人はそうグルディに報告した。
「……この前ってどれだ?」
「ゲーナさんと女性問題でもめた奴です」
「……あの馬鹿のか……」
グルディは顔を顰めながらそう言葉にした。
「ただ……あれはあっちが悪いので……」
「悪いか良いかじゃない。面倒事になってるのが不味いんだよ」
グルディはそう言葉にした。
何てことはない。
ゲーナがお気に入りの女を買った時に無理やり相手が割り込んできて、無理やり女を連れて行こうとしたからその相手が返り討ちにあった。
それだけの事の為ただの逆恨みだが……それでもグルディにとって誰が悪いかなんてどうでも良く、現状で言えばただの厄介事でしかない為ゲーナに対し怒りを覚えていた。
「んで、どうしますかグルディさん」
「……気づかない内に撤退するぞ」
その言葉に二人は頷いた。
「……あの、僕、戦えますよ? 二人位なら……」
そう言ってダリアンは杖を手に握った。
それを見て、グルディは鼻で笑った。
「はっ。お前、戦う度にスクロール使うだろうが。別にここは無理に守るべき場所でもなければ無理に戦う場面でもない。そういうのはもっと重要な場面で使え。それ以前に、俺達の仕事は危険を報告する事だ。対処する事じゃない。勘違いすんな」
そんな叱りつけるグルディの言葉は完璧なまでに正論であり、ダリアンはむっとしながらも素直に従い、四人でこの場から逃げ出した。
それからしばらく、四人は移動を繰り返した。
グルディの自慢話を聞き流し、グルディの忠告に従い、遠回りを繰り返しながら危険人物を見かけた場所を記入しながら。
そして出発から二時間ほどで、とうとう最初の遺体を発見した。
幸か不幸か、バラバラになった遺体を……。
「大丈夫かダリアン? 最初は辛いよなぁ。俺でさえもちょっとばかりきつかったからなー」
最初に死体を見た時に泣くまで吐いた事を黙ったままグルディはそう言葉にした。
ダリアンは無言で顔を青くしながらも、しっかりそのバラバラになった遺体の情報を紙に書き連ねていった。
今までの情報でわからなかった部分も含め、目をそらさずに。
その苦しみと戦い頑張る姿に対して嫉妬の心を持つグルディ。
その心の小ささこそがグルディの悪い癖であり、同時に持ち味でもあった。
「……全く。顔青くして……なぁ」
小馬鹿にする様な仕草でグルディは後ろ二人にそう声をかける。
だが、後ろ二人は同意も否定もせず、むしろグルディの方に対し愛想笑いをしてみせた。
それを見てグルディは溜息を吐き、気持ちを切り替える。
自分が不利とみると手首を返すのはグルディの得意技だった。
「ダリアン。何かわかったか?」
粗方書き終わった辺りでそうグルディが尋ねると、ダリアンは頷いた。
「はい。色々と」
「そうか。ま、俺がいるからな。上手く行くに決まってるわな」
そう言ってグルディはドヤ顔を浮かべ自慢げにアフロを撫でる。
態度こそ酷いものの、ここまで安全に見回りが出来る人はグルディを置いて他にいないのも事実である。
何と言っても危険が近づくだけで気が付くなんて予知能力に近い事が出来るほど臆病なのだ。
他にそんな人材いるわけがなかった。
「んじゃ、帰る……か……」
グルディは遺体の奥から歩いているくる誰かに気が付き……声を失った。
それに気づけなかったからだ。
視界に入るまで、今までどんな危機にも敏感に反応していたグルディが、一切気づけなかった。
だが、視界に入れたらソレに理解出来た。
あれは危険の中でもとびっきりの危険――。
言うなれば死そのものである。
「……グルディさん。どうしました?」
ダリアンは目を丸くしたまま動かなくなった様子を見て怯えた表情でそう尋ねた。
それに対し、グルディは一言呟いた。
「……あいつ、たぶんあいつが犯人だ」
その言葉に、ダリアン含め三人が慌てて遺体の通路奥に目を向けた。
その人物を一言で言えば、浮浪者である。
薄汚れた原形がなくなりつつある服装にこけた頬。
健康的には一切見えない細い手足。
目は淀み切り、口は半開きで腹に手を抑え空腹に耐えている。
それは死を待つだけの浮浪者の様にしか映っていなかった。
「……あ、あれがですか?」
ダリアンが半信半疑――いや、疑惑の眼差しでグルディにそう尋ねた。
歩くことすらままならない様子でフラフラとしか移動出来ていない。
そんな人物が何か出来るとはとても思えなかったからだ。
だが、グルディは一切の油断なく、その浮浪者から目を離さずゆっくり後ずさっていた。
これまでの経験と、臆病な性格。
両方が頭に今までで最大規模の警鐘を鳴らし、グルディの心臓は飛び出そうなほど暴れまわっていた。
「……ダリアン。この地下に弱った浮浪者はいない。何故かわかるか?」
「いえ、現に目の前にいるじゃないですか?」
「……弱った浮浪者が一人で歩けるほど、ここは平和か?」
その言葉でダリアンも気が付いた。
ふらふらでやせ細って、着るものも惨めになって、とても戦える様子には見えないその浮浪者は、一人で道の真ん中を歩いているのだ。
誰にも殺されずに――。
ダリアンの緩んだ気持ちが冷や水に付けられたかのように引き締まり、杖を手に持って――。
「止めろ」
グルディはスクロールを使おうとしたダリアンの動きを止めた。
ダリアンが杖を持った瞬間頭に響く警鐘が酷くなり頭痛へと変わったからだ。
その忠告にダリアンもそれに素直に従い杖をしまい込んだ。
これまで数々の危機に直面しても生き延びて来たグルディには、今回の対処方法がしっかりと見えていた。
生贄を用意し、その間に全力で逃げれば良い。
どういう理屈で、どうしてかわからないがそうすれば生き延びられるのだとグルディは理解していた。
グルディは臆病である。
心の底からのビビリであり、天性のチキンハートの持ち主である。
死ぬ事を考えるだけで震えあがり、生きる為ならばどんな辛い事でも恥ずかしい事でも平気で行う。
だからこそ、腐った性根ながら今日まで生きてこられたし、これからもそうやって生き続けたい。
その為ならば何でもしてやる。
それがグルディという男だった。
「……今から三数える。そのタイミングで、全員で一斉に全力で走って教室に向かえ」
グルディはそう言葉にした。
「え? ぼ、僕の足じゃ……」
ダリアンは怯えた様子でそう言葉にした。
「知るか。全力で走れ。死にたくないならな。俺は死にたくない」
そう言葉にするグルディの顎はガチガチと音を立て震えていた。
「……でも……でも……」
泣きそうな顔でダリアンはグルディの方を見た。
その顔をグルディは見なかった――。
「行くぞ……」
その言葉に、四人はいつでも走れる構えを取った。
ダリアンは泣きそうな顔をしていたが――。
「いーち……」
ゆっくりのカウントに合わせ、全員の足に力が入る。
逃げる。
ただそれだけの、シンプルな命令。
ただし、失敗したら死ぬ。
臆病者のグルディでなくとも死を予感するに十分な状況であり、その空気は氷よりも凍えた様な冷たい空気だった。
「二!」
そう叫んだ瞬間、グルディは誰よりも早く、一目散に走り出した。
浮浪者に向かって。
「なっ!?」
三人にとって予想外の行動であり、三人は同時に、グルディを目で追ってしまった。
「三! 早くお前ら、はし――」
三人はグルディの事を、目で追ってしまった。
だから、その瞬間を見てしまった。
言葉を紡ぐ間すらなく、バラバラにされていくグルディの姿を――。
ずっと、死ぬのが怖かった。
だけど、勇気を出さないのはもっと怖かった。
グルディにとって人生生まれて初めて誰かを護る為に勇気を出した瞬間で……そして最後の瞬間だった。
それが伝わったのか、それとも恐怖が限界だったからか……。
三人は泣きわめきながら全力で走った。
どうして泣いているのか、自分でもわからず、とにかくひた向きに、全力で教室まで走った。
ありがとうございました。




