1-8話 割と忙しい自由時間1
サリスとの食事の後二人で受付に戻り、部屋鍵を受け取った。
寮は全て第三エリアのメイン施設にあるのだが、同じ建物内とは言え山をぐるっと囲うほどの広さがあり、プランの部屋は受付から右手に移動した後の二階に行き数キロ歩いた先で、サリスの部屋は受付から左手奥に十数キロ移動した先。
流石にこの広さなら、偶然会う事はないだろう。
プランは受付でサリスと別れ、そのまま自分の部屋に向かった。
次会えるのかわからない。
それでもジメジメせず、あっさりと笑顔でのお別れになるのはサリスの大きな長所だなとプランは思えた。
ここが寮のある通路だからかプランは多くの……色々な人とすれ違った。
明らかに冒険者のような人や普通の服装をした人が大半なのだが、中には研究者や学者のような衣装の人も、それ以外にもエプロン姿の人や酒瓶片手に持ってふらふらした人すらいた。
本当に多種多様な人達とすれ違いながら足を進め、そしてプランは目的の部屋にたどり着いた。
「えと……『0-5-2-6』と……うん。合ってるかな」
プランは鍵に付けられたタグと扉の前に書かれた数字が一致した事を確認してから鍵を扉に差し込み、回した。
ガチャリと多少心地よい感触と共に鍵は回り、扉の施錠は解放される。
プランは鍵を取った後扉を開け、部屋の様子を確認した。
そこはびっくりするくらい、普通の部屋だった。
小さなテーブルと椅子二つ。
衣装タンスとそのミニチュア版のような小物入れ。
そして、二人は一緒に寝られそうな大きなベッドが一つ。
ベランダはないが窓はあり、窓の外には第二エリアのメイン施設の壁が見え、そこには大きな時計が設置してあった。
ちなみに今の時刻は十時過ぎである。
「……もっと酷い環境を想像していたけど……普通に良い部屋じゃん」
ぽつりと呟きながら、備え付けられたベッドにぽふっと腰を下ろし、大きく安堵の息を漏らした。
「ふぅー。……んー。ちょっと疲れたなぁ。ただ、これはしないとねぇ」
そう言いながらバッグから渡された概要と明日の予定、それに願書を確認を取り出しテーブルの上に置いた。
「あ、その前に……」
何かを思いついたプランはおもむろに立ち上がってタンスを上から順番に開け放っていく。
タンスの中には寝間着、普段着が三着ずつ入っており、しかもご丁寧にご自由にお使いくださいと紙に書かれていた。
「おおーこんなにあるのかー。んじゃ、ご自由に使わないとねー」
と言って寝間着を取り出し――やけにすけすけなネグリジェだった為それをプランはタンスの奥に封印してから、露出が極限まで低い子供っぽい寝間着を取り出し着替えた。
理由はお腹が冷えないようにである。
その後小物入れを開け、羽ペンとインクを取り出してからプランは願書に記入していった。
名前、プラン。
リフレストではなく、ただのプラン……。
年齢は、十五。
十六の誕生日を経験した事を懐かしく思い変な気持ちになってプランは自嘲するように笑った。
出身地は……なし。
家族もなし。
嘘ではない。
冒険者の経験はなし。
仕事の経験は……何と書くべきか少々悩ましい。
そして少し考えた末に、この旅で手伝い褒められた仕事内容だけを記述する事にした。
料理屋、道具屋、農家。
冒険者にならずにこっちに就職したらと言われそうだと考え、プランは記述するのをここまでにしておいた。
特技は、悩ましいが畑を耕すのとパンを作る事と書く事にした。
剣に関しては、未だに自分の中で特技と認めたくないというちょっとした葛藤が残っていたからだ。
契約妖精はなし。
六神内の特定の宗教に肩入れもなし。
当然それ以外の神に信仰するという事もない。
借金の経験もなし。
正しくはプラン個人の借金はなしだが、そこまで書かなくても良いだろう。
最後に、冒険者となろうとした目的という項目があった。
色々曖昧となって、今のプランは先も見えない迷子のようなものだが、それでも……それだけははっきりと答える事が出来た。
『力を求めて』
そう、あらゆる物から大切な人達を守る力を。
ただそれだけの為に、プランはここに立っていた。
「と言っても、不謹慎だけど実はちょっとだけ楽しみなのよね。学校って行った事なかったし」
そう言ってプランは小さく微笑んだ。
戦闘スタイルはなし。
ついでに目指すべき戦闘スタイルも特になし。
完全に零、まっさらの状態である。
学んでみたい教科は、錬金術。
その他やけに細かく尋ねられた質問を全て答えた後インクを乾かす為に邪魔にならない位置に願書を置き、明日の予定について目を通す。
そこでプランは、取返しの付かない事実に気が付いた。
『入浴は午後十時まで』
そう、この学園にはお風呂があるのに既に入浴時間が過ぎているのだ。
「お風呂あったのか……ああ、もう少し早く気づけば……いや、意味のない話か」
溜息を吐いて諦めた後、プランは早朝風呂に入る事を誓った。
気を取り直して、明日の予定についてプランは目を通す。
どうやら入学してすぐに授業が始まるわけではないらしく、しばらくは自由な時間が続くと書かれていた。
その自由時間は他生徒との都合もあるので一概にどの位かは決まっていないそうだ。
ただ、最長で一月までらしい。
その間は例の三か月にカウントされず、三か月間のカウントは授業開始したその日からだそうだ。
その自由な時間がある間に学園内の、特に授業場所や購買、自主トレーニングが可能な施設を確認しておく事を推奨していた。
自主トレ可能な施設に幾つかは種類があり、大きくわけて学習系と運動系の二種類となる。
魔法を除く勉強用や魔法の勉強用などの学習系はそれ用の本が置かれ、運動系は単純に肉体を鍛える物とランニング用のグラウンド、戦闘訓練が出来る場所などがあるそうだ。
クラスが決まって本格的に授業が始まるまでは授業参加は禁止だが、自主トレ施設は自由に使って良い。
その他、わからない事があれば受付に尋ねろ。
最後に『サークル活動はいつでも自由に参加して良いのだが、無理な勧誘があった場合はトラブルとなる前にすぐに報告する事』とわざわざ一番最後に太字で書かれていた。
「サークル活動って、何?」
プランは首を傾げながらそう呟いた。
「……ま、明日聞けば良いか。さて、要綱を……って思ったけど……」
数十枚という分厚い書類の束を見て、急に睡魔に襲われたプランは自分が疲れている事に気が付いた。
この状態で何か読んだところで脳に入るわけがないだろう。
プランは仕方なく睡眠の準備に入る事にした。
「えと……さっきあったよね……」
プランは小物入れから歯ブラシを取り出し、そのまま鍵と歯ブラシ、コップだけを持って部屋の外に出て行く。
そしてフラフラしながら色々な人に水場とトイレの場所を尋ね、寝る前の準備を終えてベッドの中にもぐりこんだ。
早朝、朝六時という時間、プランは全身の力を抜き温み切ったふにゃふにゃな顔をしていた。
「ぬへー。あー超気持ち良いわー。リラックス出来るし目覚めにも良いし……朝風呂ってのも良いわねぇ。習慣にしようかしら」
プランはそう呟きながら、広い湯舟でたった一人という贅沢な時間を堪能していた。
利用者の多い浴場と言えども、流石にこの時間から利用する人はほとんどいないらしい。
その贅沢を最大限に最大限享受する為陽気に鼻歌を歌ってると、どうやら自分以外にも客がいたらしくひたひたと足音が近づくのを聞いた。
「おう。ご機嫌だな」
そう言って話しかけて来たのはサリスだった。
「おはよサリス。また会えたね」
「おう。おはようさん。縁があるな」
「うん。そうだけど……うん……少しは隠さない?」
全裸で仁王立ちをしているサリスに対してプランがそう言うとサリスは首を傾げた。
「別に女同士だから良いだろ?」
「いや、少しは恥ずかしく思ってよ」
そうプランが言うと、サリスは更に胸を張った。
「俺の辞書にそんな言葉はないな。大体、こんな傷だらけの裸なんて見ても誰も喜ばないだろ」
サリスの体には言う通り、小さな擦り傷が無数にある。
逆に言えば、その程度の傷しかついていなかった。
「いや、傷関係なく胸おっきいしウェスト細いし手足すらっとしてるし超スタイル良いじゃん。水が滴るのも何か色っぽいし……ぶっちゃけ健康的だけど超エロい。男ならけっこうな人が喜ぶと思うよ?」
そうプランが言うとサリスは赤面し体を隠すようにドボンと風呂場に入った。
「……なんだ。恥ずかしいって言葉あるじゃん」
「今俺の辞書に書き込まれたんだよ」
そう言って顔の半分を隠しぶくぶくと泡を立てるサリスを見てプランは微笑んだ。
「んでさサリス。ちょっと聞いて良い?」
「あん? 何だ?」
「サークル活動って何? 明日の予定に書かれてたけど」
「あー。何だっけ。同じ仲間でワイワイするんだったかな。ま、良くわからん」
「そか。んじゃ受付に聞かないとね」
「おう。俺も一緒に行って良いか?」
「良いよ。良いけど、私この後予定あるからその後でね」
「この後って風呂あがった後何かあるのか?」
「うん。何かあるのよ」
「……ま、言いたくないなら言わなくても良いぜ。そういう事もあるわな」
事情があるのだろうと思ったサリスがそう言うと、プランは微笑みながら首を横に振った。
「いや、すぐわかる事だし大した事情はないよ? ただね、ちょっとしたサプライズにしたいだけ」
「そか。んで、その用事終わったらどこで合流する?」
「昨日の食堂でどう?」
「わかった。昨日の食堂な」
「うん。んじゃ、私はその用事あるから先に出るね。ごゆっくり」
そう言ってプランは微笑みながらその場を去っていった。
「……サプライズねぇ。何をしてくれるのやら」
そう言ったニヤリと笑った後、サリスは両腕を風呂場の縁にかけ、大股を広げ歌を歌いだした。
残念な事に、お世辞にも上手だとは言えないような歌声だった。
「ハワードさん。他の人の迷惑だから歌は止めてください」
ぴしゃりと言い放つ何時もの声に、サリスはうんざりした顔をあげ声の主を見た。
「げっ」
「げっとは何ですか。仮にも貴族同士でしょうが。もう少し礼節を……」
「ああはいはい。おはようごぜーますエージュ・バーナードブルーはくしゃくれいじょーさま」
「はい。おはようございますサイサリス・ハワード伯爵様」
その言葉にサリスはさきほど以上に顔をしかめた。
「……悪い。俺も止めるからその呼び方は止めてくれエージュ。何かうすら寒くなる」
その言葉にエージュはくすっと笑った。
「はいはい。おはようございますハワードさん」
「おう。おはよーさん。……なあ、聞いて良いか?」
「何でしょう?」
「どうしてこの学園に来たんだ? 冒険者ってガラじゃないだろ」
その言葉にエージュは驚き、しどろもどろになった。
昨日までは役職や貴族の義務で学園まで来ていた可能性が残っていたが、今ここにいるという事は、エージュも入学したという事で間違いない。
長い付き合いの為サリスはエージュが戦えないわけではないという事を知っている。
いや、戦えないどころか、エージュの戦闘能力はサリスを圧倒していると言って良い。
剣術だけなら負ける気はしないが、エージュはそれに加えて実戦レベルに昇華した魔法が使える。
正しく貴族としての薫陶を受け、己が才にも貴族という地位にも溺れる事がなく、ただひた向きに努力を続けたエージュ。
その理由は『自分が貴族だから』それだけである。
決して戦うのが得意だったわけではないが、常に努力を続け、貴族としての誇りを胸に常に努力を続け、人々を守ろうとするその姿をサリスは良く知っていた。
だからこそ、サリスは己が領主に相応しくないと理解した。
『自分勝手な俺では、とてもこうはなれない』
まっすぐで一生懸命で、それでいて誇り高い。
だからこそ、口煩くて考え方が違ってもサリスはエージュの事が嫌いではなかった。
そんなエージュが、貴族の誇りを持ったエージュがどうして冒険者学園に来たのかをサリスは不思議に思っていた。
「えと……その……あ、あれです。そのですね、この学園は知識としての魔法も教えてくれるので自らの知識を高めより魔法の理解を高めようと思いましてです。ええはい! それだけです!」
「お、おう。そうか。俺には良くわからない世界だが魔法を教えられる人は少ないから学ぶ事は大変だって聞いたし、そういうもんなんだろう」
「ええそうなんです。ですから私は私の目的があってこの学園に入学したんですよ!」
「そうか。ま、ほどほどによろしくな。ここでは同じ学園だしお互い貴族とかそういう立場忘れて……は無理だな」
「え、ええ。私は貴族ですから。ただ、貴族としてではなく同級生として接しろというのでしたらそれもやぶさかではございませんよ? その位の融通は持ち合わせているつもりですので」
「じゃ、それで。ま、どうなるかわからんがよろしくな?」
「はい。よろしくお願いします。……それはそれとして、もう少し恥じらいを持ってくださいませんか? 目のやり場に困ります」
そう言って顔を反らすエージュにサリスは苦笑いを浮かべた。
「んー。お前一人なら口煩いで済むけどプランにも言われたし少し考えるかな」
その言葉を聞いた瞬間、エージュは烈火のごとく怒りを露わにした。
「なんで私が言ってもダメで他の人が言ったら聞くんですか!?」
「だってお前煩いし」
「煩いって何ですか!? そもそも私達は……」
いつものようにギャーギャー騒ぐエージュの話を右から左に流しつつ、サリスはぼーっとした気持ちで遠くを見た。
――ああ。何か腹減ったな。
「エージュ。飯食おう。腹減った」
唐突に会話を遮られ、何の脈拍もなくそう言われエージュはぽかんとして何も言えなくなる。
「ほんっとうにこの山猿は……」
そしてエージュは、大きく溜息を吐いた。
ありがとうございました。