4-1話 戻ってきました学園生活
早朝の弱々しい日差しの中、その仄かな明るさでプランは目を覚ました。
一人用にしては悪くないサイズと質のベッド――それは決して悪い物ではないのだが、プランは少々ばかり狭く感じていた。
もちろん、プランが大柄というわけでは決してない。
むしろプランは同世代と比べても相当小柄な方である。
ではどうしてかと言えば……プランはその理由であるベッドにもぐりこんでいる同居人の頭を優しく撫で回した。
自分と同じ様に小柄で、自分と違って大人しくて可愛らしい子猫の様な同居人の名前はミグ・キューブ。
見ての通りの美少女である。
ミグがベッドに潜り込んで来るのは以前から良くある事だった。
というのも、どうやらミグは暖かい場所で寝るのが好きらしい。
「……本当に猫みたいねぇ」
そう言ってプランがミグの頭を撫でるとミグは寝たままではあるが嬉しそうにプランに体をこすりつけだした。
にゃー。
そんな猫っぽいミグをあやしていると、自分も構えと言わんばかりにベッドの下から鳴き声が響いた。
「おや。君も来てたのか」
プランがそう言葉にすると黒猫は返事をする様にまた一鳴きしてみせた。
ミグがどこからか拾って来た猫は本当にどこからともなく現れる。
一月完全に放置していたのにまるで何事もなかったかのように現れる辺り懐いていると思って良いだろう……たぶん。
「……良くわからないけど、お腹空いてる?」
にゃん。
まるで返事の様なその答えにプランは少し考え、そしてすぐにあげられそうな物を考えて……無塩チーズを取り出した。
「ごめん。これくらしかないや。生のお肉って学園生活だと地味に貴重品なのよねぇ」
アイスクリームよりも生肉の方が高いなんて世界があるとはプランは思いもしていなかった。
価格操作? とか色々とあるらしいがプランには良くわからないし正直どうでも良かった。
大切なのは、今現在この子のご飯をどうしようか。
それだけである。
「……別に、何もあげなくても良いよ」
ミグはプランに抱き着き目を閉じながらそう呟いた。
その姿勢は絶対に二度寝するモードにしか見えなかった。
「おはよミグちゃん。あげなくてってどういう事?」
「……この子、野生に近いから勝手に取って食べてる。だから……私に……」
そう言ってミグは目を閉じたまま口を大きく開けた。
それを見て、猫がにゃーにゃーと叫ぶ様に抗議の声をあげていた。
「つまり、この子は食べなくても良いけどおやつが欲しくて甘えているって事?」
その言葉にミグは頷いた。
「……それって今のミグちゃんと何か違う?」
「……違わない。けど、私も欲しい」
プランは苦笑いを浮かべた後、猫にだけチーズを上げた。
「二度寝するのに何か食べたら駄目でしょ。ご飯持ってきてあげるからそれまで寝てて良いから我慢してね」
「……ふぁい」
ミグはそれだけ答え、主のいなくなったベッドで堂々と丸くなった。
プランは決してミグを甘やかしているつもりはない。
ミグの寝起きの体温は尋常じゃないほど冷たくて、そしてミグ自身毎朝本当にしんどそうだ。
それに加えて、ミグは普通ではない部分が多すぎる。
朝弱いのが性根に問題があるとは、プランはとても思えなかった。
――何時か事情を話してくれたら良いよね。まあ言いたくないなら言わなくても良いけど。
そんな適当な感じでプランは朝の用意を済ませた。
「一月開いた上に一月も経験してないけど……これも日常っぽくて良いね!」
そんな元気の良い独り言を呟いた後、プランは久方ぶりに日常である食堂の手伝いに向かった。
プランの在籍しているクラスは教師一人に生徒十四人構成となっている。
元々十一人いた新入生は八人に数を減らし、それに加えて三か月突破した先輩が四人、一年を突破した大先輩が二人で計十四人。
三か月突破した先輩は忙しくて全く縁がなかった為、どういう人達なのかクラスメートなのに良く知らなかった。
ただ、彼らがとても忙しかったその理由は、今回長期の遠征依頼を受けた事で何となく理解は出来た。
おそらく同じ様な依頼を受けていたのだろう。
さて、今回一つ、ちょっとした悲しい出来事がプラン達のいない時に発生していた。
ここで問題となったのは先輩方ではなく、新入生側となる。
何があったかと言えば……まず、新入生の数は八人である。
そして今回、プランの受けた長期課題に向かったのはその八人の内、なんと七人だ。
別に一人ぼっちにした事が問題というわけではない。
参加を要請したが断られた後だし、むしろ残された一人は単独行動を好むフシもある位だ。
問題となるのはぼっちという事ではなく……月課題についてだ。
最初の月課題と同時に、教師であるグライブル・ラスカディはこんな内容を説明した。
『週の課題四回と月の課題一回。つまり一月後、課題の成果をクラス内の新入生で比べ、一番成果の大きかった奴は残りの新入生に命令出来る権利が与えられる』
これの何が問題かと言えば……単純な話であり、プラン達はこの成果を比べ判定を出す時には依頼真っ最中である。
それは当然プランだけではなく七人全員がそうだ。
つまるところ……新入生の命令権は不戦勝でその場にたった独りのこされたダルクの物となった。
同情と苦笑いに溢れる場でそう言い渡された張本人のダルクでさえも、苦笑いを浮かべる事しか出来なかったそうだ。
「という事で新入生への命令権がこんな狭い個室で二人っきりの会話って……もしかして私狙い!?」
狭い室内で向き合っている中プランがそう答えると、何時も険しい表情を浮かべているダルクは更に険しく、それでいて嫌悪を露わにした。
「そんな訳ないだろうが」
「ですよねー。むしろ取り調べに近い様な雰囲気だし」
そう言ってプランは苦笑いを浮かべた。
無精髭を生やし鋭い目つきをした筋肉隆々の男とテーブルを挟んで対面での二人っきり。
それだけ見ればかなりやばい様な雰囲気を醸し出している。
ただ、プランはそんなダルクに恐怖を覚えていなかった。
プランは自分の目には多少の自負がある。
その目が、ダルクから敵意の様なものを感じた事は一度もなかった。
むしろ、プランの目にはダルクは何かに怯え震えている様にさえ見えている。
であるならば、どれだけ相手の外見が怖そうであっても、プランが恐れる事はなく、嫌う理由も存在していなかった。
「それで、何だっけ? 何したら良いの?」
そうプランが尋ねると、男は紙とペンを取り出し、今までよりいっそう鋭い目でプランを見据えた。
「不戦勝であっても一応の命令権だ。思う様に使わせてもらう。お前が経験した冒険譚を話してもらおうか」
「冒険譚?」
「ああ。別に今回の事でも良いし、何ならネ――いや、冒険に関わりそうな事なら多少変わっても構わない」
「……んー。つまり、面白そうな話が聞きたいって事?」
「その見識で構わない。冒険者を志す上で同業者の話は参考になるからな」
その言葉を聞き、プランは目を丸くしてくすりと笑った。
「うん。もちろん良いよ」
その言葉にダルクは感謝を示す様に小さく会釈をした。
プランが笑った理由は単純である。
ダルクが純粋に良い人だとわかったからだ。
ダルクは今日、初めて嘘を付いた。
『同業者の話は参考になるから』
これを言う時ダルクはあからさまで、誰でも嘘だと気づくほど挙動不審になっていた。
それはつまり、今回の命令には一切悪意がないという事に加え、ダルクという男は嘘を付き慣れていない事を意味している。
であるなら、プランは一つの結論に思い至った。
――ああ。この人冒険譚とか好きなのか。
その為だけにこんな場を用意した事を考えると、ダルクの事を外見に見合わず可愛らしい人とさえプランは思えた。
「そうだなー。この前の依頼が一番凄まじかったけど……他の人からも同じ話を聞いてるよね?」
何と言っても七人全員で行ったのだ。
他の人が言わない訳がない。
「ああ。聞いている。だがそれでも構わないぞ。話し手によって内容は変わるし複数の視点で物語を捉える事によりより自体を深く把握出来る」
「んじゃせっかくだしまだ記憶に新しいしその話しよっか。でもさ、二つほど良い?」
「……何だ?」
「一つは守秘義務とか色々あったから話せない部分も結構あるよ?」
本当の依頼人の話など出来るわけがなかった。
「構わん。あくまで冒険者として話してくれたらそれで良い」
「あい。もう一つはね、私あんま話上手じゃないし、話の組み立てとか客観的にとか全くできないから私からの目線でしか話せないよ?」
「主観的に構わない。それも一つの味だ」
「あいあい。んじゃ、私の大冒険についてお話をしましょー!」
そうプランが言葉にすると、ダルクは小さく拍手をして見せた。
意外にノリが良いトコもあるらしい。
色々と曖昧にぼやかしつつ、教会からの依頼を受ける事になったと説明し、その後プランは何も出来なかった事を説明した。
皆が頑張っているのに何も出来ず、それどころか弱い癖に戦うと迷って足さえ引っ張った。
その果てには犠牲になるかのようにクコが殿に立り、生き残ったがボロボロとなってしまった。
後悔した。
下らない力に振り回された事に、何より弱い癖に何とか出来ると思った事に……。
「というわけで、私は無能! それを久しぶりに思い出した私は回りの凄い人に頼りまくる事にしました! その結果……何故か大戦争に……」
少々予想外にもほどがある流れにプランは苦笑いを浮かべた。
「ジャンヌダルクとなる様言われたんだったか?」
「おや。ジャンヌダルクさんとやらを知ってるの?」
「ああ。一応な。それで続きは?」
熱心に、偉く綺麗な字でメモを取るダルクを見てプランは調子に乗り、更に楽しそうに続きを話した。
再度の挑戦、単独行動で敵ボスと相対、逃げられないから窓から逃げた事、そして最後に捕縛。
最後だけ若干ぼやかしてだが、プランは一から全部自分の体験した事を説明して見せた。
「……というわけでこれにて終わりです。お代は拍手にて」
そう言ってプランが気取った仕草で頭を下げると小さく拍手をし、ダルクは頭を下げた。
「助かった。お前話し巧いな」
「えへへ。主観的で良いならね。これでもおしゃべり好きな女の子だから」
「そうかよ。じゃあこれで命令は終わりだ。じゃあな」
「ん。ダルクもまたね」
そう言ってニコニコしながら手を振るプランにダルクはしかめっ面のまま反応を示さず出ていった。
今日も生徒であるにもかかわらず、イブ・ストールは学園入り口で受付嬢の仕事を行っていた。
後輩の女の子から可愛いと言われた錬金術の制服を身に纏い、ニコニコと上っ面の笑顔を浮かべうんざりしながらロクデナシ共の接客をしていく。
この学園に入ろうとする人間の八割――いや、九分九厘がロクデナシの屑である。
会話ですらマトモに受け答え出来ず、意味のない自信を持ち、他者を利用する事しか考えてない。
だからこそ、イブはここに来る人でマトモな人材がいかに貴重であるかを良く知っていた。
ただ……ぶっちゃけた話冒険者として大成するだけなら屑でも何でも構わなかった。
ただし、能力があって自分を客観視出来るならという条件は付くが――。
実際イブも『何が何でも研究を続けたい』という自分のこの性格は決して善良ではないとわかっている。
いや善良ではないどころかむしろ相応以上に利己的である。
だからこそ、学園もそんなイブを重宝していた。
確かにイブは良くルールを破る為、その罰則として業務活動をさせられる。
だが、学園の顔である受付は誰でもなれるという訳ではない。
ある程度以上に実力があって、学園の内情とルールを正しく把握し、その上で清濁併せ呑む事が出来なければならない。
そう、その清濁の濁った部分が、今イブの元を訪れ、そして受付もせずすーっと学園の中に潜り込んでいった。
ここが普通の学園ならば、受付から逃げる様にして学園に入っていく不審人物は即座に排除しなければならないだろう。
だが、この学園は基本的にスルーである。
それは常識では考えられない事だが、更に常識では考えられない非常識で非人道的な、そんなクソみたいな理由が存在していた。
「……んー。大した事ないわね。危険度D……いえ、Cマイナスってとこでしょ」
そう呟いた後イブは不審者の見た目等を資料に纏め、教師陣に業務連絡として報告をしに向かった。
ありがとうございました。




