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1-7話 (食い意地という意味で)似た者同士


 プランは昔から足の速さに自信があった。

 恵まれた運動神経という才能を持ち、それが効率よく鍛えられる農家の手伝いをしてきた幼少時代。

 更に、戦うのが嫌いというプランの性格に加えて、特殊な身分だったが故の護身方法として効率的な逃走方法を習得している。

 だからこそ、走るという分野においてはプランは自分が相当以上に優れているという自負を持っていた。


「うん。めっちゃ早いじゃんプラン」

 だが、プランはそんなサリスの言葉に苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「あはは……この状況でそう言われてもあんまり納得出来ないかな」

 確かに、プランは登坂とは思えないほどの速度を出して走れていた。

 間違いなく自己最高記録の速度だっただろう。

 だがそれは、サリスがプランの前を走り風避けになってくれていたからだ。


 全力疾走で若干疲れたプランと比べ、プランの方を確認しながら走ったサリスに疲労した様子は見られない。

 走る事にプランは自信を持っていた。

 持っていたのだが……残念な事に上には上がいてしまった。


「サリスほんと凄いね……」

「ま、体力と力には自信あるからな。伊達に山猿って呼ばれてねーぞ」

 そう言いながらサリスは豪快に笑った。

「こんな可愛いのに山猿って失礼な話だと思うけどねぇ」

 そんなプランの言葉にサリスは苦笑いを浮かべる。

「ありがとよ。初めて可愛いなんて言われたわ」

「そお? 世の男達は見る目がないわね」

 そう答えるプランにサリスは微笑んだ。

「ほれ。俺の事はどうでもいいけどさっさと入ろうぜ。ぶっちゃけ超腹減った」

 その言葉を聞いてプランは自分の胃袋も限界を超えている事を思い出し、死んだ目となって頷いた。

「うん。可及的速やかにご飯が食べたい」

「おう」

 そう言いながら、二人は目の前にある建物の中に入っていった。


 建物の中はちょっと豪勢なホテルのフロントのようになり、中央に受付の男性、女性が合わせて五人ほど立って接客をしている。

 左手側手前にはソファが置かれ数人の学生らしき人物が座っていた。

 部屋の両隣壁には通路と繋がっており、更に正面奥には扉が設置してあった。


「とりあえず真ん中にいる人に聞けば良いかな」

「だな」

 プランの言葉に頷き、サリスは部屋中央に並んでいた列の後ろに並んだ。


「ほら。プランも来いよ」

 その言葉に頷きプランもサリスの横に小走りで移動した。


 そして数分後、二人は受付男性の前に案内された。

「おかえりなさい。どのような御用でしょうか?」

「あ、俺達新入生なんだけどこれからどうしたら良い?」

 その言葉に、男性はにっこりと微笑み礼儀正しく頭を深く下げた。

「それはおめでとうございます。ようこそアルスマグナ冒険者学園へ。えと、入学という事ですがどこまで話が進んでるでしょうか?」

「あ? どこまでってどういう事だ?」

「クラスの説明や寮部屋についてなど話は聞いていますか?」

「クラス? 得意な武器とか戦い方の事か?」

「いえ、クラスメートの事です」

「……プラン。何も聞いてないよな?」

 サリスの言葉にプランは頷いた。


「金払って、厭らしくも腹立たしい質問責めにあっただけだな」

 その言葉に男性は苦笑いを浮かべた。

「……なるほど。では翌日の予定が書かれた書類は受け取りましたか?」

 サリスはチラっとプランの方を見て、プランはバッグから願書と一緒に渡された書類と、ついでに概要をサリスに見せた。

「ああ。プランの見せた書類なら俺も受け取った」

「わかりました。ではこれから寮部屋の案内を……」

「ちょっと待った!」

 サリスの言葉に男性は声を止め、サリスの話を聞く姿勢に入る。


「すまんが、俺達超腹減ってるんだが……何か食えないか?」

 その言葉に男性は微笑んだ。

「失礼しました。奥の扉を進んで第二エリアのメイン施設に――」

「エリア? 施設?」

 サリスが首を傾げながら尋ねると、男性はゆっくりと説明を始めた。

「えっと……中央にある元々から存在していたアルスマグナ冒険者学園を軸として、その外側に新しく建てられた建造物、それがある区域を第一エリア、その更に外側に建てられた建造物のある区域を第二エリア、今私達がいるこの建物が第三エリアとなっています。そしてこの外枠のようになっている建造物をメイン施設と呼んでおります」

「……プラン。わかるか?」

 サリスに尋ねられたプランは考える仕草をしてみせた。

「えと、中央の建物はメイン施設ではないのですか?」

「はい」

「だったら、中央と三つの巨大な建造物、つまりメイン施設があって、それら施設を中心にして区域が分けられている……って事で合ってるかな?」

「その通りです。中央は例外とし、メイン施設は三つですがエリアは五つまであります」

「……なんでそんなにややこしいんだ」

 サリスが我慢出来ずそう呟くと、男性は困ったような笑みを浮かべた。

「あはは……どうも長い歴史の為か計画性なく拡張していった為このような形になったそうです」

 要するに、年輪のように外周の建造物が追加されていったという事だろう。


「ほーん。んで、その奥の扉を抜けてエリアを移動してどうすれば良いんだ?」

「左手にまっすぐ歩けば食堂に付きますので食事をお召し上がり下さい。お食事が終わった時には寮の部屋を用意しますのでまた戻っていただけたら」

「おう。……出来たらプランと隣か同室が良いんだが駄目か?」

「……何とも言えません。後……寮部屋はしょっちゅう移動する事になりますので一緒にしても数日後には別、という事にも十分成りえますし」

「ほーん。そか。まあ良いや。お兄さんありがとな。プラン行こうぜ」

 サリスはプランの手を掴み、そのまま引っ張るように奥の扉に進みだした。


 ――ああ。この相手の事を考えながらだけどちょっと強引な感じ……。ちょっとだけ昔のハルトに似てる。

 子供の頃の事を思い出し、プランは小さく微笑みながらサリスの横に移動して一緒に小走りで走った。




 目的の場所についた二人は空腹である事も忘れて茫然としたまま食堂を見ていた。

 言われたように、食堂で、ご飯を食べるところである事は間違いない。

 ただ……広いのだ。

 二人はちょっとした広い飯屋程度を想像していたが、今目の前にある光景はそんなものでは断じてない。

 数百程度のテーブルとその半数が埋まっている状況なんて完全に想定の範囲外である。

 そこまで騒いでいる人もいないのに、人数の所為か賑やかな喧騒が響き渡っていた。


「そりゃそうか……。むしろ考えてみたらこれでも全然足りてないし……同規模のがもう一つ二つあってもおかしくないな」

「ん? サリスそれどゆこと?」

「ああ。この学園生徒数が数万単位でいるからさ、時間をわけて食うとしても最低一万人分の食う場所がいるって事じゃん」

「そんなにいるんだ……」

「おう。一年で過半数がいなくなるけどな」

「……残れるようがんばらないとね」

「おう。頑張れ。俺は……まあ残れたら残りたいけど食うに困らないだけ知識と力身に付けたらそれで良いわ」

 そう言ってサリスはにこっと笑顔を見せた。


 プランは食堂の従業員にどうすれば良いか聞こうと考えきょろきょろと周囲を探し、そしていかにもといった様子の人物を発見した。

 にこにことしていて恰幅が良く、エプロン姿が似合い手にオタマを持った中年の女性。

 そう、まさにザ・食堂のおばちゃんと言った様子の女性である。


「すいませーん。新入生なんですけどどうしたら良いですかー?」

 プランが話しかけると、おばちゃんは孫を見るような笑みをプランに向けた。

「あら。可愛らしい新入生ね。ご飯を食べに来たの?」

「はい。んで、何からすれば良いかわからないから聞きに来ました」

「そうね。人に聞くって大切な事だからね。よっし。このおばちゃんが教えて進ぜよう」

「へへー」

 プランとサリスはおばちゃんを崇めるように頭を下げた。


「ちなみに、食べるんだけなら私含めて食堂の従業員に話しかけたらすぐに用意してもらえるわよ。でも……守ってほしい約束事が一点だけあるわ」

「何?」

「周りのテーブルを見て頂戴」

 プランは言われたように、食堂に置かれたテーブル群を見回した。

 椅子の備え付けられた八人用の木製のテーブル。

 何の変哲もないテーブルだが、幾つか色が塗って染められている物が存在していた。

 赤や黒、白などの色のテーブルが二つずつ、そしてそのほとんどが食堂の入り口に置かれていた。


「色違いのテーブルがあるくらいで、後は普通だね」

 その言葉に、おばちゃんは満足そうに頷いた。

「そう。そしてここが大切な事だけど、色違いのテーブルは座っちゃ駄目よ」

「ああ。先生用とかって事か」

「そう。教師用とか特定の生徒とか、後学校から依頼を受けた人とか、そういう事情がある人用の席だから」

「なるほど……。うん、教えてくれてありがとう!」

「良いのよ。んで食事だけどもう一つちょっとしたルールなんだけど、食事は無料だけどぶっちゃけ質は微妙よ。量だけは十分にあるけど」

「ふむふむ」

「その代わり有料で色々なサービスがあるわ。メニューを変えたりサラダやデザートを付けたり、お酒を付けるってのもあるわね」

「へー。んで、無料だとどんなのが食べられるの?」

「今日はベーコンのパスタとスープね」

「十分じゃん」

 プランの言葉に隣のサリスがうんうんと頷いた。


「ま、贅沢したければ稼ぎなさいって事よ。冒険者学園って言うだけあってお金の稼ぎ方はいくらでも教えてくれるし、使い道も学園内だけで十二分にあるから。んじゃ、説明終わったしご飯持ってくるから少し待っててね」

 そう言っておばちゃんは奥に引っ込んでいった。

「……プラン。俺ちょっと余分に金持って来たから食いたいものあったら――」

「いいよ。私無料分だけで本当に充分だし。むしろ、領主様生活だったんだし私に遠慮せずサリスの方こそ……」

「いや、俺の場合は……お代わりの事を聞かないと。俺は質より量派だからな」

 その言葉にプランはくすっと笑った。


「はいお待たせ。二人分、大盛よ! 貴女達結構食べる方でしょ?」

 そう言って渡されたパスタの量は、確かに大盛で男の人が食べる量の二人分くらいありそうだった。

「……プラン。食いきれるか?」

 その言葉にプランは微笑んだ。

「余裕。むしろ丁度良い量ね。そっちは食べられる?」

「あーっと……おばちゃん。お代わりって有料? 無料?」

 その言葉が全てを物語っていた。


「……驚いた。それで足りないのね。安心しなさい。同じ物ならいくら食べても無料よ」

 サリスはガッツポーズを取った後、待ちきれない様子でおばちゃんからトレーを受け取った。

「おばちゃんありがとね。いただきます」

 そう言ってプランがトレーを受け取ると、サリスも慌ててお礼の言葉を述べ、待ちきれない様子でプランの方をじっと見つめた。


 その様子はまるで涎を流して待てをする犬のようだった。




「……なんだ、有料サービスがあるからどんな酷いのか来るかと思ったが、普通にうめーじゃん」

 ずるずると音を立てながらパスタを食べるサリスはそう呟いた。

「そうね。いや本当に美味しいわ。スープも薄いけどしっかり野菜の味するし」

 その野菜だけの薄味スープは、少しだけ故郷の味に似ていてプランはスープの温度以上に暖かい気持ちとなった。


「……確かに美味いけど……そんな顔するほど美味いって事は……いやわりぃ。そうか……お前結構苦労してきたんだな」

 知らず知らずの内ににやけていたプランにサリスがそう言葉にすると、プランは苦笑いを浮かべた。

「そういうわけじゃないけど、凄く気に入ったのは事実よ。……ところで関係ないけど、ちょっと聞いてい良い?」

「おう。何でも聞いてくれ」

「えと……バーナードブルー伯爵令嬢様とはどのような知り合いなんですか?」

「はくしゃく……れいじょう……? ……ああ! エージュの事か!」

 サリスはぽんと手鼓を打った後、腕を組んで考え出した。


「あー。そうだな。……腐れ縁ってのが近いかな。俺とアイツの領は隣でな、ずっと昔から付き合いが深い……かなり仲が良い感じなんだ。糞親父が追放されてもその縁は変わらないくらいにはな。んで幼い頃からあいつとは良く顔を合わせてるんだが……あの頃からあいつああいうタイプでな……」

「ああ……言い合いばっかしてるんだね」

「おう。だけどまあ……友人ってわけじゃないが俺個人としてはアイツは案外嫌いじゃない」

「へぇ。どうして?」

「えっとな……貴族ってのはとにかく面倒で、タテマエってのが重要なんだ」

 それを良く知っているプランはこくんと頷いた。


「そんなわけで仲が良くても助けてという言葉は絶対に言わず、仲が悪くても嫌いとはっきり言わず遠まわしに侮辱しかしない。そんな死ぬほど厭らしくて胡散臭い関係だらけの中、貴族の誇りを持ったあいつは俺にこうこうが嫌だ、こうこうは止めろと言いやがる。しかも、挙句の果てには山猿扱いだ。確かにイラっとはする。だけど、お貴族様の関係よりよっぽどマシだね」

 そう言ってサリスは微笑んだ後、食べる事に集中しだし、あっというまにパスタを食べ終わりスープを一気に飲んでお代わりの要求に向かった。


 そして五分後、さきほどよりも更に多い量のパスタを抱え、歩いて食べながらこちらに戻って来た。

「サリス……。流石に行儀悪いよ」

 ずるずると器用にパスタをすすりながら椅子に座ったサリスは、ぺこっと謝罪を見せるもののパスタを食べ進める事を止める気配はなかった。




 そして二人が完食した後、プランは小さく呟いた。

「……よく食べたね……」

 都合四回のお代わりを終えたサリスにプランはそう呟いた。

「おう。言っただろ? 領主に向いてないって。俺が領主のままだと、飯で破産してしまう」

 そう言って微笑むサリスにプランはくすっと笑った。


 そうやっていかにも自分は普通ですって態度を取っているプランだが、一度おかわりし合計四人前完食した後である。


「お腹に隙間はあるかい?」

 突然そんな声が聞こえ、その方向を向くとさきほどのおばちゃんがアイスを二つ持って二人の方を見ていた。

「まさかまさか。まだ八分目だぜ?」

 そう言ってサリスは微笑んだ。

「私はかなりお腹膨れてるけど、甘い物は別腹だから大丈夫」

 そう言って親指を立てるプランに、おばちゃんは笑いながら二人の前にアイスを置いた。

「そうか。なら気持ちよく食べてくれた私からのお礼を受け取っておくれ」

「はい!」

 二人は声を揃えて良い声を出し、スプーンでアイスを掬い、口に頬り込み幸せそうな表情を浮かべた。


「んー。甘い! おばちゃん悪いね! 高かっただろ?」

 氷を維持するのに金がかかるのに氷菓、しかもアイスクリームを出してもらった事に対しサリスはそう言葉にする。

 それに対しおばちゃんは微笑みながら首を横に振った。

「いいや。ここは冒険者学園だからね。色々あって氷系は安価なんだよ。だからデザートの中でアイスは一番安いよ。私が奢れるくらいにね。高いデザートが食べたい時は注文しとくれ。出来たら依頼成功とかの記念にね」

 そんなおばちゃんの言葉に二人は顔を合わし、同時に頷いた。


「一緒に冒険出来るかわからんが、出来たら一緒にしたいもんだ」

 サリスの言葉にプランは微笑んだ。

「でも、私役立たずだからねぇ。サリス戦うの得意でしょ? 私そんな事ないもん」

「はは。そうであってもプランと一緒が良いね。俺は人の相手をするのが苦手だからね。プランはそういうの得意だろ? それに、ただの勘だがお前は冒険者として成功するって俺の中の何かが言ってる。だからさ、俺とお前が組めたらそりゃ大成功間違いなしだ」

「もう。そんな気軽に言って」

 そう言いながらも、サリスに言われたら本当に上手くいくかも……、そう思えて小さく微笑んだ。


ありがとうございました。

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