3-30話 神から与えられた使命27
プランは自分の事を持っている人間だと思っている。
それは才能があるとか、恵まれているとか、そういう話ではない。
確かに自分は人間関係ならばこれ以上ないほど恵まれている。
だがそれはプランが聖人君子だから人が寄ってきている訳ではなく、むしろ彼らの方が優しくそして慈悲深いからに他ならず、自分は余り関係ないとプランは思っている。
プランが持っていると思っているのは別の話であり、要するに、奇運や悪運の類である。
普段は平凡でそこそこの人生の癖に、唐突に、何の脈拍もなく不思議な事が舞い込んでくる。
妖精と契約した時ワイスが現れた様に……他には……王都に来た時王妃様に出会った様に……。
こっちに来て最初の冒険者仲間が二人共領主関連なのもそうだろう。
――予想外のタイミングで予想外の事が起きるのは何時もの事なんだけどさぁ……心構え出来ないわこれ。
プランはそう思った。
ちなみに今プランがいる場所は敵本拠点の砦奥。三階に位置する場所の客間でちょっとだけ高そうな椅子に座り、ニコニコ笑う男性を前にしていた。
今目の前にいる男性の名前はピグリム。
悪口ではなく良い意味での優男という印象が強く、腰が低く礼儀正しそうな二十台後半らしき男性。
その印象だけで言えば、どこか大きな組織のお偉いさんの様である。
そんな彼は、非常に残念な事に……この敵本拠地、盗賊団のリーダーだった。
盗賊団のリーダーと、一対一での対話。
これを何か持っている、というか憑いていると言っても間違いではないんじゃないだろうか。
そうプランは思わずにはいられなかった。
プランが今ここに居るのは、とても簡単で一言で説明が付く。
一人で逃げている時、ピグリムに見つかりそのまま連れてこられた。
動機や理由はわからないが、内容で言えばただそれだけの話だった。
ピグリムは優しい笑みのまま、プランにそっと紅茶を差し出した。
寒くもないのに湯気が立つ紅茶は非常に熱そうだが、それでも少々緊張しているプランには、その紅茶はとても魅力的に映っていた。
「どうぞ。と言ってもまあ飲めませんよね」
苦笑しながらピグリムがそう言うと困った様な笑顔を浮かべプランは頷いた。
「はい。ごめんなさい……。正直ちょっと飲めませんね」
「いえいえ。当然の事ですから。とりあえず、その紅茶を飲んでもらう様私は貴女の緊張と誤解を解く事から始めないといけませんね」
そう言ってピグリムは爽やかに微笑んだ。
「それで、とりあえず貴女の名前を呼ぶ名誉を頂けませんか? もしもダメでしたらどう呼べば良いのか教えて頂けたら」
その言葉でプランは名乗られたのに名乗り返していなかった事に気が付き、慌てて名前を名乗った。
「ごめんなさい。私の名前はプラン。ただのプランです」
「ありがとうございますプランさん。ところで貴女はどこのどなたでしょうか? 何となく町民達とはかかわりが薄い様な気がしますが……」
「冒険者学園在住です。依頼でこちらに」
「あー。そういう事でしたか。それはそれは我々の所為で御手間をかけさせてしまい、本当に申し訳ありません」
そう言ってピグリムは笑みを浮かべたままぺこりとプランに頭を下げた。
「ですが、我々にも信念がある事を理解して頂きたいのです。いえ、私達の行いは決して正しい物ではございません。ですが、それでもこの因果を断ち切る為に我々は立たねばならなかったのです」
「その理由を、聞かせて貰えますか?」
プランの言葉にピグリムは嬉しそうに微笑み頷いた。
「もちろんです。その為にこちらに招待させていただいたのですから。まず、我々の目的は非常に単純です。我々の様な者を今後出さない。ただそれだけなのですよ」
「我々……とは?」
「はい。例えば私の友人にスイミスとユスポフという方がいます。今回の騒動でも幹部として参加して頂いますが、私は同等の立場で友だと思っておりますが」
プランはその言葉に少々困った顔を浮かべた。
「その彼らに何があったのです?」
「……二人とも住むべき場所を追い出されました。彼らは誰にも負けない様な、特別スペシャルな長所を持っています。ですが、同時に人より強い欠点も持ってしまいました。とは言え、それは仕方がありません。そういう風に生まれてしまったのですから。ですが、ただそれだけの理由で彼らはこの国で生きる資格を失ったのです。彼らを生かす事は非常に容易いです。実際それだけの力を持っているのですから。でも、他と違うという理由だけで彼らは……。そして、その様な悲しい目に遭ったのは彼らだけではありません。この場にいる人達は多かれ少なかれ同じような目に遭っています」
力説するように、ピグリムは握りこぶしを作り悔しそうにそう言葉にした。
「……すいません。取り乱しました。要するに、ここにいる人達は国に捨てられた人達なんですよ」
「……ピグリムさんもですか?」
その言葉にきょとんとした顔をした後、ピグリムは首を横に振った。
「いいえ。私は恥ずかしながら彼らと違い恵まれた立場にいました。彼らの礎の上に立っていると知らないまま……。そしてそれを知った時、私は自分のいる場所のおぞましさ、醜さを知り、全てを捨ててきました。出来るのなら……彼らを救おうと考えまして」
「なるほど。では、ピグリムさんの最終的な目的は?」
「何も出来ないのであればそれは仕方がないです。ですが、何かが出来るのに切り捨てるってのはもったいないと思いません?」
「それは良く思います」
「それです。多少欠けた部分があっても、多少人として間違っていても、いえむしろ完全無欠の人なんていないのですから、彼らにも同様彼らの能力を生かすべき道を用意すべきです。それが私の最終目標ですね」
「具体的にはどのように?」
「……そうですね、スイミスとユスポフは武官に、戦える者は兵士に、そうでない者は自らを生かせる職に。つまり、変に気を使わなくてただ就職さえさせて頂けたらそれで」
「なるほど」
ずいぶんダイナミックな就職活動だなとプランは思ったが、とても茶化すべき空気でない為言わずにおいた。
「では、あのやたら人殺しに長けてそうなやばそうな人も就職を?」
その言葉にピグリムは眉を顰め首を横に振った。
「いえ。彼はその部下として雇っている事になっていますが正直部下でも何でも……。以前襲い掛かってきた時私が返り討ちにしまして、それ以来私の部下となっています。私の寝首を掻くために」
「……へ?」
「もし念願が成就した時も彼がそこにいれば、迷わず死刑にしてもらうよう言います。彼はそれだけの事をしてきましたから。正直……私の部下達も相当数犠牲が……」
「失礼ですが、盗賊数人は処刑にしてましたよね? そんな話を聞いたのですが。そんなにヤバイならどうして彼を処刑に……」
物騒な話題で人が勝手に人を殺す事を芳しく思ってはいないが、それでもプランは敢えてそう尋ねた。
「……私は確かに彼に勝ちました。ですが……実は正直彼と私はそんなに実力差ないんですよ。ですのでもし彼を処す場合は相当以上の犠牲が出ると思われまして……はい。情けない話ですが早い話持て余しているのですよ」
「なるほど。まあ……確かに凄く強そうでしたもんね」
「ああ。既に出会っていましたか。それは本当に申し訳ありませんでした。絶対無礼をはたらいたでしょう」
そう言って再度ピグリムはプランに頭を下げた。
「というわけでして、我々の最終目標はそれです。別に全国民を平等に扱えとか、働かずに食わせる様にしろとか、国が腐敗しているから俺達がーとか、そんな頭の悪い事は言いません。ただ、少々変わり者の能力者を上手く使って欲しいと言いたいだけなんですよ」
「なるほど。この集団の目的はわかった――いえ、わかりました。では、ピグリムさん自身は何をしたいんです?」
その言葉にピグリムは少し考え、そして首を横に振った。
「やはり一番は目的を達成して彼らを苦しまず普通に生きられる様にして、その上で……やはり、責任を取る事ですね。私とラケルタの二人が死罪となり、残りの人達が幸せに生きる。誰かが責任を取らねばならないなら、それは一応代表となっている私の仕事ですから」
そう言ってピグリムは少し寂しそうな顔をした。
「……すいません。紅茶が冷めてしまいましたね。入れ直しましょう」
そう言って立ち上がろうとするピグリムをプランはじっと見つめた。
じーっと、何の表情も見せず見つめ、そして呟いた。
「それで、ピグリムさんは何をしたいのですか?」
「へ? ですから責任を――」
「いえそう言う嘘は良いんで。本音を教えてください」
その言葉に、ピグリムは黙り込んだ。
その沈黙は嘘を付いていた何よりの証拠だった。
「私はピグリムさんの事を知りません。ですから知りたいと思っているんです。どんな悪い事でも、どんな事でも否定しません。だからまずは教えてください。ピグリムさんが本当にしたい事を。それを知る事で、私達は正しく理解し合えると思いますので」
そう言った後、プランは微笑んだ。
にっこりと、普通の少女にしか見えない笑み。
どこからどう見ても、実力という意味でも話し方や態度から見ても、ごく普通の凡才な少女のはず。
そのはずなのに、ピグリムはプランの事が理解出来ずにいた。
「……そうですね。私は予知能力者でも人の心を読むなんて事も出来ません。ですから何もわかりませんが……ピグリムさん。この集団に愛着持っていないですよね? いえ愛着どころか関心がなく、正直どうなっても良いと思ってますよね? ああ、別に責めているつもりはありません。他人の好き嫌いに文句を言うほど私性格悪くないです。ただの確認です」
その言葉の後、ピグリムは口が渇く様な緊張を覚え、笑顔を失った。
「プランさん。私の事信用してませんね?」
「はい。欠片も。ですので、せめてお互いの事情を理解しようかと。そうすれば信用出来るかと思ったのですが……無理そうですね」
プランはそっとドア付近に無表情で立っているピグリムを見て、寂しそうな顔をしてそう呟いた。
プランという少女は、確かに色々な才能に溢れている。
だが、それでもその中身は本当の意味でただの女の子でしかなかった。
楽しい事が好きで、皆とわいわい話すのが好きで、食べる事が好きで、誰かに食べてもらう事が好きで。
普通に生活し、普通に恋をし、そして普通に結婚を夢見た、そんなただの女の子であった時期すらあった。
それを歪めたのは、領主の娘という立場であった。
才能ないなりに自分が愛する領民を守らないとと考え、必死に父や兄の真似をし努力を重ねた。
その結果わかった事は、自分には為政者の才能がないという事だった。
それでも諦めず、必死に頑張った。
大切な人達を守らないといけない立場だと知っていたからだ。
本当に、どうしてそこまで頑張ったのか、分からない位頑張った。
優秀な兄を真似、優秀ではないが誰からも愛される優しい父を真似、隣の親しい領主を真似、そして……残念な事に無理だった。
領地運営という意味だけでなく、貴族としての生き様すらプランには出来なかった。
それは他に言い様がなく、ただ、プランには才能がなかった。
他に優れた部分が多い代償か、プランには為政者としての才能だけはどうしようもないほどに欠けていた。
どれだけ為政者としての心構えを覚えても、どれだけ必死に指導者としての考え方を学んでも、プランの精神は普通の少女である事から外れる事はなかった。
唯一、領主としての能力でプランが覚えられた事、幸せな恋愛と将来の夢を犠牲にして覚えられたのは、人を良く見る力だけだった。
確かにプランは普通の少女である。
過去を失い、とんでもない命題を背負ってはいるが、中身は普通の少女である。
それでも、大切なものを犠牲にして得た、父からの教示を忘れていなかった。
「……うーん。無理だったよねぇ……。うん。ぶっちゃけ最初からわかってた」
プランは困った顔でぽつりとそう呟いた。
恐らくだが、ピグリムは最初からプランを殺すつもりだったはずだ。
理由も動機もわからないが――。
最初は男の人特有のお楽しみのつもりかと思ったがそういう訳でもなく、お話自体も気持ちと自分の事以外には嘘は見当たらない為情報の錯乱が目的というわけでもないらしい。
プランは本当に、一人でここに呼ばれた理由がわからなかった。
ただ、一つだけ分かっている事がある。
優男に見えていたこの男は、今自分を殺そうとしている事だ。
「あのー。私死にたくないんで、見逃して貰えませんかね?」
怯えを見せながらそう尋ねるプランにピグリムは眉を顰め首を傾げた。
「……貴女という人物の底が見えない。正直恐ろしいのですが」
「私は普通ですよ? あ、ちょっと料理とか掃除とかは自信ありますけど」
そう言ってふんすと胸をあるプラン。
その様子を呆れ顔で見た後、ピグリムは己が感じていたプランに対する気持ち悪さの正体を理解した。
自然体なのだ。
敵地に一人取り残されて、今まさに殺されようとしているにもかかわらず自然体に動けている。
その自然体にいられる理由がわからないから不気味だった。
「……正直、貴女あんまり強くないですよね?」
「うん。ぶっちゃけ戦う事超怖い。あ、もう敬語良い? 正直しんどいの」
「……好きにしてください」
ぐっだぐだな空気の為明確に殺意が萎んでいくのをピグリムは感じる。
おろおろしながら困っているプラン。
その様子はどう見ても一般人であるが、それでも油断せずにピグリムはプランの様子を更に見た。
持っている盾はそこそこ良いがほとんど使った痕が見えず、持っている剣は装飾は見事だが明らかに軽そうで、下手すれば金属ですらなく木製か飾りである。
そして腕の筋肉から剣を振るい慣れている様子はない。
というよりも、全身の筋肉が戦う者ではないという事を示している。
どこからどう見ても非戦闘員であり、そしてただの少女だった。
「……わからない。いえ、わからないからこそ……不安要素である貴女は殺さないといけませんね」
ようやく、明確な殺意を言葉にしピグリムはプランの方ににじり寄った。
「うわやっぱりか!」
プランはソファから立ち上がり逃げようとするのだが、それを見越してかピグリムはずっと唯一の逃げ場であるドアの前に立っていた。
プランは自分が弱い事を知っている。
だからこそ、もう一人で戦うなんて選択取る気はなかった。
そうなれば今のプランは絶体絶命なのだが……一つだけ、たった一つだけ、現状でも使える武器をプランは持っていた。
外せばその時点で死が確定するのだが……経験と、そして何よりも昔の勘が間違いないと言っている。
もう時間もない為、プランは即座にその博打に手を出した。
今プランが唯一使える武器、テーブルに置いてあった冷めた紅茶のカップを持ち、プランはカップを投げず、中の液体を飛び散らせる様にしてピグリムの方にぶちまけた。
ただの紅茶であるなら、よほど汚れを恐れる人以外は紅茶を被った位何でもない。
そのはずなのに、ピグリムはよほど汚れを恐れているのか慌てた様子で必死に紅茶を回避した。
――ああ。やっぱり毒入りだったんだ。
昔の経験も馬鹿に出来ないなぁと思いつつ、プランは全力で走り出した。
「まず――」
ピグリムは慌てて振り向きドアの方を見る。
そこしか逃げ場はなく、そして今自分はドアから離れていた。
プランが生き残るにはこの一点の隙間を突くしかない。
そう思ってドアの方を見たのだが……そこにプラン姿は見えず、むしろたたたと軽快な足音はどんどん遠くに移動している。
そしてそのまま足音は更に遠くに移動し、ドアから最も遠い位置、窓の方でカシャーンと気持ち良くなるほどのガラスの破壊音が響いた。
「……は? ここベランダとかありませんよ……」
ピグリムは茫然とする事しか出来なかった。
ありがとうございました。




