3-27話 神から与えられた使命24
上げて。
上げて。
落とされる。
自分の人生は何時だってそんな事の連続だ。
少年と青年の過渡期であるユスポフはそう考えていた。
とある領内で、最も信頼に厚く優秀だった武官。
その息子。
それがユスポフだった。
父が尊敬を受けている為、当然息子であるユスポフも小さな頃から兵士達や民から相当以上に可愛がられ大切にされた。
そして、運良くそれに見合うだけの能力をユスポフは父から受け継ぎ歳が一桁の頃から有能ぶりを発揮していた。
『将来は坊ちゃんが俺らを指揮するのかぁ。まあうん、悪くないなぁ』
兵士達からもそう言われ、ユスポフもまだ若い身でありながらそうなりたいと、父の様に立派になりたいと考え努力を重ねた。
だが、それが現実になる事はなかった。
突然、何の理由もなく父が病に倒れ命を落とした。
それから、領は乱れに乱れた。
武官と文官の下らない権力争いが発生し、そしてやり手であった父の息子だという理由だけで、ユスポフは領から追い出される事となった。
文官達に追い出され、領主も兵士も父への恩を忘れて自分を捨て、ユスポフに残ったものと言えば追放処分されたユスポフにわざわざ付いてきてくれた少人数の物好きな兵士だけとなった。
幸せと希望に満ちていた明るい人生は、あっという間に奈落に落とされた。
だが、それら以上にユスポフには許せない事があった。
それは、武官昇進試を受ける事を文官達が拒絶した事である。
理由を尋ねると『貴方には無理ですよ』と鼻で笑われた。
そう、何時だって、自分は正当な評価を受けられなかった。
だからこそ、ユスポフは怒っていた。
正しい者が正しく評価されない、この社会を――。
「今まで交戦していた部隊が後退し、それを援護するように両脇から二部隊……いえ、三部隊接近しています。どうしますか?」
双眼鏡を携えた兵士からユスポフはそう尋ねられ、少し考えた上でユスポフは答えを出した。
「撤退しましょう。囲まれても僕の部隊が負ける事はありえません。ですが、負傷する可能性はあります。無理せず引いて別の場所に突撃しましょう」
そうユスポフが言うと双眼鏡を持った男は頷き、手旗を使い撤退のサインを出した。
ユスポフが今回の様な防衛に備えて用意した特殊部隊、それがこの『山岳重装突撃兵』である。
全身の強固な鎧は矢は当然生半可な剣や鎧と相性の悪い鈍器すら弾き、圧倒的な重量を戦力に変換し一方的に相手を蹂躙する。
それは武官すら葬る可能性を持っていた。
特に、この様な閉所であるなら鈍い移動という欠点がカバーされその性能は最大限に発揮される。
それは少人数であっても、大多数相手に十二分以上に渡り合えていた。
幾つか欠点もあり、その欠点の一つに速度を含めた移動の不便さが存在する。
フルアーマーな為全身が重く、それでいて足場が見えない。
つまり、本来ならこのように密閉され蔦や木の根が酷い場所では使えない装備なのだが、それを厳しい教導によりユスポフは解消していた。
この山の中なら、彼らは無敵。
そうユスポフが確信する位彼らは優秀な生徒であった。
「……にしても、想像以上に相手の装備の質が高かったですね。場合によっては危なかった……」
ユスポフは独り言としてそう呟いた。
敵の兵達は当初重装鎧を貫通出来るほどの武器を多数備えていた。
だからこそ、ユスポフは出来る限りその武器を破壊させた。
そして今、破壊を中心にした成果は実り、質の高い装備を持つ者がいなくなった。
そう、今ならもう何があっても負ける可能性は零である。
後は時間を掛けてでも良いからこの場を維持し相手を削るだけで勝利目的は達成出来た。
「そう。勝利条件は先に進ませない事。そして被害を最小限に減らす事。ならばこれがベストな回答……と思うのですが、モール。君はどう思います?」
双眼鏡の男は話しかけられ、ユスポフの方を向いた。
「はっ。隊長がベストであると判断したなら我々はそのベストな答えが出せる様全力を尽くすだけです」
「そうだったね。うん、ありがとう。期待しているよ」
「恐縮です」
それだけ答え、男は双眼鏡を持ち走り出した。
「全く。優秀な部下を持って幸せだよ」
誰に言うでもなく、自分にそう語りユスポフは微笑んだ。
銀色の鎧だが、その素材は決して銀ではない。
その鎧は銀どころか鋼鉄よりも遥かに硬く、そして重たい。
では何の金属なのかと言えばそれはこの部隊の誰一人知らない。
だが、彼らにとって素材なんてどうでも良かった。
それこそ、着ると命が削れると言われてもこの二十人なら迷わず着るだろう。
この鎧を着て、隊長の指示に従えば、戦いに勝つ事が出来る。
勝利をユスポフ隊長に捧げる事が出来る。
それだけ知ってれば彼らには十分だった。
その二十人は元盗賊、元農民、元兵士と本来なら上手く行くわけがない部隊編成をしている。
それでも、彼らは共に仲間だと受け入れ一緒に笑い合い酒を飲める仲となっていた。
それもこれも、隊長であるユスポフのおかげである。
ユスポフの厳しい訓練を受け、根を上げなければ誰であれ強くなる事が出来た。
どんな落ちこぼれでも、どんなダメ人間でも、心さえ挫けなければユスポフは決して見捨てず、手を差し伸ばし続け、そして必ず強くしてくれた。
だからこそ、最後まで挫けず訓練の全工程を終えたこの二十人は皆兵士として理想的なスペックと隊長への絶対の信頼を持ち合わせていた。
「フラッグにて撤退の指示を確認。回れ右」
後方より小隊長の声が響き、二十人は同時に反転し次の命令を受諾するまで前進を開始した。
隊長に勝利を捧げる。
その為なら文字通り何でもやりきる。
そう覚悟を持った二十人はクーデターの道具でありつつも正しく兵士であった。
「つー感じだな。何とかなるだろ?」
テントの中で調子の悪そうなまま椅子に座ってクコはそう言葉にする。
それを聞いてテオは眉を顰めた。
「いや。今の情報を聞いてもさっぱりそう思えないっつーか絶望的な気しかしないぞ。練度高い。武装強い。連携凄い。んで指揮能力も高い。正直穴が見えないぞ」
「え?」
クコは真顔でテオの顔を見つめ茫然としながらそう呟いた。
「……え? これ俺が変なの?」
「いや。この段階で既にどっちにも欠点が見えてるぞ」
「……え? どっちにも。どっちにもって何だ?」
「ああ。部隊にも、指揮出している奴にも、どっちにもだ」
「……わからんぞ」
「よし。その部隊指揮権俺に回せ。この状態の俺の方がたぶんマシに動ける」
そんな無茶をクコが言うと、テオは喜んで席を立ち自分の席を指を差した。
「座れや隊長」
「……おう」
そしてクコがその席に座り、目の前にあるマップからコマをひょいひょいと動かす。
「ほれ。とりあえずこの通りに動かせ。あ、こっちは伏兵な。隠れる様に言ってくれ」
「良いけど伏兵毎回相手にバレてるぞ」
「大丈夫だ。ここなら絶対にバレない」
どうしてそう言い切れるかわからないが、テオはクコを信じ頷いた。
「わかった。他には?」
「一端このままの配置で赤銀と接触。そして即座に離脱をしてくれ。戦う必要はない。その次別の指揮を出す」
「オーライ。行って来る」
そう言い残しテオはテントを離れた。
クコは一人取り残され、そっとコマを掴んだ。
そのコマと手は異常なほど震えていた。
それは高熱や怪我と言った体調不良が理由の震えではなく……。
「……すげぇなあいつ。こんな事平然とやり続けてたのか。俺一時間も保たないぞ……」
今回の作戦で、クコは相手の策略に対し裏を取る自信がある。
だが……例えそうであってもクコは自らの行いで多くの人が死ぬかもしれないという恐怖に怯え、ぽつりとそう呟いた。
「止まれ。右三十度の位置に敵影確認。そのまま接近し交戦に入れ」
赤銀の部隊長がそう指示を出すと二十人全員揃って体の向きをその方角に合わせ盾と剣、ハンマーと各々の武装を持ち構えながら前進を開始。
鎧姿一同揃っての行進は威圧的であり、戦う前から勝てるビジョンが見えないほど恐ろしい。
そう、どう取り繕うと、どう考えようと恐ろしい事に代わりはないのだ。
だから見つかった部隊は……命令に従って迷わず逃げた。
足音を隠さず、声を荒げ、姿どころか背中すら堂々と見せながらその部隊は慌てて赤銀から逃げ出す。
本来なら逃走中であってもこんなに堂々と、背を見せ走る事なんて不可能である。
弓も持てず、足も遅い赤銀部隊であるからこそここまで思い切って逃げる事が出来ていた。
だが、それがクコの見つけた欠点ではない。
そんな物よりももっと明確な、どうしようもない欠点が存在していた。
敵の索敵兵から見つからず、尚且つ赤銀部隊に近い場所に伏兵は潜んでいた。
その伏兵は、今まさにこのタイミングで赤銀部隊に攻撃をしかける。
赤銀部隊の背後を突くという形で――。
もちろん背後にいるのは偶然ではなく、クコがそうなるよう仕向けたからである。
赤銀部隊の明確な欠点、それは旋回性能が極端なまでに低い事だった。
流石に騎馬隊ほど遅くはないのだが、それでも通常の兵装と比べ物にならないほど旋回に難があり、攻撃されたからすぐに後ろを向くという事は出来なかった。
背後からの奇襲をモロに食らい、殴る斬る転ばせるの攻撃を受け続ける赤銀部隊。
本来ならここで勝利は決するのだが……そうはいかなかった。
というのも、背後からであっても鎧がぶ厚過ぎて決定打となる攻撃が存在していなかったからだ。
特に、伏兵となる為軽装備中心にしていた為尚の事攻撃力が足りず、そのダメージは精々子供が父親にじゃれている程度でしかなかった。
そして、幾ら反転が遅いとはいえ練度の高い彼らなら数秒あればさすがに反転は可能である。
その数秒では大した事は出来ず、伏兵は振り向く瞬間に迷わず撤退した。
それが命令だったからだ。
ちなみに最初の奇襲の成果は、転ばせて奪い取った赤銀部隊の銀のブーツ左足一つ分のみだった。
それから数度、クコの命令により赤銀部隊に対し伏兵と挟撃にて背後への強襲を繰り返した。
決定打になる事はない強襲であっても、相手からすれば唯一対処出来ない行動である事に変わりはない。
そもそも、鎧の構造上の欠点である為対処する事は根本からは不可能だ。
本来なら随伴部隊を用意するのだが、それが出来ない程度には盗賊側は人的資源の不足に陥っていた。
「……確かに厄介ですけど……まあまだ何とかなるでしょう」
ユスポフは一人そう呟いた。
徐々にだが索敵班からの連絡が遅れて出している事も、部隊が離れている事も気づかず――。
もう一つのクコの見つけた欠点。
それはユスポフの指揮能力は決して高くなく、むしろ絶望的なまでに低いという事である。
どの程度低いかと言えば、知識のみで経験が全くない完全なる生兵法のクコが手玉に取れるほど酷い惨状だった。
そんなユスポフの背後に――テオは立っていた。
「……誰だ!?」
唐突に表れた気配にユスポフは慌て、剣を取り出し背後にいるテオに斬りかかる。
テオはそれを避け、捕縛用のロープを捨て剣と盾を持った。
「敵か! どうしてここに!?」
「どうしても何も、あんだけうろちょろと双眼鏡もった奴が行き来していたら誰でもわかるだろ?」
実際はクコが見つけた功績なのだがテオはそれを説明せず曖昧にそう答えた。
「くっ……。だが良い。村人たった一人位なら僕でも!」
そう言ってユスポフは剣をしっかりと構え、テオに向け斬りかかった。
「ま、確かに俺は見た目も中身も地味だけどな……」
テオは苦笑いを浮かべながら軽々と剣を弾き飛ばし、そのまま剣の持ち手でユスポフの腹を突いた。
どすっと鈍い音が響き……たったそれだけでユスポフは静かになり動かなくなる。
それはあまりにあっけなさ過ぎて、テオは倒れたフリだろうと思いしばらく警戒するほどだった。
ありがとうございました。




