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3-26話 神から与えられた使命23


「……あー。すまん。ヘタこいた」

 ミグとヴェルキスを置いて盗賊の拠点に四人で向かっている最中、サリスがぽりぽりと頬を掻いてそう呟いた。

「何を――」

 そうエージュが聞き返す前にそのヘマの答えが飛び込んできた。

 無数の矢という暴力的な形で――。

「ひえっ」

 プランは怯えた声を出しながら慌てて盾を帽子の様に構え矢を弾いた。

 キーンと心地よい音と共に発生した頭の揺れに恐れながらプランは慌ただしく矢を避け、弾き続けた。


「後退するぞ。敵には見つかっている上にこっちは目視出来ていない……いや、目視出来ない位置にいたと考えるべきか」

 ヴェインハットはしゃがみ、器用にも矢をただの長い木の棒で弾きながらロープで罠を設置しそう提案した。

「賛成だ。気配と勘でだがたぶん十人はいるぞ。いや、十人以下でこの矢量だったらその場合の方がやばいか」

 サリスは降り注ぐ雨の様な矢をクラブで払いのけながらそう言葉にし、それに従い全員揃って後方にじりじりと後退した。


 木々生い茂り蔦絡む道なき地面を後ろ向きに下がるというのは恐ろしく神経に障り集中力を要すものであったが、それがデメリットばかりというわけでもなかった。

 木々も蔦も矢避けとしては非常に有用で降り注ぐ矢のうち七割以上はそちらに当たっているからだ。


 それでも結構な量の矢が四人目掛けて飛来し、それを避け、弾きながら足場の悪い道を後ろ足に進むというのは誰であっても容易な事ではなく、四人共矢に怯えながら何度も足を取られそうになった。


 そんな追い詰められた状況による焦燥感は精神的な疲れを招き、そして集中力をすり減らしていく。

 四人共に必死であるが故に、相手はその状況を巧みに利用した。


 唐突に、矢が襲い掛かって来た。

 それは今までの様な上空から降り注ぐ矢ではなく、木々の間をまっすぐ突き抜ける矢であった。

 自由落下する矢よりも早く、挙動は掴みやすいのだが、皆が上と背中に意識を向けている中だった。

 だからこそ、最高の不意打ちとなってしまっていた。


 それに気づいたのは勘の鋭いサリスだけで、そして対象は……。

「どけろ!」

 そう叫びながらサリスは矢の矛先であるプランを突き飛ばし――そして矢を肩で受け止めようと半身をずらし硬く目を閉じ覚悟を決める。

 だが、いくら待っても矢はサリスの肩に刺さらなかった。


「そりゃそうする。誰だってそうする。だろ?」

 ヴェインハットの声を聴き、サリスは目を開ける。

 ヴェインハットはサリスの前に立ち、ドヤ顔らしき雰囲気を醸し出していた。

「お前……いや、今そんな事はどうでも良い。どこに当たった? ダメージは?」

「当たった場所は左腕、矢に毒はなし。ついでに言えば力も弱かったから被害も少ない。……あ、右手の怪我だったらあーんしてもらえたかな」

「阿呆な事言ってないで――」

 そうサリスがヴェインハットの様子を見ようとした瞬間、遠方より割れる様な力強い叫び声が轟いた。

「突撃!」

 どこからかそう叫ぶ声が聞こえ、こちらに向かって一斉に迫りくる気配が出現した。

 その数は十や二十ではなかった。


「またかよ……」

 サリスが溜息を堪えそう呟いた。

「とりあえず走れ。もう後方警戒もいらん。とにかく全力で走って逃げるぞ」

 ヴェインハットの言葉に頷き、四人全員、全速力で逃げ出した。




「……逃げられたのは運が良かった……んだよな?」

 サリスの呟きにエージュは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


 サリスとエージュが戦えないプランと腕を負傷したヴェインハットを守る為後方に就き四人で走って逃げた。

 その為サリスとエージュがここで無事な事を考えるとあの二人も逃走に成功した事に間違いはないだろう。

 だが、はぐれてしまった為それを二人が確認する術はなかった。

「……まああの二人ならきっと大丈夫でしょう。どうも二人共奥の手の様な物を持っていらっしゃるようでしたから」

 そうエージュが言葉にする。

 それを聞いたサリスは、苦笑いを浮かべた。

「ああそうだな。二人が一緒に行動していたらきっと大丈夫だろうな」

「え? まさか……」

「ああ。どうもあの二人別々に行動しているらしい。確かにあの二人は割かし何でも出来るタイプだが……流石に単独ではマズイとしか言えんな」

「早く助けに……と言いたいのですが……今は無理ですわね」

 そう言ってエージュははぁとわざとらしく溜息を吐いた。

「ああ。無理だな」

 そう言いながらエージュはアイアンクラブを握り待ち構え、百メートルほど離れた位置でこちらを見ているスキンヘッドの大男を睨みつけた。


「……計四人だな。あのハゲのたぶん後ろだ。三人ほど子分ぽいのがいやがる」

 サリスはエージュにだけ聞こえる様ぽつりと呟き、エージュはそっと頷いて見せた。







 同時刻の別の場所――そこでは剣戟と怒声が響き、悲鳴の合唱が轟いていた。

 戦いというものは恐ろしいものだ。 

 それを知らしめるにこの合戦は十分な物となっていた。

 本物の戦場と比べれば幼稚な争いである。

 だが、それでも本物の戦場を知らない物にとってここは地獄であった。


 さっきまで隣にいた人がいなくなる恐怖。

 それは隣の人が死んだからではない。

 単純に連携が間に合わず部隊が崩れてしまうからそうなっているだけである。

 急に隣にいた人物が別の人物に入れ替わり、またその人物も目を離すとすぐにいなくなり、隣どころか自分の所在地すらわからなくなる。


 隊列を組み続ける? 隣に気を使う? そんな事出来るわけがない。


 だからこそ、いつ自分が独りになるかと戦々恐々としながらしか戦う事が出来ない。 

 それでも、その恐怖を持ちつつおっかなびっくりであっても市民と盗賊のどちらの部隊もある程度連携が取れているのは、厳しかった訓練のおかげに外ならない。


 戦場という意味で見ればこれはかなり緩い部類の戦場に当たるだろう。

 だが、それでも、苦しくないという訳では決してなかった。


「報告! 第三部隊負傷により後退!」

「報告! 第一部隊敵殲滅! ただしその直後接敵! 指示を求めています!」

「報告!」

「報告!」

「報告!」

 そんな感じで矢継ぎ早にテオの元を訪れる連絡員達により、テオは文字通りの意味で忙殺される一歩手前とまで追い詰められていた。

 疲れで眩暈を感じ、声を聴くのも文字を見るのも苦痛に感じだす。

 だが、それでもテオは休む事なく必死に出来る事を出来るだけ行うしかなかった。

 自分が一度手を抜けば、その一度で人は死ぬ。

 それをテオは知っているからだ。

 誰かが死ぬとわかって手を抜けるほどテオの精神強度は決して高くなかった。


「第一部隊には左側面に転身して前進! 第十六部隊には第三部隊への援護をさせろ! 残り部隊は全員命にかかわらん限りは残り部隊そのまま! 一人でもサボれば誰かが死ぬと思え!」

 そう叫ぶと連絡員十数人は戻っていった。

「さて、これで二、三分は時間が出来た」

 そう言いながらテオは手元で資料を製作しながら地面に置いたマップに白の駒と黒の駒を動かしていく。

 白の駒は自分達の部隊を大まかな位置で表しており、黒の駒は敵盗賊部隊の位置を表している。

 こうしてみると大分黒の駒は減り、そして白の駒は全く削れていない。

 部隊という意味であれば、非常に有利な戦いが出来ていた。

 ただし……そのマップの上にはもう一種類、真っ赤で大きな駒が置かれていた。

「ああ動かしたくねぇなぁこいつ……。でもなぁ……動くよなぁ……」

 そうぶつぶつとテオが呟いていると連絡係は全速力でテオの元に走り叫び声をあげた。

「緊急報告! 第十八部隊の元に『赤銀』出現!」

「十八部隊に撤退を指示――」

「もうしています!」

「よしなら十七と十九、二十の部隊に十八の掩護にいかせろ! 最優先と言っておけ!」

「了解!」

 それだけ答え連絡員は走り去っていった。

 それに合わせ、テオはしかめっ面のまま大きく赤い駒を、十八部隊の正面に移動させた。

「……クソが」

 テオは憎しみを込めそうぼやいた。


『赤銀』

 それはシュウに用意してもらった戦況マップに付いた一番大きな駒が赤かったからと、銀色の鎧を身に纏った集団である事からそうテオが呼称している敵部隊の名前だった。

 全身を覆い隠す巨大な銀色の鎧に身を包んだ二十人の部隊であり、見た目といい装備といいほぼ間違いなく敵の主力である。


 その部隊が最初に現れたのはテオの管轄とは別の部隊で、最初彼らの話を聞いた時テオは法螺話や与太話の類かと思った。

 そこでは、十五人一組の一部隊がわずか一瞬にして壊滅したと聞いたからだ。


 だが、残念な事にまともぶつかりあった瞬間一瞬で勝敗が決し大量の怪我人を出しながら敗走したという事実がテオの部隊で発生し、その与太話が真実であると身をもって知らされた。


 実力で勝てない相手だとわかれば対処方法なんてたった一つしかない。

 逃げる事だけだ。

 だが赤銀は逃げても逃げてもこちらの痛い場所を付くように唐突に出現しては被害だけを与えていき、そしてこちらの撃退準備が整う頃には既に別の場所に向かい襲撃をかけてくる。

 矢鱈強いのも厄介な事に代わりはないのだが、それ以上に巧な連携と撤退判断の上手さにテオは対処出来ず、出来る事と言えば恐怖と怒りを覚える事位だった。


「……方針としては間違っていない。というかこれしか出来ない。撤退して被害を最小限に減らしつつ他の盗賊部隊を殲滅。そして全部隊で一斉包囲。それしかないのだが……くそっ!」

 実際ただの盗賊部隊相手だったら問題なく戦えているどころか人数と装備のごり押しで十二分以上に有利に立ち会えている。

 だが、それには一つ大きな欠点も残っていた。

 こちらが盗賊部隊に与える被害以上に、赤銀一部隊によるこちらに与える被害の方が多い事だ。


 生存最優先にしている為と相手が積極的に命を取ってこない為、テオの部隊では重傷者は出ても死者は未だ一人も出ていない。

 だが、その分武具損壊率は恐ろしく高く、最初は全部隊教会より配られた武具を装備していたが、今では過半数はシュウの用意した劣化品か冒険者見習いに毛の生えた程度の装備となっていた。


 擦り減らす作戦のはずなのに、擦り減っているのは自分達側。

 しかもどうやら赤銀と同程度の存在が他所でも出現しているらしく、他の指揮官に援軍を求める事も出来そうにない。

 

 つまり、出来る事と言えば損害を減らす事だけ。

 それすらも延命という行為以外の何でもなく、待っているのは絶望のみとなっていた。


「あーもう! こんな時あいつがいれば……さぼってんじゃねーぞあの野郎……」

 そんな無茶をテオが言葉にした時、本当に何となくだが、さっきまで重くのしかかっていた何かがふっと消え、背中が軽くなった様な気がした。


「へー。こんな大切な時にそんなサボり魔みたいな奴がいるんだな」

 最近会ったばかりなのにやけに聞き慣れたその声を聴き、テオは目を丸くし慌てて後ろを振り向き……そして笑った。


「ああ。全く大変だったよ。そいつ場合によっては人生すらサボりかけていたんだから。全くもって酷い奴だろ?」

「そうかそうか。腕は取れかけ。血は足りない。全身痛い事この上ないのに無茶してまで山登りを決行し、発熱までしだした俺とは大違いだな」

 そう言ってクコは楽しそうに笑った。

 だが、気軽な口調とは異なって発言内容は事実らしくクコの顔色は相当に悪い。

 土気色な上に大量の変な汗をかき、そして目はどこか焦点が合っていない。

 文字通り無茶をしてきたという事はわかる見た目となっていた。


「……その体調でやれんのか?」

 その言葉にクコは笑った。

「やれるかどうかじゃない。やるんだよ」

 そう言いながらクコはテオに向かって何かを力なく投げる。

 その何か――メモ帳を受け取りテオは中を開く。

 そこには銀の騎士と彼らを指揮する男性についての資料が書かれていた。

「おまっ! 赤銀の情報じゃねーか!? これどうしたんだよ?」

「ほーん。そう呼んでるんだ。それはまあ……アレだ。サボり魔の追徴課題みたいなもんって事で」

「どうやってその体調で調べたんだよ……」

「まあそれは俺の武器だからな。さて、それで何とかなるか?」

 クコの言葉にテオは迷わず首を横に振った。

「いいや無理だ。ぶっちゃけ実力が違いすぎる。この赤銀と木っ端の盗賊だけでうちは完全に押し込まれて時間稼ぎが精いっぱい。確かに盗賊の数は減らせている……、武具と人材の損傷率も兼ねて見れば時間が経つ事に不利になっている」

 その言葉にクコは頭を抑えた。

「まじかー。……でも、引くわけにはいかないからな。とりあえず足掻いてみようか」

「そうだな。手と知恵貸してくれ」

「おう。ただし俺は高いぞ?」

「おっけ。飯一回驕るわ」

「おいおいやっすいなー俺。まあ良いわ。無料以外の頼むぞ?」

 そうクコが苦笑いを浮かべながら答え、二人は笑いながらハイタッチをした。


ありがとうございました。

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