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3-25話 神から与えられた使命22


 クリア教の教会により用意された盗賊討伐支援は決して軽い物ではなかった。

 シュウ達の様に、街や人などの運営に携わる者は金銭の大切さを理解している為、その行動全てに利益換算が発生してしまう。

 それ故に、どうしても思い切った投資は出来ない。


 教会運営であってもそれは決して避けて通れない物なのだが、教会の場合は事情が少々以上に異なり、それ以上に重要な事が存在している。

 それは、神の御心に沿うかどうかだ。

 今回は、神の代理でもあるアクトライン一族の枢機卿による命令となっている。

 つまり……利益? 損失? そんな物、全てまとめて度外視である。


 今回の教会側においてクーデター志望の盗賊退治を行う為の役割は三つ。

 食料から聖水や武装、救命班への派遣等と言った間接支援。

 何かあった時盗賊達が散り散りに脱走しない様にする為の周辺警戒。

 そして、少数精鋭によるアップルツリーへの直接支援。


 間接支援は単純に今までため込んできた備蓄をこれでもかと放出するだけ。

 と言っても、市販されている物どころか冒険者学園の物よりも質の高い武具をぽんぽんと投げ捨てる様に放出するのはもう異常としか言いようがない状態である。


 更に、本来なら救護チームも教会側で取り仕切ろうとしたのだが……恐ろしく我の強くそれでいて有能な女性救護班チームが出来ていた為その必要はなくなった。

 とは言え、教会から派遣された、治癒魔法すら使用出来る集団が役に立たない訳がない。

 普段は彼女達に任せ、教会から派遣された人員達は命に係わる緊急時にのみ動ける様彼女達を支援しつつ待機する事となった。


 周辺警戒は教会の若手戦闘集団を中心に山を遠方からぐるっと取り囲むように配備された。

 クリア神は決して戦闘を司る神様ではなく、水の様な慈しみと慈愛に満ちた創造神である。

 その為本来なら教徒は戦闘などするべきではないのだが、戦わなければ何一つ守る事が出来ない。

 それこそ、自分の信仰すら守れない為、六神全ての教徒には一定数以上はある程度戦闘を行える教徒が存在している。

 その彼らは今回バックアップが仕事の為、直接盗賊を叩きに行く事はなく、同時に作戦の人員にも入っていない。

 盗賊団が瓦解した時などで大量に脱走者が出た時に対処する為にその場で警戒を続ける事。

 それが彼らの主な仕事だった。


 そして最後、少数精鋭の直接支援部隊。

 冒険者と同じ様に少人数で見つからない様アップルツリーに潜入し独自に行動する部隊である。

 役割は何一つ決まっておらず、現場での判断を最重視して動けるという正しい意味での独自部隊。

 シュウが彼らにそれだけの裁量を与えたのは、それに相応しいと思えるだけの能力を持っていると知っているからである。

 教会内にいる戦闘に特化した教徒の上澄みの十人。

 それが弱いわけがなかった。




 木々の茂みにより光すら差さない暗闇の中、アップルツリーの道なき山道を十人は迷う事なく足を進めていた。

 足場は見えず蔦と棘が絡み合い、とても人の通れるような場所でないのに彼らはまるで散歩コースの様に気軽に山を登っている。


 ただし、その足取りは非常に遅い。

 それは通りにくいという技術的な問題でも、敵地にいるという精神的な問題ではなく――単純に、年齢の問題だった。


「あーあー全く。歳は取りたくないもんだ」

 十人の内一人が茶化す様な口調で愚痴った。

 その男の年齢は四十後半。

 それは二十台の頃の肉体を懐かしく思うには十分な年齢だった。

「おや。若造が何か面白い事を言っておられますぞ司教様」

 別の一人が先頭にいる教会の司教に告げ口をする様そう言葉にする。

 そんな彼らは四十後半のその男を若造と呼ぶに相応しい年齢をしていた。

「いえいえ。彼の気持ちは痛いほどわかります。全く……本当に歳なんて取るものではありません。特に、我々の様なものは……」

 そう言って司教は遠い目をする。

 それは歳を取る事に苦痛を覚えているというよりも、生きる事自体を後悔している様だった。

 そして、部隊全員がその声に同意する様に、大なり小なり同じ様な後悔を含んだ瞳を浮かべていた。


 教会により選抜された十人の精鋭部隊。

 その平均年齢は、五十を超える。

 それは彼らが精鋭部隊に選ばれているのは若者よりも先に死にたい……という彼らの希望も理由の一つだが、もっと大きな理由が存在している。

 精鋭部隊の年齢が異常なほど高い理由……それは単純に、彼らよりも強い若者がいないからである。


 彼らは長い事教会内での荒事を担当して長い事生きて来た。

 それは司教であってもそうである。

 むしろ、荒事の部分も評価されている為彼は司教という地位に就く事が出来ていた。

 それはつまり、彼らは戦いを繰り返し五体満足で生き延び続けているという事に外ならない。

 時に盗賊と、時に異教徒と、時に魔物と戦い、今の今まで五体満足で生き延びているという事はその全てに勝ち続けて来たという事である。

 そんな彼らが経験の少ない若者に負けるわけがなかった。


「司教様。八時方向に何者かの気配がありますがどうしますか?」

「人数は?」

「一人です」

「……そうですね。盗賊は既に逃げた後の様ですが……このような場所に味方が一人でいるのもおかしな話です。とりあえず様子を見に行きましょうか」

 そう司教が言葉を告げると同時に、全員は左後方に向かって山を下りだす。

 敵と接触する可能性があるからか、さきほどまでの緩やかな散歩の様な雰囲気は霧散し、十人全員が足音一つ残さずの完全なる隠密状態と化し、何のハンドサインもなく十人が一体となって行動していた。





 そこにいたのは盗賊の様な荒々しい外見、服装をした男だった。

 男は横たわり、足を押さえながらジリジリと移動している。

 そのナメクジのような土跡にわずかながら血が滲んでいる辺り足を怪我と思われた。


 宗教者十人はその男をこちら側(町民)の人員であると判断した。

 理由は、確かに男の容姿は盗賊寄りだがその手に持っているのが剣や斧ではなく鋸だったからだ。

 それはつまり男の目的が木材の伐採であり、革命軍討伐の第一陣に属しているという事を意味していた。


「大丈夫かね?」

 男は司教の言葉を聞いてこちら側に気が付くとバツの悪そうにそっと顔を反らした。

「……足か。何があったか聞いても宜しいでしょうか?」

「……何でもないっすよ。俺みたいな下っ端は気にせず任務を果たしてください」

「ではそうさせてもらいましょう。怪我人を保護するのも我々の立派な任務ですよ」

 そう言ってニコニコしながら司教は土で汚れる事も厭わず男の傍で跪き男の足を見た。


 それは男にとって驚愕に値する行動だった。

 身に纏っている物と気品からこの人物が相当以上に高貴な宗教者であるとわかる。

 そんな人が、自分の様なロクデナシに跪き、泥に衣服を汚し、あまつさえ傷を見てくれるなどあるわけがない行動だったからだ。


「……いかんな。矢を受けたのなら無理に折らずにいるべきです。矢じりが残っているではないですか」

 司教はそう言葉にして少し困った顔を浮かべ、聖水を取り出した。

「……待ってくれ。あんたら……いや、貴方達なら知ってるだろ? 俺らはロクデナシの死んでも誰も傷付かない正真正銘の使い捨てだ。そんな俺に聖水を使う必要はないんだ。そもそも……俺がここにいるのも俺の馬鹿な行為が理由なんだし……」

 そう言って男はここにいる理由を説明しだした。


 第一陣は伐採した分だけ自分の金になる。

 だが、適当で根気がない自分は伐採訓練にあまり精を出さず、その所為で木を切るのが下手でしかも切るのが遅く、途中で気を奪われ今まで一本も伐採が出来ていない。

 だから人のいない場所にこっそりと移動し、そして盗賊に見つかって弓を射られ逃げていた。

 そんな、同情の余地もない愚かな自分を男は恥ずかしそうに説明した。


 だから助けなくて良いんだ。

 だから立派な人達は立派な事をして欲しい。

 こんな俺だけど、今が大切な時で、何か大切なものを守る為皆が頑張ってるのは何となくわかる。

 そして、その大切なものはそれは俺じゃあない。

 俺じゃあないんだ。

 だから、俺に関わらないでくれ。

 心が痛いんだ。


 そんな思いで男は自分の愚かさを説明する。

 司教はそれを聞いて微笑みながら、男の傷口に聖水を施した。

「……少々痛いですが……我慢してくださいね」

 そう言って司教は銀のナイフを取り出し、男の傷口にある矢じりを抉り取った。

 男は半泣きになりながらも声を抑えた。

 ここでそこまでしたらみっともない事この上ないし、何よりそれで敵に見つかったらこの人達に申し訳が立たない。

 そう思ったからだ。


「どうして、どうして俺なんかに……」

「……貴方は自分の愚かさを理解している様ですね。それなら……つい先日までの私よりも立派ですよ」

 そう言って司教は微笑んだ。

「そんな馬鹿な! 貴方様は俺みたいなのが見てもわかるほど立派じゃないか! それに俺は本当に愚かなだけで、しかもそんな自分が変えられないんだ」

「自分を変えるというのはとても難しい事で、一朝一夕では叶いません。ですが、変えられないと今思っているなら変えようと努力しているという事です。ほら、十分に立派じゃないですか」

「……そんな立派なもんじゃないですさ。さっきの話の通り、俺は自分の欲の為にここまで来た愚か者でさあ」

「おや? 自分の欲を持つ事が悪い事なのでしょうか?」

「――え?」

「節約し、仕事に明け暮れ、自分を殺し、ただただ世界の為に生きる。私はそんな風に生きてきました。これをどう思います?」

「いや、どうもこうも立派な事では……」

「そうですね。私以外の誰かにとっては素晴らしい事であるでしょう。ですが……クリア神はそんな風に生きろなんて言った事ございませんし聖書にも今までのお言葉にもありません。ただ私が自己満足の為勝手にやって勝手に苦しんでいただけです。クリア神は人にどう生きて欲しいと考えていると思いますか?」

「さあ? 神の心なんて計る事すら……」

「ええ。そうですね。ですが、ちゃんとクリア神は私達に既に伝え、記録を残して下さっています。幸せに生きて欲しいってね」

「……そうなんです?」

 その言葉に司教は微笑み頷いた。

「はい。そうなんです。クリア神は自分の欲を持つ事を否定しておられません。むしろ、出来る限り幸せに生きて欲しいと私達皆に思って下さっているのですよ。ですから、貴方は間違っていない。むしろ正しいのです」

「……とてもそうは思えないのだが……。こんな欲を持って……」

「いやいや。むしろもっと欲張って良いのですよ。何故なら木を伐採すればするほど道は通れるようになる。貴方は潤い、後続の部隊は進みやすくなり誰かの役に立てる。しかもそれは町長方の希望そのものなのですから。ほら、誰も損していない。敵以外ね」

 その言葉に、今までずっと暗い表情を浮かべていた男はははっと笑い声をあげた。

「何だ神様って敬遠してたけど……()()()()のじゃなかったんだな」

「ええその通りです。()()()()堅苦しい思いを皆様にさせてきたのは我々であって、神様はそんな事ないんですよ」

 司教が冗談めいてそう言葉にすると、男は噴き出す様に笑った。


「……ああ。何か世界が広がった様な気分だ。なあ、俺もクリア教の教徒になれるかな?」

「ええもちろんなれますよ? でも、別にならなくても神は貴方の事を見ていますよ?」

「ははっ。教会に行くといつもいつも教徒になれって言われていたのに。そんな事言われたのは初めてだ」

「ええ。少々考え方を変えまして。でも、こっちの方が気楽で親しみが持てるでしょう?」

「ああ。そりゃそうだ。気楽で優しくて、しかも特別美人の神様ってんなら祈る気にもなるってもんだ」

「それは良かった。我々の存在する意義がありました」

「……もう歩ける程度に回復した。俺は自分の欲に従いもう少し下の方でかつ安全そうな所で伐採をする。だから……あんた方に神の御加護があります様に……」

「ふふ。ありがとうございます。ですが、我々はもう十分頂いているので、その加護は貴方の元に向かう様祈らせていただきます。ではこれで――」

 そう答えた後司教は会釈をし、山をまっすぐ登りだした。


 男は結局クリア教の教徒に属さない事に決めた。

 属さなくても『見ていてくれる』ならそれで良いやと思ったからだ。

 確かに男はクリア教に属さなかったが……その胸には確かな信仰が生まれていた。


「司教様。教徒になりたいって言った方を断るなんて偉い人が聞いたら怒られますよ?」

 その言葉に司教は微笑んだ。

「良いんですよ。その偉い人が私なんですから。それに、間違った事私言いました?」

 その言葉に尋ねた男は微笑んだ。

「いえいえ。前よりも説教が上手くなられた様でなによりです」

「おや。それは良い事ですね。これで説教中寝られる方が減るでしょう」

 そう司教が言うと小さな笑いが響き、楽しそうな雰囲気のまま十人は山をどんどん進んだ。


 気楽な雰囲気ではあるが、十人全員は同じ事を考えていた。

 市民達を誰一人犠牲にしない様にしよう。

 それが無理なら、せめて自分達から殉じよう。

 もう、若い教徒や民が犠牲になるのだけは見たくない。


 彼らは歴戦の兵士であると同時に、心はひび割れたガラスの様に脆くなっている。

 もう、誰かが犠牲になる姿を見るのに耐えられる様な余裕なんて彼らには存在していなかった。



ありがとうございました。


見通しが甘かった……

やたら長くなってしまい申し訳ありません(´・ω・`)


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