3-22話 神から与えられた使命19
それはプラン達が出かけるよりも少し前の話。
大勢いる指導者の一人であったテオやサリスと違い、ヴェインハットだけは指導役一人だけとなっていた。
ヴェインハットが担当しているのは本来戦場に連れていく事が不可能な人達、連れていく事があり得ない人達、要するに……役立たずであると判断された者達だった。
その理由は怪我をしていたり子供であったり戦いの経験がない女性であったりと様々である。
そんな戦う力のない人を使えるようにしろという上からの無茶ぶりなのだが……ヴェインハットはこの現状を割と喜び歓迎していた。
理由はシンプルで……戦えない者達の中に女性が多いからである。
指導役として恰好良いところを見せるチャンスがあり、場合によったらデートくらいなら、欲を言えば手位なら握れるかも……何て事を考えていた。
そんな期待に胸を膨らまし、ヴェインハットによる戦えない人達の為の最初の授業が始まった。
「えー。今回君達に知識を授ける者として選ばれたヴェインハットだ。ヴェインでも帽子男でも好きに呼んでくれ」
数十人ほどの前でふっときざったらしく笑みを浮かべ恰好付けるヴェインハット。
それを見て、一人の恰幅の良い女性が立ち上がった。
それはヴェインハットにとって、ある意味において最大の幸運であるのだが、ヴェインハットの目的という意味においては最悪の事態を招く人物であった
「ちょっとあんた! そんな事よりも早く何か教えて頂戴よ! やる事は沢山あるんでしょぐだぐだして!? それであんたは何教えてくれるの?」
その女性はヴェインハットに詰め寄り、まくしたてるようにして連続で言葉をぶつけた。
「え、いやその……とりあえず罠の設置とか教えようとか思ってます」
相手の方が年齢が上なだけでなく、妙に迫力があった為ヴェインハットは敬語となり言葉にした。
「わーなー? やる気出ないわねぇ中途半端で。もっとこう……直接助ける方法ないの? あんた治療とか出来ないわけ?」
「お、応急処置と多少の救命知識ならありますはい」
「何よあんた良いの知ってるじゃない! ほら、早く教えなさいよ」
首ががくがくと揺れるほど体を揺さぶられ詰め寄られるヴェインハットの姿を見て、その場の皆が同情を覚えた。
そしてその女性の希望通りヴェインハットの応急治療を中心とした治療講義が始まったのだが……ここで予期せぬ出来事が発生した。
そしてそれを起こしたのも、またさきほどと同じ女性であった。
その女性は恐ろしいほど有能で、わずか一時間でヴェインハットの教える治療技術を完璧なまでにマスターしてしまった。
しかし、女性はそれだけでは納得せず自分を治療班のトップにしてヴェインハットの元にいた数人を引き取り、勝手にチームを作った。
その女性は、地元では知らない者はいないという有名な肝っ玉母ちゃんであり、村にとって一種の名物でもあった。
誰に対してでも母親面して懐に入ってきて、困っている人がいれば強引にかかわり無理やり物事を解決していく。
方向性は違えど溢れる才能と人の心に滑り込むそのやり方はプランにも通じるものがあった。
その女性は重要性をシュウに説き、治療班を正式に設立してヴェインハットの受け持つ予定であった人数の半分を連れて行き勝手に指導して治療班を成長させていった。
その御蔭で、ヴェインハットはテオやサリスと違い忙しさに忙殺されるような事にはならなかった。
これがヴェインハット最大の幸福である。
ただし、その肝っ玉母ちゃんの尻に敷かれ続けた為……ヴェインハットの評価は『何か可哀想な人』で固定され、デートなんかに発展する様な事態にはならなかった。
それがヴェインハット最悪の不幸だった。
「というわけで初日に良くわからないご婦人に仕事を半分奪われ、最近になっては人数すら半分、しかも女性ばかり奪われて暇になったから来ました」
そうヴェインハットが言葉にすると、サリスはにっこりと微笑みこう返した。
「死ね」
「えぇ……」
「こっちは忙しくて忙しくて死にそうなのに暇だってなんだそりゃ。喧嘩売ってんのか?」
「いや。そんなつもりはないぞ」
「……はぁ。まあ良い。残り半分の指導は良いのか?」
「ああ。というよりも、人数もそれほど多くないし無理させられない人が多いからな。ボチボチやるしかない。手先が器用なのが多いから道具関連で役立つようにしようとは思っている」
「そうかそうか。する事なくて暇ならこっち手伝えや」
「ああ。そのつもりだ。そして少しでも良いところを見せてポイントを稼いでおこうと」
「……それを口に出すなよ」
サリスは苦笑いを浮かべてそう呟いた。
「なあサリス」
「何だヴェイン」
「どうしてこんなに人が多く来ているか知ってるか?」
「いや。知らんな。何かあったのか?」
「何でも『俺達と無関係な上に戦うのが嫌いな女の子が、震えながら皆の前で演説をしていた。しかも彼女もその戦いに参加するんだろ? 見ず知らずの小さな子がそんな無茶しているのに、俺らが何もしないというわけにはいかないわ』だってさ」
「……プランなら仕方ないわな」
サリスは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
町の中央広場、そこに集まった大勢は皆、たった一人の少女を見に来ていた。
顔色は悪く、汗を掻き、震えている少女。
だけど、それでも……その力強い瞳からは誰も目が離せなかった。
「……見ての通り、私は臆病です」
少女は震える手を自分に向け、弱い笑みを見せた。
「戦う事を考えるだけでこんな震えあがる様な小さな存在です。でも、それでも私は逃げません。ですのでお願いします。どうか……どうか臆病な私と共に戦ってください」
その声と同時に、観衆はまるで英雄であるかの様に声を張り上げ腕を天高くにあげた。
少女を励ます為、少女の前で大人で居る為に、彼らは戦う事を決意した。
「……何か……反応良すぎて怖い」
その街での演説が終わった後、プランは馬車の中でぽつりとそう呟いた。
「おや。どういう事でしょうか?」
シュウがそう尋ねるとプランは困った顔を浮かべた。
「いやね。これで二十か所目じゃん?」
「ええ。そうですね」
「それで、ぜーんぶあんな感じにうおー! って皆乗ってくれて立ち上がってくれて。まるで私が演説巧いみたいじゃん。そんな事ないのに……。一度の失敗もないってのも変だし……ちょっち上手く行きすぎて怖いって気持ち」
「いえいえ。なるべくしてなった事ですので」
シュウはニコニコ顔でそう言葉にした。
「えー。でも私そんな力ないよ?」
「いえいえ。プランさんにではなく、私がエキストラを毎度混ぜているだけですので。ですのでどれだけ失敗しても十人位は乗ってくださいますよ」
その言葉に、プランは冷たい目をシュウに向けた。
「……せめて先に言ってよ」
「おや。言い忘れていましたね。申し訳ありません」
悪びれた様子を一切見せず、シュウは楽しそうにそう言葉にした。
「この手の人種は全く……。シュウさん。一つ良い?」
さっきまでと違い真剣な表情を浮かべプランはそう言葉にした。
「はい。何でしょうか?」
「少しでも犠牲を減らせる様……彼らを無事返してあげてね。客寄せなんたらでもバニーガールでも、私は私の出来る事を何でも頑張る。だから……」
「最善を尽くします」
その言葉にプランは縋る様な目を向け、そっと頷いた。
予定していた地域全てを巡りプラン達が一旦ガダルスナに戻り数日が経過した。
人数は当初の予定よりもはるかに多く集まり、また兵士と同等かそれ以上なほど頼りになるクリア教の信者も味方に付いてくれた。
現状はシュウの予想していた状況よりもはるかに良い結果となっている。
ただし、問題が何一つないかと言えばそんな事はない。
敵は強大であり、大きな野望を持つに足る能力を持っている。
また、こちらにも多くの課題も残されている。
例えば、人数が増え過ぎた事により相対的に町民全体の練度が下がっている事。
それが今一つのネックとなっていた。
ただ、これはどうしようもない。
単純に指導する人数に追いつかないほど人が増えているのだ。
練度が下がる事を避ける方法など存在しない。
人数を絞るという考えもあったのだが、こちらの強みは数の暴力である。
これを制限して練度を上げる位ならへぼでも何でも人数が多い方がよほど強力だろう。
ちなみに、人数が多い場合の最大の欠点となる食料についてなのだが……ヴェインハットに預けていた非戦力部隊が何故か軍事携帯食を量産し備蓄していた為その問題はカバー出来ていた。
シュウがヴェインハットに預けたのは四肢が欠損した者や戦闘経験がない者、身を守る術を学んでいない者とはっきり言えば戦闘において役たたずであると判断した者達だ。
その中で一人二人でも使い物にしてくれたらありがたいし場合によればヴェインハット独自の暗躍部隊でも作ってくれたら良いと願い頼んだのだが……蓋を開けたら良い意味で想定外の連続である。
その役立たずと判断された者の大多数は常時携帯食や医療道具を製造し続け、少人数は偵察部隊となっている。
それだけでなく、半数がヴェインハットから独立し、ただの主婦がトップにたった女性のみの医療部隊が完成していた。
それは戦場の天使などという可愛らしいものではない。
怒声と罵声をあげて各地を飛び回り、情けない男達に治療と同時に活を入れる肝っ玉母ちゃん集団である。
敵を見ても怯まず、誰かを助ける為に強引にでも前に出て、そして自他かかわらず血を見ても一切怯まない。
ある意味においては医療部隊として最適な精神を持ったタフさに自信のある集団が完成していた。
欠点を言うとすれば……女性部隊と聞き期待した男の気持ちを粉砕する事くらいだろう。
役立たずの管理をさせたら医食を司る集団になるという良くわからない状況。
それにシュウは混乱したが、一つだけ確かな事があった。
ヴェインハットという人間は恐ろしく便利な人間であるという事だ。
しかも、ヴェインハットの場合は誰が見てもわかるほど欲望がはっきりしている為扱いやすくもある。
つまり……取り込む隙があるという事だ。
逆に有能で自分に足りないものを持っているプランの事をシュウは取り込もうなどと考えた事すらない。
あれ等の人種は一種の劇薬であると知っているからだ。
ヴェインハットは重役にしてでも良いから町に引き込みたい。
ただし、彼らの機嫌を損ねない様にである。
冒険者集団とは今はまだ協力関係である為、静かに、さりげなく女性を使ってヴェインハットを取り込む。
次点でテオ、ヴェルキス。
逆に女性陣は四人共、立場や能力、扱いに困る等で取り込むメリットが薄い。
扱いやすく、それでいて有能で、善良。
そういう意味で言えば、ヴェインハットはシュウにとって理想的な存在であると言えた。
「ついでに恩もありますしね」
「ん? シュウさん何か言いましたか?」
プランの言葉にシュウは首を横に振り、そっと笑顔を浮かべて誤魔化した。
「いえ。何でもありません。さて、それではプランさん。テオさん。大切なお話をしましょうか」
そう言ってニコニコ微笑むシュウだが、二人は今まで見たどの姿よりも威圧的に感じた。
確かに……部隊の練度は足りていない。
それでも、時間が過ぎるほど相手の練度は大きく上昇し実際の兵に近づいて行く事は確実である。
だからこそ――作戦決行は明日と決まった。
足りないとわかっていても、今が最上であると信じる他なかった。
作戦決行が明日と決まったからこそ、今後の事、はっきり言ってしまえば盗賊を処理する事による利益の分配を冒険者代表と、町代表として話し合う事となった。
正直に言えば、この会話はプラン達にとって負け戦となる事が決まっている。
海千山千の魔境で話術を鍛えてきたシュウ相手に二人程度で勝てるわけがないと知っているからだ。
ちなみに、プラン、テオ以外の残りは皆参加しても足しか引っ張らないし何より参加したくないというありがたい言葉を残し、二人に全てを押し付けて逃げた。
「……こちらの要求を聞きますか? それともそちらの要求をまず聞きましょうか?」
シュウが牽制代わりであろう言葉を発するとプランとテオは顔を見合わせ、そしてプランが言葉を発した。
「前に言った指輪等盗まれたであろう道具の確保。それと盗賊であっても出来るだけ殺さない様にする配慮をして欲しい」
その言葉にシュウは首を傾げた。
「? いえ。それは前に聞いた依頼書の内容ですよね?」
その回答に、プランもテオも首を傾げた。
「え? うん。だからそれがこちらの要求なんだけど……」
「いえ。そうではなくてですね……。こう……盗賊を倒す事により名声や場合によっては報奨金がもらえる可能性が高いです。その辺りの……」
「……うーん。正直言って私達が貰うのって何か悪い気がするんだけど……」
プランがそう呟くとテオは腕を組み頷いた。
「そうだな。負担で言えば俺達全員の負担はそちら側の二割にも満たない。それで報酬よこせってのはなぁ……。ああ、でもプランは別個でもらって良いんじゃないか? 唯一の仕事こなしたし」
「いやー。コネ使って騒いでマスコットになっただけだしなぁ……。これから戦う人達の事を考えると私だけ多く受けとっても……」
二人はあーでもないこーでもないと言い合い、そして答えを出してシュウの方を見た。
「というわけでその辺りは受け取る気がないのでお好きにどうぞー」
「プランに同じく。逃げてここに来なかった奴らにも文句は言わせない」
えらくすっきりした様子で二人はそう言葉にした。
「え……えぇ……」
シュウは困った顔を浮かべ、こうつぶやく事しか出来なかった。
「もう少しお互いの欲しいものを話し合いましょうよ……」
どの位相手から利益を奪うかを考えていたシュウは、まさかのノーガード戦法に何も言葉を言う事が出来ず、何故か相手の利益の為に知恵を働かせる結果となってしまっていた。
「ところでシュウさん側は何が欲しいんです?」
「あー。このタイミングで言うのは少々心苦しいのですが……」
「何でも言って下さい。色々恩もあるので最大限尊重するよ!」
「貴女の最大限って死ぬほど怖いのですが……」
「そんな事ないよね?」
そう言いながらプランはテオの方を見た。
テオはそっと顔を反らした。
プランはちょっとだけしょんぼりした。
「……そうですね。正直に言いますとこちらは名声が欲しいです。ですので皆の功績を、特にプランさんの功績を貰いたいと思っていました」
本来なら報酬金で釣る作戦だった為、それはもう過去形となっていた。
「……? 私何かした?」
「皆の前で立ちあがり、人々を集めました。一応表向きは盗賊に対する義憤を燃やしたプランさんが民衆を集結させた、というカバーストーリーが出来上がっています」
「え、ええ……」
プランは困った顔でそう呟いた。
「それをプランさんでなく、うちの町民がしたという事にして欲しかったですね。名声を理由に国に金銭を集るつもりでしたので」
「ああ。どうぞどうぞ」
プランは迷わずそう言葉にした。
「え、えぇ……」
シュウは困惑する事しか出来なかった。
「そちら側が欲しいものを提示して下さい。流石にちょっとこのままでは……」
「別にこっちは問題ないけど……。よね?」
プランの言葉にテオは頷いた。
「いえ。こちら側が困るんです。あまりにこちらに有利過ぎると後で冒険者から功績を一方的に奪い取ったとみられるので……」
「うーん。そう言っても……テオ。何かない? というか何求めたら良いの?」
「えー。俺に聞く?」
「だってテオが実質的なリーダーじゃん」
「んな事言ったって町長とか、しかも出来るオーラ出しまくってる奴との交渉なんて出来ねーよ」
わいわいと話し合う二人を、シュウは半ば投げやりな気持ちで見守った。
「……仲良いですねぇ」
気分は孫を見るお爺ちゃんの様である。
「……あー。身内事情で悪いんだが一つ欲しいものがあった。功績と微妙に被るんだが……実績が欲しい」
テオの言葉にシュウはぴくんと反応を見せた。
「実績……ですか? 詳しく尋ねても?」
「ああ。ぶっちゃけるけどな。こんな遅くなるつもりなくて学園に滞在する者として色々まずくなってきた。課題とかその辺が」
「ふむ……なるほど」
「それを何とかする事を考えるとだ。実績があれば、そのやってきた実績で色々交渉しようかと。うちの学校実力主義だから内容次第では何とかなるはず」
「なるほどなるほど……。いえそれはこちらの欲しい実績とは被っていませんのでご安心を。わかりました。では終わり次第ガダルスナ町長並びに周辺地区全員で皆様への感謝状を用意し学園に送りましょう。その上で、私が学園側と交渉してみます。それでどうでしょうか?」
それはシュウを腹黒狸であると思っている二人にとって心の底から頼もしい言葉だった。
プランとテオは顔を見合わせ、頷いてからシュウの方を同時に見つめた。
「じゃあそれでお願いします」
結局、二人は最初から最後まで全部シュウに丸投げで乗り切り、シュウは苦笑いを浮かべながら頷いた。
ありがとうございました。




