3-20話 神から与えられた使命17
庶民を受け入れるとは思えない様な煌びやかな客間で、湯気の出る液体が注がれた明らかに普段皆が見ている物とは値段が一回り以上違うカップが配られる。
更にその傍には白く輝くお値段の高そうなお皿の上に貴族位しか食べないであろうと思われる細かい細工の施された茶菓子が乗せられていた。
当然座っている椅子もふっかふかのもっふもふで、もうこれでもかというほど持て成されている現状にシュウとヴェルキスは逆に肩身の狭い思いをしていた。
特にシュウはつい先日プラン達に出会う前に協力を申し込みに向かい、その際に礼の限りを尽くしその上で門前払いをされている為、そのあり得ない落差にただただ恐れおののいていた。
一方プランとミグは、こんな特殊な環境にもかかわらず恐ろしいほど平然と……というよりも普段よりも好き放題自分の時間を楽しんでいた。
お茶菓子をもぐもぐと際限なく食べるミグ。
それだけならまだ良いのだが……ミグは食べこぼしを床に落としていた。
しかも高価そうな絨毯の上に……。
それをプランは止めもせずニコニコ顔で見ながらミグの頬を拭いたりお茶菓子を取ったりと世話を焼いている。
どうしてそんな平然と出来るのか男性陣二人には理解出来なかった。
しかも、食べるのに夢中なミグとその世話を焼いているプランを、本来目上であるはずの司教様はじっと、優しい笑みを浮かべながら食べ終わるのを待っていた。
シュウはこの状況に一瞬だけ、胃にキリッとした痛みを覚えた。
「それで御遣い様。我々に何をお求めでしょうか?」
食べるのに一区切り付きむふーとミグが満足げな雰囲気を醸しだし始めたタイミングで、司教はプランにそっと話しかけた。
「えっと……。フィーネ……じゃなくてフィーネ枢機卿からどの様に言われているでしょうか?」
プランの言葉に司教は嬉しそうに頷いた。
「最大限の手助けを。そう言われております。ですので、どうかご遠慮なきようお願いします」
「そっか。じゃあ……何ならしてもらえますか?」
「――神の御意向にそぐわぬ事以外なら何でも構いませんよ」
「例えば?」
「そうですね……」
そう言葉にした後司教が手をパンパンと叩き大きな音を出すと、部屋の中に豪勢な客間に似合わぬ武具が大量に運び込まれた。
鋭く美しさすら感じる槍、魅了されるほど美しく輝く剣、力強そうな弓と大量の矢。
その全ての道具に使われている金属部は銀の光に纏われていた。
「まず、質の良い武器。続いて――」
その言葉の後に、テーブルの隅に羊皮紙の束が置かれた。
「……それは何ですか?」
プランの質問に司教は微笑み、それを一枚手に取ってプランに渡す。
そこには魔法陣が描かれていた。
「どうぞ。これは即時回復のスクロールです」
その言葉を聞き、スクロールの貴重性を知っているシュウとヴェルキスは絶句した。
スクロールという物は保存期間によって値段が代わる物である為、期間が短い物は別に高価な物というわけではない。
現に用意されたこのスクロールも新人冒険者であるプラン達ですら手が出ない値段というものではないだろう。
ただし、スクロールはインクを含む特殊な道具と、知識のある魔法使いが揃ってようやく作る事が出来る物であり、しかも全部手作業の為失敗のロスを考えないとしても一枚作るのに相応以上の時間がかかってしまう為量産が難しい。
更に言えば、それが習得者が少ない即時回復となると更にその希少性は増す。
それを大量に用意するという事はどれほど難しく、どれほどのコネがいるかシュウですら考える事が出来ない位だった。
「そして最後に――これらを扱う事の出来る人材……早い話が戦力となる人材ですね」
その言葉と同時に、屈強そうな男がずらっと部屋に並びプランの方に体を向け直立不動となった。
「もう良いですよ」
そんな司教の言葉と同時に、男達はプランに渡した一枚以外のスクロールと武具を持って部屋から立ち去った。
ついでに、何時の間にか、ミグの汚した絨毯類が元通り綺麗な状態となっていた。
「ああ。当然ですが道具も人もあれで全てではありませんのでご安心を……」
そう言って司教はニコニコしたまま頭を下げた。
「おおー。凄いですね。それで、どの位助けて貰えるのでしょうか?」
その言葉に、司教は微笑んだ。
「何を可笑しな事を。貴女様は猊下の御遣いではないですか。当然全部です。我々は神の為、猊下の為全てを捧げる為、今日まで生きてまいりましたのですから」
その言葉に一切の嘘偽りが感じられない。
だからこそ、プランは少しだけ悲しい気持ちとなった。
「ああ。それとですが、不肖の身ではありますが私自身も戦いには参加させて頂きたいと思います」
そう司教が言葉にすると、興味のないミグ以外全員が驚いた。
「え!? 戦えるんです?」
そんな失礼な事をプランが言葉にするのだが、それも無理がない。
確かに、司教は健康そうで体躯にもある程度恵まれている様に見えるが、それは七十、八十位の年齢にしてはである。
もう何時お迎えが来てもおかしくない外見をしているのに、そんな事を言われれば驚くのも仕方がないだろう。
「ふふ。ご心配ありがとうございます。しかし、これでも私はそれなりには動けますのでご安心下さい」
そう言って微笑む司教。
それでも、プランは心配そうな顔をせざるを得なかった。
「……プラン。その人ヴェルキスより強いよ?」
ミグがぽつりと呟く言葉を、司教は否定せず堂々と微笑んでいた。
「はえー。でも無理はしないで下さいね?」
「いえいえ。人々の為に礎となる。それもまた我らの使命ですので」
司教のその言葉にも嘘は含まれていない。
それどころか……どこか死にたがっている様にすらプランは感じた。
「ただ……一つだけお願いがございます」
「んー。何?」
「我らが民の前に立ち、我らが御遣い様の敵を神の代行者として見事打ち倒してごらんに入れましょう。ですので、他にご参加なされたどこの教徒でもない方をクリア教に誘う事を許して頂けたらと。ああ、当然ですが無理強いは致しませんのでそこはご安心を――」
宗教者の鏡である司教の優しく微笑みながらの言葉を聞き……プランは顔をしかめシュウの方を見た。
シュウは迷わず頷いた。
デメリットとしては弱すぎるという次元の話ではなく、むしろこの場で同門扱いとなれるならメリットでしかない。
状況によれは自分もこの場でクリア教に入門しても良いとシュウが考える位は良い事尽くしの条件だった。
そんなシュウを見た後……プランは小さく呟いた。
「ごめんね?」
その言葉の意味を、その時のシュウは理解出来なかった。
プランは、我慢の限界だった。
立派で、誰からも尊敬される人生を送った司教。
だが、プランの目には……その司教は痛みに耐え続け無理をして笑っている様にしか映っていなかった。
「ダメです」
プランのその一言に、司教は笑顔のままだがぴくっと体を震わせた。
シュウは胃に穴が開いた様な錯覚を覚えた。
「教誨を禁止する……その理由を尋ねても宜しいでしょうか?」
「むしろどうして戦いの場でそれが必要なの?」
「我々は神によって生かされています。その事をいついかなる時でも伝えるのが我々の義務ですので。それとも……我らの信仰を否定するのでしょうか? 他の誰でもない……御遣い様である貴女様が」
「そもそも、私クリア教徒じゃないよ?」
その言葉に、時間が硬直した。
「……信者ですらない貴女が……我々を……私を否定するのですか?」
「いいえ。否定はしないわ。でも……フィーネならそんな事絶対にしないと誓って言える」
その言葉に、司教は笑顔を止めぴたりと黙り込んだ。
「フィーネだけじゃない。私の知っているクリア教の教会を管理している人も、そもそも二人共誰かをクリア教になる様勧誘する事をほとんどしないわ。というよりも……必要がなかったみたい」
でなければ、フィーネの親友であるプランがどこの宗派にも属さないでいられるわけがなかった。
「……どうしてでしょうか?」
「立ち振る舞いで、日々の日常の過ごし方で、その背中で……自分の生き様で信仰を証明し語っていたよ。……貴方の信仰は、自分の気持ちを他人に押し付ける為に行うものなの?」
その言葉に、司教の顔は一瞬で鬼の様な形相となり真っ赤に染まった。
いつ爆発するかも分からない様な様子で司教は震えあがり……そして次の瞬間涙を流しだした。
さめざめと泣き、その後に懺悔をするかのような仕草でプランの足元に蹲った。
「貴女様のお言葉に、私は怒りを覚えました。小娘が私の何を否定するのかと……。つまり……私は図星を付かれ、あまつさえそれを受け入れる事が出来なかったという事です。ああ……そうか。私は何かはわかりませんが……間違っていたのですね……」
まるで憑き物が取れた様な穏やかな表情で涙を流しながら司教はそう言葉にし、プランはその言葉を聞きそっと首を横に振った。
「ううん。間違ってなんかいない。絶対にそれだけはあり得ない。ただ……焦ってるんだと思います」
「いいえ。私は貴女様のお言葉ではっきりと自分の間違いを自覚しました。私は信仰に生きていたのではない。信仰する自分に酔って生きてきてしまいました……」
その言葉の後、司教は涙を拭い、そしてプランの方を真顔で見つめ頭を下げた。
「流石は枢機卿猊下の御友人……目が覚める様なその一言は、誤った私を導くまるで神の御教えの様でした。いけませんね本当……。老いるとしがらみが増え、その上自尊心が高まり間違っていても自分を肯定したくなってしまいます。プラン様のお言葉、しっかりと、この胸に刻ませていただきます」
「い、いや……そんな大げさにされても……失礼な事言ってしまいすいません」
プランは小さくなりそう言葉を発すが、司教は聞いていなかった。
「我らはこれよりプラン様の命を聞く忠実な僕となりましょう。それこそが、我が信仰の証、我らの生きる道である! ですので……何かあれば我らを先陣にお使い下さい」
「いや、一方に犠牲を強いるのはちょっと……。出来るだけ平等にする予定だよ……ね?」
プランの言葉にシュウは頷いた。
どこかに被害が偏ると確実にもめごとに発展し、最悪空中分解する恐れがあるからだ。
確かに数は力だが、同時に烏合の衆ともなりやすく欠点も多く内包してしまう。
特に複数陣営の集合体となればお互いの利益を奪い合うという側面も存在する。
その為、シュウはこれでもかと平等になる様意識していた。
「いえ。戦う覚悟を持たず生きて来た町民よりも常に死を覚悟し神の為誰かを護る我らこそ先陣の名誉に相応しい。私はそう思います」
「なるほど……。それで本音は?」
プランの一言にシュウとヴェルキスは噴き出した。
「……はい?」
「その言葉に一切の嘘はないと思う。でもさ……本音じゃないよね? 司教としてではなく、貴方としての本音を教えて。死に急ぐその本音を」
司教は一瞬だけ驚き、納得した様な顔をして苦笑いを浮かべた。
「信者でもないのに猊下の友人であると聞き最初は驚きましたが……その理由が今わかりました。少々恐ろしく感じる位です。貴女は……人の内面が読み取れるのですね」
「ううん。そんな凄い力ないよ? でもね、無理をして生きている人を見ると、嫌な気持ちがするの。でもさ、それは皆そうじゃない? それをつい口にしちゃうだけ。だから私はそこらにいる、信仰心の薄いただの小娘だよ」
その言葉に再度苦笑を浮かべつつ、司教はぽつりと呟いた。
「長く生きていると色々な事があるものです。……もう、嫌なんですよ。若い者に置いて逝かれるのが……。私と同じ気持ちの年老いた者も大勢います。死に場所を探し、誰かを護る為に死ねる日を心待ちにしてその日々を過ごしている者達が……。若い人達に置いて逝かれ、自分だけで明日を過ごすのは……本当に……嫌なんです……」
絞り出す様なその声の中には、人生の重さと苦しさを感じずにはいられなかった。
プランはそっと立ち上がり、何も言わず、優しく司教を抱きしめた。
誰かが、そうしないといけない様な気がした。
「貴方が救われないと……神様も悲しむよ……。他の誰でもない、神様の為に生きた貴方が救われないと……」
その言葉に、司教は小さく震え、嗚咽をあげだした。
その長い時間の間、プランは何も言わずただただ司教を優しく抱きしめ続けた。
「これで良かったかな?」
帰りの馬車の中でプランはそう呟いた。
「……何がでしょうか?」
シュウの言葉に、プランは教会の方を見つめた。
「いや。救うなんて烏滸がましい事は言わないけど……もっと他に何か言葉を投げられなかったかなって。もう少し、休んで良いんだよって伝える事が出来なかったかなって」
「……あれ以上ですか?」
「ん? 私は特に何もしてないよ? 気に入らない事を気に入らないって小娘らしく叫んでわがまま言って困らせただけ。そして、司教様が立派で宗教心厚い人だったから頑張りすぎていただけ。それだけの話だもん」
「……はあ」
「ま、私程度がそんな凄い人をどうにか出来るなんて思いあがったらいけないよね。泣いてすっきりしてもらったと考えて切り替えないと。……次は街の人達に協力を呼び掛けるんだっけ?」
「はい。お願いします」
「……うん。正直自信がないけど頑張ってみるよ」
その言葉にシュウは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
ヴェルキスに至っては横であきれ顔になっていた。
――ここまでとは……正直思いませんでした……。
出会うまでに集めた情報と直接見た印象から、彼ら冒険者学園生達はこの少女、プランを中心に構成されているとシュウは理解した。
他に優れた者が多くいる中で、優れた点が少なくむしろ戦闘面では足しか引っ張っていないこの少女。
それでも集団の中心となっている事から何か人を惹きつけるものがあるのだと思っていたが……これは想定外以外の何者でもない。
――この少女だけは何があっても敵に回さない様にしないと。
シュウはそう心に固く誓った。
ありがとうございました。




