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3-19話 神から与えられた使命16


 シュウが集めた盗賊団の情報は盗賊団による目的についてだった。

 確かに、何となくそうではないかと思っていたが……それは最悪に等しい。

 その目的は――国家転覆。

 クーデターによる領地支配、そして最終的には国家そのものを支配する事が盗賊団の最終目的だった。


 普通に考えれば、あの程度では絶対的なまでに戦力が足りない。

 この国ノスガルドは伊達に記録に残っていないほど長く戦争を続けている国家ではなく、平均的な領地であっても十人程度は武官が常駐している。

 領主から領地を奪うという事は、その武官全員を打ち倒す必要があるという事だ。

 だが、それを盗賊団が知らないというわけがない。

 領地を奪うどころか国家転覆まで考えているという事は、複数人の武官を相手にしても何とかなる手段があるという事だろう。

 そして一つ、プラン達はその条件にあてはまりそうな最悪な情報を握っていた。

 試作機ではあるが、新しい魔法の行使方法である指輪が盗賊達に奪還されたという情報があり、更に多数の魔法研究者も盗賊のメンバーになっている。

 その指輪の出来が想定通りで本当に誰にでも魔法が使えるというものであり、なおかつそれの量産が可能になれば、それは最悪を極まった事態となるだろう。

 わずかではあるが、本当にクーデターが成功する可能性も出てきてしまう。


 そんな一歩間違えば国が亡ぶであろう事態であっても、シュウはまだ自分達で何とかなる範囲であると予測を立てていた。

 理由は単純に、人を鍛えるというのは簡単な事ではないからだ。

 そこそこ学のある町民を育成するのに苦労している町長のシュウだからこそ、盗賊達の訓練がいかに難しいものがを理解していた。




 無言の時間――。

 プランとその護衛であるミグとヴェルキス、そしてシュウの四人は狭い車内の中で沈黙と貫いていた。

 ミグはうつらうつらと眠たそうに船を漕いでいる為、無言の理由は一目で理解出来る。

 だが、プランとヴェルキスが無言なのは別に眠いわけではない。

 ……そう、ここは人力馬車内、そして馬車は全力疾走で走っている為、当然……そいやボイスが常に響き続けている。

 何とも言えない不思議な気持ちと、何とも言えない不可解さ……。

 それとちょっとした耳障りな不愉快さに場が支配されていた。


 別に男性が嫌いなわけでも筋肉が嫌いなわけでもない。

 ただ、常に聞こえる力強い声と飛び散る汗を想像すると、どうしても嫌な気持ちにならざるを得ない。

 それに加えて、プランは乗り心地が非常に良い事がどうしても不思議で、それが逆に不気味に感じていた。


「……あの、シュウさん」

 おずおずと言った様子で話しかけて来るプランにシュウは目だけを向けた。

「はい。何でしょうか?」

「いえ……これは今回の用と関係ないのですが……どうしてこんな物を作ろうと思ったのでしょうか?」

 こんな物とは、当然この人力馬車である。

「……ふむ。では、暇つぶしと愚痴がてらに少々事情をお話しましょう」

 そう言葉にした後、シュウはこっそりと小さく溜息を吐き、言葉を綴りだした。


「まず、始まりは数年前。ガダルスナの町民の男、彼が全ての元凶でした。彼はガダルスナの一般的な住民であり、同時に他の町民とは少々異なった思想を持ったごく普通の男でした」

「思想が異なったって……どういう感じだったんです?」

「ガダルスナは馬で栄えた町ですので馬と共にある町でした」

 シュウの言葉が過去形だった事がプランは少しだけ悲しかった。


「そんな村で……彼は馬嫌いだったんです」

「馬が嫌いって……どうして?」

「わかりません。ただ、とにかく馬が気に入らない彼は馬を排除しようとするのですが……常々馬と密接な関係を築いてきた我々にそれは不可能でした」

「まあそりゃ……いなかったら労働力としては当然、交易とかどうするのって話になるよね」

「ええ。それで、男はこう考えました。『馬に頼らず生きていけば馬が排除出来るのではないだろうか』そう考えた男は――」

「もしかして……その結果が……」

「はい。これです」

 そう答えるシュウの顔は酷く疲れた様に見えた。


「最初は皆彼と彼の考えたアイディアを嘲笑していました。人が馬の代わりなど出来るわけがないと。それでも、どんなにふざけた書類であっても正式に提出された以上――書類は正しく受理しなければなりません」

「その人は一体どんな書類を出したんです?」

「……車輪タイプと担ぐタイプの二種に変形するこの車両と、専用の車夫を育成する特殊な訓練法です。最初は嘲笑されていた彼ですが、実際に実験してみれば彼を馬鹿にする皆の嘲笑は――おぞましき恐怖に変わっていました。私含めて彼のあらゆる意味で悪魔的なその発想と想定の斜め上となるこの成果に、我々凡人には恐れおののく事しか出来ませんでした……」

 シュウという人物は合理的な人間であらゆる物事を数字で判断する。

 だからこそ……結果を残すのであればどのような物でも取り入れる。

 例え、それを本人が納得していなくてもだ。


 それは運用コストと育成コスト、そして車夫の才能という意味で言えば馬よりもはるかに効率が悪い。

 だが、馬よりも小回りが利き馬が通れない山道も通れるとなれば、それを認めないわけにはいかなかった。

 その諦めにも後悔にも似たシュウの表情を見たプランは、これ以上何も聞く事が出来なかった。







 その町の規模は百人前後位と町にしてはかなり小さく、村と言った方が近いくらいだった。

 町の大部分が畑と民家で構成され、盗賊団が近くを占拠した割には町民もゆったりとした空気の中日常を謳歌している。

 そんな特徴らしい特徴のない小さな町なのだが……たった一つだけ、特別な物が存在していた。

 それは教会である。

 天高くに聳え立つ鐘塔が備え付けられた、千人は入るであろう町の規模で考えればあり得ないような規模の教会。

 町の中にある家を全て足してもこの教会の半分の規模にもならないだろう。


 ただ、ここまで極端なのはなかなかお目にかかれないが、この様に田舎の町や村に立派な教会が建つというのは別段珍しい事ではなかった。


 神が直接現れ奇跡を授けてくれた、聖人が訪れて何か問題を解決してくれた、などの逸話が残っている場合や、特別な聖人の生まれ故郷だったり教会の偉い人が村人を気に入ったり……。

 その様な神や宗教が絡んだ出来事が起これば、この様に立派な教会を内包した小さな町が完成する。

 そして、そうなった場合は例外なく町民全員が熱心な信者となり宗教心の厚い宗教都市へと変貌を遂げる――。


 鐘塔から盛大な鐘の音が響き渡る。

 耳をつんざくような轟音にもかかわらず荘厳であり、まるで心が洗われる様な、そんな気持ちにさせられる不思議な音だった。

「……何か……予想と違うんだけど」

 プランはぽつりと横にいるシュウに呟いた。

「おや。どう違うのでしょうか?」

 わかっている事を堂々と尋ねるシュウにプランは小さく溜息を吐いた。

「普通さ、教会って数十人位で一杯になって、管理者も一人か二人といった小さな感じじゃない?」

「そうですね。この様な末端の村や町ではそういう教会が多いですね」

「うん。私そういう所に行くと思ってたんだけど」

「逆に言えば、ここの協力が得られたらとても心強い、という事ですね」

 シュウが満面の笑みでそう言葉にした。

 それには、有無を言わさない迫力が籠っていた。

「……上手く行くかわからないよ?」

「ま、駄目で元々のつもりで来てますので」

 そんな慰めにもならない言葉を聞き、プランは二度目の小さな溜息を吐き出した。




「あの……すいません」

 教会の正門前に立つあからさまな程武装をした門番二人組にプランは小さな声で話しかけた。

「……。またですか。前に断ったじゃないですか」

 門番はプランではなく、シュウの方を見てそう言葉にした。

「……シュウさん? どゆこと?」

「ええ。つい先日協力を申し込んだのですが断られまして。それどころかここでは町民を誘う事すら許可が得られませんでした」

「当然です。我々は皆神の僕ですから。他の町の利益の為に戦うつもりもなければ、この町に利益をもたらす為に戦うつもりもありません。盗賊に襲われ避難するのでしたら幾らでも受け入れますけどね」

「ま、仕方がない事です。ただ、今回私は付き添いですから私は関係ないんですよ。今用事があるのはそちらの女性です」

 そう言ってシュウがプランの方を見ると、門番二人もプランの方を見つめた。

「失礼しました。ご用件を伺います。ですが、戦いに参加しろと言われても私達は当然、この教会を受け持つ司教様もお認めにはならないと思いますよ」

 優しい口調だが少々棘のある言い方で門番がそう言葉にすると、プランは小声で、不安そうに言葉を出した。

「えっと……その……プランが来たと司教様にお伝えになってもらえますか? それでわからないなら帰りますから」

 その言葉に門番二人は首を傾げ、プランを痛い人を見るような目で見た後こそこそ話をしだした。

 いたたまれない空気が流れる。

 その少し後、二人がしっかりと内緒話を終えた後に門番の一人が門の中に入っていった。

「少々お待ちください。一応尋ねてみます」

 その言葉にプランは居心地悪そうに体を小さくさせながら頷いた。


「……それでプランさん。貴方のコネってどの位強力なんです? 名前で司教様を動かす事が出来るほどなんですか?」

「一応そういう手筈にはなってるけど……わからにゃい。もしかしたらただ泊めるだけのコネだったかもしれないし……」

「……まあ、駄目でも気にしないで下さい。貴女の仕事はまだ他にありますから」

「あい」

 諦めムードの中プランはしょんぼりした口調でそう呟いた。


「どう思う?」

 後ろの方で、護衛その一であるヴェルキスはその二であるミグに回りに聞こえないよう語りかけた。

「……どうって?」

「いや、教会の話だよ。クリア教の、しかもこの規模の教会が動くとは思えないんだけど」

 ミグは欠伸をしながら、ヴェルキスに尋ねた。

「ねね。枢機卿って、教会内でどの位の影響力があると思う?」

「あん? 枢機卿っていや教皇に匹敵するほどの権力者だろ? そりゃ……教徒でない俺達が跪く位なんだ。信徒にとっちゃ神様に匹敵するだろう」

「……そゆ事」

 それだけ答え、首を傾げるヴェルキスを気にせず、早く中に入りたいなと思いながらミグは再び欠伸をした。




 正門が開かれた瞬間、残った門番は少しだけ驚き、同時にプランとシュウは安堵の息を漏らした。

「良かった……一応効果があったらしいね」

「受け入れられたという事は会話のチャンスが残っているという事です。プランさん。無茶は言いません。食料支援か武器支援だけでもお願いしてみてください。それだけでも大分楽になりますから」

「わ、わかった。頑張ってみる」

 そう答え、プランとシュウは招かれた扉の中に入った。


「……は?」

 シュウは普段から感情をコントロールして生活を行っている。

 やろうと思えば一月位なら一切の感情を表に出さず仕事をする事も可能だ。

 その様な事を普段から心掛けているシュウは……今、目を丸くし半開きの口でポカーンとした間抜けな表情を晒し続けていた。


 ただ、それはシュウではなく誰であっても驚くだろう。

 今、プランは要求を押し通す為にコネを使って無理やりこの教会に侵入した。

 それは当然教会にとって不都合な事であり、歓迎されるわけがない。


 ないはずなのだが……今シュウの前に広がる光景は、歓迎していない者を招く様な様子とはとても思えなかった。


 聖歌隊による讃美歌のバックコーラスが響き渡り、大勢の信者がニコニコ顔で中央の絨毯の上から避けて一直線に道を作り、そして道の先にいる人物はご高齢の老人。

 ただ、その身なりと発せられる風格から、誰であっても彼こそがこの教会のトップである司教だと理解出来た。

 更に言えば……その司教、半端な貴族よりも地位の高い司教が、プランの方を向いてわざわざ跪いていた。


 ――これは歓迎というよりも、服従の方に近いのではないだろうか。

 シュウは茫然としながら、動かない頭を駆使しそんな事を考えた。


「……あの……プランさん。貴女は一体どんなコネを持っているのでしょうか?」

「えっと……友達の事を自慢するのはあれだけど、私にはフィーネっていう凄い友達がいるのです」

 プランは困惑しつつもどことなく誇らし気にそう言葉にした。

「えっと、それはどの様なフィーネ様なのでしょうか? 出来たらラストネームも教えていただけたら」

「えっとね、フィーネ・クリアフィール・アクトラインという名前のフィーネさんです」

「……冗談……ですよね?」

 シュウがそう尋ねてもプランは何も答えず、ニコニコとしているだけだった。


 門の前で一向に進もうとしないプランとシュウを見かね、奥で跪いていた司教は立ち上がってプランの傍により、そして再度プランの目前で跪いた。

 それと同時に、周囲にいた数百人の信者も同時にプランの方を向き跪いた。

「偉大なる枢機卿猊下の御使い様。よくぞいらっしゃいました。我々信者一同、首を長くしてお待ちしておりましたぞ。ささ、奥にどうぞ。紅茶の用意を致しましょう。それともジュースの方が良いですかな?」

 その言葉を聞いたミグは、すっと手を上げた。

「ジュースが良い」

 本来なら無礼極まりない言葉だが、司教はニコニコ顔で頷いた。

「はい。承りました。御使い様は何が良いでしょうか?」

「あ、では紅茶を下さい」

「畏まりました。誰か、御使い様御一行を客間へご案内してください」

 その言葉を聞き、信者の一人が立ち上がりプラン達の案内を始めた。


「嘘でしょう……」

 シュウはそう呟く事しか出来なかった。


ありがとうございました。

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