3-15話 神から与えられた使命12
足止めの効果は如実なまでに実感出来ていた。
今まで怒声を上げながらこちらを追ってきていた集団の声は遠くに聞こえ、周囲に感じていた集団による潰されそうな圧は最初からなかったかのように霧散している。
つまり、その効果を感じている分だけ、クコが一人でそこにとどまり続けてくれているという事だ。
それを考えると心に棘のようなものが刺さるが……それでも止まるわけにはいかなかった。
それこそ、ここで足を止めるとクコの献身が全てなかった事になってしまう。
だからこそ、プランは走った。
それしか出来なかった。
前を見て、必死に走り……そしてとうとう険しい下り坂は終わり平地に戻る事が出来た。
盗賊の拠点である山から下山出来た事を実感出来た一同は逃げられた事に安堵し、一瞬だけ頬を緩ませた。
その瞬間に、プランはここにいない誰かが自分達を嘲笑った様な、そんな嫌な気配を感じた。
「んでどっちに逃げる?」
サリスがそう尋ねるとテオは迷わず指を左側に向けた。
「近場の町……は迷惑がかかるから避けて逃げる為にアップルツリーとは別の山に隠れよう。既に拠点も作ってある。それで明日以降の事は……また明日考えようか」
「賛成だ。今は考える余裕がない」
サリスは疲れた顔で同意し頷いた。
「……どしたのヴェイン?」
四人が駆け出し山の麓から離れようとしている中、一人その場から動こうとしないヴェインハットを見てプランはそう尋ねた。
「あー。いや……そのな……」
ヴェインハットが言い辛そうに何かを言おうとしている中、サリスは苦笑いを浮かべた。
「あー。うん。お前ならそうするよな。何となくわかってた」
「そうか。俺の事をわかってもらえるなんてこれはあれか。俺の春が来たのか」
ヴェインハットはドヤ顔でサリスにそう答えた。
別にこれは義憤や仲間思いからの行動というわけではない。
そういう感情がないわけではないが……それよりも重たいものをヴェインハットはかかえている。
ヴェインハットの考えはただ一つ、デートが出来るかどうか、本当に、ただそれだけだった。
「俺はな、女にちゃらちゃらした奴らは大っ嫌いだ」
サリスの言葉にヴェインハットは目に見えて小さくなった。
「だが、何か一点を本気で求める馬鹿は嫌いじゃない」
サリスの言葉にヴェインハットはいつものドヤ顔で自慢げな態度となった。
「いいぜ。何か要求があるなら言ってみろ」
ヴェインハットが頑張るから何か報酬くれというのを先読みし、サリスはそう言葉にした。
それに対しヴェインは一切悩まず、こう答えた。
「なんか手料理食わせて下さい。できたらこう……愛情こめた感じで」
その言葉にサリスは冷ややかな目となった。
「もっと他にあるだろ……。しかも俺肉を焼くくらいしか出来ねーぞおい」
「それで良いんでおねしゃす」
「……生きて戻ったらな」
「ふっ。それは確定事項だ。俺は死なないさ。さあ! ここは俺に任せて先に行けぇ!」
ヴェインハットは人生で一度は言いたかったセリフを言葉にしながら、恐るべき速度で落とし穴を設置しだした。
「何か本当にお前は死にそうにねーな。例えこの世界が滅んでも生きてそうだよ。よし、行くぞ!」
サリスの言葉にプラン、エージュ、テオは頷きヴェインハットを置いてその場を後にした。
クコの時と状況は同じのはずなのに、何故かヴェインハットなら言葉の通り何とか出来るんじゃないか。
そんな不思議な信頼がそこにはあった。
「本当、情けねーな……」
先頭を走りながらサリスはぽつりと呟いた。
「誰がだ?」
テオがそう尋ねるとサリスは自分を指差した。
「俺だよ。本来なら戦闘力に自信があって他に役立たずな俺が殿を務めるべきだったはずだ。なのにさ、頭脳労働役のクコに斥候、哨戒役のヴェインが行って……情けないとしか言えないわ」
「そんな事言ったら俺なんて何も出来てない。俺の考えた案も大体失敗したしな……」
「私よりマシだよ……」
「私も何も出来てないですわ……」
足を止めずに駆け抜けてはいる中で、沈み込んでいくような暗い空気が漂いだした。
本来ならそれを止め周囲の空気を明るくするのがプランの役割なのだが……プランは何も出来ずにいた。
正しくは、これまで何も出来なかったという劣等感と誰かを犠牲にしてここにいるという罪悪感がプランの動きを固くし、言葉を紡ぐ事に遠慮するようになっていた。
もしここに幼少時からプランと親しい幼馴染がいたならば、プランを簡単に元気づける事が出来ただろう。
プランは恐ろしいほどに単純で、そして明るい性格をしているからだ。
もしここにプランの家臣がいたならば、叱責し励ます事が出来ただろう。
プランは自分を無能だと思っている分、部下の言葉を心から受け止める事が出来るからだ。
もし……ここに、本気でプランの事を思う男性がいたならば、プランが今最もやりたい皆を励まし元気する事に命を賭けただろう。
その男は、自分よりも世界よりも、運命よりもプランを優先するからだ。
だが、今ここにいるのはプランの友人と冒険者仲間であり、そしてその誰もがプランの過去を知らない。
むしろプランに負担を掛けないよう遠慮するような間柄の為、結局プランは何も出来ず、黙ったまま走る事しか出来なかった。
「テオ。後どの位で着く?」
サリスはテオにそう尋ねた。
既に陽は落ち道がギリギリ見える程度の暗さとなっている為、そう尋ねられたテオはサリスの顔色を見る事が出来ていなかった。
その顔色は、険しく歪んでいた。
「ああ。安心しろ。そろそろ着く」
「……それって、ここから左手の山か?」
「ああ。あの辺りだ」
「……ろ……」
「ん? 何だ?」
「――逃げろ! そっちから何かが来る!」
サリスはそう言葉にして、山とは反対側の方角に全力で足を進め、全員を無理やり誘導し走らせた。
その直後、耳の良いサリスとプランの耳に、聞きたくない音が聞こえてきた。
地響きのような連続した音で、地面を蹴る音。
それは馬の、それも集団の音だった。
「逃げろ……とりあえず逃げろ……」
もはや諦め口調のまま、サリスはそう言葉にした。
そう言葉にする事しか出来なかった。
その諦めの空気は四人にも伝染し、逃げるように走るのだが……その足は今までよりもはるかに遅かった。
明らかに今までと違う速度で追いかけて来る集団。
しかもそれはこちらが逃げようと思っていた拠点からで、そしてその集団の人数は決して少なくない。
対してこちらは、一度逃げきれたと思い安堵した状態で、体力も限りなく限界が近い。
絶望するには十分な条件が揃っていた。
プランは――足を止めた。
「……おい」
何をしようとしているか一目でわかったサリスも同時に足を止め、プランに言葉を投げかけた。
エージュもテオも、その場に足を止めた。
それはプランが止まったからというのもあるが、二人の場合は単純に体力の限界が近いというのもあった。
敵に隠れながら山を登り、見つかってからは山を下山してここまで逃げてきた。
これ以上逃げる事は、正直出来そうになかった。
「私が何とかする。私が何とかしないといけないから」
「馬鹿言うな。お前は他に仕事がある。次は俺の番だ」
追い詰められている様子のプランにサリスは強めにそう言葉を返した。
それに対し、プランは小さく微笑んだ。
「でも、私が何とかしないと。私が巻き込んだんだから」
「そんな事はどうでも良いんだよ。無理すんな」
「でもさ……。うん……。私、戦える。十分戦えるんだよ?」
「だろうな」
サリスは短く、そしてはっきりと確信を持ってそう言葉にした。
「……え?」
「……俺の冒険者としての経験では、お前は阿呆みたいに弱い生き物だって言ってる。だがな、俺の本能では何かお前がやばい奴だって叫んでるんだ。たぶんあれだろ? 強さを隠してるとか……そんな感じだろ」
「え、いや……そうとは少し違うけど……でも……」
「まあそれはどうでも良い。良いんだ。大切な事はさ……お前、戦いたくないだろ?」
思いがけずに急所となる鋭い言葉を投げかけられ、プランは言葉に詰まらせた。
「どうでも良いんだよ。お前がどの位強かろうと口だけで大した事なかろうと。強くても何か代償があるのかもしれんし、それ以外に理由があるのかもしれん。それは俺にはさっぱりわからん。でもな……お前に戦わせたくないし……それ以上にお前に殿は任せられん。つかお前にだけは任せられん」
「……どうして?」
「そんな震える手の奴を殿にしたところで何の役に立つ? 無駄死に以外の何でもない。クコとヴェインの覚悟を馬鹿にするな」
プランはそう言われ、初めて自分の手が震えている事に気が付いた。
そして、それは当然、疲労からではない。
「……ああ。そっか。……うん。忘れてたよ。私は……本当に、とても弱かったんだ」
力を隠していたからか、どこか慢心があった。
この力を使えばよほどでない限り……前の様な事がない限りは何とかなるんだと己惚れてしまっていた。
そんなわけがないのに。
そもそもがだ……戦う為に、皆に励まされて、支えられて、それでようやく、プランは剣を一振りする事が出来ただけだった。
その事を……忘れてはいけない大切な弱さを、どうしてかプランは忘れてしまっていた。
「ほれ。無理せずお前は走れ。むしろ体力あるお前はテオとエージュを引っ張って走ってやれや。ここは俺に任せろ」
サリスの言葉にプランは素直に頷いた。
きっと今の状況なら、本気の自分よりもサリスの方が強いし役に立つし、生き延びる可能性も高い。
素直にそう思えたからだ。
「……悪いのですが……拒否しますわ。ハワードさんが残るなら私もここに残ります」
エージュは疲労からか顔色が悪くなっていた。
それでも無理して微笑み、妖精を召喚し戦う準備をしていた。
「ああ。俺もだ。つかぶっちゃけもう走りたくない」
そう言ってテオもどこかから盾を取り出し、サリスの前に立った。
「……そうかい……判断が遅れて悪かったな」
サリスの言葉に二人は首を横に振った。
「……ごめんね。そういう事なら私も逃げたくない。っていうかさ……私一人で逃げても見つかって捕まるのがオチな気がするし」
そう言ってプランが微笑むと、サリスは釣られて微笑んだ。
「確かにそうだな。んじゃ、お前の本気って奴を見せてくれや」
「良いよ。でも……私の本気は凄いよ? なんたって昔は剣を一振りするだけで、三十分位何も出来ない位ビビッて立ちすくみぷるぷる震えてずっと慰められたんだからね」
その言葉にサリスだけでなく、エージュとテオも噴き出した。
「なんだそりゃ。役ただずじゃねーか。それなら無理に戦わず、その盾で俺達のカバー頼むわ。あ、逃げても良いぞもちろん」
「はーい! 素人だけど頑張るね」
そう言ってプランが元気良く答えると、ほんの少しだけ周囲の空気が軽くなった。
ただのやけっぱちと言えばそこまでなのだが、それでも笑う事が出来ていた。
「……ああ。悪いニュースが追加だ。もう一つ別の足音が迫っている。挟撃っぽいぞ」
サリスがそう言葉にするが、全員そのニュースは正直どうでも良かった。
最初から勝てる可能性が零なのだから、それに何が加わっても正直何の影響もないからだ。
「そうかそうか。んじゃ背後取られないようにしないとな」
テオは冗談なのか本気なのかそう言葉にした。
そんな中、プランはその足音を聞き表情を曇らせた。
「……ん? ……んん? んんんっ? ……サリス。何かおかしくない?」
プランはとんでもなく奇妙な違和感に襲われ、まゆを顰め首を傾げながらそう言葉にした。
「……あん? 何がだ?」
「いやさ、最初の方の……もうかなり近くまで来ている集団は確かに馬だよね?」
「ああ。そうだな」
「んでさ、次の集団……これ。この足音変じゃない?」
「……は? ……あ、本当だわ。しかもこれ何か偉く数も少ないぞ。……馬二頭……いや……違う……なんだこれ気持ち悪! しかも変な声も聞こえて来たぞ。本当に何だこれ!?」
サリスもプランの感じた何かに気が付き、眉をしかめ困惑の表情を浮かべた。
恐ろしい速度、それこそ馬よりも早い速度でこちらに近づいてくるその何かは、明らかに馬の足音とは異なっていた。
力強く、地面を蹴るその足音と同時に轟く謎の掛け声。
その掛け声は、すぐにエージュとテオの耳にも届いてきた。
「……や。……い……いや……。……そ……。」
「……何だこの……おっさんくさい声は……」
テオは困惑しプラン、サリスと同じ様な表情になった。
エージュに至っては嫌悪に等しい表情となっている。
腹から全力で出したその声は、地響きの様に大地を震わせ……そして近づいてくるその声は、はっきりと聞こえる様になっていた。
「そいやそいやそいやそいや!」
そんな掛け声に四人が茫然としている中――ソレは姿を現した。
ソレに最も近い形状の物体をあげるとすれば、きっと馬車となるであろう。
だが、それは馬車に似ていたが馬車にとって最も必要な物が欠けていた。
そう――馬である。
その馬車は馬が引いておらず、代わりに上半身裸の筋肉質な男が四人がかりで「そいや!」と叫びながら走っていた。
その珍妙なる物体を四人は敵かどうか判断出来ず、それ以前にこれが一体何なのかを理解する事が出来ず……理解する事を脳が拒絶しただ茫然とする事しか出来なかった。
名状しがたき馬車っぽい何かは小さな「そいやー」という優しいかけ声と同時に足を止め、その直後に車体部分の戸が開かれた。
その中には眼鏡をかけた、やけに知的でそれでいて嫌味っぽそうな男が堂々とした姿で佇んでいた。
威風堂々といった態度が似合う、知的な美形。
きっとこの絶望的なまでにムードのない馬車以外であればもっと好感が持てただろう。
プランは少しだけ、その人物が自分の親友兼兄代わりだった腹黒狸を思い出した。
「早くお乗りなさい。奴らはもうそこまで来ていますよ」
男がそう言葉にすると四人は顔を見合わせ、首を傾げながらその車体部分に乗り込んだ。
「さあ。お行きなさい」
その号令と同時に、男達は力強く叫び馬よりも早く走り出した。
意外な事に、耳に響くそいやを除けば乗り心地は悪くなかった。
ありがとうございました。
雷により停電が酷く遅れてしまいました……。




