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3-14話 神から与えられた使命11


 プランは拠点入り口付近に漂うピンク色の煙を見てもそれがどういう意味を持つものなのかすぐには理解出来なかった。

 いや、事前に逃走するべきタイミングにその色の狼煙が上がるという事は聞いている。

 だからこれは緊急事態の合図のはずなのだが……脳が上手く働かない。

 あー綺麗な色の煙だなー程度で考えが止まってしまっていた。

 現実味がないのはプランだけではないらしく、サリスやエージュも唖然とした様子でその場に立ち止まっていた。


「おい! 逃げるぞ!」

 そんなプラン達を叱責するようにテオが叫ぶと女性陣三人ははっと我に返り、テオの向かっている先に駆けだした。

「おいテオ。こっちで合ってるのか!?」

 木々生い茂る道なき道を突き進みながらサリスがそう声を荒げた。

「知らん! 知らんが他に逃げる道がない!」

 こちらを補足したであろう盗賊達を見ながらテオはそう言葉を返し、移動に邪魔な蔓や枝を伐採しながらただがむしゃらに足を前に動かした。

「陽動班はどうする!?」

「個別で逃げる手筈になってるって言ったろ! つか実力的に助けに行くと迷惑にしかならん! それよりサリス、お前も手伝え」

 テオはそう返し予備の剣をサリスに手渡した。

「壊したらすまん」

「壊す勢いでやってくれ」

「あいよ」

 そう返し、サリスはまるで男のような力強い剣筋で木々の枝を切り道を開けていった。




「後方確認よーし。予想通り追ってきてるな。しかも結構な人数が。見えるだけで十人以上だ」

 最後尾に付いていたヴェインハットはそう言葉にした。

「何か性格の悪いトラップとかして時間稼いでくれ」

 テオの言葉にヴェインハットはふっと小さく、いつも通りの笑みを浮かべた。

「もうやってるんだよなぁ……。あいつら死兵のごとく罠をそのまま突っ切って倒れた味方を放置してこっち追い掛けてる。何かおかしいぞあいつら」

「邪教の狂信者かもしれん」

 テオは最初から考えていたその可能性を口に出した。

「あー。そんな感じ……に近いかもしれんなぁ……何か倒れる自分に酔ってる感じに倒れた仲間を踏みつける事に酔ってるような雰囲気が漂っているわ。気分は正義の戦いってか」

 ヴェインハットは吐き捨てるようにそう言葉にした。


「うぉ!」

「うわぁ!」

 お互い予想していなかったのか警戒行動中の盗賊とテオが正面でぶつかりそうになりお互い驚きの声をあげた。

「あれ? お前ら誰だ? 交代にしては早くないか?」

 どうやら連絡が届いていないらしく男はのんきにそう言葉をかけてきた。

「……時間があれば……情報収集出来るんだがなぁ」

 ヴェインハットがそう呟いたと同時に、サリスは男の背後に立ち縄で木に縛り付けた。

「は? え? え?」

 事態が呑み込めていない盗賊の男がオロオロするのを無視し、全員その場を後にした。

 ヴェインハットは男の傍にこっそり煙玉を置いて逃げた。




 いつ陽の落ちてもおかしくないような薄暗い空、通常であれば十分光が届き問題はないのだが……木々生い茂る山の中ではその薄暗さは自然の影により強調され、影響は非常に強くなっていた。

 石や木の根などで平坦からはほど遠い地面は、足元以外見えず光は入っているのに暗闇を進んでいるような錯覚に陥りそうである。


 後ろから追いかける盗賊達の気配はするが追いつかれている様子はない。

 だが、この悪路で一度でもころんだら間違いなく追いつかれるだろう。

 こういった誰か敵意ある者に追いかけられるのはプランは初めてではない。

 だが、そうであってもこの薄暗い道なき下り道を進むのは精神的にかなりきつく、プレッシャーで胸まで痛くなってくる。

 それでも何とか走れているのは、皆同じ様にしんどい事を知っている事と、単純に田舎育ちで運動神経が優れているからに他ならない。


 そう、皆の精神に余裕がなくなっていた。

 他の人に気を回す事が出来ないほどに……。


「何かがこっちに来てる」

 全力で走って逃げている最中に、プランとサリスが同時にそう呟いた。

「……後ろにはいつも通りの集団しか追ってきていないぞ」

「いや、右側面だ。……逃げるのは無理だ。もうそこまで来ている」

 サリスがそう言いながらその方角に指を向ける。

 その直後に――その方角からひょいと音もなくミグが姿を見せた。

「ああ。ミグちゃんだったか」

 プランはほっと安堵の息を吐いた。


「ミグ。何があった?」

 テオがそう尋ねるとミグは少し考える仕草をした後、首を傾げた。

 テオは溜息を吐いた後少し考え、別の方向性で聞き直した。

「どうして狼煙を上げた?」

「……先輩があげた」

 テオは再度溜息を吐いた。

「ああわかっている。わかってるのだが……難しいな」

 ミグの感性は少々以上にずれている。

 普段なら冷静にどう尋ねたら良いかわかるテオだが、緊急事態で精神的に追い詰められている為うまく思考がまとまらずミグにどう尋ねたら良いかわからなくなっていた。


「ミグちゃんはどうしてこっちに来たの?」

 プランがそう尋ねるとミグは頷いた。

「えと……『作戦がばれた』『俺達はやばい敵に狙われてる』『合流は出来ないから各自逃げてくれ』『こっちもほどほどに暴れたら逃げる』って感じの事を先輩が伝えろって。……そいや、今先輩一人だ。危ないから戻るね」

 それだけ言ってミグは音もなくどこかに消えていった。


「……すまんプラン。助かった」

「いえいえ」

 ほんの少しだけでも役に立てた事に安堵の息を漏らしつつ、プランは頷いた。

「まあある意味憂いが晴れた。あっちもきつい状況らしいが生きているし何とかなりそうではなる。だからこっちも急いで離脱しどこかに姿を隠すぞ」

 テオの言葉に全員が頷いた。




 こちらは伐採しつつの下山逃走という普通に考えれば逃げられるわけがない過酷な状況ではあるのだが、何とか追いつかれずに逃げる事が出来ていた。

 その理由は追い掛けて来る盗賊達の足が早くない事もあるのだが、もう一つ理由があった。

「エージュ様。ここ頼む」

 ヴェインハットがそう言葉にするとエージュは頷き、短く呪文を唱えてヴェインハットに言われた位置を氷漬けにした。

「これで良いですか?」

「もちろん。次はあっちを頼む」

 ヴェインハットの言葉にエージュは頷き、逃げながら枝の一本や地面の一部を氷漬けにしていった。


 エージュは才能こそあれど魔法での戦いは慣れていない。

 魔法自体はそれなりに才があり、最大火力で行使すれば強力な魔法が使えるのだが、足を止め魔法を使う事に集中しないとその様な大がかりな魔法を行使する事は出来ない。

 今回の様に精神的、肉体的に負担の大きい状態では大した事が出来ず、小さな範囲を凍らせる程度が精々だった。

 本来ならそれだけで役立たずとなるのだが……ここにいるヴェインハットは人の嫌がる事をさせたら右に出る者がいないという嫌がらせの達人である。

 ある意味で言えば、最悪の組み合わせと言っても良い状況となっていた。


 追って来る盗賊達は足を滑らせて後続を足止めし、氷の棘を伐採しようとして砕き、ちくちくした細かい氷の棘が皮膚にささり不愉快な細かい痛みを覚える。

 それは盗賊達を困らせ、怒らせ、そしてやる気を失わせるに十分な嫌がらせとなっていた。

 それらの足止めによる肉体的、精神的効果により何とか逃げる事が出来ていた。


「テオ。後どの位だ?」

 ヴェインハットが手元にある嫌がらせグッズを確認しながらそう尋ねた。

「わからん。サリス、プラン。どの位したら山を下りられるかわかるか?」

 時々発揮される謎の野性的直観に賭けテオはそう尋ねるが、二人は首を横に振る事しか出来なかった。

「そうか……俺の方もそろそろ道具が尽きる。いや、手がないわけではないが……殺す可能性がな」

「確かに依頼は捕縛なのだが……ぶっちゃけ失敗したしリトライして成功する可能性も限りなく低い。気にせずやれ」

「あいよ」

 テオの言葉に頷きヴェインハットはボウガンの準備を始めた。


 それに気づいたのは本当に偶然だった。

 サリスの鼻に植物や果物、大地とは別の、こんな場所で違和感を覚えるような臭いが届いた。

 不快という程ではないがツンと来るようで、それでいて同時に焦げ臭いような臭いもしている。

 それは火事というわけではなく、むしろパンとか肉とかの焦げる臭いに近いだろう。

 ただし、それは食べ物ではない。


 その正体不明な臭いを前嗅いだのが見張り台の中、隠し通路を開ける為に石を爆破した時だと思いだしたサリスは――叫んだ。

「ヴェイン! 上だ!」

 金切り声の様な必死な叫び声にヴェインハットは反応し上を向いた。


 この時、ヴェインハットは無意識だった。

 女の子が自分の名前を叫んで命令したからその通りに動いただけでその反応は反射に近い。

 だからこそ、ヴェインハットもそれを補足する事が出来ていた。


 薄暗い空に光る小さな火種の付いた灰色の物体。

 自分の使う物と違えど、自分の使う物と同じような物であると気づいたヴェインハットは迷わずそれをボウガンで射抜いた。


 宙に浮いていた爆弾はボウガンの矢が突き刺さり、重力に逆らって空に舞い上がっていき……そして己が目的を盛大に果たした。


 暗い空に眩く光、耳をつんざく轟音を響かせる爆発。

 それはヴェインハットが用意していた爆弾の何倍も強力な物で、もし気づいていなければ全員無事では済まなかっただろう。


「突貫せよ!」

 どこからともなくそう叫ぶ声が聞こえた瞬間、辺り一体に怒声のような声が轟いた。

 その声の数はさきほどから追いかけている盗賊達の比ではなく、二十や三十で利くような数ではなかった。

「……サリス。プラン。どっちから来てるかわかるか?」

 木の反響で声は聞こえど声の位置が特定出来ないテオはそう尋ねた。

「……正面と左側だね」

 プランはそう答えた。

「……そして、右側には声を出していないが人の気配がすると。全くめんどくせぇ……どうするテオ」

 サリスがどうでもよさそうにそう言葉にした。

 その声には、諦めが色濃く映っていた。


「……意見はないか? ぶっちゃけ手詰まりだ」

 足を止めテオは正直にそう答えた。

 何とかしようと足掻いてはいるが、テオも学生で修羅場を経験した数はそこまで多くない。

 迷わない訳がなかった。


「……ヴェイン。ここまでまっすぐ、道を間違えず直線に来れてる?」

 プランがそう尋ねるとヴェインは頷いた。

「ああ。狩人の俺が保証しよう。まっすぐ移動出来ている」

「よし。んじゃ……このまままっすぐ突っ込もう」

 プランはそう答えを出し、皆に提案した。


 どうせどこに行っても敵がいるのならどこに行っても変わらない。

 それでいて、山を下山する為にまっすぐ移動すれば必ず何時かは山を抜けられる。

 これで途中右や左に移動すると迷い山にとどまる事になる可能性もある。

 であるならば……まっすぐ移動するのが山を抜ける可能性が高いだろう。

 そうプランは考えた。


「よっしゃ。んじゃそうするか。行くぞテオ」

「あいよ。ヴェイン。正面の警戒頼む。後ろはもう良い。ぶっちゃけ後ろよりも前や左右の方がやばいしな」

 叫び声と木々を破壊する音が周囲に轟きながら徐々に近づいているこの状況をテオはそう判断した。

「あいよ。エージュ様。後は一人で。大丈夫。俺の薫陶を受けた君ならきっと一人前の嫌がらせマスターになれるさ……」

「なりたくありませんわそんなもの……」

 エージュは心底嫌そうな表情でそう呟いた。


 いつも通りのヴェインハットの様子は、ほんの少しだけこの場に安心を与えていた。




 数分ほど移動を続けた頃、突然ヴェインハットから今までと違う険呑な雰囲気が放たれた。

「来たぞ!」

 そうヴェインハットが叫んだ瞬間、サリスとテオは剣を構え、正面から襲い掛かる盗賊の男に斬りかかった。


 ギン!


 テオとサリスの剣はほぼ同時に相手により防がれ鈍い金属音を響かせた。

 どうやら正面にいる二人の盗賊も同じ事を考えていたらしく、お互い剣と剣をぶつけ合いつばぜり合いの構えとなっていた。

 

「ちっ。おいどうする?」

 テオが小声でそう呟くと、サリスはニヤリと笑った。

「やっと俺本来の仕事が出来る」

 そう呟いた後、サリスは右手にアイアンクラブを持ち、強引に振りぬいた。

 キン……バギッ。


 剣の折れる音と同時に何かが砕けるような音が響き、テオの正面にいた盗賊はそのまま地面に倒れた。

「おらっ!」

 それに驚いている間に、サリスはもう一人の盗賊を棍棒でぶん殴り、ふっ飛ばした。


「しゃっ! 不意打ちがうまくいったぜ。さて、後どの位いるかなっと」

 そうサリスが呟き周囲を見ると、さきほど倒した二人がいた正面を除いて、囲まれるような形となっていた。

「とりあえず三十位か? 平地でなら割といけるんだがここだとちょいきつい」

 ヴェインハットはサリスにそう声をかけた。

「おい狩人だろ? こういう時こそ真価を発揮しろよ」

「人数少ない上に足場悪いときついんだよ。命を賭けろというなら賭けますがね」

「言わん言わん。それは賭けではなく捨てる以外の何でもねー。何の意味もないだろうが。本気で俺とデートしたいんだろ?」

「うん」

 ヴェインハットは頷きながら盗賊を蹴り飛ばした。

「正直なのはお前の美徳で欠点だな。さてさて。どうしたも――」

「まっすぐ走って!」


 突然、プランが今までで聞いたこともない様な真剣な声で叫んだ。

 五人はその声を信じ、盗賊達を無視して全力で走った。

 さっきまでと同じ様にサリスとテオが枝を切り、道を作りながら脱走する。

 戦う事ではなく、逃げる事を優先したのはプランらしいなと思いながらサリスは剣を振るい続けた。


「もっと早く! 急いで!」

 今までではありえない様なプランの声は、鬼気迫るというほど必死なものだった。

「おい。何があった? 何かやばい気配でもしたのか?」

 サリスは流石におかしいと思い後ろを振りむいた。


 プランは泣いていた。

 涙をぬぐう事もせず、ただ前を向いて静かに泣いていた。

「早く……時間がある内に……時間を稼いでくれている内に……」

 プランのその言葉で、サリスはようやく一人足りない事に気が付いた。




 体力がないのはわかっていた。

 足を引っ張るのもわかっていた。

 だから、クコは最初からそうするつもりだった。

 もし、自分の体力で足を引っ張るような事態になるとすれば、迷わず捨て駒となる。

 最初から決めていた事だった。


 必死に走ってきた。

 前二人による伐採しながらの逃走だった為速度もそこまで速くなかった。

 それでも、今まで体力を相当消費した上に逃げながら山を下るという行為によりクコの体力は限界となってしまった。


 ――泣かせてしまったな。

 クコは最後、自分を見捨てる様プランに頼んだ事を少しだけ後悔した。

 だが、他に選択肢はなかった。


 サリスやエージュは現状に立ち向かうのでいっぱいいっぱいとなり後の事を考える余力がなかった。

 ヴェインハットは正面の警戒で忙しく近づく事すら出来なかった。

 リーダーポジションであるテオは疲労で思考回路が鈍り切り捨てる対応が取れるかわからなかった。。

 今まで体力や精神力を温存しており、誰かを護る大切さを知り、それでいて他の人が素直に言う事を聞いてくれるような人。

 自分が殿となる事を頼むに適していたのは、あの場ではプランただ一人だった。


 怒声がすぐ傍まで来ている。

 逃げる事は不可能だろう。

 体力に余裕があればここから自分一人で逃げる事も出来るのだが……既に膝が笑い心臓が悲鳴を上げ胸を強く叩いている。

 酸欠からか疲労からか酷い頭痛も響き、逃げるどころかまともに戦う事も出来ないような体調である。


 それでも、クコは僅かでも盗賊達の足止めをすると心に誓っていた。


 今だけでも仲間扱いしてくれたお礼と、今まで迷惑かけたお詫びと。

 そして、大切な人と約束した誰かを助ける人になるという誓いの為に……。



ありがとうございました。

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