3-13話 神から与えられた使命10
まるで猫のような人ではありえないような軽快で身軽な動きでステップを刻みつつ、小柄な体形から放たれるとはとても思えない鋭い拳を放ち、ずどんという音と共に大の大人を一撃でノックアウトしていく少女。
ヴェルキスはミグという少女のポテンシャルにただただ脱帽する事しか出来なかった。
「すげぇなぁミグちゃん。歳いくつ?」
その言葉に全自動高速腹パンマシンとなって盗賊をなぎ倒していくミグは小首を傾げた。
「……覚えてにゃい」
「そっか。何にしても凄いな本当。それで本職ではないんだから。魔法使いさん」
「……出来たら妖精使いと呼んで欲しいかな。魔剣使いさん」
その言葉にヴェルキスは苦笑いを浮かべた。
「悪かったよ妖精さん」
そうヴェルキスが返すとミグは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「ちなみに、俺も魔剣使いって呼ばれるのはあんまり好きじゃないかな」
「……ごめん」
「ううん。こっちこそごめんなさい」
そう言って二人はぺこりと頭を下げ合った。
三十人ほどの盗賊に囲まれながらだが、二人はまるで日常で雑談しているようなほど気楽な様子となっていた。
「……じゃ、なんて呼べば良い?」
「お好きにどうぞ」
「……おじ様とか?」
否定出来ない歳ではあるのだが、そう呼ばれる事に抵抗のあるヴェルキスは顔をしかめた。
「ごめん。せめて先輩扱いして」
「うぃ」
そう答えた後、ミグは会話の隙を突いてナイフを振りぬいてくる盗賊に対し低い身長からのアッパーカットを叩きこみ、顎を砕いて大地にキスをさせた。
「かんかんかんかん。のっくあうとけーおー」
ミグは両手を上げてぴょんこぴょんことジャンプをしだした。
「なんだそりゃ?」
「さあ? 何となく?」
二人仲良く首を傾げた。
ヴェルキスはミグが相当不思議な子であると、ようやく理解した。
ここに来ないとそれに気づけない位、ヴェルキスも天然が入った性格をしていた。
「……先輩。これどうなんです? なんか予想よりも多い気がするんだけど」
欠伸をかみ殺しながらポカポカと盗賊を気絶させていくミグはそう尋ねた。
「あー。そうだな。ちょっとおかしいけど……まこんなもんじゃない?」
「そっか」
それだけ答え、二人は盗賊を気絶させるお仕事に戻った。
ミグも確かに凄いのだが、ヴェルキスはそれ以上に盗賊の相手をし気絶させ続けていた。
ミグのように器用に一撃殴って離脱するような事はしていないが、それでも近づいた盗賊を殴り、蹴飛ばし、投げ、あの手この手で地面に転ばし気絶させていく。
それは泥臭い戦いではあるのだが、同時に非常に綺麗な戦い方だった。
「さすが先輩」
ミグは手をぱちぱちと叩きヴェルキスを褒め称えた。
本人的にはオーバーなまでにリアクションを取っているつもりだが、無表情で小さく拍手をするだけなので本気かどうか良く分からない状態だった。
それでも、ヴェルキスは少しだけ嬉しく照れくさそうに微笑んだ。
二人の戦闘能力は一流の冒険者学園の生徒と考えても明らかに逸脱している。
それでも、彼らは学生のレベルでしかなかった。
もし理解出来る人が見るならば、この二人よりも凡人の極地であるテオの方を優先して仲間に引き入れるだろう。
この二人は戦闘能力こそギリギリで武官に入れる位の驚異的な力を持っているが、状況判断能力は最低位に位置していた。
その為、戦いに関しては流れや戦術などがほとんどなく、獣に等しいような戦い方となっていた。
明らかに弱すぎる盗賊達の壁。
しかもその盗賊の人数が百人や二百人といった普通ではないレベル。
しかも、本来これほど驚異的な相手であれば相手はしり込みして攻めてこないのだが、盗賊達は負ける事がわかっているのに死をも恐れずガンガン二人に突っ込み続けている。
それは明らかに捨て駒となった時間稼ぎなのだが、二人はその事に気づく様子すらなかった。
ここで陽動し多くの敵を引き付ける。
そう頼まれた為それを最優先に考えている為、思考が一部停止していると言っても良かった。
とは言え、この二人の場合は例え思考が完全にクリアな状態であっても、これが異常であると気づけるかは非常に難しいだろう。
そう言った欠点を多く内包しているからこそ、この二人は学生レベルの人材であると言えた。
「……先輩……お腹空いてきません?」
「あー? まあ……それなりには。結構時間経ったしな……。二時間位経ったか?」
「まだ三十分位?」
ミグがそう答えるとヴェルキスは渋い顔を浮かべた。
「まじかー。退屈すぎてわかんなくなってきたなぁ」
四方八方から襲ってくる盗賊を打ちのめし続けるだけの作業に飽きて来たヴェルキスはそうぼやきだした。
「……明らか……数多い?」
「そりゃ、倒れて気絶したの誰かが復活させてまた戻ってきているからな」
「……治癒魔法?」
「いや、怪我そのままだしたぶんただの根性」
「……えー」
ミグは少しだけめんどくさそうな表情を浮かべた。
「んで、腹減ったってどうした? 何か食ってくるか? この位なら俺一人でも全然余裕だぞ」
「……私、食べながら戦ってる」
ミグの左手には大きなビンが抱えられており、その中にはたっぷりとクッキーが詰められていた。
「あら可愛らしい」
「むふー。……プランちゃんお手製クッキー。美味しいよ」
「そりゃ羨ましい」
「食べる?」
「おや? 良いのかい?」
「良いよ。はいあーん」
そう言ってミグは右手にクッキーを持ってヴェルキスの方に差し出す。
それを見てヴェルキスは絶妙な足捌きで敵を払いのけ、一歩で五メートルほど飛び越えてクッキーを口で加えて元の場所に戻った。
「あんがとさん。……うわ、マジで美味いわ。偶にサークルでおすそ分けしてくれてるけどそれよりもうめぇ」
「むふー。今回の為に……作ってくれた」
「そかそか。あいつ美味しく食べてくれる人好きだからな」
「むふふー。それと……とても大切な事が聞こえた。……サークルにおすそ分けするの?」
「あん? プランがか?」
「ん」
「ああ。お世話になるの悪いからってしょっちゅう食い物持ってきてくれるぞ」
「……今度、遊びに行って良い?」
その言葉にヴェルキスは微笑んだ。
「おう。来い来い。でも盾談義とか盾講義とか盾自慢とか盾の語り合いとかそういう話に巻き込まれるぞ」
「だいじょぶ……。食べたら寝るから」
「はは。そうかいそうか――ミグ!」
さっきまでと違う険呑な空気を感じたヴェルキスは会話を止めて迷わず魔剣に手を伸ばし、ミグも妖精を呼び出しその手に小さな杖を持っていた。
別に二人は何かを見たわけでも何かをされたわけでもなく、ただ見られただけである。
ただし……舐めまわすような不快さと殺意の入り交じったその視線は明らかに常人の出せるものではなかった。
その視線の主は、砦の上から二人を見ただけだった。
だが……砦までの距離は五百メートルはあろうその距離でもすぐに見られているとわかるほどその視線は異常だった。
「……ああ。これからが本番か」
ヴェルキスはぽつりと呟き、現在起きている盗賊数十人を魔剣を振り回し気絶させていく。
ミグはその気絶した盗賊と既に気絶していた盗賊を全員風の力で隅に寄せ、動けないように拘束した。
そして二人が戦う準備を終えたその直後に、男が二人の前に姿を現した。
最初の印象は不気味と感じ、まるでトカゲのような男だと二人は思った。
緑色だったりぬめぬめしたりしているわけではないのだが、そんな印象を感じずにはいられないような姿と雰囲気をしていた。
鋭い目に張り付いた、酷く下卑た笑み。
その目は金や女といった物を見ておらず、それでいて下卑た笑みとなっていた。
体はまるで末期の病を帯びた病人のような色で、白いを通り越した青みがかっている。
手足や胴など体中至る所が簡単に折れそうなほど細く、そして異様なほど長い。
その不可解な体付きは少々以上に人外じみており不気味である。
武具は何一つ持っていないどころか服装も鎧ではなく黒のズボンと黒のフード付きのコートという私服にしか見えない恰好をしていた。
フードからちらっと見える白い髪を揺らしながら男は二人を見て……更にねちっこい虫を観察するような視線を二人に送った。
「おせえんだよ。何こんなとこでちんたら遊んでるんだ。嬲り殺すのが趣味なのかよおい。悪趣味だな。おかげで俺の方から来ちまったじゃねぇか」
男は二人の反応も見ずだらりとした姿勢のまま拳を構えた。
「まあおかげで俺一人で戦えるから良いか。なあお前ら。ここに二人で乗り込んでくるって事はさ――強いんだろ?」
ニヤリと笑ってのその言葉は、酷く悍ましかった。
闘争自体を楽しむ者は決して少なくない。
だが、目の前の男はその手の人間であるようには見えなかった。
あれはむしろ、人を嬲り苦しめる事を楽しむ手の人間である。
少なくともヴェルキスにはそう感じていた。
最初に動いたのはミグだった。
ミグが小さな杖を振るとその杖は大きく成長しミグの背と同等の長さになる。
その杖をミグは両手で構え、小さく呟いた。
「セット……」
そう言葉にした瞬間杖の先に刃が生まれ、大きな杖は巨大なデスサイズに変貌を遂げた。
そのままミグは男の方を見て、いつもの無表情のまま突っ込んでいった。
「あ? お前魔法使いなのに突っ込んでくるのかよ。面白いな」
そう言葉にしながら男もミグの方に突っ込み、拳を振るう。
ミグはその鋭いストレートパンチをステップで避けた後、腕を切り落とそうと構えていたデスサイズをそのまま振り下ろす。
だが、既に男はそこにおらず一歩離れた位置でニヤニヤした顔を浮かべていた。
「悪くないな」
男は上から目線でニヤニヤしながらそう言葉にする。
「……そ」
ミグは小さく呟き、再度男に向かって突撃していった。
「魔法使いの癖に猪かよ」
男は見下した視線でミグを見つめた後動こうとして……両足が蔦で縛られているのを見てニヤリと笑った。
「なるほど……ああ、本当に悪くない」
男は満足そうにそう呟いた後何もせず棒立ちとなりミグの方を見た。
ミグはそれでも動きを止めず、デスサイズを振りかぶり、男の腰目掛けて全力でスイングする。
小さな少女とは思えぬほど勢いがついたデスサイズは、金属色の鈍い輝きを見せ男に襲い掛かる。
まるで死神のような容赦のない一撃……だが、デスサイズが男の腰を切断する事はなかった。
男は拳をデスサイズの刃部分に叩き込んでいた。
切れ味の鋭そうなデスサイズだが男の拳を切断する事は出来ず、むしろデスサイズの刃の方が欠け、更に衝撃に耐えきれずデスサイズはミグの手から離れくるくると宙に跳ぶ。
そして地面に刃が刺さった瞬間、死神の鎌は可愛らしい元の小さな木の杖に戻った。
男が武器飛ばしを行うその隙を使い、ミグは男の零距離まで近寄り拳を構えていた。
「セット」
ミグがそう呟いた瞬間ミグの右拳は赤く輝く炎を灯す。
そしてそのまま殴りつけようとしたミグの拳を男は軽々と掴み、ミグの腹を思いっきり蹴り飛ばした。
いつの間にか、蔦の拘束はなくなっていた。
「ミグ!?」
ボールのように吹き飛ぶミグを見てヴェルキスは叫んだ。
「おい。次はお前が来い。来ないなら……そのガキを殺すぞ」
ヴェルキスは無言のまま剣を握り、男に振りかぶった。
速度の乗った銀光の一閃を見た男は少しだけ顔をしかめた後、サイドステップで回避しそのままヴェルキスを殴りつける。
ヴェルキスはその攻撃をしゃがんで回避しながら、足払いのように剣を横に薙いだ。
「うおっ!?」
予想外だったのか男は慌てた様子でジャンプすると、ヴェルキスはそれに合わせて下から剣を切り上げた。
相手の行動を予測し相手を宙に浮かせ、そして空中にいる相手に回避不能の即死攻撃を放つ。
それはヴェルキスにとって完璧と言えるほど連携が決まった瞬間だった。
だが、男はそれを見ても感心し下卑た笑みを浮かべるだけで、その顔に死の恐怖は映っていなかった。
男は空中のまま回転して頭を下にし、手でヴェルキスの剣を白羽取りの要領で止めた後腕の反動を利用してヴェルキスから距離を取った。
まるで曲芸の様な回避をして着地した後、男は足の調子を確かめるようにとんっとんっと軽やかに跳び、そして二人の方を見た。
ヴェルキスはミグを庇うようにして立っており、ミグも腹部に足型の汚れが残っているが無表情のまま同じ様に立ち男を見ていた。
「ああ。悪くないなお前ら」
男は一瞬だけフレンドリーな笑みを浮かべ――そして殺意を爆発させた。
「お前らは悪くない実力をしている。だから殺す。この俺が絶対に殺す」
今まで感じていた殺意は抑えていたものが溢れただけであり、これが本当の男の殺意であると二人は理解した。
他に余計な感情が一切入っていない、純粋たる漆黒に塗りつぶされた感情。
それは殺意と表現する以外に表現方法のない正しく純粋な感情だった。
この男が一体どんな事を考えているのかさっぱりわからない。
だが、一つだけ確かな事があった。
本気で、心の底から自分達二人を殺したいと願っている事である。
「少し待てラケルタ――」
そんな殺意に満ちた男に声をかけたのは、スキンヘッドで身長二メートルはありそうな巨体の男だった。
「あ? 邪魔するのか?」
ラケルタと呼ばれたトカゲのような男は酷く不快そうな表情で巨体の男を睨みつける。
それに対し巨体の男はどうでも良さそうな表情のまま首を横に振った。
「いや。邪魔をする気はない。ただ、少し待て」
「……まあ良いだろう。スイミス、お前は俺の役に立つし俺より弱い。だから殺さなくても良いしそれくらいのわがままは聞いてやろう。ただし待つだけだ。そいつらは俺の得物だからな」
ラケルタがそう答えるとスイミスと呼ばれた巨体はむっとした表情を浮かべた。
「別に俺が弱い訳じゃない。ただ、相性が悪すぎてお前に勝てないだけだ」
「俺に勝てないなら俺より弱い。それが全てだ。ほれ。早く用事を済ませろ。でないとそいつらを今すぐに殺すぞ?」
スイミスは溜息を吐いた後、ヴェルキスとミグの方に近寄って来た。
「……ミグ。戦えるか?」
ミグはこくんと頷いた。
「……二対二で、相手は少々格上できつくはあるが……勝てない相手ではないか」
ヴェルキスの言葉にミグは再度頷き答えた。
ヴェルキスとミグは近寄ってくる巨体、スイミスに対し油断せず構えたまま、ジリジリと横に移動する。
横方向か背後を狙う為二人は左右別に移動し囲むような姿勢となった。
それでもスイミスは当然ラケルタも特に戦うようなそぶりをみせない。
スミスは目の笑っていないニヤニヤした顔で二人を見つめ、スイミスはじっとヴェルキスの方を見つめ続けていた。
その瞳はさきほどのラケルタとはまた違う不気味さを持っていた。
神秘的で、まるで全てを見通すような、そんな怖さを帯びた瞳でまばたきもせず、ただじっとヴェルキスを見ている。
そして、一、二分ほどヴェルキスを見つめた後、スイミスはふぅと小さく溜息を吐きぽつりと呟いた。
「こいつらは陽動らしい。どうやら既に伏兵が侵入してるようだ」
ヴェルキスは迷わず渡された棒を折り、狼煙を上げた。
ありがとうございました。




