3-9話 神から与えられた使命6
予想通り、その日の夕方から深夜にかけて大豪雨と強風という嵐のような天気に見舞われた。
本来なら大事であっただろうが、クコの事前忠告によりその事で困る事は何一つ起きなかった。
昼間のうちにサリスとテオ、クコが森の中に雨風を凌げる拠点を作り、ヴェインハットとヴェルキスが森の中を駆け巡って獣達を狩る。
天気が乱れる事を悟り浮足立った様子の動物が多かった為、食料確保はたった二人でも十二分となり保存食に加工するほど手に入れる事が出来た。
そしてミグとエージュが魔法で炎や氷、水などを生成し、それらを使ってプランがさくっと調理し拠点に持ち込む。
そんなわけで、夕方前には既に引きこもる準備が完了していた。
そして幸いな事に、恐れていた長期の足止めとはならず嵐のような天気は一晩で過ぎ去り朝には雲一つない快晴となっていた。
一同は若干ぬかるんで足場の悪い地面を進み、二つ目の住宅地である村を発見した。
三十人位しかいない小さな農村の人達は、盗賊達の影響か少し表情が曇っていた。
そこでさきほど狩った肉の余りを加工し干し肉にした物を少量の小麦と物々交換してプラン達はその村を立ち去った。
更に歩くと夕方前に三つ目の住宅地である町を発見した。
今度は数百人はいるであろうそこそこ発展した町だった。
とは言え、盗賊達の所為か見かける人は少なく、また二つ目と同じ様に――いやそれ以上に人々の表情は暗く絶望に染まったものだった。
「しゃあないっちゃしゃあないけど……なーんかもにょる……」
三つ目の住宅地である町の宿で、プランはそう愚痴った。
出された食事は貧しく、人々に笑顔はない。
宿に食事が付いて来るだけで相当頑張っているとわかる。
わかるからこそ、こんな状況になっている事にプランは悲しみを覚え、愚痴る事しか出来なかった。
「……ご飯……」
夕食の量が少なかったからか、ミグは保存食を管理しているテオを射止めるような視線でじーっと見つめていた。
テオはそっと顔を反らした。
「……思ったよりもまずいかもしれん」
クコがぽつりとそう呟いた。
「え? どゆことクコ君。ご飯の話?」
「だから君って……いや、言っても無駄か。なあ、俺以外にやばいと思う奴はいるか?」
その言葉に、テオとヴェルキスが手を上げる。
特にヴェルキスは真剣過ぎて表情が強張り怖くなっていた。
「ヴェルキス先輩もそう思ったって事は本当にまずいかもしれんな」
クコはしみじみとそう呟いた。
「おい。何がまずいか詳しく説明してくれないか?」
サリスが少し苛立った様子でそう尋ね、クコとテオは顔を見合わせた。
「……テオ。任せる」
クコにそう言われ、テオは少し考え込む仕草をした後サリスを中心に女性陣を見つめた。
「……まだ確証が掴めないし、詳しく話す為にももう少し情報が欲しい。だから少し寄り道して情報を集めよう。少々離れた位置にだが幾つか住宅地がある。男女で二手に分かれ調査を行いたい」
「あん? まあそれでも良いが……大丈夫か? 俺はともかくエージュとかミグとかが盗賊に見つかると……」
最初の町での事を考えサリスは顔を強張らせそう言葉にする。
「……絶対、とは言えないが大丈夫だ。出来たら予想は外れて欲しいが……うん。たぶん大丈夫だが……、もし危ない状況になったらこれを使ってくれ」
そう言ってテオは筒状の道具を二本サリスに手渡した。
「これは?」
「へし折るとめちゃくちゃ煙が出る。要するに狼煙だ。それも恐ろしく強力な上に特殊な煙でな。どこにいてもすぐに感知出来る」
「……なるほどね。不味くなったらこれを使って逃げろと」
「そういう事。逆にこっちがまずくなっても同じ物使うからその時はヘルプ頼む」
「おう。それは良いが……これ、安い物じゃないだろ」
サリスの言葉にテオは頷いた。
「それを使ってまで二手に分かれる理由って何だ?」
「合流したら教えるさ。杞憂であれば良いんだがなぁ……。合流地点は盗賊の拠点に最も近い町にする。大丈夫か?」
その言葉に、女性陣は納得出来ない様子ではあったが全員頷いた。
ミグだけは頷きこそしたものの全く関心がなさそうで、テオをじーっと鷹のように目を光らせ見つめ続けていた。
テオは頑なにミグの方を見ようとはしなかった。
翌日の正午前、午前中に出発した男性陣より二時間ほど遅れて四人は町の入り口前に立っていた。
「はい、点呼! 一!」
「二だ」
「三」
「……四」
プランが元気良くそう声を上げると、サリス、エージュ、ミグの順に点呼を行った。
「はい全員揃っているね。 それじゃしゅっぱーつ!」
「……おー」
ミグは無表情のままプランに合わせて握りこぶしを高くあげた。
「と言っても、先頭は俺とミグだけどな」
サリスは苦笑いを浮かべそう言葉にした。
「……てへ。何時もご迷惑おかけします」
ぺろっと舌を出した後、プランはすすすと二人の後ろに移動し、サリスの肩に手を置き再度握りこぶしを上げた。
「それじゃ本当にしゅっぱーつ!」
そのプランの掛け声に合わせ、四人はゆっくりと歩を進めた。
「んでさ、結局俺達はどこに行って何を調べたら良いんだ?」
サリスの言葉に後ろにいたエージュが溜息を吐いた。
「はぁ……ハワードさんテオさんの説明聞いていましたよね?」
「おう。聞いた上で良くわからんかった」
何故か自慢げにそう語るサリスに同じく後ろにいるプランは苦笑いを浮かべた。
「あはは……。ま、そんな難しい事はないよ。ただ拠点への直線ルートではない町に寄り道するだけだから」
「おう。それはわかるんだが……それで何を調べられるんだ? それともプランとエージュだけで何か独自に調査すんのか?」
「んーん。何もしないよ。ただ見たままをそのまま答えたら良いんだって」
「ほーん。んで何でそんな事するんだ?」
その言葉にプランとエージュは顔を見合わせ、そして同時に首を横に振った。
「ごめん。わかんにゃい」
「そか。お前らがわからんなら俺がわかるわけないし。ついでに言えばテオが無駄な行動を取るように言うとは思えない。言われた様にしましょうかね」
「よろしく! あ、でもでも盗賊に見つかった時は私とエージュに任せてね。まず会話から。んでまずくなったら……」
「これを折る。だろ?」
サリスは渡された棒のような道具を見せ、プランは頷いた。
「そそ。私達がする事はそれだけ」
「オーライ。ま、さっぱりわからないが言われた事くらいはやるさ」
そう話した後、この前の天気の影響か雲一つない青空の下で四人は無言のまま足を進めた。
「……止まって」
普段と同じように、やる気のない声。
きっと付き合いが薄かったらあまり気にもしなかっただろう。
そんなやる気のない声だが……これまで付き合って来た三人の足を止め、武器を構えるには十分な声だった。
「何が起きた?」
低い声でアイアンクラブを構えながらサリスはそう尋ねた。
「複数の馬の足音が近寄ってくる。……周囲に隠れる場所がないから逃げられない。一応魔法で隠れる事は出来るけど……隠れたとこ見つかるとまずいよね?」
ミグの言葉にプランとエージュは頷いた。
まだ盗賊の拠点までは距離がある。
今事を荒げるわけにはいかなかった。
「……距離は?」
「あと二分ってとこ」
「……作戦は?」
その言葉に答えず、代わりにミグは後ろを向いた。
「……エージュ、とりあえず武器を納めて」
プランに尋ねられ剣を構えていたエージュは言われた通りにした。
「どうしてですの?」
「テオから商人の偽装をしろって言われたでしょ? サリスは護衛だからそのままで良いけど、私達は武装をせず怯えた演技。……私の場合は演技じゃないけどね」
少しだけ怯えた表情を見せた後、プランはそう言って微笑んだ。
「……そうでしたわね。とは言え、私はプランさんほど話術に長けていませんし、サポートはしますが、会話は任せますわ」
「うーん。私も別に話術とか得意なわけではないんだけどなー」
「そうだな。お前の場合は話術というよりも存在そのものが奇天烈で理不尽な、人誑しっぽい何かだもんな」
「えー。そんな事ないよね皆?」
サリスの言葉にプランがそう返すが、誰も何も言わなかった。
その言葉にはあまりに説得力がなかったからだ。
それは馬の足音というよりは地響きのようだった。
無数の足音が重なり激しい音と同時に地面が揺れる。
馬の数は十前後程度なのだがそれでも恐ろしく、地を歩く少数を脅すには十分な迫力を持っていた。
「止まれ」
その声に従い、プラン達四人は足を止め馬達の方向を向いた。
サリスは鉄の棍棒を握りしめて何時でも振れるよう構え、プランとエージュはその後ろで怯えた演技をする。
演技の出来ないミグは少しでも怯えているように見せる為下を向かせておいた。
ただし、いつでも魔法が使えるように準備してである。
プランは相手が怪しまず、また不快に思わない程度に馬と人を軽く見渡した。
馬の数は十一頭で人の数は十人。
全員無精髭が伸びた成人男性であり、下は十代半ばで、上は四、五十位の外見をしていた。
十人全員武装しているもののその装備は適当そのもので、色や形が不ぞろいな装備をしているのは当たり前、酷い場合はヘルメットと軽鎧に穴が開いた物を身に着けた者もいた。
その中で一人、銀色の全身鎧に身を包む唯一マトモな外見をした男が馬に乗ったまま前に出て来た。
「お前たち、ここで何をしている?」
威圧的な声を発し男はそう言葉にする。
それに対し、プランは事前にテオに言われた事を怯えた演技のまま言葉にした。
「わ、私達は商人です。……いえ、でした」
「だった……とはどういう事だ?」
その言葉にプランはきっと男を睨みつける。
プランはテオに睨む演技をするよう言われていたのだが、実際行ってみると少し怖くて涙目になっていた。
ただ、これはこれで雰囲気が出ているだろうと思いプランはこのまま続行した。
「貴方達が……いえ……。品物と馬は全て持っていかれました……。ですので私達はこの先の町に食料を調達に向かっています……。はい。わかっています。命と貞操があるだけ喜ばないといけませんもんね……」
そう言った後、プランは下を向いた。
それを聞いた銀色の鎧に身を纏った男は馬を降り、プラン達四人に少しだけ近づいた。
「そうか。……謝る資格はない事は承知だが……すまない。これも未来の為なのだ。許してくれとは言わない……」
男はそう言葉にし、顔も見得ぬ鎧姿であってもわかるほど悔いているような雰囲気を出していた。
「……どうして謝罪するのですか?」
エージュがそう尋ねると、男は小さな声で呟いた。
「俺達も苦しみ搾取された者だからその痛みは良くわかる。俺達だってこんな方法が正しいなんて思っちゃいない。それでも……いや、何でもない。気にしないでくれ」
そう言って男は四人の前に移動して地面に袋を置き、馬の位置まで後ずさった。
「その中にわずかだが食料が入っている。せめて無事で……そして少しでも早くこの辺りから離れてくれ。ではさらばだ。二度と会う事もないだろうが……達者で。お前ら行くぞ!」
男は手を動かしながら指示を飛ばし、全員一糸乱れぬ姿で駆け抜けていった。
その男の後ろを走る盗賊達の横顔は、まるで少年のような邪気の薄い似合わない笑顔を浮かべていた。
「……どう思う?」
盗賊達がいなくなったのを確認し、サリスは神妙な顔で三人にそう尋ねた。
「……どう、とは?」
エージュはそう言葉を返す。
「何でも良い。何か気になった事とか教えてくれ」
「じゃ、私から」
そう言ってミグはさきほど男の置いていった袋の中身を三人に見せた。
そこには、小指位の干した芋が入っていた。
「味付けもしていない、相当質素な食事。とても略奪した盗賊の、それも少しマシな立場の人の物とは思えない食事」
「なるほど。良い意見だミグ。二人は何かないか?」
「では、次は私が。私も別の観点からですが盗賊らしくないなと思いましたわ」
「エージュ。それは何でだ?」
「盗賊にしては馬術がお上品過ぎましたわ。あれは好き放題してきた人間の馬の乗り方ではなく、まだまだでしたが訓練した人の乗り方でした。まるで集団戦を見越して訓練したかのような……」
「あー。まあお前にセクハラしてこない時点で大分お上品だよな。少なくとも冒険者酒場よりは上品だ」
「それを言うならハワードさんもですわよね? 酒場ではセクハラされて喧嘩するのが日常のハワードさん?」
「ははははは。まあそれは良いとして……」
そうサリスが言った後、サリス、エージュ、ミグの視線はプランに注がれた。
「……ごめん。皆みたいになんかこういう事だからこうなんだっていう推測は出来にゃかった」
プランはしょんぼりした口調でそう呟いた。
「いや、気づいた事なら何でも良い。お前の視線は稀有で鋭いから参考になる可能性がある」
「じゃ……一個だけ。何か……あの人達の雰囲気、凄く怖かった」
その言葉にサリスは首を傾げた。
「盗賊だし馬の上からだし。怖いのは当然だろ?」
「ううん。そうじゃなくて……。盗賊だから怖いんじゃなくて……なんて言えば良いのだろう。こう……雰囲気に酔ってる事が怖かった」
「雰囲気? どんなだ?」
「上手く言えない。強いて言えば……状況や自分達に酔ってるような? まるで……自分達が絶対に正しくて他の人が間違っていると決めつけ、考える事を放棄しているような、そんな薄っぺらいのに不気味な、とても怖い雰囲気だった」
「……そうか。まあそうなんだろうな」
サリスは苦虫を噛み潰しそうな表情で吐き捨てるようにそう言葉にした。
「サリスも何か気づいた事あるんだよね?」
「んー? ああ。つーか俺の場合はあいつらじゃなくてさ、昨日のテオ、クコ、先輩が何を考え何に恐れていたのか今頃理解出来ただけだ」
「へー。何何?」
「いやさ、普通盗賊って俺ら女見つけたらする事一つだろ?」
サリスの言葉に全員が頷いた。
最初の村で見た光景を考えると、それが色眼鏡でない事くらい容易にわかる事だった。
「んでさ、あいつら俺達に手を出そうとしたか? そもそも厭らしい目で見たか? いや、それ以前さ、そういう可能性が高い状況だったならば、テオは俺達女だけを集めての別行動を提案するか?」
「何が言いたいのでしょうかハワードさん」
「あー、つまりだ……俺達の敵は何も考えていないならず者の盗賊じゃない可能性が高い。何等かの目的を持った集団。しかも……ロクデナシ共を指揮下に置き制御出来るほどしっかり組織されてるな」
「まるで……」
まるで軍のようだと言おうとして、プランは止めた。
まるでも何も実際に軍そのものにしか思えないからだ。
国の支配下から離れた兵士により管理された独自勢力。
ただの盗賊ですらも既に手に負えないのにもしそうであった場合はこの少人数ではどうしようもない。
最悪としか言えなかった。
しかも……何が目的かによってはまだ状況が悪化する恐れすら残されていた。
「クーデター……」
ミグがぽつりとそう呟いた。
その声に反論する事が出来る者は、この場にはいなかった。
「……これから行く町の状況を見るぞ。もし、そこの略奪後が脅迫のみで綺麗なものだったら……それはもう軍を相手にするんだと思った方が良い」
そう呟き、サリスは町の方向に足を進める。
それをプラン達は追い掛けた。
さきほどまでとは違い、一同の足取りは重かった。
残念ながら、嫌な予想は当たっていた。
到着した町は笑顔はなかった。
だが、女性に手を出していないどころか誰一人怪我したという話は聞かず、盗賊達はただ食料と武器、馬を強引に徴収しただけだった。
ありがとうございました。




