3-2話 人工の呪いと天然の呪い
神様の考えなんて、人間にはわからない。
少なくとも、プランには理解出来なかった。
『上級生の参加は一人まで』
これがどういう意味で、どういう意図があるのか読み取る事が出来ない。
『上級生にあんまり頼ってはいけない』なのか『上級生に一人頼っても良い』なのか。
同じような言葉だがその意図は全く異なる。
言葉のニュアンスや意図がさっぱり読めない。
人の理解出来る範囲外にいるから神なのだろうか。
プランは少し悩み、そして考えるのを止めた。
とは言え、別に一人だけでも呼べるなら問題は何もなかった。
といよりも、死地に赴くような依頼に来てくれるような上級生の知り合いなど思い当たらず、また、たとえ知り合いが多かったとしても、今回のような死地に赴くような依頼にはあんまり巻き込みたくない。
だから、一人で良かった。
本来ならば……その上級生一人について酷く悩むだろう。
軍属であった可能性が高い集団が、軍事拠点で防衛準備をしている。
それを、極力殺さずに捕縛しろ。
そんな学生が行うようなレベルでないどころか、冒険者の依頼としても不適切な依頼に巻き込む事は好ましい事とは言えず、またそんな依頼に参加出来るような能力のある知人は普通そうそう見つからない。
故に……本来なら迷うのであるのだが……プランには既に一人、技量という意味でも参加してくれそうという意味でも心当たりがあった。
色々な人に探していると言伝を残して貰った結果、件の人物の方からプランに話しかけてきた。
「ようプラン。俺を探していると言っていたが何か用か?」
そう言いながら体格の良い地味に爽やかな笑顔が似合う三十代ほどの男、ヴェルキスが話しかけてきた。
プランが知っている人の中で、最も武官に似た雰囲気を持つ男。
そうでなくとも、五年もの間学園に残り続けている為実力は相当に高いはずである。
「……ヴェル先輩。すいません。他に頼る人がいないんです。助けてください……」
これで、もしこれで断ってくれるか、または助けるとしても詳しく内容を聞いてくれたら……ヴェルキスの精神は普通の状態で、プランの人を見る目が間違っていたという事になる。
だが……、ヴェルキスの反応は……。
「良いぞ。何をすれば良い?」
決して軽い気持ちではない。
ヴェルキスは非常に面倒な事態で、完全なる厄介事であると理解している。
理解した上で、内容も聞かずに二つ返事で了承した。
そう……。
残念ながら、プランの人を見る目は正しかった。
ヴェルキスという男は、理屈や理由はわからないが人を助ける事に憑りつかれている。
当然、それは普通の範囲ではない。
普通に笑い、普通に困り、普通に怒る。
そんな精神なのに、人を助ける時は軽々と命を賭ける。
それが非常におかしい状態だとわかっていて、時間があればそれを改善してあげたいと思うのだが……今はそれを利用するしかなかった。
プランは悲しさと罪悪感に打ちひしがれながら、ヴェルキスに事情を説明した。
「なるほどねぇ……。まあ幾つか怪しいと思う部分があるが……詳しくは聞かん。……そして随分俺向けな内容だな。これで全員皆殺しならもっと楽だったのだが……」
ヴェルキスは依頼内容を聞いてそう言葉にした。
「ぶ、物騒ですねヴェル先輩。好んで人殺しをするような人には見えませんでしたが……」
プランは額に汗を掻きながらそう呟いた。
「幻滅した?」
「いいえちっとも。だって好んで殺しているように見えませんし、それに殺す時もどうやら悪人を狙って殺しているみたいですから」
その返事にヴェルは少し驚き、そして笑った。
「良く見てるな。本当優秀な後輩だ。……魔剣って知ってるか?」
プランは正直に首を横に振った。
「ダンジョンなり迷宮なり魔物絡みなりで見つかる誰が作ったかわからない発掘品。その中で剣の機能を持ちつつ呪いを持った物をそう呼ぶんだ」
冒険者学園内にも武器を作る場所は多く存在している。
最新の技術、最新の知識、そして、最高峰の制作環境。
学園内で新型でかつ優れた武具が生まれる事も決して珍しくない。
だが、そんな最高品質の新型武具であったとしても、決して越えられない壁というものが存在している。
それが発掘品。
誰が、いつ、どのような目的で作ったのかもわからないそれらは、最先端の武具を嘲笑うかのような高い性能をし、どうあがいても再現出来ないような強力無比な能力を持っていた。
と言っても、全ての発掘品が優れているというわけではない。
むしろ高性能な物より、どうしてそのような道具が存在しているのか理解出来ないような不思議な道具の方が多い。
例えば、生き物は絶対に斬れないバトルアックスや絶対に魚が引っかからない釣り竿。
そんな、存在価値が見いだせない発掘品も多く存在していた。
そして出土品の悪い所はそれだけでなく、優秀な武具であってもデメリットを内包している物も多かった。
例えば、恐ろしく切れ味のがある代わりに斬る度に魔力を消費していく剣。
人という生き物は体に蓄えられている魔力が少ない為、マトモに使う事は出来ない。
これはまだマシな方で、使う度に寿命が縮むような武具も当然のようにごろごろと転がっていた。
そんなデメリットの中で、一度所有すれば手放す事が出来なくなり、そして何等かの代償を負わされる『呪い』を帯びた、そんな剣を『魔剣』と呼んだ。
当然だが、魔剣という名前は基本ネガティブな意味であり、そして蔑称である。
「そんなわけでな、俺の剣は人の血とかを定期的に吸わせないといけないなんて糞みたいな呪いを帯びている。全くもって面倒な事この上ない」
そう言ってヴェルキスは溜息を吐いた。
「あー。普段はどうしてるんです? 出来るだけ依頼を受ける感じで?」
「ああ。今回のプランみたいに切羽詰まった状況の人とかを手伝ったり、危険な依頼を自分で受けたりしてる。本当にどうしようもない時は自分の血を吸わせてるが……これは最終手段だな。毎回貧血になりそうになるからな」
「……本当大変ですね」
プランはどうしてヴェルキスが依頼を断らないと感情で理解したか何となく理解した。
持ち前の善良さもあるが、それ以上に合法的に人を切れる依頼を常に探している事が影響し、そして、罪悪感を紛らわす為に、誰かを助けているのだろう……。
「ああ大変だ。しかも剣の能力も確かに優秀なんだが……正直俺はこの力が大っ嫌いだ。この剣を捨てられるなら俺は全財産を叩いても捨てたいね」
そう言ってヴェルキスは腰から下げられた剣を忌々し気に叩いた。
「どんな能力か聞いても?」
「……その前にさ、もし、もしもの話だ。努力も練習もなく、ぽんと簡単にめっちゃ強い剣の才能を得られたらそれってどんな気分になると思う?」
「最低最悪ですね」
プランは迷わず答えた。
「……そう答えたのはお前が始めてだ。他の奴は羨ましいか妬ましいかのどっちかだったわ」
「だって、それって他の人が頑張った事を努力なしで出来るようになるって事じゃないですか。それはどれだけ他人を傷つけて、そしてどれだけ自分が苦しんで……そして。……こんな力絶対にいらないって思います。……私なら」
プランは自嘲気味に笑いそう呟いた。
「……ああ。全くその通りだ」
そう言った後、ヴェルキスは落ち込んでそうな雰囲気のプランの頭をぽんぽんと叩いた。
具体的には言わなかったが、おそらく魔剣の能力とはそのようなものなのだろう。
「ま、依頼の件は俺も手伝う。ただ……俺は色々事情があって集団での依頼に慣れていない。だから命令は聞くが連携などはあまり期待するな。そんなわけで戦闘面では頼っても良いが作戦面だとまるで役に立たんぞ」
あまり踏み込んで欲しくなさそうな空気を感じたプランはそっと頷いて見せた。
「お願いします。報酬は当然多めに払いますし私に出来る事は何でもしますから……」
「あん? まじで何でもするのか?」
少しだけ目の色を変えたヴェルキスに少しだけ怯えながら、プランは頷いた。
「は、はい。出来る事ならですが」
「……依頼終わったら盾パなるものがあるから参加してくれ」
「……はい?」
「盾パ」
「な何ですそれ? 冒険です?」
「いや。パーティー」
「ドレスコードとかは……」
「盾を持つ事。後は全裸でも良い位だ」
「……いや本当何ですそれ?」
「盾好きの、盾好きによる、盾好きの為のパーティー。うちのサークル員がマシに見えるほど頭のおかしい奴が来る煉獄を煮込んだような頭の悪いパーティーだ」
「……別に参加するのは良いですけど、どしてそれを私に?」
「いや、ぶっちゃけ俺への被害が減るかなと……。まじで疲れるんだよあれ……。参加しなくて良いならしたくないけど……うちのサークルの会長が参加するから……」
副会長であるヴェルキスは溜息を吐き、そう呟いた。
「え、ええ。怖いもの見たさという意味もありますがちょっと面白そうで興味ありますし、参加するのは良いですよ」
一体どんな人が参加して何をするのか。
プランは純粋に好奇心が刺激されていた。
「お、そうか。んじゃ依頼報酬はそれで」
「え? いえ、もっとちゃんと要求しても良いんですよ?」
そうプランが慌てながら言うとヴェルキスは微笑んだ。
「いらんいらん。大切な後輩が困っているから助ける。そっちは先輩の俺がパーティーの連れに困ってたから助けてくれる。ほらお互い対等だ。それで良い」
そう言葉を残し、ヴェルキスは笑ってプランの頭をぽんぽんと叩き去っていった。
「良い人で顔も悪くないけど……なんか良い人過ぎてモテそうにないなぁ」
そんな失礼な感想が、プランの口からついつい洩れていた。
「お前、凄い人と知り合いなんだな……」
少しだけ予想外な人物に話しかけられプランは驚きながら後ろを振り向いた。
そこには少年のような容姿をした背の低い男性、クコがいた。
前の怪我により体のいたる場所に包帯を巻いたクコは、少し悩んだような表情をしている。
おそらく、プランに話しかけるべきか悩んだのだろう。
そして悩んだうえで話しかけてくれた事が、プランはとても嬉しかった。
「ありゃクコ君。怪我は大丈夫?」
その言葉に、クコは今までと同じように不快そうに顔をしかめた。
「そりゃ嫌味かい? 同じような怪我をしたはずなのに包帯一枚ないプランさんよ」
「にゃはは。運が良かったね」
「ああそうかい。……あの時は悪かった。そして来てくれてありがとな」
恐ろしく小さな声で、クコはそう呟いた。
プランはそれに何の返事もせず、そして茶化しもせず満面の笑みで応えた。
「そんでさ、凄い人ってヴェル先輩何が凄いの? 確かにめっちゃ強そうな雰囲気は漂ってるけど」
「あーうん……。どっちかと言えば悪い意味で話題の多い人だな」
「ああ……やっぱり孤立してるのか……。サークル内ではそんな感じには見えなかったけど」
「嫉妬もあるだろうが……色々不幸が重なったりと状況が悪くてな。……あまり人の過去を話す趣味はないから省くが色々あったそうだ。んでそこから評価が色々と落ちて……今ではとある別称……いや、蔑称で良く呼ばれている」
「ほうほう。どんな呼び名?」
「『死にたがり』の『魔剣使われ』だ」
「あはは。酷すぎて笑えるわ」
本人の否定し辛い呼び方なのだから嫌がらせとしても相当優れている。
まさしく蔑称である。
「クコ君はどう思う?」
「そのクコ君っての止めてくれ。年下に君付けってのはどうもむずかゆい」
「んじゃ何で呼べば良い?」
「呼び捨てで良い。……クラスメートだしな」
その言葉に、プランはにっこりと微笑んだ。
「んじゃよろしくクコ! そんでクコはヴェル先輩の事どう思う?」
プランはクコって呼び捨てにするの呼びにくいなーと思いながらそう尋ねた。
「んー。羨ましいかな」
「魔剣の能力が?」
「いや。蔑称を付けられ影口が叩かれるほど名を上げた事に対してだ。この冒険者の世界で蔑称であっても名前が残り売れ続けている。それは間違いなく実力者の証だ。だから、冒険者として名を上げたい俺としては羨ましい限りだ」
そのクコの言葉には今までのようにねちっこい嫉妬はなく、その目は前を向いていた。
「クコもなれるよ。立派な冒険者に」
お世辞でも何でもなく、プランは純粋にそう言葉を発した。
「……そうなる為に、一つ頼みがある」
「ん? 珍しいね。何何?」
「さっき言っていた依頼。俺も連れて行ってくれ。俺の事は信用出来ないと思うから盾避けでも単独行動の斥候でも構わないから。頼む」
「……本当に危ない依頼だよ?」
「知ってる。調べたからな」
「……どうして?」
「……善人になったような期待をさせてしまったら悪いから先に言うが、完全に自分の為だ。これから俺はマイナスまで落ちた信用をプラスにもっていかなければならない。お前みたいな能天気女は別として、それ以外のクラスメイトからの俺の評判は最悪だ。だから……体を張り続けて信用を得続ける必要があるんだよ。俺には」
「能天気女って……私だって色々考えているよ?」
プランは少しだけむっとした顔でそう呟いた。
「いや……お前俺に怒ってないどころか怒った事ないだろ?」
「うん。怒るような事なかったし」
「つか、ギャリシーさんどころか他の奴に対しても別に怒ってないだろ」
「うん。怒るような事なかったし」
「――だから能天気女なんだよ」
「なんでさ!」
プランは良くわからずそう叫ぶがクコは溜息を付く事しかしなかった。
「まあ、信用出来ないから邪魔、というのなら無茶に参加させろとは言わん。ただ……一旦仲間達と相談してくれ。頼む」
「うん。むしろ私的には超ありがたいんだけど……良いの?」
「良いさ。恩もあるしな……」
「恩って、誰に?」
クコは苦笑いを浮かべた後、プランにデコピンを決めた後何も言わず逃げていった。
「いったぁ! あんにゃろう。次みかけたら仕返ししてやる」
プランはそう呟き、そしてにへっとした笑いを浮かべた。
何が嬉しいかわからないが、ついつい笑ってしまっていた。
何となくではあるが……流れが来ているような、良い風に話が転がるような……。
そんな予感がしていた。
ありがとうございました。




