2-13話 それはまるで英雄のような
その風景は、涙が出そうなほど美しかった。
流れる雲と澄み切った空に飛び交う鳥達。
実りに実った稲は頭を重たそうに下げながらゆらゆらと揺れ、黄金色に輝く。
小さな風車はゆったりと優しく回るその姿は、まるでゆりかごのようで見ている者の心を和やかにさせるだろう。
それはプランにとっての原風景、生まれ育った愛すべき故郷――。
プランはこの景色が、いや今見ている物全てが夢であると理解していた。
なぜならば――。
「いや、どこだよここ。なんでこんなに美化されてるんだよ」
プランは美しすぎる故郷を鼻で笑った。
そりゃあそうだ。
これはあまりにも田舎を舐めているとしか言えない。
夕暮れ時に村の傍に鳥なんて飛ぼうものなら肉欲しさに石が飛び交い、稲がたわわに実るなんてメーリアが農業に手を貸してくれない限りあの土地ではありえない。
冬具合によっては三割から五割が駄目になる事すらあり得た。
少なくとも、こんな良い場所しか見ないものがプランの原風景なわけがなかった
喧嘩する村人も、やせ細った土地も、退屈すぎる日常も。
それも全部ひっくるめて、プランにとっては愛すべき原風景である。
こんな美しい絵画のような故郷にプランはさほど興味が持てなかった。
「……我が事ながらこんな綺麗事な故郷を夢見るとは……情けない。どうせ夢に見るなら泥塗れになって農業してる時にして欲しかったな。その方がよほど涙ぐむ」
何故か若干怒りながらプランはそう言葉にした。
「……へー。ここがプランの故郷か……」
「うん。と言ってもこんな綺麗じゃないけどね。美化三百パーセントくらいかな」
「……そかそか」
と興味深そうにミグは景色を一望していた。
「あれ?」
「……どしたの?」
「いや、ミグちゃん何でいるの? ここ、私の夢だよね?」
その言葉にミグは首を傾げる。
「……さぁ?」
「私がミグちゃんの夢見てるとか?」
「かもしれないけど、違うような気がする。……私は私だし」
「……もしかしてここ夢の世界じゃない?」
「ゆわゆわしてるし夢ではあるんじゃない?」
「んー。なるほど。……さっぱりわかんにゃい」
プランは困った顔でそう呟いた。
「……私もわかんにゃにゃー」
猫の真似をしてそう呟くミグ。
そんなゆるーい空気に、プランは心配するだけ無駄だという事に気づいた。
「……まいっか」
考えるのを諦めたプランの言葉にミグも同意し、二人は座り込んで景色を堪能した。
故郷として見れば落第だが、風景として見れば確かに素晴らしかった。
そこから数分か数時間か、夢だからか時間の感覚がわからないどのくらい時間が経ったかわからないがしばらくするともう一人、来訪者が現れた。
彼女の名前はフィーネ。
フィーネ・クリアフィール・アクトライン。
枢機卿であり、侯爵であり、クリア神の配下であるという国の中枢に位置するような人材で、そしてプランの古くて新しい友達である。
「こんにちは。いえ、こんばんはでしょうか?」
そう言ってフィーネはプランに微笑みかけた。
「じゃあこんにちはで!」
「はいこんにちは。ちょっとごめんなさいね。こほん」
そう言ってフィーネは笑顔となった後咳払いをしてから表情を変え、凛々しい顔立ちとなり何時もと違うその立場に見合ったような立ち振る舞いをし始めた。
「……今日はクリアフィールの者として、クリア神の配下としてこの場に来ました。これより神の尊きお言葉を紡ぎます。心して、聞いて下さい」
その言葉で、プランは遂にその日が来たのだと気づいた。
もう少し遅く来て欲しかったが……こればかりはどうにもならない。
プランは擬似的ではあるが過去に戻った。
これは神から見ても大きな事で当然全くの代償なしというわけにはいかない。
その代償はプランの事を全ての人が忘れただけではなく、神からの依頼を受ける事も内容の内である、とプランの妖精であるワイスは言っていた。
そして今目の前にいるのはクリア神の信徒で、直属の配下なる一族。
つまりそういう事なのだろう。
「『貴女に依頼があります。依頼内容は盗賊達の捕縛、そして盗まれた道具類の奪還です。特に、盗まれた物の中に一つ指輪があるのですが、これだけは何があっても、破損なしの完全な状態で持ち主の手に戻してください』お言葉は以上です。詳しくは私の口からお伝えしますが、何か質問はありますか?」
「はい。依頼って事は依頼書とかある正式な依頼になるの?」
プランの質問にフィーネは頷いた。
「その通りです。冒険者ギルド宛にプランさんに名指しで依頼を出させていただきます。期限は明日より半年……なのですが、指輪がいつどこに売られるかわからないのでなるべく早い方が良いと思います」
「ふむふむ」
「ただしクリア神様から条件が三つほど出されてまして。『誰にも神からの依頼であると伝えない事』と『上級生の参加は一人まで』そして『戦わなくともプランさんが現場に向かって参加する事』です」
「なるほど……。神様からの依頼ってのは誰にも言っちゃ駄目なんだね」
フィーネはしっかりと頷いた。
「はい。今回は駄目だとはっきり伝えられました」
「ん。わかった」
フィーネは今回の依頼がどうしてプランの元に来たのか、何となくではあるが理由に心当たりがあった。
答えを調べる方法がない為予測でしかないのだが、プランは過去にさかのぼって戻ってきた。
ただしそれは時間はそのまま戻ったというわけではないらしく、幾つかの差異が生まれている。
自分がプランの事を知らないのもその差異であるとフィーネは思っていた。
そしてその差異の中には致命的なものもあり、その差異を解消するのは時戻しを行ったプランであるべきだ。
だから依頼という形でプランに今回の件を任せた。
フィーネはそんなところだろうなと考えていた。
「えと……一つ重要な質問が出来ました」
プランが非常に言い辛そうに言葉にすると、フィーネは頷いた。
「はい。是非何でも聞いて下さい」
少しでも助けになろうと思いフィーネは作り笑顔でそう答えた。
「……えと、誰にも伝えちゃ駄目って言ってたけど……良いの?」
そう言いながら、プランは少し離れた場所にいるミグの方を見つめた。
ちなみにミグはフィーネの気配を感じた瞬間に何故か隠れていた。
「え? ……あれ? プランさんの夢の登場人物……じゃない!? どうして夢の中に他の人がいるんです!?」
「……さぁ?」
慌てるフィーネに対してプランとミグは同時に首を傾げた。
「……ちょっとタイムを要求します!」
「はい」
フィーネは返事も聞かず慌てた様子でどこかに消えていった。
「……この場所は私の夢だけど、神様からの神託を受け取る場でもあったらしいね」
プランの言葉にミグは頷いた。
「ね」
「……それでどうしてミグちゃんいるの?」
「……さぁ?」
そう言って首を傾げるミグ。
どうやら、自分の立場でも神様の立場でもミグの立場でも、ここにミグがいる事はイレギュラーな事らしい。
「お、お待たせしました」
しばらくすると疲れた様子のフィーネが静かに戻ってきた。
「あ。どうだった?」
「えと、そちらの方は……」
「ミグ」
「ミグさん。これあくまでお願いなのですが……内緒という事でお願い出来ますか?」
「うぃ」
そういう事となった。
「あ、でも、私手伝って良いんだよね?」
ミグの言葉にフィーネは頷いた。
「はい。プランさんの同期であるなら大丈夫です。むしろ是非私からもお願いします」
その言葉にミグは両こぶしを握りふんすとやる気をみせた。
「えと、ミグちゃん。今回は人が相手だから危ないよ? だから――」
その言葉にミグは一切の表情を見せず、当たり前のように答えた。
「私人殺した事あるし大丈夫だよ?」
「――え?」
「ついでに言えば、善人でも悪人でも私は殺せる。だから今回のような対人依頼は得意な方だよ」
そうはっきりと、当然のように言い切るミグを見て――プランはミグをぎゅっと強く抱きしめた。
「……どしたの? 私は何にも問題ないよ?」
悲しんでいるわけでもないのに慰めて来るプランを不思議に思いミグは首を傾げながらそう呟いた。
「悲しんでないからよ」
そう言いながら強く抱きしめるプランに、ミグは良くわからないが嬉しそうにされるがままとなった。
「今回は捕縛だから殺したら駄目だからね?」
「うぃ」
出来たら今回以外にも気をつけて欲しいがそこまでは言えない。
プラン自体も自分の手ではないが、人を殺した事がある。
書類に判を押すだけだったが、それでもそれは殺人に変わりない。
だからこそ、嫌だからなんて幼稚な理由でそれを拒絶する事が出来ない事を幼いなりにプランは良く理解していた。
そんな仲良さそうにするプランとミグを見て、フィーネは微笑んだ。
「さすがプラン・リフレストですね。誰とでも仲良くなれるのは本当に羨ましい限りです。私に友達が少ないのは立場の所為っていう言い訳すらさせてくれないのですから」
そんなフィーネの言葉に違和感を覚え、プランが首を傾げた。
「……ん? あれ? さっき私の事なんて呼んだ? ちょっと聞こえなかったんだけど」
「……えっと、プラン・――何でしたっけ?」
さっき聞いたばかり、さっき言ったばかりの言葉なのにそれが何なのか二人は何故か忘れてしまっていた。
そして同時に、二人は『大した事じゃない』と思いその事に触れようともしなくなった。
「今回の件にですが、私は神に使える者という立場である為支援する事は出来ません。ですが、友人として出来る限りの事はしたいと思います」
「いやいや。別に気にしなくて――」
そう言って遠慮しようとするプランを、フィーネは叱責するような顔で睨みつけた。
その顔の迫力にプランは少し驚きつつ息を飲んだ。
「遠慮とかそういう事は止めてください。貴女がこれから行う事は神から直接任命された使命です。それは本来英雄が行うような偉業。少なくとも、冒険者学園に入学したての人物がするような事ではありません。立場上言えませんが、友達としては私はこの依頼を受ける事自体反対したいくらいです」
「フィーネ……」
昔と何も変わらないフィーネを見て、プランは少しだけ嬉しくなった。
立場という大切な物を護りつつも、常に自分の事を気にかけて出来るだけ支援しようとしてくれる。
悪い事とか大っ嫌いなのに、あの手この手で抜け道を探り支援してくれたフィーネをプランは申し訳ないと思いつつも嬉しく思っていた。
「うんわかった! じゃあ遠慮なく手を借りるね」
その言葉にフィーネだけでなくミグも頷いた。
「はい。依頼で行く場所付近のクリア神教会に行く時私の名前を使ってください。部屋と食事くらいは提供出来るようお願いしておきますので」
「うん! ありがと助かるよ」
「ええ。友達ですから」
そう言って微笑むフィーネに対抗するように、ミグは自分を指差した。
「……私も、頑張るよ」
「うん。ごめんね。私戦えないから本当手伝ってね?」
「ん。戦うのは嫌じゃないから、良いよ」
「ありがと。何かお礼しないとね」
「じゃ、デート」
「……そんなどこぞの帽子男みたいな事を」
「……ご飯作ってもらって、一緒に食べるのもデートじゃないの?」
その言葉にプランは子供を見るような優しい目をして微笑んだ。
「あーそう言う感じか。んーどうだろうね。デートとか良くわからないから。でも、作って一緒に食べるのはもちろんオッケーだよ!」
「ん。美味しいのお願いね?」
「あー。パンで良い? それなら多少自信あるから」
「私……パン好きだから……良いよ」
そう言って珍しく微笑むミグを見て、プランはミグの頭を撫でまわした。
「では話も決まった事ですし……とりあえず依頼を受けようと思いながら行動してください。運命という言葉はあまり使いたくないですが、自然と依頼に巡り合えると思いますから。では……頑張ってください――」
そう言い切るとほぼ同時くらいにフィーネと姿が消える。
それと合わせて美しかった風景も消え、いつの間にやら撫でまわしていたミグもいなくなっていた。
「……あー。これ、目覚めが近い感じかな」
薄れゆく意識の中でプランはそう思った。
目を覚ましたミグが最初に確認したのは、自分の腕の状況だった。
「……良かった。五分五分だったけど……出来てた」
爪の隙間に自分の血と抉った肉を詰めながらミグはそう呟き微笑む。
その反対側の腕には『リフレスト』という文字が刻まれていた。
この言葉は明らかにおかしい。
何度頭に残そうとしても、何度記憶に叩きこんでも、まるでないもののように消えていく。
それでも何とかその言葉を残そうと思い強引に腕を抉った。
この言葉には必ず何かあるはずだ。
もうそれが何の言葉でどんな意味があるのかも、そもそもどうして腕に刻んでまで残そうと思ったのかも忘れたが、忘れたからこそミグはそう確信していた。
続いてミグは妖精を召喚して水で刻み込んだ腕を綺麗にし、文字を見やすくしてから――傷の部位を見えない炎で焼き始めた。
ミグの体はちょっとした特別製で、軽い傷なら数分という時間で消えていく。
だから傷を残し文字を刻み続ける為には、こうして傷口を延々と焼き続けなければならない。
ミグは過去にちょっとした経験がある。
その御蔭で、火傷の形状と深さだけで目視せずともリフレストという文字を何時でも読み取る事が出来た。
「次は……ごめんね」
そう言いながら、ミグは妖精の内側にも同じように文字を刻み込み、妖精自身も痛みで常に文字が把握出来るようにした。
延々と続く拷問のような痛み。
わがままで自由な妖精が最も嫌うものの一つなのだが……ミグと同様にこの妖精も痛みには慣れ切っていた。
と言っても、慣れているからと言って痛くないわけでも辛くないわけでもない。
そんな傷を、一人と一匹は数か月、数年、場合によっては一生受け続ける覚悟を持っていた。
大した事でないかもしれないが、それでもミグはそうすべきと考えたからだ。
「しばらくは調べる暇ないから……これを調べるのは依頼の後かな」
ミグは服を着た後何時もの黒いローブを羽織って自分の傷を隠し、ふざけた存在からの依頼に困っているであろうプランの元に移動を始めた。
ありがとうございました。




