2-10話 おひるねパン
とある目的で担任を探す為に職員室に向かおうと考え、職員室の場所を聞くために受付所に移動した瞬間、三人は目的である担任の姿を見つけた。
見間違えるわけがなかった。
その死にきって濁り曇った目をする人がこの世に数人といるわけがない。
「せんせー!」
プランは受付業務を行っているイヴと会話中の自分達の担任に叫び手を振った。
「んー? ああお前らか。何か用か?」
めんどくさそうにそう尋ねる担任に、プランは満面の笑みを向けた。
「はい! 賄賂持って来ました」
やけにご機嫌でかつ元気よくそう答えるプランにイヴは目を丸くし、周囲の視線が担任に注がれた。
だが、先生はそんなもの一切気にしていなかった。
「あー。良いね。んで何を持ってきてくれたんだ?」
「はい! 手作りパンです。どうぞ!」
そう言ってプランが先生に見せたのは、山型のブレッド一塊。
まるで枕のようなパンには流石の先生も苦笑いを浮かべた。
「……それ、どうやって食うんだ? というか焼いてないどころかジャムすら塗ってないじゃないか」
「このまま、生? じゃないけど生のままどうぞ!」
その様子にイヴは楽しそうに微笑み、担任を困らせる邪魔をしないようそっと見つめた。
「……いや。今気づいたけどめちゃくちゃ良い匂いしてるんだけど、何だそりゃ」
「焼きたてパンです」
「うん。そうじゃなくて一体何て名前のパンなんだ?」
「パンです」
「いや……そうじゃなくて」
「美味しいですよ?」
全く会話の通じないプランに先生は困り顔となりつつも、断り切れずそのパンを受け取る。
枕のような横に広い、上部が山型となったそのパンは、おそろしく甘い小麦特有の香りを放っていた。
「んで、どうやって食べるんだ?」
「お好きな方法でどうぞ」
担任は悩んだあげく、そのまま顔をパンにもふっとダイヴさせパンを口に頬張った。
「あ……」
先生は目を閉じながら恍惚とした表情となった。
「え? なにその変化? 気持ち悪い」
イヴはまっすぐド直球にそう言葉を残し先生を氷のような冷たい視線で見つめた。
「いやいや。何だこれおかしいだろ。確かにすげーうまいがそれだけじゃあない! 絶対何かやばい物入ってるだろ」
先生はとろんとした顔のままそう声を荒げ、イヴは疑いの眼差しのまま先生の顔がついていない側面をちぎり口に頬り込んだ。
「……あ、確かにこれはやばい……」
そう言いながらイヴはにやけながら目を細める。
「あーわかるわかる。俺らもそうなった」
プランの後ろでサリスは後ろで何度も頷き、エージュは恥ずかしそうに俯いていた。
やけに上質な小麦が置いてあった為食堂の料理長に頼んで一部分けてもらい作ったプランの人生最高傑作。
昔いた場所では絶対に出せないきめ細やかな小麦によるそのパンは、一種の奇跡が奏でられていた。
そのパンはケーキのスポンジと比べてもまだ柔らかく、クッションも真っ青なほど柔らかさを持っている。
そして何故かほのかに暖かく、小麦特有の甘さが広がる優しい味わいをしていた。
と言っても、極端なほどに美味いというわけではない。
味だけで言えば『結構美味い』位の評価となるだろう。
ただ、それを食べると優しさと暖かさに溢れ幸せな気持ちになり……更に何故か寝不足であった場合は、リラックス作用の為かやけに眠たくなってしまう。
まるで日向ぼっこの時に振りそそぐお日様の光のようなパンだった。
ちなみにサリスは特に気にせずうまいうまいと貪り、エージュは食堂でそのままパンを枕に寝落ちした。
「……やべーわこれ。うん。超眠い。いや、本当にやばい瞼が落ちそう。睡眠薬でも入ってるんじゃないか?」
そう呟く先生だが、パンを口元に運ぶ動作を辞める気配はなかった。
「私一口しか食べてないけど……もう寝そう……」
おそらく睡眠不足らしきイヴはそう言葉にしながらうつらうつらと船を漕いでいた。
「二人共寝不足は駄目ですよー。それと先生。賄賂分のアドバイスくーださい」
プランの言葉にマトモに脳を働かせられない先生は眠そうな目のまま首を傾げた。
「あー? お前ら今何か必要か? 授業受けて、課題こなして。今ある事してたら良いだろ。授業何受けるか困ってもなさそうだし」
「そっちは順調だけど、ほら? 課題成果一番の人は命令出来るってあれ。私あれで負けられないから」
その言葉に、先生は何故かどうでもよさげな反応を見せていた。
「あー。はいはい。そうだな……うん。無理しなきゃ問題ないぞ。ま、どしても評価あげたいなら色んな種類の依頼をこなせば良いんじゃない? 数じゃなくて種類な。でも授業もしっかり受けろよ。課題に集中して授業受けないなんて本末転倒も良いとこだ」
そう言った後、寝る! と叫び担任はその場を後にした。
プランはまた、担任に名前を聞き忘れた事を思い出した。
「……ふむ。さっきの反応は少し気になりますわね」
エージュは神妙な顔でぽつりとそう呟いた。
「ん? 何が気になったのエージュ」
「ええ……。先生もプランさんがあの男達に狙われているとは理解しているはずです。その上で、先生は『問題ない』と言葉にしました」
「あいつらの課題成果が微妙だったとかじゃないのか?」
サリスの言葉にエージュは首を横に振った。
「決めつけるにしては時期尚早すぎます。それに、彼らは間違いなく格上で、そして現役冒険者ですよ。六……いえ、七割ほど彼らに分があるくらいでしょう」
「それが事実ならやべーじゃん」
「ええ。ですから、それなのに問題がないって言い切ったのは変なのです」
エージュはそう呟き色々と考えてみるが、その答えは見つかりそうになかった。
「それに関してで、私も一つ変だなと思う事があるよ」
プランがそう言葉にすると二人はプランに注目した。
「一年突破組の、特にクリス先輩。あの人、割と私達に友好的だよね?」
その言葉に二人は頷いた。
プランに、というよりクリスは会話の出来る後輩全員に気の良い先輩であった。
もう一人の先輩はプランとサリス、エージュに妙に優しいのだが、理由がわからない為少し怖かった。
「んでさ、クリス先輩があの男の人達に向けている感情が、どうも少しおかしくて……どうも同情っぽい視線を送ってるような……」
本来あの様に敵を作る立ち回りをすれば同調意見以外の人は大体の人が嫌う。
だが、そんな状況でもクリスは何故か彼らに同情の――いや憐憫の視線を送っていた。
それは常識から考えて間違いなく変である。
「……俺にはお前らが何を話しているかすらもわからん。だけど一つだけ分かる事がある」
サリスの言葉にプランは首を傾げた。
「何?」
「クリス先輩なら何か知ってるってこった。次のクラス会で聞けば話は早いだろ」
その言葉に、プランはぽんと手鼓を打った。
「そりゃそうか。考えてもわかんないし聞きゃ良いよね」
そう答えた瞬間、プランとサリスはお互いを笑い合った。
「……あの……悪いんだけど……ハーブか何か眠気冷ましになりそうなものを……」
その横で受付嬢のイヴは何度か額を打ち付け赤くしながらも尚船を漕ぎ続け、プラン達にそう懇願していた。
イヴにハーブティーを持って行った後、三人は今日で退所予定のプランの部屋で今後の相談し、その結果授業、学園内依頼、校外依頼の順に優先してこなす事に決めた。
授業最優先なのは言うまでもない。
ただ受けるだけで自分の総合力を上げられるのだから授業は優先的に受けるべきである。
続いては学園内での依頼をこなす事。
これは学園外である本来の依頼を受ける練習になりつつそれなり以上に金策が出来、しかも課題の評価点も増える為だ。
そして三つ目に、準備を終えてから早い内に一月課題である校外依頼を受ける為冒険者ギルドに向かう事に決めた。
理由は単純に、失敗してもリカバリー出来るようにだ。
これが、目下三人の今月の目標となった。
そんなわけで相談が終わった後、時間が丁度良かった上にエージュが乗馬サークルでオススメされた『地政学』の授業に三人は向かった。
「本来の地政学は地理的な環境を考慮して国家間に与える影響を調べる事であるのだが……学園内で教えるのはもっぱらノスガルドとディオスガルズの中間土地の事ばかり。しかもノスガルド側についてが主な議題となる」
授業の先生は最初にそう言葉にした。
授業で取り上げるのがノスガルドとディオスガルズの中間土地である理由は大きくわけて二つ。
一つは、この大陸にある大国同士の争いの為その影響力が非常に大きい事。
そしてもう一つはもっと単純で、金になるからだ。
これは知識を身に着ける為ではなく、冒険者として生きる為の授業である。
その為、直接利益が出る内容を教える事が教師にも求められていた。
現在ノスガルドとディオスガルズは終わる気配のない戦争を続けている。
それは地政学で言うところでは当然の事である。
その為、地政学による見方でどこが主戦場になりどこが安全かをある程度だが見極める事も出来る。
そしてある程度であっても地政学で戦況の未来予想が出来るという事は、次にどこに行けば金を儲けられるかもわかるという事だった。
「言っておくが、私は別に直接戦争に加担しろと言いたいわけではない。むしろそれは非効率的と言って良い。戦争で武官よりも戦力になれる自信があるのなら話は別だがね。私が言いたいのはそうではなく、地政学で状況を読み取って商機を掴み、効率良く金銭を稼げるなんていう夢のある話をしたいのだよ」
そう言った後も間髪入れず、担当教師は言葉を紡ぎ続けた。
ノスガルドは正義というお題目を掲げて戦争を行っている。
これは文字通り非人道的な行為、簡単に言えばあくどい事を全くしないというルールが課せられているという事だ。
その為、ノスガルドは本来の戦争以上に必要な資源が多くなる。
それによりある程度は国力と生産性で何とかごり押し出来ているが、どうしても一点だけ、足りない物があった。
それがマンパワー、つまり人材の不足である。
そんな時に国や軍が行う事こそが、冒険者への依頼である。
捕虜の面倒を見る事から資材物資の移動、調達等直接軍事にかかわらなくとも正義を成すお題目の為に必要な仕事は山のように残っている。
特に物資輸送と使えなくなった武具等のゴミ捨てはいくら人手がいても足りない状態の為、危険も少なく稼ぎも良いとかなり旨味の強い依頼と言える。
その分過酷ではあるのだが、逆に言えば体力に自信さえあればこなせる程度の仕事であると言っても良いだろう。
「ついでに言えば、依頼人に顔を覚えられる事も大きなメリットとなりえる。覚えてくれるのが国そのものなのだからね! 冒険者として以外の道に行くとしても軍や国に顔を売れば役に立つであろう」
そう言って言葉を〆た後、担当教員は続けざまに地理上における危険地区と比較的安全地区の話を始めた。
「私、一つ学びましたわ。欠点のない人なんていないと」
大変実りのある授業終了後エージュはそう言葉を発し、サリスは笑いながら頷いた。
その横でプランは、頭から湯気を出しながら目を回し、机につっぷしていた。
プランは別に方向音痴というわけでもなくむしろ歩いた道を覚える能力は高い方だ。
更に言えば、金銭の計算も決して遅くなく、むしろ商売人として考えても早い部類になる。
ただし、そんな長所もある一定条件が加わると……。
それは地に足つけた目線ではなく、盤面を見るような上からのマクロな目線。
要するに、統治者としての目線になった瞬間、プランはそれらの能力が壊滅的となってしまう。
具体的に言えば幼児以下くらいだ。
今回の授業でプランはこう質問された。
『ここに半年前の戦況が記録された地図がある。君ならこの中で、比較的安全な戦線でかつ稼ぎやすい場所はどの辺りだと予測するかね?』
そう尋ねられたプランが指を差したのは、担当教員の全く想定していない場所、ノスガルドと面していないディオスガルズの土地だった。
まず、そこに行くことすら出来ない場所である。
先生は見なかった事にしてくれた。
「……地理は……無理……」
プランは突っ伏したままそう答え、それを聞いたサリスは楽しそうにわしゃわしゃとプランの頭を撫でまわした。
プランの欠点はかなり厳しいものである。
今回わかったものだけでも地政学や地理が苦手なだけでなく地図を読む事もプランは苦手であるとわかった。
そして、おそらくそれ以外にも幾つか同じように苦手な事があるだろう。
その事に気づいたサリスとエージュは、良い意味だけでなく悪い意味でもプランから目を離すべきでない事を理解した。
ありがとうございました。




