2-8話 例え記憶は失っていても(前編)
翌日の朝、サリスとエージュは食堂手伝いをしているプランの仕事が終わるのを待っていた。
そしてプランは仕事を終え戻ってきた時に三人で朝食を食べている時に、エージュは手書きの資料を開いて二人に見せた。
課題は三種類。
週一回と月一回と半年に一回。
週一は学園内の依頼所で依頼を受注、達成する事。
ただし新入生が受注した依頼でなければならない。
月一回は学園外で正規のクエストを受注しある程度の成果を見せる事。
要するに達成しなくとも達成したと思えるほどの何かがあれば依頼はともかく課題としてはクリアとなるらしい。
半年に一度の課題は『人造迷宮の一フロアマッピング、または学園ダンジョンのどれか一つでダンジョンアタック成功と呼べるほどの成果を残す』だそうだ。
意味合いがわからない部分は若干残っているが、恐らく今後のホームルームか授業で説明されるのだろう。
「という事が私の調べた事ですが……何か質問はございます?」
エージュの言葉にフォークを加えたままのプランは首を横に振った。
「……んでエージュ。具体的に言えば俺達はどう動けば良いんだ?」
プチトマトを口に頬り込みながらサリスはそうエージュに尋ねた。
「人造迷宮についてはこれから調べますし月一の正規課題も少し情報を探ってみますので……今日すべき事は予定通り課題の為に依頼をこなす事ですね」
「エージュ。調べものする時は手伝うから言ってね?」
プランの言葉にエージュは微笑み頷いた。
「ええ。プランさんにはお手伝いをお願いします」
その言葉にサリスは若干拗ねたような態度を取った。
「へいへい。どうせ俺は山猿で役立たずですよ」
そんなサリスに、二人は微笑んだ。
「冗談ですよ。と言っても、ハワードさんが調べもの苦手なのは事実ですので呼ぶ時は体力使う調べものの時くらいですが」
「ちぇっ。何も言い返せないってのが腹立つぜ」
そう言いながらサリスはエージュの髪をわしゃわしゃと乱雑に撫でまわし整った髪をぐちゃぐちゃにした。
「こらサリス! 女の子の髪をいじめたら駄目でしょ」
プランがそう叫んだ瞬間にはサリスは既に逃げており、プランは慌てて追いかけ走った。
残されたエージュはぐちゃぐちゃになった髪をそっと両手で触り、何故か頬を染め嬉しそうに微笑んだ。
追い掛け合ったり笑い合ったりぽかぽか叩き合った後合流した三人はこの前とは別の依頼受注所に移動した。
戦闘系を除外した依頼所で、しかも割の良い依頼が少ないというある種悪い評判のある依頼所。
ここなら人も少ないだろうと思っての選択である。
確かにその通りではあるのだが……それはあくまで統計的に少ないという意味で、残念ながら空いているという意味ではなかった。
テーブルも置いていない飲食出来ない小さな事務所のような依頼所には二十人ほどがみっちりと集まり、クエストボード前をわちゃわちゃと占拠している。
依頼を受ける事は出来るだろうが、それは最低でも数時間は待っての事となるだろう。
「……別の場所行く? この際戦闘系も考慮に入れてさ」
そんなプランの言葉に二人は首を横に振った。
「間違いなく、ここより混雑していると思いますよ。荒々しい冒険者の方は戦闘系の方が好ましいと思ってますので……」
エージュの言葉にプランは小さく溜息を吐いた。
「プラン。こんな時さ、古き良き冒険者の教えだとどうしろとかないのか? 列の割り込み方とかさ」
格言というものはあながち馬鹿に出来ないと知っているサリスはプランにそう尋ねてみた。
プランは少し考え、馭者の人が自慢げに話し聞かせてくれた古き良き冒険者語録を思い返す。
「んー。そうだねぇ……『依頼がなければ先輩に頼れ。そして受けた恩は後輩に返せ』とか?」
「一昨日頼ったばかりだし頼ったら課題達成にならないんだよなぁ」
「んー。じゃあ……『依頼に困れば酒を出せ。酒を出して口が軽くならん奴はいない』とか?」
「賄賂は駄目ですよプランさん……」
エージュは苦笑いをしながらそう呟いた。
「あーっと『コネは冒険者最大の武器』とか?」
「ムーンクラウンに仕事もらいに行くか? ……悪くない手だが序盤から使ったら後が続かない気がしてきた」
サリスの言葉に二人も同意するように頷いた。
「プラン。他にないか?」
プランは微笑みながら指を一本立て、思いついた最後の格言を言葉にだした。
「本物の古き良き冒険者であるならば! ――クエストとトラブルは自然と舞い込んでくる」
「はは。なんだそりゃ。ただの運頼み……じゃ……ねー…………」
サリスはプランの足元にひらひらと舞い込んでくる一枚の紙を見てしまい、冗談を言うプランに突っ込む事が出来ず尻すぼみとなったあげく黙り込んだ。
その時のサリスの表情は、まごう事なき真顔であった。
「あらあら。本当に舞い込んできましたわね」
あまりのタイミングに面白くてエージュは微笑みながらそう言葉にした。
「いやいやいやいや。クエスト受注紙じゃなくてただの紙ゴミかもしれな……うん。クエスト書いてました」
プランは拾った紙を見ながら困った顔でそう呟いた。
本当に舞い込んでくるとは思っても見なかった。
「ちょっと失礼しますわ。……ああ、これたぶん取ったは良いけど面倒だから捨てられたってパターンですね」
エージュはプランの手にある依頼の紙を見ながらそう言葉にした。
「あん? そんな面倒な依頼なのか?」
「いえ、私やプランさんなら問題ないですが乱雑なハワードさんだと少々酷な仕事となるかもしれません」
「ほーん。ま、構わねーぞ。つーかまじで偶然プランの足元に飛んできた依頼だろ? それを受けるのってさ……こう……何かおもしれーじゃん。少々無茶でも俺は受けるべきだと思うぞ」
ニヤリと楽しそうに笑うサリスを見てプランとエージュは顔を合わせて頷き、サリスに依頼の内容を見せた。
サリスはそれを読んだ瞬間、顔をしかめげんなりとしか呼べないような嫌そうな表情を浮かべる。
これこそが、この依頼が捨てられプランの足元にひらひらと跳んできた一番の理由だろう。
新入生の課題にこの依頼は大丈夫か尋ね、了承を得てから三人で依頼を正式に受注。
その後に現場に移動した。
三角の屋根に女神の像が掲げられた、大きく立派な建造物。
それを見て、サリスはやはりげんなりした表情を浮かべていた。
アルスマグナ学園第四エリアに在するソレは、決して嫌いというわけではなくとも、サリスにとってこの雰囲気はどうしても苦手だった。
クリア教教会アルスマグナ第三支部。
ここが依頼の発注場所であり、しかもその依頼内容は掃除である。
退屈と窮屈というサリスにとっては二重の苦しみが待っていた。
「じゃあ今回の依頼について説明するわね」
教会奥の道具置き場兼事務室の小部屋にて、三、四十歳位のシスターがニコニコと嬉しそうにそう言葉を発した。
どうやら仕事を受けてくれる人が少ないらしく三人の姿を見た瞬間ご機嫌となっていた。
更に言えば彼女一人しかいない事から、人手が足りていない事も予想出来てしまった。
――これは、頑張った方が良いなぁ。大変だもんねお掃除。
プランは一人ふんすとやる気になっていた。
「まず、報酬は基本給なしの出来高払い。まあたぶんだけど三から五シルヴになると思うわ。場所は内陣を除く……んー祭壇を飾ってない場所、ベンチの置いていある周辺でお願い出来る? 三人ならたぶんそこまでで精一杯だし」
その言葉に三人は頷いた。
「ん。こういった教会の掃除をした事ある人はいる?」
「あ、はい。私経験あります」
プランがそう答えるとシスターは更に嬉しそうに微笑んだ。
「あらそう。なら私は二人に掃除の仕方を教えてるから先に掃除しててもらって良い? 道具はそこにあるの使って。水はここの裏にある井戸から持ってってね」
その言葉にプランは元気よく返事をし、バケツにモップと雑巾、三種類それぞれ異なった布を持ってとてとてと歩いて行った。
「それじゃあ貴女達には簡単な掃除の仕方を今から説明します。場合によっては弁償にもなりえますので良く聞いて下さいね」
エージュは真面目な表情で頷き、サリスは弁償という恐ろしさを感じながら小さく頷き話を真剣に聞く姿勢に入った。
「……っと、こんな感じだけど大丈夫?」
あまり高価でない道具と窓の磨き方、雑巾をかける範囲を教えたシスターは二人にそう尋ねた。
「おう。俺は雑巾をかける。道具に触らない。木製のベンチと木製の床部分だけを担当する。絨毯も触らない。これで大丈夫だな」
弁償対策に高価な絨毯や燭台、時計などを避ける為サリスはそう言葉にした。
これには最悪ベンチなら弁償出来るだろうという切なくも後ろ向きな発想も含まれている。
ただし、その目はまるで小動物のような怯え一色に染まっていた……。
「ええまあ良いでしょう。向き不向きを押し付けるのは酷です。道具類は私と経験者のプランさんがその辺りはがんばりましょう。その代わりベンチはお願いしますね。かなりの数がありますので全部一人でしろとは言いませんが」
「ま、出来る事はするさ。シスター。ベンチって幾つある?」
「お堂にあるベンチは片列百ずつで合計二百ですね」
「二百か。それなら……がんばれば一人で出来るかもしれんな」
「大きなベンチですので難しいと思いますよ」
そう言いながらシスターは部屋の扉を開け移動を始めた。
その後ろに二人は自分の道具を持ってついて歩き、教会メイン聖堂の部屋を開け放った。
「……なんだ。全然綺麗じゃんか。これでもこまめに掃除するなんて教会ってのは綺麗好きなんだな」
「ハワードさん。教会にとって掃除とは神への感謝も含まれておりますの。ただ掃除をすれば良いってわけじゃあないんです。それでも手が足りないから私らみたいな外部の人も呼ぶくらい力を入れて――」
「――いえすいません。実はここめちゃくちゃ汚かったです。蜘蛛の巣貼ってたりベンチは黒くなってたりカビが生えてたり」
シスターの言葉に二人は無言になった。
一人とんでもない事をしでかす人物を知っているからだ。
「ほら。あそこを見てください。あの奥の方のベンチ。皆あんな感じだったんですよ」
そう言いながら左側奥のベンチ五十個位をシスターは指差した。
そのベンチは確かに黒く汚れが目立っていた。
「……あれ? おかしいな。今朝までは蜘蛛の巣に貼られ、絨毯は汚れと染みに染まり、ベンチは汚くて人が来ない教会だったのに……。あはは。神様がご降臨なさったかしら……」
そうシスターがおかしくなったように呟いていると、正面玄関からプランがバケツを重たそうに持ちながらゆっくりと入ってきた。
えっちらおっちらと移動しベンチの傍にバケツを下ろすと中の雑巾を取り、ベンチを磨きだした。
それは雑巾をかけるやベンチを綺麗にするというよりも、磨くという方が適切な表現となるだろう。
何故なら雑巾の当たった場所は文字通り新品のようにピカピカと輝いていたからだ。
上手にベンチを動かし、ひっくり返しながらあっという間にベンチ一つの清掃を終えた後、プランは三人に気づいて手を振った。
「あ。やっほー。ねえねえシスターさん。ここ終わったらどこすれば良い?」
シスターは無表情のままきょろきょろと見回し、今一番汚い場所、プランが全く触っていない内陣、祭壇付近を見つめた。
「……もしかして、祭壇の御磨き経験御座います?」
「ございますよ」
「……ではお願いします。出来たらベンチよりも優先で」
「あいあい」
プランはとてとてと歩いて奥に行き、ガラスのコップを持ってどこか移動していった。
「あの子なんです? 一族代々清掃業者とかそういう特殊な家系です? それとも清掃専門の冒険者?」
「さぁ。私達にもわかりかねます」
恐ろしく疲れた顔でエージュはそう呟いた。
ありがとうございました。
リフレストの教会の主であるメーリア・ダルジーナさんの指導によりプランは教会の掃除方法を覚えています。




