2-5話 課題
「全く面倒な事になったもんだ」
午後のクラス会を終えた後、サリスはぽつりとそう呟いた。
「……何かごめんね? たぶん何とかなるから二人は気にしないで良いよ」
そんなプランの言葉を、サリスとエージュはしかめっ面で首を横に振って否定した。
「いいや。何とかなるなんて……相手を甘く見るってのだけは駄目だ。必ず痛い目に合う。それに……あの手のタイプは無能か優秀か極端で……ここにいるという事は……」
サリスはその先を言わなかったが、何を言おうとしているのかは簡単に理解出来た。
「その為に俺達を呼んだのだろう」
そう言いながら帽子を深くかぶった男、ヴェインハットが姿を現す。
その後ろにはテオとミグもいた。
「……困ってるなら、助ける」
ふんすとやる気を見せるっぽい無表情のミグ。
テオはそんな二人を困ったような表情で見つめた。
「手伝うやら助けるやらは良いんだが……この二人からは微妙に邪な感じがするんだよなぁ……特にヴェイン」
「失礼な。俺はただ困った時に助けて好感度稼いであわよくばランチデートでもと思ってるだけだぞ」
「そこでランチって言う辺りが、ヴェインの良いとこだと思うの」
ミグがそう言葉にすると、ヴェインはドヤっとした雰囲気を醸し出した。
テオは盛大に溜息を吐いた。
「まあ何にしても助かる。というわけで、対策会議を始めようか」
サリスの言葉に残り五人が頷いた。
午後のクラス会、プランにちょっかいをかけてきた男は開始から酷く不機嫌になっていた。
プラン達の席は移動してあり、その位置は一年突破組の更に奥、そしてサリスとエージュに庇われるよう前列奥側に移動していたからだ。
一年突破組を挟んでの位置に移動したプラン達。
これは要するに、一年突破組がプランの方に付いたという事を意味していた。
クリスの方は喧嘩を避ける為という中立的な目的だが、イドラの方は予想外なほど……それこそ場合によっては直接干渉する事もありえるくらいプランを贔屓にしていた。
というよりも、イドラは女性を贔屓にしている。
男性と女性なら女性の方に必ず肩入れする程度にはそれは明確である。
それは決して恋愛感情や下心というようなものではないのだが……ある意味で言えば美しく、ある意味で言えばもっと邪な感情からだった。
そんなわけでプランにちょっかいをかけられないからかその男が酷く不機嫌となっていながら、午後のクラス会は進んでいった。
前回と同じようにめんどうに、死んだ目となった先生から語られた本日の話題は、課題についてだった。
学園という形である以上明確な課題があり、それを達成するのがこの学園の最低限の本分となる。
課題は大きくわけて三種類。
月に四回、つまり週に一回のペースで出される短期課題。
月に一回の課題。
そして、半年に一回の長期課題である。
週の短期課題は失敗しても大きな問題にはならないが、課題を行う意思がないと見なされた場合は追加で労働義務か厳しめの課題が命令される。
それを無視した場合何等かの罰則が行われ、それすらも無視した場合も退学、並びにそれに準ずる処置が行われるそうだ。
『短期課題で馬鹿やる奴は滅多にいないが、もしいた場合は、最悪を覚悟しろ』
先生はそう言葉にした。
月課題は失敗した場合、追加の課題が命令される。
ただ、少々厳しい課題も出る為ある程度は失敗が前提となっている。
ただし、三回目の月課題は例外であり、ここに失敗した場合は強制的に卒業となる。
三か月後に払わなければならない莫大な学費と三回目の月課題。
この二つを何とかする事が新入生最初の壁だった。
半年の課題は他と違い、失敗した場合即座に退学となる。
ただ、これには時間の猶予が相当ある為早い内から準備をすればそれほど難しいものではないそうだ。
そして肝心の課題内容だが新入生最初の課題だからかそこまで厳しいものではなかった。
最初の週課題は『学園内での新入生向け依頼をクリアする事』で、月課題は『学園外の依頼をクリアする事』である。
ただし半年の長期課題だけはまだ詳しくは決まっていないらしい。
おそらく『何らかの条件を付けて学園内のダンジョン、迷宮の一階層相当をクリア』になる可能性が高いそうだ。
その時迷宮とダンジョンの違いをプランは先生に尋ねたが『え? 説明めんどい。授業受けて習え』という身もふたもない回答が返ってきた。
問題となるのは、この後の話だった。
『週の課題四回と月の課題一回。つまり一月後、課題の成果をクラス内の新入生で比べ、一番成果の大きかった奴は残りの新入生に命令出来る権利が与えられる』
その言葉に、他の誰よりも反応したのはプランにちょっかいをかけた男だった。
その男は普段黙り込んでいる癖に、その命令権についてだけは先生に幾つも質問をぶつけた。
どこまでやって良いのか、期間は、それは月ごとの恒例行事なのか。
その答えを先生は律儀に答えた。
ずっと家にいろなど冒険者として相手が生活出来ないような命令は禁止。
期間は特に決めてなかったらしく、少し考えた末に入学から三か月目となるまでの二か月間と定めた。
そして月ごとの恒例行事ではなく、最初の月のみのオリエンテーション的なものである。
そう先生は説明した。
その男はそれらの説明を聞いた後、ニヤニヤとした顔をずっとプランの方に向けていた。
それはプランだけでなく、他の生徒が危機感と嫌悪感を抱くに十分なものであった。
だからこそ、こうして集まれるもので対策会議を開く事となった。
冒険者は助け合い。
これは決して綺麗事からではなく、自分の時に助けてもらう為の縁作りの為である。
「つーわけであんにゃろうに対抗する為集まって貰ったけど、何から話せば良いんだ? 俺こういう話し合い苦手なんだが……」
サリスが五人に向かって首を傾げながらそう尋ねた。
「やるべき事は、かの人物よりも成果を上げてこの中の誰かが一位を取る事……ですけど……一つ大きな問題がありまして……」
「何だエージュ。何が問題なんだ?」
「何を基準に成果としているかわからない事です。依頼ですので金額で計算するのが一番明確なのですが……高額の依頼だけ受けるってのもどうにも違う気が……」
「……まあ言いたい事はわかる。高い依頼だけ目ざとく見つける冒険者って上手く立ち回ってるつもりでもぶっちゃけ評判超悪いからな。ただ、それが間違いというわけではない。だからこそ難しい話だよな」
「住民達に貢献した度合というのも評価として厳格に測れませんし……一体何を評価基準にしているのかわからないと……」
そうエージュが呟くと皆が押し黙った。
「一位に拘らなくて……何とかする方法……あるよ?」
ミグがぽつりと、プランの方を見ながらそう呟いた。
「ほぅ。ミグ。それはどんな方法だ?」
サリスの質問にミグは無表情のまま頷いた。
「あの人……確かギャリシーって名前。あのギャリシーの四人チームを――妨害する」
ドヤッとした態度でそう言葉にするミグ。
「……意外と黒いなこいつ」
サリスはミグの方を少し怯えた目で見ながらそう呟いた。
いかにもぽわんと天然ぽくて、小動物っぽい雰囲気のミグだが、内面はどうも違うらしい。
「流石にそれは止めましょう。ルールに反する可能性が高いですわ」
「……ちぇー」
エージュの言葉にミグは詰まらなさそうにそう呟いた。
「その前に、プランに対して依頼とは関係ない疑問が二つほどあるんだが」
テオがそう言葉にして、プランの方をじっと見つめた。
「ん? 何何?」
「まず、ギャリシーだったか? あいつに狙われる理由に心当たりはあるか? どう見てもプランにターゲットを絞ってる」
その言葉にプランは首を横に振った。
「ううん。まーったく。何か見下されてるのはわかるけど、原因はわからないかな」
「……そか。まあそうだよな。すまん、悪い事を聞いた」
「ん? テオは何か思い当たるの?」
「……歯に衣着せぬ言い方になるが良いか?」
「うん。言ってみて。私の所為でこうして集まる事になってるんだし」
「まあ、どうであれ課題の相談はしたかったから丁度良い。それでギャリシーがプランにロックオンしている理由だが、おそらくプランが『弱いからだ』」
「ん? どゆこと?」
「弱者軽視に女性軽視ってのは冒険者の中で良くあるんだ。サリスも実際に冒険者をやっていたならわかるだろ? 『女の癖にやるな』って言われた事ないか?」
「ああ、あるぜ。女ってだけで舐めて来る馬鹿は良くいた。面倒ったらありゃしない」
「そう。おそらくギャリシーはそれなりに冒険者の経験があるんだろう。良い意味だけでなく悪い意味でも。それで、女でかつ戦闘能力が低いプランの事を舐めてかかり、そして何をしても良いと思っているんだと……」
そうテオが言葉にする。
その意見に同意するよう皆が押し黙る中、ミグだけが首を傾げた。
「……弱い? 戦闘能力が低い? ……?」
「……お前も一定の実力があるならわかるだろ。立ち振る舞いで、こいつが戦いの経験が浅い事くらい」
サリスがそう言葉を足すも、ミグは相変わらず首を傾げたままだった。
「……うん。そういう事なら今はそれで良いよ」
ミグはプランの方をじっとみながら、しょうがなさそうにそう呟いた。
「んで、何か具体的な意見のある奴はいるか?」
サリスの言葉にヴェインハットとプランが手をあげた。
それを見たサリスは、何ともいえない微妙な顔をしてみせた。
「……問題児二人か……」
「いやちょっとまってサリス。私問題児なの? ねぇ、しかもあっちの人と同レベルなの?」
プランが慌ててそう言葉にしている中、ヴェインハットは何故か自信満々にドヤ顔をしていた。
「……自覚がある分あっちの方が……いや何でもない。んでヴェインハット。どんな意見だ?」
サリスはジト目で抗議をしてくるプランを無視しながらそう尋ねた。
「なぁに簡単な事だ。数は力だ。それは冒険者であっても変わらない。古今東西人数が多い方が勝利するのが戦場の基本である。こっちは六人、あっちは四人。数では確かに有利だが、もう一押し行こう。という事でダルクを味方に引き込むというのはどうだ?」
「……意外とマトモな意見じゃねえか」
「ふふ。惚れても良いぞ?」
「それはない」
「そうか……。そうか……」
三角座りをして露骨に落ち込むヴェインハットを無視し、サリスはプランの方を見た。
「確かに悪くないアイディアだった。実務的な事なら相談出来るだろう。んでプランはどんな意見があるんだ?」
「私の方はもっと単純で、とりあえずギャリシーと話をしてみようって提案。もしかしたら誤解からの仲違いかもしれないし……」
その言葉に、全員がプランの方を呆れたような目で見つめた。
「……お前。もう少し人を疑った方が良いぞ」
「いや。私を虐めようとしてるのはわかるよ? けどさ! ほら、勘違いとかかもしれないじゃん。せっかくのクラスメイトだし争わずに済んだらそれに越した事は――」
そんなプランの意見に、耳を貸す人は誰もいなかった。
「良い意見だと思ったのになぁ」
しょんぼりするプランに、ミグがとんとんと肩を叩いて慰めた。
「そういやテオ。もう一つの疑問って何だ?」
サリスが思い出したようにそう尋ねると、テオも言い忘れていた事を思い出しプランの方を見た。
「ああ。大した事じゃないんだが、プランの出来る事って何だ? いや、嫌味ではない。ただ……そっちのパーティーでプランの何かを隠しているだろう?」
その言葉にプランは首を傾げ、エージュとサリスは苦い顔をしてみせた。
「いやわかるぞ。俺達はクラスメイトであると同時に商売敵となる。ついでに言えば引き抜きや臨時パーティーの相談もあるから便利な人物は内密に確保しておきたい。その気持ちはわかるが……俺達はこうしてプランの為に立ち上がった友達だろ?」
テオはニヤリとした表情をして、サリスとエージュにそう尋ねた。
「……くっ。嫌になるくらい上手く話を持って来たな。つーか最初からその予定だったか。こっちの都合がわかって断れないよう突いてきやがった」
サリスが苦笑いを浮かべながらそう言葉にする。
「ん? 何の事? 私そんな凄い能力ある?」
プランが首を傾げると、サリスは溜息を吐いた。
「こういう世間知らずな面もあるし、俺達はこいつとダチだから隠していたってのもある事を知ってくれ。決して利の為だけじゃない。んで、それをこのメンバーで共有するのは悪い選択じゃないと思う。つーかお互い得するからお前も言ってきたんだろ?」
サリスの言葉にテオは微笑みながら頷いた。
プランは今だに首を傾げていた。
「こいつは戦闘以外なら全体的にスペック高い。特に会話能力と運動神経はかなり秀でている。いるんだが……それを置いておいても、冒険者生活においてヤバイくらい便利な要因を二つ持ってやがる。ぶっちゃけどっちか片方の時点で戦闘出来ない事を加味してもパーティーにずっと入ってて欲しいと思うくらい便利な要素がな」
「ほほう。それはそれは?」
ヴェインハットが何故か乗り気になってそう尋ねてきた。
「……一つは料理技能だ。こいつは入学した次の日に食堂の手伝いに向かって、その日の内に料理サークルの先生から直々にスカウトが来た。その先生はべた褒めでな。絶対にパーティーに入れろというアドバイスを俺達にしたくらいだ」
サリスの言葉を聞いたミグは、プランの方を穴が開きそうなほど見つめた。
「……良いな。……ご飯……」
「今度何か作ってくるね? ミグちゃんは何が好き?」
「……美味しい物」
「あ、あはは……また難しい事を」
「約束だよ? 何か作ってね?」
「うん。もちろん」
そう言ってプランはにっこりと笑顔を見せ、それに合わせて普段笑わないミグもはにかむように微笑んだ。
「うむ。やはり素晴らしい。……同士がいないのが心の底から惜しいな」
「帽子。お前何言ってんだ?」
サリスはジト目でヴェインハットを見るがヴェインハットはそれに気にもせずプランとミグの様子を見続けていた。
「二つ目ですが、冒険者ってコネが大切ですわよね?」
エージュの言葉にテオとヴェインハットが頷いた。
ミグは首を傾げて「そなの?」と呟いていた。
「そうなんですよ。冒険者という身分は後ろ盾があるのとないのでは大きな差が出ますから」
「……そう言うって事は……プランは強いコネを持っているって事か」
テオは少し困った顔でそう呟いた。
コネというのは扱いが難しい。
下手に外部の人間が取り込もうとした場合コネ相手との縁が切れて誰も得しないなんて事もありえてしまうからだ。
「ああ。ちなみに、隠してるわけではないがエージュはガッチガチの伯爵令嬢様だ」
テオとヴェインハットは目を丸くしながらい驚愕の表情をした。
自己紹介で貴族と言ってたが、まさか伯爵とは思ってもみなかったからだ。
「……そして俺は捨てる予定だが領主様だ」
「うっそだろおい」
テオは我慢しきれずつい心の声を漏らした。
「マジなんだよなぁ……。まあ家柄自体捨てる予定だからあんまり気にしないで庶民扱いしてくれ。その方が俺らしいだろ? ただ、エージュの方はガチの貴族だからそこは気にかけてくれ」
「いえ。ここにいる間は冒険者として対等に扱っていただける事を願います」
エージュはさらっとそう言葉にした。
「……確かにそう言われると貴族らしい気品あふれていらっしゃる……」
ヴェインハットはエージュの方を見て、手を合わせだした。
「……あの、何をしていらっしゃるのでしょうか?」
「いや、こうしたら金運が上がらないかなと」
その言葉にエージュはジト目でヴェインハットを見つめ、サリスはゲラゲラと大笑いをした。
「なあ。聞いてる限りやばいのはお前ら二人の気がするんだが……もしかして、領主様と伯爵令嬢様よりも、プランのコネってデカイのか?」
その事に気づいたテオはそう尋ね、エージュとサリスは二人でニヤッとした笑いをしてみせた。
正直に言えばこの流れにしたいが為に自分達の身分を二人は明かした。
「ある意味においては、俺達よりもよっぽど凄いコネで、そして俺達の何倍も役に立つコネだ。なにしろ俺達は実際にその恩恵を受けているからな」
「んで、そのコネ相手って誰だよ?」
サリスは楽しそうにニヤニヤしながら、小さく内緒話のように呟いた。
「ムーンクラウン商店の店長だよ」
今度こそ、全員が無言となり目を丸くした。
この場にいる全員がムーンクラウン商店の凄さと、同時にその行列の酷さを知っているからだ。
ムーンクラウン商店の学園支部が新入生向けのショップの中で最も利便性の高い店である。
そしてこの三人も、事前準備の段階でそのマナーの悪い行列の洗礼を味わっていた。
「まさか……。まさかお前らあの行列をフリーパスで通れるのか」
「つーか店長直々に商品売って貰えたぜ。今後も行列に並ばなくて店の裏に来て良いってお墨付きも貰った。そしてそのお代として俺達は店の手伝いをお願いされた。つまり……コネを広げるチャンスを俺達二人に用意してくれたってわけだ」
「……ずるい」
ミグはぷくーと頬を膨らませ、サリスとエージュ、プランを順にぽかぽかと叩いた。
「まあそんなわけで、プランは確かに戦闘出来ないが……それ以外は俺達二人が保証するぜ。こいつは良い冒険者になる」
サリスとエージュがドヤ顔でそう言葉にすると、プランは嬉しそうに微笑んだ。
友達に認めてもらえるというのは、こそばゆくもあるがやはり嬉しい事だった。
多くの友達や身内と会えなくなって、世界で孤立したような気持ちになっていたプランは、この二人が自分を認めてくれた事が本当に嬉しかった。
「……やっぱり私とパーティー組も?」
ミグはプランの袖を引っ張りながらそう言葉にした。
「いや、ここは俺だろう。戦闘能力ならそこそこは自信あるぞ。対人の会話能力が致命的だがな」
ヴェインハットはドヤ顔でそう言葉にした。
「……まあそうなるわな。戦闘能力以外で優れている奴って案外少ないし」
テオはギャーギャー言い合うサリスとヴェインハット、ミグを見ながらそう呟き、溜息を吐いた。
そこから彼らは身になる話を一切しなかった。
楽しそうに仲良く言い争いをするサリスとヴェインハット、ミグに、それを窘めるプランとテオ。
そして呆れたような顔をしながらもどこか楽しそうにエージュがその様子を見守るだけだった。
それは無意味でくだらない時間であり、そして同時に楽しく尊い時間であった。
その様子を、顔も覚えられていないクラスメイトの男は遠くからじっと見つめていた。
ありがとうございました。




