2-2話 仲間はみんな仲良く……というのは昔の未来の話
おそらく担任であろうその男の一番おかしな箇所……非常に気になる部分、それは目だった。
プランを含めてその場にいる全員が全く同じ感想を抱いたほど、その特徴は顕著なまでに現れていた。
そう、その男の目は、驚くほどに虚無的だったのだ。
それは感情が読み切れないという意味でも、深い闇を抱えているとかそういったシリアスな事では決してない。
単純に、目が死んでいるのだ。
おそろしくやる気を感じない気だるげで怠惰が溢れたような表情。
それはズボラという言葉以外出てこない教師らしからぬ雑でラフな服装からも表れていた。
この男と比べたら田舎の農民の方がまだ教師に見えるだろう。
そんな一欠けらもやる気を感じない人物は、後頭部を掻きながら言葉を発した。
「あー。……何から言おうか……言う事多くてめんどくせぇー。このまま解散で良い?」
外見と中身が完全に一致している教師の言葉に、呆れてか驚いてか、誰一人返事を返さなかった。
「……駄目ですよねぇ。はいはい。ああ、腹減った。とりあえず今日からこのクラスでの活動が始まるけど、ぶっちゃけクラスで行動する事なんてそんなないぞ。課題でクラス内でパーティー組む時とかその程度だ。各自好きに授業を受ければ良いし何なら受けなくても良い。出された課題さえこなせばぜーんぶ自由だ」
何やら真面目な事を言っているのだが……同時に驚くほど腹の虫を鳴らしている為プランは話に集中出来なかった。
「んで……。本来なら入学組のクラスは入学組だけで……作るんだが……ああ。腹減ったから今日ここまでで明日で良い? 先生これから草食べる仕事あるから」
死んだ目をなお一層殺し、腹に手を当てながらその男は至極当然のようにそう言葉にした。
「……駄目ですねはい。……と言っても……何から話そうか……。ああ、考えるのもめんどい」
もう声より腹の虫の方が大きいその様子を見かねて、プランはバッグからクッキーを取り出した。
サリスとエージュの三人で食べようと思っていた、食堂の手伝い時ついでに作らせてもらったクッキー。
自分で言うのも何だがそこそこ上手に出来たから食べたくはあるのだが……正直目の前の男性の様子が悲しすぎて、見ていられなかった。
「先生。クッキーならありますけどいりますか?」
その言葉に、男の目は一瞬だけ生気を取り戻した。
「……まじか。……え? 良いのか?」
「はい。あんまお腹に溜まるものじゃないですけど……それで良かったら」
「先生甘いもの大好きですから大丈夫。悪いね生徒にタカっちゃって」
そう言いながらも男は全く悪びれもせずクッキーの入った袋をプランから受け取り、貪るように食べた。
「……旨いな。これどこで買ったんだ? いや先生買う金ないけど」
「あ、手作りです」
「……女の子が手作りしたお菓子始めて食べたかもしれん」
至極真顔でそう呟いた後、男はきりっとした表情に変わった。
それでも尚、目は死んだままとなっていた。
「えー。先生は賄賂とか推進派ですのでこれからプランさんを遠慮なく贔屓していきまーす」
「いえそういうの良いので」
遠慮ではなく、確実に注目される事のマイナス面の方がでかい為プランはそう言葉にした。
「ん? そうか。んじゃ先生の贔屓枠は開いてますのでこれからどんどん先生に賄賂送ってください。今度はパンとかがオススメです」
男の口調に冗談の様子はなく、どうやら本気でそう言っているようだった。
「とりあえず……十一人列の人達。入学おめでとう。君達は今から三か月の間、道具、知識、コネ、経験とあらゆる物が無料で手に入る。その間に将来の事を見越して出来る限りの備えをして欲しい。俺は曖昧な事とか言わず事実しか言わん。だからぶっちゃけるがここにいる新入生は皆、期待値が高い。要はエリート扱いをする為、纏めてこのクラスに集められた」
「……すいません。何を基準に優秀であると認定されたのでしょうか?」
エージュがそっと手を上げ、男にそう尋ねた。
「一言で言うなら、三か月で学園を抜ける気がなさそうで、更に言えば三か月を自力で乗り切れると教師陣は予想した。他にもコネ持ちとか才能とか能力とか色々あるが、それが一番大きい。納得したか?」
その言葉にエージュは頷いた。
「んで……そっちの四人の三か月突破組と二人の一年突破組。新入生が自分達と待遇が違うからって腐るなよ? 新入生の待遇が違うのはコネを持っているという意味も兼ねてだ。この中にはガチ貴族もいる。だからそのコネ持ちにとって頼れる先輩になれるチャンスがお前らにはある。そう、俺ら教師はお前らにも十分に期待しているし、今お前らはそれ相応の美味しいポジションに付いている」
男は四人列と二人列の方を向いてそう言葉にした。
「つーわけでクラスってのは縁を繋ぐ場ってのがメインで、逆に言えばエリートクラスだからと言ってもちょっと縁が繋ぎやすい程度の差しかない。だからここから出たいなら遠慮なく言ってくれ。期待されてる奴しかここにはいないが、それでも合わない時はどうしようもないからな。それと文官系志望のサークルに入ってるなら悪いがすぐに止めるかクラスを移動してくれ。文官志望ならそっちのクラスがある」
「先生。どうして文官系サークルだけ扱いがそんな特別なんですか?」
気になったプランはつい言葉を遮りそう尋ねた。
「引き抜きが激しいからだよ。この国は文官が少ないから領主やら国やらが何かと理由をつけてウチから文官として生徒を引き抜いて行く。それが特に酷いのが文官志望系のサークルだ。ちょっと能力が低くても使えそうならガンガン引き抜かれる。一応このクラスは特別扱いクラスだから三か月以内、場合によっては一月で抜ける可能性のある文官志望系サークルはちょっとなぁ――」
「なるほど。わかりました。すいません話を遮って」
「いや。気になる事は何でも聞いてくれ。ぶっちゃけ考えるより答える方が楽だ」
かなり真面目に受け答えをしているが、男は基本怠惰なロクデナシのままらしい。
「さて今日は顔合わせがメインだからこれで終わる。新入生は明日から授業解禁される。好きな授業を好きに受けてくれ。相談やアドバイスが欲しければ俺に聞けば良い。ただ、明日の午後の時間は今みたいなクラスの時間だからその時間には集まってくれ。これは三か月突破組も一年突破組もだ。良いな?」
その言葉に過半数が頷いたのを確認した男は頷き返した。
そしてその後、さっきまでの死んだ目ではなく、酷く真剣に、それでいて脅すような表情を見せた。
「改めて言うが、このクラスは完全に特別扱いされている。それは能力の高さだけでなく、今後冒険者として優秀になるであろう奇縁を持っていたり、現段階で強いコネを持っているという意味でもある。だからな……くだらない事は止めておけ。期待されて特別扱いされているんだから、真面目に過ごした方が絶対得だぞ。良いな?」
その言葉に、プランは頷いた。
男の忠告する時の表情が酷く真剣で、そして恐ろしかったからだ。
まるで、何か事件が起きるのが当たり前であるような、誰かが何かを行う事を確信しているような、そんな瞳をしていた。
「んじゃ、今日はここまで。今から二時間だけこの部屋は開いてるから、それまでは好きに過ごすと良い。ああ明日の授業は別の部屋だからしっかり確認しておけー。じゃあなー」
男はまた覇気の感じない表情と死んだ目に戻り、驚くほど軽い足取りで部屋を出て行った。
止める間もないほどの軽やかな失踪劇に、生徒達は誰一人言葉を発せず茫然としていた。
「えと……先輩方……。あのような形の先生がこの学園のスタンダードなんでしょうか?」
プランの質問に、六人は全員揃って首を横に振った。
数秒ほど無言が続き、どうしようかプランが考えていると中央四列全員が一斉に立ち上がり、若い男性三人と女一人は出口の傍に移動した。
その最後尾にいる男性一人がくるっとこちらの方を向き、頭を下げた。
「俺の名前はガラティアだ。あの先生はああ言っていたが、俺達四人はぶっちゃけ優秀とはかけ離れた存在でな……悲しい事に全員追試のような物を今こなしている最中だ。そしてそれは実力的にけっこうきつくて割と切羽詰まっている。だからすまないがこれで失礼する。追試が終わってゆっくり出来るようになったら、またゆっくり話そう。こんな情けない先輩で悪いんだが、良かったら先輩面させて欲しい」
そう言ってニコリと微笑んだ後、四人揃ってペコリと頭を下げた。
それに対してプランもペコリとお辞儀を返すと、四人はそっとその場を後にした。
「とりあえず……自己紹介……する?」
プランは後ろにいる十人と、横にいる一年突破組であろう二人の方を見てそう呟いた。
「僕は同じ一年突破組のこのカッコいい男の人と話してるね。その間に君達新入生で自己紹介してて」
そうクリスが言葉にするのを聞いたプランは頷き、後ろの十人を見つめた。
そのタイミングで、一番後ろにいた盗賊の親分みたいな外見の大男は立ち上がりそのままドアの方に歩き出した。
「ダルクだ。慣れ合うのは性に合わん。用事があればその時に呼べ」
それだけ言葉にした後、振り向きもせず乱暴にドアを開き去っていった。
「……えととりあえず、十人で自己紹介しようか?」
何とか乾いた空気を戻そうとプランは作り笑いを浮かべてわざとらしく明るくそう言葉にした。
「その前にさ、ちょっと良いかな?」
新入生十人のうちの一人、二十台くらいの若い男性がそう言葉にした後プランの方に近寄って来た。
粗雑というほどではないが、上品とは決して言えない良い意味でも悪い意味でも冒険者ぽい人物。
その人物の表情はニヤニヤと下卑た物で、プランはその顔に非常に見覚えがあった。
それは料理屋や酒場で働いている時に嫌がらせやセクハラをしてくる客……その時とそっくりな表情だった。
プランは内心で溜息を吐きつつ、微笑んだ。
「はい。何でしょうか?」
そう尋ねるも男は表情を変えず、ニヤニヤしたままプランに近寄ってくる。
そしてプランが見上げるほどの距離が近づいた時――男はそのまま手を伸ばし……。
パシン!
何かを叩く音が響いた後、プランの前には怒りの形相を抱えるサリスと、手を抑えながらニヤニヤする男の姿があった。
「てめぇ……今何しようとした?」
ドスの聞いた声でサリスは男を睨みながらそう言葉にする。
「おー怖い怖い。別に大した事しようとしてねーよ。ただそんなちんちくりんで本当に女なのかおっぱい揉んで確認しようと思っただけさ」
そう言って男がゲラゲラ笑うと、それに同調したような数人の笑い声が響いた。
「……上等だ。今笑った奴ら全員ぶっ殺してやるからそこに並べ」
氷点下まで落ちきった空気の中、本気の殺意を男にぶつけるサリス。
それを見て、男は表情を崩さずあくまで嘲笑うような表情まま怯えたような動作をして見せた。
「あー怖い怖い。あんまり怖いから俺らは帰るわ。じゃあその嬢ちゃん。いや確認出来なかったから坊主かもしれんが……まあちっこいのごめんな。俺らが間違えないようにちゃんと明日までには背を伸ばすかおっぱいおっきくしとけよ」
その言葉に殺意を爆発させるサリス。
ただし、男はその瞬間には既にこの場におらず、またその男以外も数人ほど男性の姿が見えなくなっていた。
「……くそが!」
サリスは机に拳を叩きつけた。
轟音と共に教室が揺れ、机が今にも壊れそうな悲鳴に近い音をあげる。
その様子を見て、あまりの事態に茫然としていたプランは我に返りサリスをぎゅーっと抱きしめた。
「はいどおどお。ありがとねー。でも私は気にしてないからねー。それよりもサリスがピリピリする方が嫌だよー」
本当に少し怖かったし色々言われて悲しかったが、それでもサリスが本気で怒ってくれた事の方が嬉しかった。
プランにとってさっきの事はどうでも良い事だった。
「……悪い。俺がいながら言われたい放題やられたい放題……。安心してくれ。次見たら殺してやる」
その様子が本気であると理解したプランは内心怯えながら、サリスを更に強く、宥めるように抱きしめた。
「はいはいどおどお」
ふしゃーと動物の様に怒り狂うサリスと、それをニコニコ顔で宥めるプラン。
その様子を、エージュが困った様子で見つめ、残りの人達は未だ茫然としたままとなっていた。
「なるほどねそういうやり方かー。学園もなかなかに性根が悪いねー。そう思うよね吟遊詩人のお兄さん。……お兄さん?」
ある事に気が付いたクリスはもう一人の一年突破組、吟遊詩人のような外見をした男にそう話しかけた。
だが男はそんなクリスの声など聞こえないかのようにスルーし、プラン達の方を暖かい目で見つめていた。
「ああ。今日は何と素晴らしい日なのだろう……。こんな良い光景が見られるとは……。ええ、やはり百合は良いものです」
そう言いながら、儚げな美形の男は幸せそうにプランとサリスの様子を見つめた。
「……ああ。お兄さんその手のタイプかぁ……」
クリスはその男性の様子を見て、苦笑いをしてみせた。
ありがとうございました。




