1-2話 王都へ1
ワイスが妖精石の中で眠りについた後――。
一人となったプランは適当に歩き回って村や街を巡り生活費を稼ぎながら冒険者指導をしてくれる場所を探して回った。
野宿の経験は少なかったのだが、元々田舎暮らしでお嬢様からは遠く離れた生活をしていた為何とかなったし、街に到着した後に至っては料理関係の店に行けば仕事に困る事はなかった。
料理は当然接客もある程度こなせ、ついでにちょっと変わった教育のおかげで簡単な金銭管理くらいなら出来たからだ。
だが、順風満帆というわけでは決してなかった。
出来るだけ馬車を活用したが場所によっては徒歩で次の場所に移動しなければならない事もあり、野生動物に追われる事もあった。
だが、一番面倒だったのは動物ではなく、人だった。
若い女性の一人旅で、しかも旅慣れしていない様子のプラン。
それは様々な存在からきっと恰好の鴨に見えたのだろう……。
人が多くいる場所であれば村でも町でもどこでもプランは絡まれた。
とは言え、一般人から金を巻き上げたり盗んだり……最悪の場合でも誘拐とその程度しか行ってきていない小悪党相手に、プランがどうにかなる事はなかった。
むしろ昔の方が命を狙われる可能性を秘めていたくらいである。
だからこそ、プランはその程度相手に面倒ではあっても危機に陥る事はなかった。
理由は単純で、どんな相手であってもプランに危害を加える事は出来なかったからだ。
その逃げ足の所為で――。
昔取った杵柄と言うべきか、過去一体どんな生活をしたらそんな能力が身に付くのか……とにかくプランの逃げ足は異様なほどに早く、更に体力もそこらの男と比べても圧倒的に優れていた。
全力で助けを求めて叫びながら軽々と悪人から走り去っていくその姿は圧巻としか言いようがなく、助けに来た兵士の方が驚くくらいだった。
そんな小さなトラブルはあれど問題になるような事はなく、むしろ犯人逮捕に協力した事でちょっとした小銭を貰いつつ目的地を探して旅をし……そしてプランは、ついに目的の場所に巡り付いた。
そこそこの大きさの町で、入学金が格安で入れる冒険者養成所。
そこからプランの目的の第一歩が始まった。
さっそくプランは受付に申し込みに向かう……。
『こんにちは! 冒険者になりに来ましたー!』
『今年の入学受付もう終わってるぞ? つーか入所式すらずっと前に終わってるわい』
一歩目で躓いた瞬間であった。
プランは学校に行った経験などなかった為入学、入所時期があるなど全く知らなかった。
そして幸いというか何というか……受付の男は口は悪かったが非常に親切な人で、プランに色々と教えてくれた。
多くの学校、養成所は学校は春と冬の頭に二回ほど入れこの養成所は春頭のみ。
また入学金相場は三クォーターガルド(四分の一金貨)くらいで、同時に入る為の試験もある。
試験は文武両方の場合が多い。
ちなみにプランは冒険者の知識など一切なく、また手持ちのお金は小銀貨数枚程度と数日分の生活費程度である。
つまり、ほとんどの養成所、学園に今のプランが入る事が出来ないという事になり……そして唯一例外の養成所は目の前にあるのだが、入れるのは来年からである。
どうしようもない感が漂いプランは笑う事しか出来なかった。
『あっはっは。入学金は安くていつでも入れて試験もない質の良いとこってないですかねぇ』
そんな都合のいい話があるわけない事くらい田舎者のプランでも知っている事で、これはただ願望を言っただけで本人も叶うなんて思ってすらいない。
そんなしばらくここで生活して来年ここに入る方向に計画をシフトしだしたプランに、男は予想外の言葉を返した。
『あるぞ。ここよりも質が高くて、入学シーズンがなくて試験もなくて、しかも入学金は破格の場所。当然嬢ちゃんでも入れる場所がね』
男はニヤリと笑いながらそう言葉にする。
流石に怪しい。
そう思うプランだが、詳しく聞くと十分納得出来る理由であり、しかもプランが望む条件に見事に噛み合っていた。
だからプランはそこに向かう事に決めた。
王都に設立された、国内で一番と言われる冒険者学園に――
「それじゃ……今までお世話になりました」
プランは一月ほどお世話になった商店に別れの挨拶を告げ、ぺこりと小さく頭を下げた。
「なあ嬢ちゃん……本当に行ってしまうのかい?」
三十人ほどの見送りのうち一人、老夫婦の所から商会まで運んでくれた副店長がプランにそう声をかける。
「うん。行くよ」
「……嬢ちゃんならうちの商会の重役にだって推薦しても良い。冒険者よりもよほど安定して楽な生活が出来るぞ。この店だったら責任者にだって近い将来きっとなれるだろう。だからさ……」
必死に食い止めようとする副店長の声に、その場全員が同意するように頷いた。
商売人としてのプランの能力は決して高くない。
それでも、プランはこの商店全員に買われていた。
それは単純な能力ではなく、商っているからこそプランのその人に好かれる才能の価値を見出したという側面も確かにあるが……何より、単純に皆がプランの事を気に入っていたからだ。
『皆に好かれる』
その才能以上に商いに必要なものはないだろう。
他の商会からスカウトされた回数三回。
妾として迎えたいと言われた回数二回。
結婚を申し込まれた回数が八回。
この店で正社員になって欲しいと頼まれた回数に至っては数える事が出来ないほど。
たった一月でこの有様である。
プランにとって人生初めてのモテ期で、嬉しさよりも驚きの方が強かった。
これまでプランが本気で告白されたのはただ一人のみだったからだ。
「うん。ごめんね。どうしても行かないと……」
「そうよぉ。プランちゃんの決めた道でしょ。笑って見送らないとぉ」
横からぬっと間に入ってきて、くねっくねっとした動作をしながら猫撫で声で巨漢がそう言葉を発し、店の皆が黙り込んだ。
体格は二メートル近くあり、がっちりと着込んだ服の上からでもわかるほどの筋肉隆々具合。
ガッチリした骨格に見合った表情はイケメンというわけではないが逞しく頼もしく、それていで清潔感もある。
ただし、がっつり施された女性用メイク、特に真っ赤な口紅がそれら全てを台無しにしていた。
そんな百人が見たら百人が驚いて振り向き、男は皆裸足で逃げ出しそうな人物こそが、この店の店長だった。
「ですが店長……こんな逸材そういないですよ?」
「まあねぇ……可愛くて働き者で愛嬌二重丸! 欠点なんて女の子なのに化粧っけがない事くらいだものねぇ」
元が逞しい系なのに可愛い女性メイクをしているから違和感大爆発の店長だが、メイクの腕前はピカ一だった。
一度試しにプランに化粧を施した時はどこのお嬢様だと皆が驚いたくらいである。
茶色の髪に茶色の瞳、くりっとしたおめめと言えば聞こえは良いがぶっちゃけただの童顔の、そんなプランすらも淑女に見せるほどの店長のメイク技術は女として羨ましいの一言以外出てこない。
「いやー。私なんて全然役に立てませんよ。男の人ほど重たい物持てませんし」
そうプランが言葉を挟むが、従業員皆が手を横に振った。
「いや、男と同じくらい重たい物持てて男より体力ある時点で十分だろ」
「そうですかね? 私の昔いた場所では私くらいざらにいましたが」
「……一体どんな魔境で暮らしていたんだ」
「あはは……。っ……。ま、まあ私もやりたい事があるので……ごめんね?」
プランの腕に、ほんの僅かだけ痛みが走った。
どうやらこの程度の話題でも話そうとしたらアウトになるらしい。
――結構判定シビアだなぁ。口を滑らさないように気をつけないと。
プランは少しだけ辛く、小さく溜息を吐いた。
「はい。というわけで可愛い我らがプランちゃんを王都に連れて行ってくるから、皆留守は任せるわね! ……ほらそこ泣かないの」
従業員のうち一人、プランに告白した男性がめそめそしながら店長の言葉に頷いた。
「ガチ恋勢作るなんてほんとプランちゃんは罪な女ねぇ」
「あ、あはは」
若干恥ずかしくてプランは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「じゃ、行って来るね! みんなありがとー!」
プランは馬車の中から、後ろでいつまでも手を振ってくれている商店の人達が見えなくなるまで、ずっと手を振り返した。
「ふふ……。この一月楽しかったなぁ」
本格的なお店のお手伝いなどした事がなかったプランは楽しかった一月を思い出し、嬉しくて笑みをこぼす。
売れるのかわからない物を突然出してくる店長。
店長の突飛な行動にいつも苦労し溜息ばかりの副店長。
女性が好きでプランに告白してきた美人の女性。
いつもオドオドしているのにプランが面倒な客に絡まれた時は助けてくれる若い男性。
顔は怖いのに甘い者が大好きで、良くプランに甘い物をわけてくれた人。
プランの事を妹だと言ってとにかく甘やかそうとしてくる女性客。
本当に色々な人がいて……そして間違いなく幸せで楽しかった。
「そんなに楽しかったならずっといても良いのよ?」
馭者となってくれている店長がそんな優しい言葉を投げかけて来るが、プランは微笑んだまま首を横に振った。
「それもきっと幸せな人生なんだろうけど……」
ほんの一瞬だけ、このままここで暮らそうか。
プランが過去を忘れそう思えるほどに楽しかったのは確かだった。
だからこそ、それに溺れるわけにはいかなかった。
「そうね。プランちゃんは何か特別な……人に言えないような事情持ちだもんね」
店長の言葉にプランは驚き、そして少しだけ微笑んだ。
店長がプランに事情持ちであると察したように、プランもこの店長が常軌を逸した……いや外見の話ではなく能力的な意味で普通ではなくワケアリであると察していた。
「それは店長もでしょ?」
「あら? 私は裏も表もないただの美人店長よ?」
「でも店長。そのメイクも声色も全部演技じゃん」
その言葉に一瞬だけ店長は黙り、そして微笑んだ。
「どうしてそう思ったか聞いて良い?」
「いや、演技と本気くらい見たらわかるでしょ?」
「ふふ。怖い怖い。誰にも見抜かれなかったのにたった一月の縁しかないただの女の子にバレちゃうなんて……。だからこそ本当に惜しいわねぇ。やっぱり貴方あの店で働かない? ちょっとした困りごとなら助けてあげられるわよ?」
それは決して謙遜ではなく、本当に店長ならちょっとした、それこそ借金程度なら助けてくれるだろう。
だからこそ、プランは首を横に振った。
「残念。ちょっとした困りごとじゃないのよね」
「何があったら貴女の厄介事は解消出来そう?」
「んー武官百人くらいいたら叶うんじゃない?」
「……冗談……じゃなさそうねぇ」
「っ! ごめんね? これ以上言えないっぽいから聞かないで」
痛みに顔をしかめるプランに店長は予想の遥か上な厄介ごとである気づき頷いた。
「本当……神様って不公平ね。こんな良い子に一体どんな苦難を押し付けたのやら」
「むしろ神様が助けてくれなければ私終わってたから」
「あら? だったら今日はいつもより熱心にお祈りしなきゃね。ついでに可愛い可愛いプランちゃんを助けろやって」
店長がお祈りする姿をプランは想像してしまった。
大きな巨体が体を折って神様を睨みながら腕を組む姿……。
祈りを捧げるというより神様を脅迫しているようにしか見えずプランは噴き出し笑う。
「店長のお祈りなら効くかもしれませんね」
「あら? 効くまで祈るのが熱心な信徒でしょ? 最悪神様のところに会いに行ってぶちゅーってしてやるわよ」
本気か冗談かわからない店長の言葉にプランは我慢出来ず、腹を抱えて笑った。
「んで店長。聞いて良い?」
「なぁに? 素敵なレディの成り方なら一歩ずつの努力よ?」
「それもそれで気になるけど、店長も何か厄介ごと抱えてるでしょ? 何か手伝う事ない?」
何故かわからないが女装してオネエ言葉を話す店長。
一体何があってどんな厄介ごとなのかプランには想像もつかなかった。
それでも、お世話になった人なのは間違いない為プランはそう尋ねた。
「……そうねぇ。一番良いのは貴方がお店に残ってくれる事なんだけど?」
「ごめんなさい。流石にそこは譲れないわ」
「そうよねぇ。んーじゃあ……プランちゃん。もし私が小国の王子で身分を隠す為にこんな恰好をしている……って言ったら信じる?」
「信じない」
きっぱりと言い切ったプランに店長は苦笑いを浮かべた。
「あら? やっぱり私に王子様は無理があったかしら? 王女様にした方が良かった?」
「じゃなくて。流石に嘘話はすぐにわかるよ。店長王族とは一切関係ないでしょ」
「どうしてそう思うの?」
「雰囲気。店長むしろ王族よりも兵士とか武官とかそっちにの雰囲気に似てるし」
更に言えば、馬術も相当様になっていた。
軽々と乗りこなしているが、その慣れ方は戦闘すらこなせるほどの練度である。
「……本当に良く見てる子ね。ちょっとだけお姉さん怖いって思っちゃったわ」
プランは決して特別な事をしているわけではない。
ただ、人を見る事だけは特技であり、そして必要な技能であっただけである。
昨日まで仲良かった使用人が明日には毒を盛るかもしれない。
そういう世界に生きていたからこそ、ある程度以上に人の事を見なければならない。
それは昔のプランのいた世界では決して特別な事ではなく同じ立場の皆がやっている事だったが、一般の生活では悪目立ちするほど特別な技能だった。
「怯えさせたならごめんなさい」
「良いのよ。悪い子じゃないのは知ってるから。そしてそっちと同じようにこっちも言えない事情があるのよねぇ。だからお互い頑張りましょ?」
「うん……助けられなくてごめんね?」
「その気持ちはプランちゃんに対してウチの店全員が持っている感情よ? だからお互い様」
「そか……。うん、店には行けないけど、安定して会いに行けたら会いに行くよ。店の皆に」
「その時は彼氏の一人でも連れてきて頂戴?」
「作る気ないんだけど……どうして?」
「ウチのガチ恋勢にトドメを刺して欲しいからよ」
店長は苦笑いをしながらそう言い、プランは非常に申し訳ない気持ちとなった。
「あ、あはは。ご迷惑おかけしますね本当」
「ま、恋は戦い。自己責任の世界だから謝る事はないわよ。逆にウチの誰かがプランちゃんを射止める可能性もあるんだし。それとね、プランちゃんが会いに来なくても私はプランちゃんに会いに行くわよ?」
プランは目を丸くしながら首を傾げた。
「え? それは嬉しいですがどうやってです?」
「私王都にお店持ってるのよ。んで貴女の行く学校にも品出ししてるわ。というか今運んでる物学園への物資よ」
「あ! だから副店長は王都行きの馬車に私を乗せるって言ってくれたのか」
「そういう事よん。だからこれからも会いに行く機会も幾らでも出来るし、例え用事がなくてもプランちゃんは可愛いから会いに行っちゃうわ」
「ん……本当に嬉しい。私あっちで一人になっちゃうから」
その言葉に喜ぶプランを見て、店長は目を丸くしてぽかんとしながら間抜け面を晒した。
「……プランちゃん本気で言ってる?」
「え、うん。私王都に知り合いいないし」
というよりも、この世界のどこにも知り合いはいない。
「……断言しても良いわ。絶対あっちで親しい人が出来るわ。というかウチの店に入る時も一人だったじゃない」
たった一人で手伝いに入り、出る時には皆が見送りに参加した。
人付き合いが嫌いな人もいた。
店の中で喧嘩している人もいた。
だけどたった一月でそれらは改善され、皆がプランを中心に仲良くなっていた。
そんなプランが一人になるなんてあり得るわけがなかった。
「そうかな? あ、あっちでも私友達出来るかな?」
「んー少なくとも信者は出来るわね。またはガチ恋勢」
その言葉に心底嫌な表情を浮かべるプランに、店長は大きな声で笑った。
ありがとうございました。