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1-17話 割と忙しい自由時間10


「ある程度は予想しておりましたが……これはちょっと以上に想定外ですわね……」

 エージュは虚ろな表情で今まで見た事がない光景を目の当たりにしていた。

「ま、そんなもんさ」

「ハワードさん……。これ、どうすれば良いでしょうか?」

 その言葉にサリスは、両手を横に広げてお手上げのポーズを取った。


 ヴェルキスと別れた後三人は武具と冒険者セットたる物を貰いにムーンクラウン商店学園支部に足を運んだ。

 学園内に数か所存在するムーンクラウンの支部である購買の中で、食堂から一番ちかいそこ。

 その場所は今、地獄絵図と化していた。


 この学園は三か月までは呆れるほど安い金額で入学出来る上に、多くの物が無料で手に入る。

 そうなると、おぞましい数の人が群がるなんて結果は火を見るより明らかである。

 そして、集まっている大半が学園に入ってあまり時間の経っていない冒険者崩れである事を考えれば、この結果は当然であると言っても良いだろう。

 現在、購買の前では数百人という人数による殴り合いが行われていた。


「どうしてこんな事に……。何故皆さんお店の前で喧嘩なんて……それとどうして教師も店の人も止めないのでしょう……」

「言っても聞かないからだろ。もう一度言うけど、そんなもんなんだよ。どうせ暴動のきっかけも列に割り込んだとかその程度の事だと思うぞ」

 エージュとサリスの反応は対極に近い。

 それこそが二人の歩んできた道の違いであった。


 貴族として正しく教育を受けて来たエージュは、冒険者という人種が、はっきりと言ってしまえば社会のはみ出し者という存在がどういったものなのか考えてすらいなかった。

 逆に貴族としての教育を放棄し、そんな最底辺で生活する人達と共に生活をしていたサリスにとってはこのような光景珍しくもなんともなく、むしろ馴染みすぎて安心すら感じるほどである。


「んでどうする? 早く欲しけりゃあれに参加して全員ボコボコにすれば良い。そうでないなら待つしかないぞ」

 暴動達を指差すサリスの言葉を聞いたエージュとプランは見つめ合い、ほぼ同時に首を横に振った。

「待ちましょ。最悪今日中に手に入れば良いし……正直あれに参加するのはちょっと」

「同感ですわ。あれと同じに落ちたくありません」

「さよけ。ま、俺もどっちでも良いけどね」

 そんな話し合いをした後、三人は恐らく同じ考えなのであろう暴動の少し後ろに出来ている行列の後ろに並んだ。




 どうしてそんな下らない事にそんな体力を使えるのかわからないが、激しい殴り合いは続き、進む気配のない行列はどんどん伸びていく。

 現在、プラン達の後ろには百人以上が並んでいる。

 暴動はプラン達が見た最初の時よりも若干規模を縮小させてはいるのだが、時々追加で参加者(馬鹿)が現れる為もうしばらくは鎮火しそうになかった。


 そんな、恐ろしいほどに退屈で無意味な時間を体感している時、ざわざわとした空気が後方から流てくるのを三人は感じた。

 怒声と叫び声が響く前方からではなく後ろからの不穏な空気。

 それに気づいた三人は同時に振り返った。

 そこにいたのは……血の色よりも真っ赤な口紅とばっしばしの睫毛というしっかり気味のメイクをした大男だった。


「おおう……何かすげぇな……」

 サリスはその人物を見て、茫然とした様子でそう呟いた。

「凄い人ですわね。ええ。本当に……。ところであのお方、何だがこちらに近づいてません?」

 エージュの言葉通り、その人物はロックオンしたかのようにこっちの方をじっと見つめ歩み寄って来ていた。

 それに対してサリスとエージュは怪しいと思い、プランを庇うようにして立ち迫ってくる大男を睨みつける。

「ああ大丈夫。あの人私の知り合いだから」

 プランがぽつりと呟くと、二人は今までで最大級の驚愕をプランに向けた。




「はぁいプランちゃん。元気だった?」

 近寄って来た大男、ジュールは気さくなオネエ言葉でプランに声をかけた。

「うん元気元気! 友達も出来たよ」

 そう言って二人を見ると、ジュールは微笑んだ。

「あら。素敵で綺麗なお友達ね。大切にしなきゃね」

 そう言ってウィンクを投げかけられた二人は、愛想笑いをする事しか出来なかった。


「ゆっくり話したいからとりあえず三人共いらっしゃい。美味しいお茶をご馳走してあげるわ」

 そう言ってジュールはサリスとエージュの手を掴み引っ張った。

「おい待ておっさん! 俺達は買い物が……っておっさん力つっよ!」

 全く抵抗出来ないサリスの呟きに、ジュールはにっこりと微笑んだ。

「あら? お姉さんって呼んでよ」

「……悪い。無理だ」

「じゃ、ジュールで良いわ。とりあえずいらっしゃいよ。悪いようにはしないから」

「……ま、プランの知り合いだしい良いか。後で並び直せば良いだけだし」

 サリスは諦めてそう呟いた。

 ニコニコ顔でサリスとエージュを引っ張るジュール。

 その後ろをプランは、同じようなニコニコ顔で付いて歩いた。


 連れていかれた先が店の裏だった為、二人は首を傾げた。



 外見からは予想出来ないほど丁寧でかつ繊細な動きで紅茶を入れ、四つのカップに注いでテーブルの上に並べるジュール。

 薔薇に包まれてそうなほど優雅なその仕草だけは、確かに乙女のようであった。

「はいどうぞ。紅茶を入れるのには自信があるの。飲んで頂戴。もちろん茶菓子もあるわよ」

 そう言って、ジュールはマシュマロの入ったカゴをテーブルの中央に置いた。


「いやいや。……いやいやいやいや。え? 何で俺達ここに連れてこられたんだ? つーか、え? どゆこと?」

 混乱の極みとなったサリスの横で、エージュはカップを持ったまま目を丸くしていた。

「……本当に美味しい。嘘でしょう……」

「ふふ。これでも女子力には自信がある」

 そう言ってジュールはエージュに微笑んだ。

「……貴族……、それも伯爵家で育った私が感動するほどの紅茶を……。ジュールさん。一体貴方何者なんです?」

「あら?女子力を舐めたらいけないわよ。この世界で一番凄いのは輝く女の子なんだから」

「貴方男性じゃないですか」

「心は乙女だからセーフよ」

「いやアウトだろ」

 サリスの容赦ない突っ込みを、ジュールは完全に無視した。

「ところでカップが空のままね。お代わりはいかが?」

「……いただきます」

 エージュは恥ずかしそうにカップをテーブルに戻した。


「というわけではいこれ。先に用意しておいたわよ。帰る時にでも持ってって」

 ジュールは大きなリュックサックを三つテーブルの下に置きながらそう言葉にした。

「それ、何ですか?」

 エージュの言葉にジュールは首を傾げた。

「え? 無料の冒険者セットだけど、必要なかったかしら? 並んでいたから必要だろうなと」

「……え?」

 エージュは再度目を丸くした。


「おいプラン。まじでこのおっさん何者だよ。俺より力が強くて、エージュが感動するくらいの紅茶をあっさり用意出来て、しかも店の物かってに持って行っても怒られないって。何だこいつ」

「何か隠してて欲しい感じがしたから言わないでいたけど、言って良い感じ?」

 プランはジュールの方を見ながらそう尋ねると、ジュールは微笑みながら頷いた。


「というわけで、私が少しの間お世話になったお店、ムーンクラウンの店長、ジュール店長です」

 サリスは素直に驚き、エージュは複雑そうな表情を浮かべた。

「えぇ……いえ。ある意味納得かもしれませんわね」

「あら。どういう事かしら伯爵令嬢ちゃん?」

「エージュとお呼びください。いえ、ムーンクラウンの店長は素晴らしい商人ですが少々変わった方だとダンスパーティーで聞いた事がありしたので」

 王都を中心に多くの支部を持つムーンクラウン商店。

 その頂点にいる店長の噂は貴族の話の種でもあった。

 ただし、貴族間で話される店長の話題は基本的に悪口である。

 それをエージュはどこかの貴族に恨まれているのだろうと予想していた。

 


「別に貴族達から酷い風に言われてるのは慣れているから。隠さないではっきり言っても良いわよ」

「いえ。真っ当に生きている人々に悪口を言うほど私は落ちぶれていないので」

 噂だけで誰かを、それを貴族ではなく庶子を馬鹿にするというある意味貴族らしい行為は、エージュにとって忌み嫌うものであった。

 「そ。良い子ね」

 そんなエージュの怒りに気づいたジュールは、エージュに対して父親のような、優しい笑みを浮かべた。


「あ、俺はガンガン言うぞ。おっさんメイクすっげぇなとかでっけぇなとか」

 サリスの言葉にジュールは頷いた。

「別に良いわよ。どんどん言って頂戴。受け流すから」

「おう。思った事はすぐに言うのが俺の良いとこで悪いとこだからな。あ、俺はサリスだ。よろしく」

「ええ。よろしく。男前なサリスちゃん」

「男前って言ってくれるのは地味に嬉しいが……ちゃんは止めてくれ」

「可愛いから嫌」

 その言葉にサリスは顔をしかめ後頭部を掻いた。


「それで、冒険者セット以外に何が必要なの? 言ってくれたら用意するわ」

 その言葉に、三人は顔を見合わせた。


「……何か、悪い気がするな」

 サリスの言葉に二人は頷いた。

「ええ。プランさんは直接の知り合いですから良いですが、私達はちょっと」

「いや。私も一人だけコネを使って楽するのって何か申し訳なさが……」

「だよな……」

 三人がそう話し合い、後は自分達の力だけで何とかするとジュールに話そうとするした時、ジュールは微笑んだ。

 ただし、その笑みからはさっきまでの穏やかで優しい感じは一切なく、威圧感に溢れていた。


「貴女達に良い事を教えてあげるわ。『この程度のコネすら扱えないなら冒険者なんて止めちまえ』」

 いつものオネエ言葉ではなく、男の声……地声でのきつめの忠告。

 その言葉に、三人は何も言葉に出来なかった。


「良い? 冒険者ってのは要は何でも屋さんよ? コネがなかったら何も出来ないわ。だからこそ、コネを作り、育て、有効活用する。それこそが冒険者なの。わかる?」

 その言葉に真剣に話をするジュールに対して三人は真顔のまま頷いて見せた。


「『使える奴がいたらたっぷりとタカれ。ただしその倍は得させろ』だったかな」

「あらプランちゃん。古き良き冒険者の言葉なんて知ってたのね」

「こっちで聞いたよ」

「ええ。その通りよ。人との付き合いの広さと濃さ。それは冒険者の立派な武器よ。だからね、もしあなた達もこれからコネについて文句言われたら私に言われたように、コネに文句付けるくらいなら冒険者なんて止めちまえって言ってあげなさい」

 その言い方が少しだけ面白くて、さっきまで叱られて緊張していた三人は少しだけ微笑む事が出来……そのままジュールに自分達の武器の手配を頼んだ。

 ジュールは微笑みながら、しっかりと頷いて見せた。




「ふむふむ。エージュちゃんが突きも出来る軽くて丈夫な片手剣で、サリスちゃんが有料のアイアンクラブと……なるほど。良いコンビね貴方達。品はどっちもすぐに用意出来るわ。そうね……アイアンクラブは三大銀貨(ジン)ってとこかしら」

「決めるのは現物を見てからだけど、まああんたなら大丈夫だろう」

「ええ。これでも商人としてはそれなりの物よ私。安心して良いわ、損はさせないから。それで、プランちゃんはどんな武器が欲しいの?」

 その言葉に、プランはとても申し訳なさそうに呟いた。

「えっとね……練習用の木の剣ない?」

「……はい?」

「木の剣」

「……刃を潰した剣じゃなくて、木製?」

「うん。木製。出来たら小さい方が良いかな」

「……玩具の方にあるかもしれないわね……。ちょっと探してくるわ。ごめんなさいゆっくりして待っていて頂戴」

 そう言った後、ジュールは困った顔でどこかに走り去っていった。

 無茶な要求である事はプランも良くわかっているが、それでもプランは他に使えそうな武器が思いつかなかった。


 何の武器を使うべき色々悩んだプランは、その結果として木製の練習用剣を使うべきだと考えた。

 理由は幾つかあるが一番の理由は自分が未熟な事にあった。

 強さとかそういう意味ではなく、練度と感情の問題である。

 まともに剣を触った事がない自分の剣は、いざと言う時役に立たない。

 それをプランは痛いほどに理解していた。

 更に言えば、今のプランに斬る覚悟も斬られる覚悟もない。

 そんな自分が真っ当な剣を持ったとしてもどうせ使えないのがオチである


 昔のように必要にかられて怯えながらではなく、今度は自分の意思で剣を振る必要がある。

 その為のステップアップとして、プランは木の剣を持つべきだと考えた。


「ま、俺としては良いチョイスだと思うぞ。木でも殴ったら十分に痛いし。つーか使えない刃物なんてマイナスでしかないからな。ちゃんとした剣を持つのはは……俺がその内教えてやるからその後で良いわな」

 そう言って笑うサリスにプランは微笑み頷いた。

「……その時怒られないと良いけど」

「どんだけ下手くそで酷くたって怒らないさ」

 その言葉に、プランは曖昧な笑みを浮かべてみせた。




 二時間ほど経過した頃、三人分の武器を持ったジュールが戻って来た。

「沢山待たせてごめんね?」

「いやいや。私がわがままな注文したからだもんね。ジュール店長ごめんね?」

「良いのよ。というかプランちゃんはもっと甘えて良いのよ。店の皆の保護欲そそらせておきながら全部自分でやっちゃうんだから。皆助けたいって思ってたのよ」

「ありゃ。結構甘えてたつもりだけどなー」

 そう言ってプランは嬉しそうに頬を緩ませた。


「というわけでまずこれエージュちゃんの武器。確認して頂戴」

 そう言われて受け取った後、エージュは鞘から抜き抜き身の刃をじっと見つめた。

「……思ったよりも悪くないわ。これが無料でもらえるなんて……学園はすさまじい場所ですわね」

「ま、ちょっとだけ色付けて良いもの選んだけど、概ねその位の物が無料で流れてるわよ。んで次はサリスちゃん」

「……ちゃん付けは止めて欲しいんだが」

「可愛いから嫌。はい確認して」

 サリスは受け取った鼠色のアイアンクラブをひょいと担ぎ上げた。


「……ありゃ。かなり良い代物じゃないかこれ。エージュ。どう思う?」

「え? クラブの良し悪しなんて私にはわからないけど……持ってる感じどう?」

「かなり重い。にもかかわらず重心が取れて振りやすいな」

「そう……。武具としての良し悪しはわからないけど……デザインの統一性と金属の質感から見る限りけっこうな良品だと思うわ。倍の値段で取引されててもおかしくないですわね」

 アイアンクラブを値踏みする二人をジュールは微笑ましい視線で見つめていた。

 その目は父親と言うよりも、ブリーダーに近いようだとプランは感じた。


「んじゃこれで問題ないな。エージュ。頼んだ」

「ええ。では代金を……」

 そう言ってエージュは革袋に入った硬貨を渡し、ジュールは受け取ってから確認をして頷いた。

「ええ。問題ないわ。また良い付き合いが出来るよう祈ってるわね。んで最後に……プランちゃん。これで良い?」

 そう言ってジュールが見せた物は、玩具の剣ではなく、どっからどう見ても本物の、それもかなり上質な剣であった。


 銀製と思わしき鍔には小さいながら宝石が一つ埋め込まれており、グリップの部分は柔らかいだけでなく滑り止めとしても優秀で握りやすい。

 そしてそれ以上に凄まじいのは鞘の方で、まるで儀礼剣のようなデザインをしていた。

 銀色を基準にして塗装され、丁寧な模様が刻まれ……。

 それはどこからどう見ても、貴族用の剣であった。


「……それ、本物じゃない?」

「いいえ。ほら」

 そう言ってジュールが鞘から抜いて見せた剣身は見事なまでに木製であった。

 白を基調とした茶色で、よく見ると木の模様が見えている。

「ありゃほんとだ。随分豪勢な作りのおもちゃですね」

「ま、色々あってね……」

 そう呟くジュールの表情にはわずかながら影が入っていた。

「……何か曰くとか、悲しい話とかある感じ?」

 プランの言葉に、ジュールは頷いた。

「ええ。そうね。悲しい乙女の話よ。……お偉い貴族の人が自分の子供に練習用の剣を贈ろうとしてこの剣が作られたの。でも、この剣が使われる事はなかったわ」

「それは子供が……」

「ええ。子供の『剣は嫌だ』っていうわがままな一言でこの剣は返されたわ……。せっかく作ったのに……」

「……ああ。悲しい乙女って」

「私よ」

 当たり前の様に自分を指差すジュール。

 その様子に、三人は顔を見合わせ溜息を吐いた。


「というわけでちょっと派手だけど私の持っている中では一番優秀な木の剣よ。何たって貴族の人向けに作った特注品だもの」

 ジュールから剣を受け取ったプランは、その剣を見つめ、軽く掴む。

 それだけでこの剣がとても優秀であるとプランは理解出来た。


 他らなぬ自分の体が、剣という武器に適した自分の体がこれを剣だと認めているからだ。


「……んで、それ幾らでしょうか? 正直二分の一金貨(ハーフガルド)でも足りる気がしないのですけど……」

 エージュは恐る恐るそう言葉を発した。

「タダで良いわよ。私の悲しい思い出の品だもの。プランちゃんに使ってもらえるなら文句ないわ」

「悪い気はするけど……。受けた恩を断るほど失礼な事したくないし……。ありがたく貰います」

 プランの言葉に、ジュールは満足そうな笑みのまま頷いた。

「ええ。ありがたく貰って頂戴」


「代わりに、困った事があれば言って下さい。恩返しをしたいので」

「その時は俺達も付き合うさ。三人のパーティーだからな」

 サリスの言葉にエージュも同意とばかりに頷いて見せた。


「そうね。その時はお店の売り子でもしてもらおうかしら。三人共華があるから絵になるわよぉ」

 そう言いながらくねくねするジュールは、見慣れたプランですら少し気持ち悪かった。


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