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8-10話 芽吹いた新芽


「ああ……全く。何と呼んで良いかもわからない。本当に、ただただ……素晴らしい……」

 綺麗な顔をした男性は目を閉じ、感情を持て余すかの様な表情でそう呟いた。

 男の外見を一言で表すなら、美しい。

 別に女性らしいという訳ではなく男であるのだが……それを考慮したとしてもそう評価する事になるだろう。

 淡く儚げで今にも散りゆく花の様な雰囲気をはとても冒険者という言葉に似つかわしくない。

 だが、男の本業である吟遊詩人としてであるなら見事にイメージと一致している。


 淡く儚い雰囲気の男による演奏はその雰囲気を音楽に乗せ広める。

 曲を聞かずともその雰囲気だけで実際演奏したらどうなるか想像に容易い。

 そして当然の事だが、冒険者である以上弱い訳がない。

 その雰囲気は麗しい容姿からだけではなく、加えて自らが立ち振る舞いによって編み出し作り出した、虚栄に過ぎない。

 それが出来る故に、男は冒険者としては一流、吟遊詩人としては超が付く一流と呼んでも良い腕前だった。


 そんな男はそれだけの事が出来る自らの容姿を客観的に判断し、優れていると自覚していた。

 だが自覚こそしているものの、自らを美しいと感じた事はない。

 何故ならば……本当に美しいものが何かをを男は知っているからだ。


 この世界で最も美しい物。

 それは、女性同士が仲良くする姿に外ならない。

 少なくとも、この男イドラとその隣にいるヴェインハットの二人はそう確信していた。


「それで同士……。どうしてこの様な光景を我らが拝めるのか説明を、いや、その背後に見える心を私に教えて貰えないだろうか」

 教室内でずーっとサリスをぎゅーっと抱きしめているプランを見ながらイドラはそう尋ねる。

 その言葉にヴェインハットは真剣な様子で頷いた。

「ああ。まず、前提の話だがあの二人は昨日まで喧嘩別れしていた」

「ふむ……雨降って地固まる、いや、雨の後は上天気と呼ぶべきでしょう。ありきたりな王道ですが……王道故何時でも通用する。素晴らしい流れです。完璧と呼んでも良い」

「それには同感だ。それで、喧嘩の理由もサリスがプランを思って故の行動だった」

「ほう。情に厚そうな人に見えますし……そう言う事なのでしょうね」

「実際情に厚いし美人だし良い女だよ本当に。んで、サリスは自分の全てを賭けてプランの未来を願った」

「ほう。そこまで……」

「ああ。文字通り比喩でも何でもなく、金も命も未来も全て全てベットした。それで……まあそこまでしか俺は知らないが……上手く行ったのだろう」

「自分の幸せを願い怒る赤髪の女性。その本意を知り少女はその胸に女性の様に燃える想いを抱く。……ああ……今なら素晴らしい詩が書けそうです。いえ、いますぐ書きましょう。この光景を忘れない為に」

 そう言葉にしてからイドラはペンを取り、一心不乱に叩きつける様に文字を書き出した。

「同士の情熱に敬意を」

 そう言葉にし、ヴェインハットは帽子の縁を持ち顔を隠し微笑んだ。


「……あいつら馬鹿なんじゃねーの?」

 全部聞いていたサリスは呆れた顔でそう呟いた。

 ヴェインハットはともかく先輩に対してそう言葉にするのは失礼だとわかっているが、言わない訳にはいかなかった。


「んでプランさんや。あんたいつまでくっついてるんだ?」

 ぎゅーっとしがみ付きニコニコしているプランを見てサリスは苦笑いを浮かべながら尋ねた。

「ずっと! って言いたいけど……もうしばらくは。だってしばらくサリス分補給出来なかったし」

「なんだそりゃ……。はぁ。ま、無茶させたし無茶したしあんま素直には言えんがなぁ」

 困り切った顔でサリスはそう呟いた。


「んで、何時もは人前でーとか恥をーとか言うエージュはどうしてだんまりなんだ?」

 そう言われエージュは苦笑いを浮かべた。

「……本当に辛そうでしたからね。少し位はまあ良いでしょうと思いまして」

「あーうん。悪かったよプランの事押し付けて」

 その言葉にエージュは微笑み首を横に振った。


 エージュから見て、本当に辛そうだった。

 それはプランだけの事でなくサリスもである。

 プランを本気にさせる為に何をどうしたのかわからない。

 それを為す事がどれほど難しい事かエージュには想像も付かない。

 友人とわざと仲違いをし、その裏で戦う為の力を集める。

 今までの冒険よりも何倍も強い相手と戦う為に。

 そしてそこまでして、ありとあらゆる物を費やしてもプランはその全てを正面から突破した。

 それは大変や辛い、苦しいだけでなく、悔しいという感情まで混じる。


 冒険者として、一人の人間としてそこまで追い求めて追いつけないのだ。

 悔しくない訳がなかっただろう。


 だが、それでも、悔しさなど欠片も見せずプランの幸せを考える。

 それがわかるエージュだからこそ、二人の事をそっとしておいた。


「エージュ―。ちょっと来て―」

 プランはサリスに抱き着いたままエージュを手招きする。

 それをみてエージュはしょうがないなと言う様な子供に対しての笑顔をプランに向け近づいた。

「はいはい。何ですか?」

 そんなエージュの手をプランは引っ張り、サリスと共に抱きしめた。

「エージュもありがと! 二人のお陰だよ」

 そう言葉にするとサリスはゲラゲラと笑った。

「違いない! そりゃエージュも巻き込まれるわな!」

 そう言って平然と笑うサリスと違い、エージュはあたふたと頬を赤くし慌てていた。

「ちょ……あの……恥ずかしいので放して――」

「やー」

 いつもの何倍も子供っぽくなったプランはニコニコしたまま、二人を抱きしめた。

 それを羨ましそうにミグが見つめている事にプランは気づき、ニコニコしたままミグも手招きし巻き込む。

 そして三人を抱きしめたまま、プランは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ続けた。




「……複数人数による……か。同士。貴方の意見を」

 イドラがそう尋ねるとヴェインハットは首を横に振った。

「俺は二人での百合こそ至高と考える。邪道……とは言わないが至高には程遠い。同士は?」

「……花は飾るものではなく、眺めるもの。故に麗しい花が多く並び立ちお互いを尊重しあう姿もまた至高。……久々に、割れましたね」

「ああ。こういう時は……」

「ええ。論争です。素晴らしさを語り合いましょう」

 そう言葉にし、二人は己の嗜好を語りだした。


 百合論争。

 それは相手の主義を否定せず、相手の意見を肯定し、その上で自分の主義こそ至高であると信じ語り合う行為。

 最も優しい戦争である。

 そんなお互い一歩も引かない白熱した議論を交わす二人に、四人でくっつきイチャイチャしている女性陣。

 これらを見て、クリスとテオは困惑した顔をしていた。


「……君さ、これ収拾付けられる?」

 クリスの言葉にテオは迷わず首を横に振った。

「……とりあえず……ガラ先輩呼びます?」

「……彼ら呼ぶとチョコちゃん来て、そして混じって悪化しそうだから却下かな。うーん。本来なら僕がこういう時にふざけた事をするポジションなのに……どうして僕纏め役になっているんだろう」

 そうクリスが呟いた後、二人は同時に溜息を吐く。

 プランがサリス達から離れたのはそれから一時間も経った後の事だった。




「それでさ、本当に大丈夫なの?」

 プランの言葉にサリスは苦笑いを浮かべた。

「心配しすぎなんだよ。大した事ないって」

 そう答えるのだが、プランの顔は曇ったままだった。


「何かありましたの?」

 エージュがそう尋ねると、サリスはプランを指差した。

「昨日こいつと戦ったって言っただろ? そん時ちょいと怪我した事をしつこく心配してんだよ。大した事ないって何回言ってもわかりゃしない」

 その言葉にエージュはくすくすと微笑んだ。

「まあ、プランさんらしいですけどね」

 そう答えるエージュの方を、プランはこれでもかと圧を掛ける様なジト目で見つめた。

「……あの……プランさん?」

「はいこれ」

 そう言葉にして、プランはテーブルに何かを転がした。

「……何ですこれ?」

 そう呟き、エージュはその何か、銀色に輝く小指程の塊を手に持った。

「サリスが着ていた鎧」

「……はい?」

「全身フルプレートメイルと大剣を、私は粉々に砕きました。全力全開で」

 エージュは目が点になった後、いまいち状況も何があったかもさっぱりだがとんでもない事があったのだという事だけを理解し、顔を青くした。


「ついでに言うとさ、その前段階でサリスは血と一緒に胃の中身を全部ぶちまけてます。たぶん胃か何か大事になってました」

「……これはプランさんが正しい。治療の方は……」

「クリア教の教会行ってお布施しつつ治療してもらった後ジュールさんに聞いて王都の有名な貴族病院に連れていってみて貰って来ました」

「その結果は?」

「教会の治療受ける前で異常なしの健康体でした」

 エージュは何も言葉が出せなかった。

「な? 医者が問題ないって言ったんだから気にしなくて良いんだよ。ぶっちゃけ朝から絶好調だしな」

 そう言ってサリスはカラカラと気軽に笑ってみせた。


「私さ、自分の事少しだけ他の人よりも凄いと思ってた。何か自信過剰になってた。でも違う。私なんてまだ普通だったよ。少なくともさ……鎧が砕ける一撃を食らっても平然として、その上重症を一晩で治すサリスよりは私は自分が普通だと心から思えてる」

「んな事ない。たった一撃で手足含めて全身鎧一撃で砕いたんだ。自信持てって」

 そう言葉にしてプランの背中叩をくサリス。

 それを見てプランとエージュは苦笑いを浮かべた。


「とは言え……実際は俺結構やばいんだけどな」

 サリスがそう言葉にするとプランの顔に蔭が刺した。

「やっぱりどこか体調が悪い感じ? それともだるいとか感覚がおかしいとか胃が痛いとか苦しいとか頭が痛いとか――」

 プランはおろおろしながらサリスの方ににじり寄って来た。

「だーうるせぇ! 体はぴんぴんしてるって言ってるだろうが!」

「じゃあ一体何がやばいの?」

「……あー。別にお前を責めたい訳じゃないからなプラン。良いな? あんまうっとおしい事言うなよ?」

「え? あ……うん」

 一応頷いたのを確認した後、サリスはぽつりと呟いた。

「実はあの鎧と剣に全財産突っ込んだ」

「誠に申し訳ありませんでした!」

 プランは深く深く頭を下げ、そっと自分用おやつのフルーツパイをサリスに差し出す。

 サリスはそれを手に取り、もぐもぐと食べながら困った顔を浮かべた。

「気にするから言いたくなかったんだけどなぁ……。と言う訳で悪いけどちょいと依頼頻度増やしたいから協力しれくれね?」

「それ位は当然するよ! ついでにご飯も三食出すしお昼寝も許可するよ!」

「昼寝って俺はペットか。そういうのはミグだけで良いだろ」

 苦笑いを浮かべながらそう呟くと、横からミグがひょいと顔を出した。


「にゃー。……お金、あげようか?」

 そうミグが呟くとサリスは苦笑いを浮かべ首を横に振った。

「なあミグ。それが正しい手段だとしたら、お節介が服来た様なプランがそれを言わない訳ないだろ? ぶっちゃけ俺に金払いたくて仕方ないと思うぞ。でも、プランは一言もそんな事言っていない。何でかわかるか?」

 ミグはふるふると首を横に振った。

「やっちゃいけない事だからだ。プランと長く付き合いたいなら覚えておきな。……なんて説教臭い事俺には似合わないんだけどな」

 そう言葉にしてからサリスは後頭部をぼりぼりと掻いた。

「……ん。わかった。でもそれはそれとして何かするなら手伝うから言ってね」

 そう言い残り、ミグは返事も聞かずどこかに去っていった。




「んでサリス。どういう依頼を受けたいの? 高額報酬の依頼だったらテオとクコ君に探してきてもらう?」

 そんなプランの言葉にサリスは少し考え始めた。

「そうだな……。どうせなら戦闘が出来る依頼の方が良いかな。練習がてら」

「練習って何の?」

「お前のだよ。行くんだろ? だったら準備をしておかなきゃ。才能任せで勝てるなんて甘いのは俺程度で、トーナメントはそんな軽いもんじゃないぞ」

 そう言ってニヤリと笑うサリスに、プランは微笑んだ。

「うーん。サリスが男前過ぎてやばい」

「はっはっは。褒めても何も出せないぞ。つーわけで、とりあえずテオ辺りにそんな依頼タカリに行くか」

 そう言ってサリスはプランの肩に手を回し歩き始まる。

「いや貴方女性じゃないですか。男前は誉め言葉じゃありませんよ……」

 そう呟いた後溜息を吐き、エージュは二人の後ろを着いて歩いた。


「二人とも、ありがとね」

 そう呟き、プランは後ろにいるエージュの腕を取って引っ張り、三人横並びになる様にして二人の腕にしがみ付いた。


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