8-8話 始まりの時、立ち上がる君の為に(前編)
プランにはわからなかった。
サリスは自分が行く予定であるトーナメントに出たい。
だからそれに嫌々行く自分が気に入らない。
そう思っていたし、今でもそれ以外に思いつかない。
だが、他の誰でもなく、プランよりもサリスとの付き合いが長いエージュがそれを否定する。
そんな訳がない。
そんなちっぽけじゃない。
ならばそうなのだろう。
じゃあどうして怒っているのだろう……。
いくら考えてもわからない。
だから教えて欲しい。
サリスと喧嘩をするのは初めてだが、友達と喧嘩をする事自体は初めてではない。
怒っている原因は自分にあって自分が悪いのにその原因がわからないというのは初めての事で、プランにとってそれは非常に苦しいものだった。
そうして……怒り狂ったサリスがうじうじするプランの前に現れなくなってから三日が経過した。
「……エージュはさ……どうして私の傍にいてくれるの?」
体育座りのまま部屋の隅で落ち込むプラン。
そんないじけ虫にわざわざ会いに来てくれたエージュにプランはそう言葉を投げた。
そんな言葉を吐いている辺り相当弱っているのだとエージュは理解出来た。
「どうしてだと思います?」
「……友達だから」
「ええ。もう少し付け足すなら、逆の立場ならきっとこうしていたと思うからですわね」
「……逆?」
その言葉に答えず、エージュはニコニコと微笑む。
あの日以来、エージュはこういう意味深な言葉を良く投げる様になった。
言葉の意味はわからない。
だが、自分の為にここにいてくれる。
それだけでプランはとても嬉しい。
とは言え、理解出来ない事に変わりはなかった。
――どうしてエージュは笑っているのだろうか……。
もしサリスが悪いなら、サリスにキーキー言いながら突撃する。
もしプランが悪いなら、こんこんと理解するまで説教をする。
そんなエージュはこの三日、微笑みながらプランの傍にいるだけで何もしていない。
今までとまるで違う行動であるのは確かだが、その行動原理が読めない。
サリスだけでなく、エージュの事もプランはわからずにいた。
「むかしむかし……とてもわがままな少女がいました。少女はお転婆と呼ばれ、家族はその暴れっぷりに苦笑いをし侍従は溜息を吐く……そんな有様でした。ですが、少女は自分を抑えて生きなければいけませんでした。生まれが少女本来の明るさを出す事を許さないからです」
淡々と、懐かしむ様にそう語るエージュ。
それが誰の事なのか、プランはすぐに想像出来た。
今とまるで変わっていないからだ。
「色々ありました。色々あった結果……その少女はどうなったでしょう?」
「自分を貫く力を持って、生まれも境遇もぶち抜いて、まっすぐなまま生きる様になった。かな?」
その言葉にエージュは曖昧に微笑んだ。
「さてどうでしょう? それを知るのは本人だけですからね」
「……凄いよね。サリスは。結構辛い境遇のはずなのに、一切そう見えないし自分で道を開いてる」
「それはプランさんも同じじゃないです? むしろハワードさんよりもプランさんの方がよほど辛い過去を背負っていると想像しますが」
「ううん。私はね、いつも人任せにして生きて来たから。生まれてからずっと……。だからこうなったのかな……。ツケが回って来ちゃったかなぁ」
捨てられた子猫だってこんな顔しないだろう。
そんな顔でプランはそんな言葉を呟いた。
――あの人はそんな情に薄い人じゃないですよ。
そうエージュは言いたかったのだが……言う訳にはいかなかった。
今のプランに言ってもどうせ伝わらず意味がない。
それはプランが自分で導き出さないといけないからだ。
エージュはどっちでも良かった。
どうであれプランもサリスも友達だと思っている。
サリスとは違う。
友人の為に何でも出来る、文字通り命さえ賭けられるサリスとは……。
それでも、エージュは今出来る事をしておきたかった。
どうなるか、何が起こるかわからないが、近い未来友二人がまっすぐ歩ける様に。
その為に今すべき事は、プランの様子を二人分見る事。
そうエージュは確信していた。
「……さて。そろそろ昼食の時間ですかね」
エージュがそう呟くとプランは首を横に振った。
「うん。食べてきて。私は良いから」
その言葉を聞き、エージュは微笑みながらプランににじり寄った。
「ほうほう。なるほど。つまり私に食べさせて欲しいという事ですか? 無理やり突っ込むのは私も好ましくないのですが……それをお求めならそれも吝かでも……」
「……食べます」
いつものエージュでは想像もつかない様な圧を感じ、プランはついそう言葉にする。
それを聞きエージュは微笑み頷いた。
「宜しい。今日は私が作りましょう。プランさんほどではないですがそれなりは私も出来ますから、ぼちぼち楽しみにして待っていて下さいね」
そう言葉にして、エージュはプランの頭を撫で厨房に向かった。
「……あー。食材余りありませんね。少し買ってきたいのですが……一人でお留守番出来ます?」
「エージュ。私そこまで子供じゃないよ?」
「今はそこまで子供みたいなものですから。じゃ、ちゃんと待っていて下さいね」
そう言葉にし、エージュは財布だけ持ち部屋の外の向かった。
プランの為にトマトパスタの材料を買い、戻る途中エージュはサリスの姿を見た。
いや、姿を見たというよりはサリスがエージュを待っていたと呼ぶ方が正しいだろう。
「ハワードさん。ご機嫌よう」
「ああ」
そう答え顔を曇らせるサリス。
その顔は誰が見ても、何か心配事がある様な顔にしか見えない。
そしてサリスが何を……誰を心配するかと言えば……。
「大丈夫ですよ。そんな弱い人じゃありませんから。今は落ち込んでますけど……それだけ。たったそれだけの事です」
「……そうか」
少し安堵したのか、口角を上げサリスはそう呟いた。
「……お前は俺に何も言わないんだな」
ミグやテオ達に色々言われたのだろうサリスはそうエージュに尋ねる。
そんなサリスにエージュは微笑んだ。
「私、約束忘れてませんから」
「……そんな昔の事もうどうでも良いだろう」
「あら。ただ約束と言っただけで昔とすぐ出て来る辺りハワードさんも忘れていらっしゃらない様子ですね?」
サリスは顔を顰め溜息を吐いた。
「私は絶対に忘れませんし昔の事とは思っていません。ハワードさんは誰にも負けず好き放題生きる。他の誰が何と言おうと、自分を貫き続ける。私は……」
「止めたくなるまで意地を張り続ける。……もうお前のそれは意地でも何でもないだろうが」
「そうかもしれませんわね」
そう言葉にしてエージュは自然体な様子で微笑んだ。
幼い頃にした二人の約束。
その約束の所為で仲違いし、長い事まともに口も利かない様な状況になっていたも、それでも今日まで守り続けたもの。
お転婆だった少女と大人しかった少女が交わした、お互い自分らしく生きるという契約。
それを二人は今日まで守り続けていた
「……ああ。そうか。お前俺を励ましているのか」
「ええ。ハワードさんが顔に似合わず落ち込んでいらっしゃる様ですので少々お節介を」
「ちぇ。顔は余計だろ全く……。安心しな。俺は俺のやりたいようにやる。だからさ、もう数日頼むわ」
「はい。貴女の分も含めて甘やかしてあげましょう」
「……イキイキしやがって。ま、今回だけは頼むわ。じゃあな」
そう言葉にして、サリスは姿を消した。
「不器用な人……いえ、私も似た様なものでしたわね」
そう呟きエージュは苦笑いを浮かべた。
ありがとうございました。




