8-7話 赤より紅い鬼灯の色
軽ーくノックをし、返事を待ってからプランはその部屋に入室し呼び出した人物と対面した。
「あーすまんな。わざわざ呼び出したりして。お茶……って言っても俺ここの仕組み知らねーんだよなぁ……。えっと……どうすりゃ良かったかねぇ」
担任であるグライブルはそう呟き後頭部を掻いた。
「あ、私淹れましょうか? クッキーも持ってきてますし」
プランはにこやかにそう答える。
今二人がいる部屋はごく一般的な応接間である。
それなら部屋の裏がどうなってどこにポッドがあるかなどプランはきっちり把握していた。
その上でジュール直伝女子力アップの為茶葉と茶菓子は何時でも持ち歩く様にしている為よほどの事がない限りプランは何時でもお茶会を開く事が可能だった。
「いや……。今は良いわ。座ってくれ」
そうグライブルが言葉にすると、プランは脳天から雷が落ちた様な衝撃を受けた。
「そんな――先生が……食べ物を受け取らないなんて……」
年から年中金欠貧乏空腹を訴え、例え食後であっても食いだめると言葉にしてまで無理やり腹に詰めるあのグライブルが食事を断るというのはそれほどの事だった。
「……わりぃな。ちょいと真面目な話があるんだわ」
普段と同じく死んだ魚の様な、またはゾンビの様にやる気のない目をしているが、それでもグライブルの様子はどこか普段と異なっている。
その様子と食べ物を拒否した事を考え、プランは本当に真面目な事なのだと理解し頷いてそっと席に座った。
「あのさ、お前剣き……ティロス先生って知ってるか?」
グライブルの言葉にプランは頷いた。
「はい。何度か個人レッスンをお願いしました」
「……お前、そんなに強かったか……いや、切り札があるんだったな」
「というよりも、私が未熟だから切り札にせざるを得ないという状況ですね」
「……まあ詳しくは聞かん。たぶん俺にゃどうしようもない事だし。だが、あの人には気に入られた……のか。もしくは逆か……」
ぶつぶつと呟き何かの考察をするグライブルだ。
だが、その内容はプランには良くわからなかった。
「先生。それで私に用事って何です?」
グライブルは後頭部をぼりぼりと掻きながら……申し訳なさそうに一枚のポスターをプランに見せた。
その表情でようやくグライブルの中にある感情が理解出来た。
心配と、同情である。
「……これは?」
そう言いながらプランはそのポスターに目を向ける。
それには赤い文字で『剣技トーナメント開催のお知らせ』と書かれ、その後ろには円形のコロセウムで二人の剣士が戦う姿が描かれていた。
「あー。まあ、あれだ。そのな……ティロス先生は剣の道ではこれでもかと有名な人でな」
「うん。雰囲気違うもんね。……何というか……時々抜き身の剣みたいな雰囲気出てますもん」
「俺はただただ怖いだけだがねぇ。ま、話を戻して……そういう縁でティロス先生はこのトーナメントの推薦権を持っているんだ」
「ふむふむ。ティロス先生が出る訳じゃなくて?」
「あの人はこういう大会はもう十年以上出ていない。あまり好きでないみたいなんだ」
「ふーん。んで、その推薦権がどうしたの?」
「……プラン。お前をご指名だ」
「……はい?」
「あの人は善人と言う訳ではないが……嫌がらせをする様な人じゃない。つまり、お前に何等かの得があると思っての行為である事は間違いない……はず何だが……正直意図が読めない」
「え……でも……私、そんな戦うなんて……」
背筋に冷たいものが走り……プランはごくりと恐怖と共に唾を飲み込む。
それでも、背筋に走る寒気は消えなかった。
「……ポスターの裏面にルールや日付の重要事項は書いてある。参加するなら参加期間に加えて前後数日分の課題等全て免除。交通費を含む雑費は当然出るしそれだけでなく決して少なくない金額も得られる。それでも断りたいなら……その時は早めに俺に言え。何とかしてやる。とりあえず参加するかどうか仲間と共に考えてみろ。それがお前の一番の武器だろ?」
その言葉にプランは何も言えず、こくりと小さく頷きそのままふらふらと部屋を出ていった。
「……と言ってもなぁ……断る場合は……俺クビが飛ぶのを覚悟しないといかんがなぁ。二重の意味で……」
一人となった部屋で溜息を吐き、グライブルはもやもやをぶつける様乱暴に後頭部を掻いた。
「おー。プラン。用事って一体何だ……」
にこやかにそう話しかけるサリスだが、プランのその酷い様子に気づきすぐ表情を改める。
こんな……顔面蒼白で意気消沈といった様子のプランなどサリスは今まで見た事がない。
例えどれほど悪い事があっても、ここまで後ろ向きで怯えている様な事はなかった。
「エージュ。ミグから部屋の鍵借りてきてくれ。何ならミグが暇なら連れて来い。プランが大事っていや来るだろ」
そう言い残し、サリスはプランをひょいと抱えプランの自宅まで走る。
その際も、プランは一言も言葉を発さずただ茫然としてるだけだった。
「んで……原因はこれか……」
サリスはプランの持っていたポスターをテーブルに置きそう呟いた。
エージュもそのポスターを見て顔を顰めた。
これを見るだけで、大体の流れが予想出来る。
それ位は二人はプランの事を理解していた。
プランがここまで怯える事など、戦う事以外にないと二人は知っていた。
逆にミグはプランの事を理解していない。
人と違う自分が理解出来るとすら思っていない。
その代わり、ミグでもプランが今苦しんでいるという事だけ分かる為、ポスターに目も向けずノワールと共にプランの方をじっと見つめ頭を撫でたり抱きしめたりと慰めようとしている。
そのプランは、やはり元気がなくどこか気が抜けた様にぼーっとしていた。
「……とりあえずハワードさん。私達二人でこのトーナメントの情報を纏めましょうか」
その言葉にサリスは苦笑いを浮かべ首を横に振った。
「ディオスガルズとの国境沿い、主戦場から外れた場所で毎年開かれる剣主体のトーナメント。規模は非常に大きく、時間が余っていたり仕える主のいない武官すらも参加するからレベルも悍ましい程に高い。去年の段階でめちゃくちゃ活気溢れて祭りみたいになっていたが……今年は色々あってその地区に滞在して暇を持て余している武官が大勢する。だから凄い事になってると思うぞ」
「……やけに詳しいですわね」
その言葉にサリスは頬を掻き気まずそうに呟いた。
「これ、俺見に行った事あるんだよ。……何時か参加したい目標として」
「……そうですか」
エージュはそうとしか答える事が出来なかった。
「ごめん。お待たせ」
そう言葉にして、少しだけ顔色が良くなったプランが二人の顔を出した。
「ああ……。それで、もう予想付いてるがこれに参加しろってお達しか?」
少々不機嫌な様子のサリスの言葉にプランはこくりと頷いた。
「……プランさん。貴女はどうお考えでしょうか? 率直な意見をお聞かせ願えますか?」
少しだけ沈黙し、プランはしょんぼりした顔をして二人を見つめた。
「怖いし逃げたいし投げ出したいよ。でも……頑張らないときっといけない事……なんだよね。……逃げたらきっと色々な人に迷惑がかかるし」
「んなもん気にせず好きにしろや」
少しだけ怒気を見せながら、サリスはそう言葉にした。
「あ……うん。そうだよね。頑張らないといけないもんね」
そうプランが言葉にすると、サリスは顔を顰め立ち上がった。
「そうじゃねぇよ。俺が言いたいのはだ。行きたくないなら行くなって言ってるんだよ。お前あの大会の規模知ってるのか? 予選で十万の人が落とされるんだぞ? それに推薦枠で潜り込むんだ。半端な気持ちじゃ行く方がむしろ迷惑になる」
「……そっか。……じゃ、サリスはどうしたら良いと思う?」
そう言って、何時もの様に出来そうな人に答えを聞くプラン。
それに対して――サリスは怒りを露わにした。
「そこで聞く位ならお前は何も出来やしない。この場がどれだけ名誉のかかり、どれだけ素晴らしい場か。どれだけ血が湧きたつ場所か少しは考えてみろ!」
その言葉を聞き、プランはおろおろとしながら考えてみた。
どうしてサリスがこんな事を言うのか……。
そしてプランは……。
「そうだね。たぶん私じゃ無理だし……サリスが出れる様私から言ってみようか?」
その一言に、サリスはキレた。
「ふざけるなよてめぇ……」
そう言葉にしてから、プランの胸倉をつかもうとするサリス。
それをエージュとミグは二人の間に入り押し止めた。
「落ち着いて下さいましハワードさん!」
「……ちっ! クソが! 良いからもう一度よく考えろ! 今のお前は選ぶ前の話なんだよ!」
そう叫び、サリスはドスドスと足音を立てその場を去っていった。
「ごめん。私が情けないから……こんな気まずい思いさせて」
プランはエージュとミグにぽつりと呟く。
それを聞きエージュは首を横に振った。
「いいえ。それは良いんです。ですが……一つ聞かせていただけますか?」
「ん? 何? 大会……トーナメントの事なら言われた通り……もう少しちゃんと考えてみるよ?」
「いえ。私はハワードさんと違い実はその辺りは割とどうでも良いです。そうではなくて、どうしてハワードさんはあれだけ怒ったのだと思いますか?」
プランはその言葉の意味を少し考える。
激しい怒気を纏ったサリスを見て思った事。
どうしてこんなに自分に怒っているのか。
それは……。
「サリスが行きたいと願う夢の場所、憧れに私みたいな行きたくもないへなちょこが行く事になったからかな……。そりゃ怒るよね……」
申し訳なさそうに言葉にするプラン。
それを聞いて……エージュは微笑んだ。
「私、最近プランさんの事人間離れした人だと思っていました。まるで予知能力でもあるかのように人の事を当て、誰とでも仲良くなって何でも出来て。尊敬している面もありましたが少々凄すぎて困惑しつつあるのも事実でした」
「私なんて大した事ないよ。ジュールさんに商才では全く及ばないし嘘を見抜くのは少しだけ自信あったけどリーゼの嘘は全く見抜けないし。皆みたいに特技もないし」
「ふふ……そうですね。貴女は普通の良い子です。そしてもう一つ。貴女はハワードさんの事を理解しきれていません」
「へ?」
「ハワードさんはその様な事で、そんな醜い嫉妬で八つ当たりの様な怒りに燃える様な方ではありません。ちゃんとした怒った理由があります」
「……それは……何?」
「内緒ですわ。でも、プランさんも悩んだり困ったりわからなかったりするんですね。少しだけ安心しました」
そう言って微笑むエージュを見て、プランは盛大に溜息を吐いた。
「私何てわからない事だらけでいつも悩んでるよ。それで、どうしたら……サリスと仲直り出来ると思う?」
「自分で考えて下さいまし」
楽しそうに、意地悪にそう答えるエージュを見てプランは再度溜息を吐いた。
ありがとうございました。




