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8-6話 厄災と剣鬼と死んだ魚の目をした怠け者


 アルスマグナ冒険者学園では定期的に職員会合が開かれる。

 元々は学園の問題提起とその対策、並びに生徒の育成状況の確認、把握の為の会議であったのがそれだけで止まらず、突発的な企画や年間行事の確認、予算の収支から外部との連携や政敵対策などなどありとあらゆることを行う様になり、会議ではなく会合という呼び名となった。

 その会合が今回開かれたのだが……参加している人達、先生と呼ばれる人を含む職員皆の表情は絶望的に暗く、その空気は鉛の様に重苦しかった。


 参加している人数は全体の一割にすらまるで届かない五十人。

 会合の人数が多すぎても話が纏まらない為、希望者十人に義務参加の五十人で行うという取り決めがある為その様な人数となっていた。

 ちなみに、希望者十人と書かれているが十人揃うどころか一人参加する事すら稀である。

 面倒事に好んで参加する趣味はないというのが大多数の意見となっていた。


 ちなみに今回は珍しく希望者が一人来ており、代わりに義務参加から二人ほど諸事情で欠席が出ている。

 合計四十九人。

 それだけの人が一つの部屋に残り、たった一人を除いて皆が心の底から憂鬱そうな表情を浮かべている。

 老若男女問わず、皆が今回の会合で何か恐ろしく面倒な事が起きると予感していたるからだ。


 その主原因――どの枠にも属さない五十人目の参加者が姿を見せ、個別のテーブルが備えられた専用の席に座る。

 たったそれだけで室内にいる人達はチリチリと焼ける様な錯覚を覚えた。

 男はただ席に着いただけなのだが、たったそれだけの行動で皆が圧の様な物を感じる。

 それほどに、その男は尋常ではない存在だった。


 黒い髪に黒い瞳、黒い服と黒づくめの若い容姿の男。

 ギラギラとした野性的で獰猛な瞳をしつつも柔和で穏やかな……外見に似合わないほど落ち着いた雰囲気。

 あまり顔を出さない為この男を見た事がない者は多い。

 だが、この男を知らない者はこの中に一人もいない。


 男の名前はテリオン。

 アルスマグナ冒険者学園の学園長であり同時に最高責任者である。

 ミドルネーム『ゼクス・トレイター』とダブルネームを持ち、代わりに何故かファミリーネームは持ち合わせていない。

 ミドルネーム持ちなのにファミリーネームがないというおかしな状況により故に名前を正しく読む方法がなかった。、

 故に公式の場で本人はテリオン・ゼクス・トレイター・ネームレスと洒落と皮肉を込めて自らそう名乗っていた。


 自称『祝う者』だが王国からは反逆者と呼ばれ、そして学園内では厄災と呼ばれる。

 学園内で強大なる存在であり、その実力は国家最強の戦力である国王にすら双肩するとまで言われている。

 それに加えて、この男は異常な程に謎が多かった。

 その一端を表すのに適しているのは在籍期間だろう。


 テリオンが学園長に在籍した時の記録は残されていない。

 それはテリオンがあくどい方法で学園を乗っ取ったとか在籍記録の管理が杜撰とかそういう話ではなく、単純に在籍期間が長すぎるのだ。

 最低でも三百年、テリオンが学園長を続けている。


 どれだけ伸ばしても人の寿命は百歳程度だと言われている。

 にもかかわらずテリオンはその三倍も生きており、尚且つ外見は二十台前半のまま。

 この時点で相当に怪しく謎の多い人物なのだが……その事を気にしているのは王国中央や新聞等外部の人間ばかりであり学園内部の人間はあまり興味がない。


 たかだか長生きな事などを気にしている様な余裕があるほど、テリオンは大人しくないからだ。

 テリオンが厄災と呼ばれるその所以、それは思いつきとノリだけで好き放題暴れる為何をしでかすかわからないからこその呼び名だった。


 具体的に言えば、昨年は武具装備許可戦闘による妨害ありのパン食い競争を開き、その前の年は教職員十名対全校生徒の全力リアルファイトを実地した。

 学園長にはその行動のカウンター用に常に千人を超える職員が四六時中見張り監視妨害を行い、提示した企画も相応にマイルドに調整しているのだが、その上でこの惨事である。


 どちらも少なくない死者が出て、その上後始末は全て他の教職員任せである為、職員にとっては文字通り地獄絵図となる。


 それでいて、教員増加や金銭取得等決して少なくない学園側への得を出している辺り本当に厄介で、テリオンという学園長がどういう人物かを示していた。




「それで、今日の会合は何についてかね?」

 肘にテーブルを置き両手を組んでテリオンは微笑みながらそう尋ねる。


 普通ではあり得ない事、普通に考えて起き得ない事象、限界を超えた何か。

 または際限なく努力し自らの手で壁を打ち破る者。

 愛と勇気、知恵と努力、そして面白い事。

 それが学園長であるテリオンが自他共に認める大好物である。


 ただ……今日話す内容の中にその様なテリオンの好みそうな話題は何もない。

 故にその話題を持っていそうな人物、今回の会合唯一の希望参加者に全員の視線が注がれる。


「……ふむ。剣鬼か。久しいじゃないか。元気にしていたか?」

 テリオンの言葉に老剣士ティロスは穏やかな微笑を浮かべながら頷いた。

「ええ。学園長も変わりないようでなにより」

「そんな他人行儀でなく前みたいにトレイターと呼んでくれて構わぬのだぞ?」

「他人行儀の関係になりたいから学園長と呼んでいるんですよ。察してください」

 そんなティロスの言葉にテリオンはしょんぼりと落ち込んだ子犬の様な雰囲気を醸し出した。


「皆さん。落ち込んでいるからと慰めたらうざ……大変な事になりますからね。具体的に言えば死ぬほど粘着してきます」

 その言葉を聞き、全員がテリオンから目を逸らした。

「俺は別にそんな事……ま、それはどうでも良いか。それで剣鬼。何が面白い話題があるのだろう?」

 その言葉に肯定も否定もせず、ティロスに微笑んでみせた。


「私が話したい事は……この前のゴーレム騒動についてですね」

 その言葉を聞き、テリオンはぴくりと肩眉を上げた。

「ふむ……。中々に愉快な出来事だったらしいではないか。全く口惜しい。俺がいたらもっと面白くしたものを……。ドラゴン退治に行かされていた為遭遇出来なかったが……。ああ、本当に残念だ」

 非常に遠い場所にいるドラゴンを倒す様言われていた為丁度その時学園内に居なかった事を心底悔やみ、テリオンはそう呟く。

 ちなみにドラゴン退治の依頼はテリオンを外部に飛ばす為のただの嘘であり、テリオンは退治どころかドラゴンにすら遭遇していない。


「ええ。面白い生徒ですよ。何と言っても被害を全て教団に押し付けたのですから」

「ほぅ……。見所があるじゃないか」

「ええ。私のお気に入りです」

 二人共嫌味でも皮肉でもなく、本気でそう思い件の生徒をそう評価していた。

「……それで、その騒動の何をこの場で伝えたいのだ?」

「いえね、ぶっちゃけ建前なんですけど、教団が全ての罪を引き受けると言って本人を無罪放免にしても良いものでしょうかね? 責任やらあると思う様な気もしますし」

 そうティロスが言葉にすると、教職員の一人がそっと手を挙げた。


「……ふむ。そこの……死んだ魚の様な目をした……」

 テリオンは首を傾げながら思い出そうとするが名前が全く出てこなかった。

「いえいえ。俺の名前なんて学園長様が覚える程のものでは――」

「どうしましたグライブル・ラスカディ先生」

 ティロスにフルネームで名前を呼ばれ、グライブルは露骨に顔を顰めた。

「それでラスカディ。何の意見があるのだ?」

「いえね。ただ……ルイン教団がプランの罪を引き受けると言っていたのにそこで何かするとルイン教団を、引いては豊穣神ルインを敵に回す様な行為になりません?」

 その言葉にテリオンは驚いた表情を浮かべた。


「……神を敵に回すか。ふむ……それも悪くない……」

「あの、学園長さん? 俺の話聞いてました? どうしてそう反対方向に思いっきりが良いのでしょうか?」

 グライブルは必死に懇願する様そう言葉にした。

「そうか。まだ時期尚早か。にしても……プランと言うのか、件の生徒の名は」

 そうテリオンが呟くとティロスは頷いてみせた。

「……ああ。グライブル先生はその子の担任でしたね。生徒を庇う為にわざわざ発言をする。ええ。良い先生をしてるじゃないですか」

 そう言葉にしてから、ティロスは微笑んだ。


「ふむ……。確かにそうだ。やる気のない教師かと思って名前を覚える必要もないと思っていたが……グライブルか。今度こそ覚えておこう」

 そうテリオンが言葉にする。

 グライブルはこの場で発言した事を、そしてテリオンに名を覚えられた事を心の底から後悔していた。

 厄災の学園長に剣鬼のティロス。

 二人に注目されるというのは精神的な拷問に等しい。

 それでも、言わない訳にはいかなかった。


「それで剣鬼。どうするんだ? 俺はどっちでも良いが」

「いえ。私も神を敵に回すつもりはございませんよ。……まだ。ただ……正直罰というのは建前で何でも良いんですよ」

 曖昧な表現ながら何か目的をちらつかせるティロスにテリオンはニヤリと笑った。

「ふむ……。何を企んでいる?」

 嬉しそうにそう尋ねるテリオンにティロスはいつもの柔和な笑みのまま呟いた。

「いえ。ちょっと伸びしろのある生徒に頑張って自分の殻を破って貰おうかと思いましてね。きっと面白い事になりますから」

 そう言葉にして、ティロスは嗤った。

 いつもの笑みではなく、邪悪で独善的な、悍ましい笑み。 

 それと同時に漏れ出すティロスという生き様より生まれる純然たる殺意。 

 巻き込まれた教職員は息すら出来ぬほどの張り詰めた空気に溺れそうになっていた。


「……ほぅ。剣鬼がそう言うのならそうなのだろうな。そして……面白そうではないか。良し俺の名前で全ての行動を許可する。剣鬼よ。存分にやって見せるが良い」

「ありがとうございます学園長」

 そう言葉にした時にはティロスの笑みは何時もの柔らかいものとなっており、さっきまでそこにあった刃物の様な殺意もどこかに霧散していた。


「それでグライブル先生。少々協力して欲しい事がありまして」

 そう言葉にするニコニコ顔のティロスを見て、グライブルは盛大に溜息を吐いた。

「ほどほどにしてやってくださいよ。アレで結構苦労してる子なんですから」

「わかってますよ。ご安心を。潰すなんてもったいない事しませんから」

 そんな信用出来ない事を吐き出すティロスを見て、グライブルは再度溜息を吐いた。


ありがとうございました。

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