8-4話 悪党を懲らしめる悪党(後編)
それは館と呼ぶよりも城、または城塞と呼ぶ方が適切だろう。
そう思えるほどにその屋敷は巨大であり、そして恐ろしく強固で堅牢な様子が伺えた。
王都から馬車で数日かけて移動した場所にあるダーナイム子爵領。
他領と比べ比較的狭い領地でありながら商業に強く、そのおかげで発展した事を踏まえても……その館は明らかに巨大すぎた。
だからこそ、ダーナイム子爵領のちょっとした名物として有名になっていた。
ダーナイムの巨大城塞。
巨大な石レンガにて作られた外壁に、天まで届きそうな巨大な見張り台。
屋敷自体も贅の限りを尽くした豪華絢爛さを持ち合わせつつ、どこか軍事要塞の様な力強い恐ろしさをも兼ね備えている。
貴族という意味でも武力という意味でも圧倒的な建造物。
それがこのダーナイム子爵の館だった。
その何者にも犯されぬ様子の強固な巨大要塞は隣の山から見てでさえとんでもない存在感を放っている。
少なくとも、田舎者であるプランは一種の感動を覚えていた。
それと同時に、僅かな哀れみも――。
「おーいプラン。遊んでないで手伝ってくれー」
そうサリスの縋る様な情けない声でプランは我に返った。
「ごめーん。ちょっと考え事してた!」
そう言葉にし、プランは元々の作業であるサンドイッチ作りに戻った。
現在プラン達三人にイヴを含めた四人がいる場所は山の上であり、彼らが何をしているのかと言えば……彼ら自身も良くわかっていない。
事実だけを言うなら、恐らく花見と呼ぶのが適切だろうか。
知らない人が沢山来て座り込み、ワイワイと騒ぎ賑やかになって来た山頂にて黙々とサンドイッチを作りながらプランはそう考えた。
「はいはい。参加費は一人二大銀貨ですよー。高い? それは主催者に言って下さい。あーはいはい。そっちの人は……はい暗号確認させてくださいねー。はいオッケーですメロウの紹介という事でそのまま奥にどうぞー代金は既に頂いておりますのでー」
プラン達三人から少し離れた場所でイヴは何時もの様に受付となり、器用に調整し人の波を処理していた。
そして通された人達の食事をプランが用意し、ジョッキに入ったエールをサリスが用意しその二つをエージュが配る。
ちなみに、お代わり自由である上既に二十人ほど来ている為正直三人では全く手が足りない。
特に度数が低く飲みやすいエールに関してはお代わりの割合が非常に高く、サリスは必死な形相で栓抜きをしつつエールを注いでいた。
「ねえちゃーん。泡ばっかだぞー」
ゲラゲラと出来上がった酔っ払いにそんな声を掛けられ、サリスは鬼の様な形相となる。
「うるせぇ! こっちは手一杯だ文句あるなら飲むな!」
「こえー。うちの母ちゃん位こえー」
「お前の母ちゃんもいつも俺位必死になってんだよ!」
そうサリスが叫ぶと、酔っ払いの嫁らしき人物が今のサリスの様な般若面となり酔っ払いに説教を始めた。
「あんた! 若い子が頑張ってるのに手伝いもせず飲んだくれて何文句だけ囀っとるか! 良いから手伝いに行け! あんたらもだ! 自分の飲む分位自分で用意しろ酔いどれ共が! ほれ自分で取りに行け!」
酔っ払いの嫁らしき人は酔っ払いたちの尻を蹴飛ばしながらそう叫び、命令をしていく。
たったそれだけで騒いでゴロゴロしていた酔っ払いは言われた通り自分達のエールを自分で取りに来る様になった。
「あれが、未来の俺がなるべき姿か……」
男を蹴飛ばす鬼嫁に救われたサリスはぽつりとそう呟き、尊敬の眼差しを送った。
「……ハワードさん。見習うのは良いですけど、ハワードさんが蹴ったら骨折では済まないのでそこだけは見習わない様にしましょうね」
本気か冗談かわからないエージュの忠告にサリスは渋い顔を浮かべた。
何もない山頂にじわじわと人が集まる事二時間、気付けば集まった人数は百を超え、彼らはキャンプファイヤーをはじめ酒を飲むという自由な振舞いを取っていた。
しかもご丁寧に野鳥や獣を狩りツマミを作って楽しみながら。
「……んで、何で俺らここで給仕の仕事してたんだ?」
そんなサリスの言葉にプランとエージュは同時に首を傾げる。
自分達でも良くわかっていないからだ。
この人達が来た理由こそ予想は付くけれど、それ以外は何もわからないし何も説明を受けていない。
リーゼに食料と酒を用意され「じゃ、後はよろしく」と言われただけである。
その張本人のリーゼも、もう数時間ほど姿を見ていなかった。
「お疲れー。とりあえず時間過ぎたから締め切ったよー。計百二十一人。これ、名簿と受け取った代金。とりあえずプランちゃんに預ければ良いかな?」
イヴの言葉にプランは頷き、同時にイヴから硬貨袋と紙の束を受け取った。
「あ、お疲れ様でしたイヴおねーさん。手伝えなくてごめんね?」
「ううん。この位余裕よ余裕。これでも学園の受付担当よ?」
「うん。何時もカッコいいなって思ってる」
「え? 本当。まいったなー」
そう言いながらイヴは嬉しそうにニコニコと微笑んだ。
「でもごめんね。関係ないのにこんな仕事させて」
プランの言葉にイヴは首を横に振った。
「いやいや! これ位余裕よ私。それにゴーレムの事も調べられたしプランちゃんからも色々と新しい事教わったし正直良い事尽くしだったわよ。強いて言えば……早く帰って文章に纏めたいかな」
「おおー学者さんみたい」
「学者かどうかはわからないけど研究者ではあるわよ」
「そかー。でも、確かにイヴおねーさんは凄かった。うん……」
そう言葉にしてプランはゴーレムを修復した時の事を思い出した。
確かに、プランは昔のゴーレム製法を知っている。
だがそれは作る為の最低限の知識のみであり底の浅い知識でしかない。
それでも一式である事に間違いなく覚える事はそこそこあるはずなのだが……その知識をイヴはプランから聞くだけでプランと同等まで理解してみせた。
しかもわずか三十分でだ。
プランが研究者の能力の高さと、それ以上に知識への貪欲さをその眼と魂で理解した瞬間だった。
そんなイヴが協力したのだから、当然ゴーレムの修理は成功し、後は実際に見るだけとなっていた。
「はい失礼。……ありゃ。思ったよりも多かったわね」
唐突に表れたリーゼはプランから名簿リストを奪い取り、そう呟いた。
「……お前……その恰好何だよ……」
サリスはリーゼの姿を見て訝し気な表情でそう呟いた。
「可愛いでしょ?」
そう言葉にしてリーゼはゴシック風な黒いドレスの裾を軽く持ち上げる。
背の低い事もあり子供みたいでとても可愛らしかった。
顔だけは邪悪なままだったが。
「いや……そうじゃなくて……つーか髪どうしたんだよ?」
いつものクリーム色でなく真っ黒サラサラロングになっているのをサリスは私的した。
「カツラよ。変装位しないとゆっくり出来ないじゃん。これでも有名人だもん」
そう言葉にした後リーゼはスカートを翻しながらくるくる回り、可愛いアピールした後エールの入ったジョッキを持ち一気に喉に流し込んだ。
「あー。一仕事した後はやっぱりこれよねー」
そう言葉にするリーゼを見てプラン、サリス、エージュの三人は顔を顰める。
変装……というか仮装している為いつも以上に幼く見える。
そんな幼女がエール片手におっさんぽい声を出すというのはどうなのだろうかと三人は考えた。
「一応聞くけど……本当に大人なんだよね?」
プランの言葉にリーゼは苦笑いを浮かべる。
「残念ながらね、この体型でもちゃんと成人してしまってるわ。ま、あんたもすぐにわかるわよ。あんたも似た様なもんだし」
そんな嫌な予言を聞き、プランはしょんぼりした。
自分でも成長期を過ぎもう背も伸びないし胸も膨らまないと諦めてはいるが……それでも誰かに言われるのは悲しかった。
「えっと……ほれ! 気にするなよ。お前はお前らしくて良いから。ほら。俺も胸は大してないし」
「しゅーん」
プランはサリスの慰めどころか追い打ちにしかならない言葉を聞き、より落ち込んだ。
百人を超える人数の人達はわいわいがやがやと自由に、そしてきままに楽しんでいる。
大勢で集まって酒を飲むというのはそれだけで娯楽として成り立つからだ。
特に、彼らにはちょっとした共通点があり同族意識が強い為、百人を超えると言ってもその仲は恐ろしいほどに良い。
とても今日初めて会ったとは思えない程である。
とは言え、ここにいる人全員こんな風にわいわいと酒を飲みに来た訳ではない。
ある物が見れるというから全員ここに集まったのだ。
だからだろう。
この場にいる全員が楽しみつつも緊張と期待を混ぜた様な感情を持っている様にプランは感じていた。
「りー……じゃなくてとれ……じゃなくて……じゃクロちゃん」
プランにそう呼ばれ、リーゼは睨む様にプランを見た。
「は?」
「だって名前呼ぶの駄目でしょ? 変装しているし。めっちゃ可愛くて羨ましい」
「そこはお前とかで良いじゃない。私は猫か。そんであんたも私に似てるんだから同じ服着たら同じ様になるでしょう。もう一着あるからあげようか?」
「余ってるなら欲しいかなー。おそろになろおそろに。ちなみにうちにいる猫はノワールって名前です」
「やっぱり猫じゃない。……んで、何の用よ?」
「本題の前に聞きたいんだけどさ、元の名前あるじゃん」
「どっち?」
「本名の方」
「それが?」
「それ、私どこかで聞いた事がある様な気がするんだけど……何でかな?」
そうプランが言葉にすると、リーゼは一瞬だけ物悲しそうな笑顔を見せた様な気がした。
だが……おそらく気のせいだろう。
リーゼは何時ものニヤニヤした笑みを浮かべていた。
「あんた、南部出身ね」
「はい?」
「ノスガルド王国の南方。この名前南の下町女に多いから」
「えっと……へ、へー。そうなんだ」
そう言葉にし、プランは笑顔を作りにっこりと微笑む。
久しぶりに体に激痛が走った。
どうやら南の方に住んでいたという情報に肯定する事も禁忌らしい。
プランは顔を顰めるのを必死で耐えながら、話を変えた。
「んで本題だけどさ、あとどの位であれ動くの?」
「あー。それ聞きたかったのね。んー、ちょっと待って」
リーゼか懐中時計を懐から出してキンと心地よい音を立てて時間を確認した。
「おー。良いなーそれ。何かお洒落」
黒いゴシックドレスの少女が懐中時計を開いて意味深な表情で見つめる。
それは確かに絵になる光景だった。
もう片手にエールの入ったジョッキがなければもっと良かったのにと思う位には様になっていた。
「あと十分ってとこね。はい」
そう答えた後リーゼは懐中時計の蓋を閉じ、プランの方に投げた。
「ん? どしたの?」
「上げるわ。欲しいんでしょ?」
そう言葉にし、リーゼはジャッキを口に運び傾ける。
「いやいやいやいや。こんな高そうな物貰えないよ」
「良いから持って行きなさい。記念よ記念。依頼報酬のついでという事でも良いから」
その言葉を聞いてもプランは困った顔をしたままオロオロとし、リーゼに何とか返そうとする。
そんなプランをニヤニヤしながら見つめるだけで受け取ろうとせず、プランを無視するリーゼ。
もう受け取るしかないと理解したプランはぎゅっと大切そうに抱え、はにかんだ笑みをリーゼに向けた。
「ありがとう。大切にするね!」
「別に大切にしなくても良いし壊しても良いからちゃんと冒険にも持って行って使いなさいよ」
そう言葉にした後リーゼにプランはぺこりとお辞儀をした。
とんとん。
軽く肩を叩かれた事に気づいたリーゼはふと後ろを向く。
そこにはイヴが立っていた。
「あー。プランの知り合いだっけ。悪いわねこき使って。受付の分は報酬上乗せしとくから」
「いえいえ。それはどうでも。正直ゴーレムいじくりまわして設計図メモっただけでもう御の字なんで。それより……」
「ん? 何か用?」
イヴはちらっと見てプラン達がリーゼの方を見ていない事を確認し、イヴの耳元で小さく囁いた。
「演技をするなら最後までしないと。顔の表情、めっちゃ緩んでますよ?」
柔和で優しい笑みを浮かべるリーゼを見てニヤニヤしながらイヴはそう言葉にした。
リーゼは慌てた様子でしかめっ面となり、その後溜息を吐いた。
「良く見てるわねあんた。私に会ったの今日が初めてでしょ?」
「さあ、どうでしょう? ま、プランちゃんは可愛いからその気持ちはわからなくもないわね。私もあんな妹欲しいし」
「あれと姉妹になるのは死んでも嫌だけど」
「そんな強がり言ってー」
そう言葉にして肘でつんつんと付いて来るイヴが、リーゼは少しうっとおしかった。
「ほら。もう少しでお祭りも始まるしあんたもあっち見てなさい」
追い払う様な言葉にイヴはぴくんと耳を動かし、慌てて館の方に目を向けた。
プランと共に行った自分の実験の集大成が見れるのだからそれはイヴに取っても大切な事であり、これを見る為だけに帰って資料を纏めて実験したいという欲求を抑えてもイヴはこの場に残っていた。
「はぁ。全くめんどくさい」
リーゼはそう呟き、眉を顰め後頭部を掻いた後ジョッキをあおる。
その姿はまごう事なきおっさんであった。
小さな地響きが轟く。
その瞬間、静寂が広がった。
騒がしかった酒飲みも、怒鳴っていた女も、歌い踊っていた人達も、皆が静まり炎が燃え木が焼ける音以外の音がなくなる。
そして、皆が同じ方角に目を向けた。
そこに、確かにそれは在った。
皆の希望と夢を背負った……復讐の連鎖を終わらせるべく佇む漆黒の巨体。
遠目でも一目でわかるその雄々しき姿は彼らダーナイム領主被害者達にとって紛れもなく味方であり、そして正義の使者である。
何故かわからないが黒い熊の形をしたその巨大ゴーレム。
それがそこに在り、四つ足のまま屋敷の方をじっと見つめていた。
そして……皆の期待を胸に秘め――漆黒の獣はまっすぐ館目掛けて駆けだした。
おおっ!
そんな歓声があがる。
屋敷の方で何やら騒ぎになっているが観客はそちらを全く見てもいない。
彼らが見ているのは屋敷に比べたら小さな巨大熊ゴーレムだけである。
どしん、どしん。
巨大ゴーレムが駆ける音と地響きは隣の山にいるこちらにも雄々しく伝わる。
観客達はそのサウンドに酔いしれていた。
屋敷に比べたらゴーレムは、その熊は遥かに小さい。
だが、それでも彼ならばきっとやってくるはず……。
そんな期待をこの山にいる皆が持っていた。
「……思ったよりも早いわね」
イヴはぽつりとそう呟いた。
歩くの動作を擬似的な走るに改良したのはイヴである。
そのイヴすら、ここまで早いとは予想していなかった。
屋敷に熊が近づく度に、観客のボルテージも上がっていく。
「いけっ」
「そこだ……頑張れ……」
「潰せ……潰せ……」
そんな後ろ向きなのか前向きなのかわからない呟きによる声援を受けながら……熊は目的である屋敷に突撃した。
「お、おおー!」
ぶつかった時の激しい音に呼応し観客達の歓声があがる。
だが、その声はすぐ落胆へと変わり果てた。
熊は城壁に阻まれ、奥にある館に届く前にその動きを止めていたからだ。
速度の乗った巨体による突進は素晴らしいものであったが城壁を壊すにはまだ足りず、ダーナイムの巨大城塞城壁はその役目を見事に果たしていた。
「なあ? これで終わりか?」
サリスがそう呟く。
その声にプランは首を横に振った。
「ううん。確かに速度の乗った突進も強いけど、ぶっちゃけゴーレムってゆっくり動く方がやばいよ」
「そうなのか?」
その声に返事をする前に、ゴーレムは再起動した。
ゆっくり歩く様に、城壁に体を押しあてる熊。
まるで母親に顔をこすりつけているかのような動作をしながら前後ろ足を動かして前に進もうという言う意欲を見せていく。
そして、めきっと不吉な音が響いたと当時に、熊は徐々に体を城壁にめり込ませていった。
歓声と共に響く頑張れの応援エール。
その声に応えるかの如く熊は城壁により深く体を突っ込み……そして遂に壁を破壊し、熊は、黒鉄の機体は城壁を突破した。
歓声は最高潮に達し、叫び声と思うほどの大きな声を皆で張り上げる。
そして等々熊は館にまで到着し、その前足を館に叩きつけた。
ごん。
そんな鈍い音が響き、ほんの僅かに館が崩れる。
その瞬間、歓声は静まり返って静寂と化す。
代わりに、感謝と感動により生まれた小さな拍手が響き渡る。
百人を超える皆の顔が、憑き物が抜けた様なすがすがしい笑顔となっていた。
激しい興奮は過ぎ去り、まるで演奏のフィナーレを迎えた様な、そんな満足感がこの山頂に広がっていた。
酒飲みすらも酒を飲まず、感動を示す為に感謝をする。
それほどに、皆は感動していた。
不当に搾取されていた事を知った人達は、途中から奪われた人達はその持ち主の一番大切な物が壊れる瞬間を、恐ろしい程に穏やかな気持ちで見守っていた。
「ちなみにさ、あの熊って止まるの?」
リーゼの言葉にプランとイヴは揃って首を横に振った。
「ううん。プランちゃんが目的地に到着した後はぐるぐる回る様に設計したから魔力が切れるまでずっと止まらないわ」
「へー。あんたもやるじゃない」
そう言ってリーゼはプランの背中をぽんと叩いた。
「えへへ……」
「偶には悪い事も楽しいでしょ?」
その言葉にプランは困った顔を浮かべながらだが、それでも確かに頷いた。
ありがとうございました。




