8-3話 悪党を懲らしめる悪党(前編)
マキアとの食事会の翌日朝、プラン達は焦りに焦っていた。
その原因は前日食事会の際、マキアにより発せられたとんでもない爆弾によるものである。
おそらく本人は雑談程度のつもりだったのだろうが、それは見事なまでに三人の事情と噛み合い、爆弾が爆発したかの如く心を乱れさせていた。
色々とあって多少の事では動じなくなった三人であっても、それだけは放置してはならないと思うほどの大問題。
そのマキアの言葉が正しいのかを確かめに、三人は早朝いつもの食堂に走った。
「あら。プラン……は何時もの事だけど二人は早いわね。手伝いに来てくれたのかい?」
プランが『おばちゃん』と呼んで慕う食堂の女性はテーブルを拭きながらにこやかに挨拶した。
「ごめんおばちゃん。今日は別件!」
「あら。そりゃ残念。んで用事は?」
「リーゼ……さん、いる?」
どう呼べば良いかわからず呼び方に違和感を持ちながらプランはそう尋ねた。
「あの子に用かい? たぶん裏にいると思うけど」
「わかった! ありがとおばちゃん」
そう言ってプランは早足で食堂の裏口から外に出た。
「……はー。元気だねぇ」
そう言葉にしてから、おばちゃんは鼻歌混じりにテーブル拭きに戻った。
食堂の裏、外の水道を陣取り野菜を洗っているリーゼを見かけサリスは怒鳴る様に話しかけた。
「リーゼ!」
「んー? あああんた達か。何か用? それよりプラン手伝ってよ。朝忙しいのは知ってるでしょ?」
「あいあい。洗う? 切る?」
「んじゃ切って。ナイフしかないけどあんたならそれで良いでしょ?」
鞘ごと投げられたナイフをプランは受け取った。
「はーい」
プランはそう答え、リーゼの隣に位置取って野菜の皮むきを始めた。
じゃー。
くるっくるっ。
ぽいっ。
じゃりじゃり……。
ぽいっ。
リズミカルに楽し気な音が響く。
何故か知らないが、やけに二人の息はぴったりだった。
「……あ。本題忘れてた。ねね。ちょっと聞いて良いかな?」
「何よプラン。面倒事は嫌よ私」
二人共手を止めず野菜を見続け同じ様な作業を行う。
その様子はまるで姉妹の様にすら見える程である。
「いやさ、昨日嫌な事聞いたんだけど……アレ盗んだの?」
「アレって何よ?」
「この前のゴーレム」
「ええ。盗んだわよ」
あっけらかんとそう答え、三人は同時に顔を青ざめさせた。
『怪盗メロウが学園に忍び込み保管してあった巨大ゴーレムを一機盗んだ』
そうマキアから聞き、嘘であって欲しいと願いながらリーゼに尋ねた。
その期待は見事なまでに裏切られてしまったわけだが……。
「ああそういやあんたアレ直せるんだっけ? 直してくれない?」
そんなリーゼの言葉を聞き、プランは珍しく嫌そうな顔をした。
プランが理由も聞かず露骨に拒絶する事は早々ない。
その滅多にない事例が今起きていた。
「お前……それはちょっと……」
怯えているというよりも引いている様子でサリスはそう言葉を漏らす。
それを見てリーゼは溜息を吐いた。
「はいはい。まあしゃあないわね。別にあんたらじゃなきゃ駄目ってわけじゃないし。と言っても……古代式のゴーレムの知識なんて持ってる奴早々いないんだけどねぇ」
そう言いながらリーゼはちらっとプランの方を見た。
「……えっと……一応尋ねてみるけど……何に使うつもり?」
プランがそう尋ねるとリーゼはニヤリと笑った。
「何? 使う内容次第では手伝ってくれるの?」
「誰かの迷惑にならないなら……と思うけど……アレどうやっても迷惑しかかけられないよねぇ……」
プランは悩んだ様子で溜息を吐いた。
「んー。逆に聞きたいんだけどさ、あのゴーレム何が出来るわけ?」
「歩く事しか出来ないよ」
「あんたならもっと何か出来るんじゃない?」
「無理。制作者じゃない上に知識が足りないから私だけじゃ起動するのが精いっぱい。ぶっちゃけ初歩の初歩しか知らないんだよねー私」
「ほーん。……んじゃ、歩く方向とかはどうなの?」
「あー……試してないけど……たぶん……大丈夫。後退は出来ないと思うけど」
「良し良し。それだけわかりゃ良いわ。という訳で手伝ってくれるんだよね?」
そう言葉にし、リーゼは全力で媚びた表情を作りキラキラとした瞳をプランに向けた。
「……内容次第です」
「ちっ!」
そしてこの変わり様。
プランは相変わらずな様子のリーゼに苦笑いを浮かべた。
そしてこんな無駄話をしつつにもかかわらず、プランリーゼは見事なコンビネーションで大量の野菜を処理し続ける。
その光景にサリスとエージュは何も言えず見ている事しか出来なかった。
「ところでさ、迷惑な奴に嫌がらせ――懲らしめるって善行だと思わない?」
恐ろしく信用出来ない笑顔でリーゼはそう言葉にする。
その顔にプランは困惑したような笑みを返した。
「あー……その、具体的に言えば?」
「エージュ」
唐突にリーゼに呼ばれ、エージュは背筋を伸ばした。
「は、はい! 何でしょうか?」
「あんたの知り合いにもたぶんいると思うけど、やたら家に贅沢費やす奴いない? お偉いさんに時々いるタイプなんだけど」
「私の実家はあまり拘りませんが、昔からの名家ですとそういうところも少なくありませんね」
家の規模や環境が低い貴族というのは舐められる原因となる。
だからこそ家の良し悪しでマウントを取る貴族というのは決して少なくはなかった。
「うんうん。貴族とかお偉いさんの中には偉さをアピールする為に家をとにかく大きく贅沢にして見栄をはる馬鹿もいるのよ」
その言葉にエージュは苦笑いを浮かべて聞き流した。
「んで、それがどうしたんだ?」
サリスの言葉にリーゼは真顔となった。
「いたのよ。領地持ちのお貴族様にね、民から不当に税を奪って自分の家を大きくする奴が」
たった一言で、空気が氷点下と感じるほどに凍えた。
その発信源は……エージュである。
実際に凍えた訳ではないが……ただ感じる空気は真冬のそれだった。
「へぇ……。そうですか……。それでリーゼ様。それはどこのどの様な家名のお方でしょうか?」
明らかな威圧感を吐き出しつつそう尋ねるエージュにサリスは溜息を吐いた。
「……ああ。リーゼこれ狙ってやがったな……」
そんなサリスの言葉に同意も否定もせず、リーゼは微笑んだ。
「ま、どこの誰とかはすぐにわかるわ。新聞に載るだろうから。それよりもさ、その家しか拠り所がない奴の家にアレ突撃させたら、面白いと思わない?」
プランの方を見ながらそんな悪魔の囁きをするリーゼ。
そんなリーゼにプランは苦笑いを浮かべた。
「私はどっちでも良いけど……サリスは?」
「反対だ」
「んでエージュは?」
「悪いですがリーゼ様の意見に賛成ですわ。民を害する貴族に生きる価値なしですわ」
「だよねぇ……。どうしようか……」
そう言葉にしてからプランはリーゼの方を見た。
「つまりサリスを説得すれば良いのね」
そう言葉にして笑うリーゼにサリスは怪訝な顔をした。
「俺お前のする事大体に反対するつもりだけど?」
「まあ良く考えてみなさい。前見た巨大ゴーレムが出て来る。悪い奴の屋敷に襲い掛かる。……面白くない?」
その言葉に踊らされ、サリスはついつい想像してしまった。
嫌な奴の豪邸につっこむ動物型ゴーレム。
そんなの答えは決まっていた。
「……割と面白いなそれ」
「それを特等席から見れるのよ?」
「……だけどプランに迷惑がかかるだろうが」
「依頼という形にしとくから迷惑はかからないわ。終わった後に怪盗メロウがーとか言って報告すれば良いだけ。ついでに依頼料も貰えるわよ?」
「依頼料で思い出した! お前トレスの時の依頼料払えよ!」
「ああ。忘れてたわ。プランに払っとくわね」
「え、あ、おう。……思ったよりも素直だな」
「これでもお金には困ってないからね。という訳でそこそこ割の良い報酬にしとくから受けない?」
「……プランに任せる」
賛成も反対も出来ず揺れ動く気持ちのままサリスはそうプランに返した。
「……んー。メロウの事知らない人巻き込んで良い? ただ動かすだけなら良いけど……ちょっといじるなら私一人じゃぶっちゃけ超不安です」
そう言ってプランは最後の野菜である人参をいちょう切りにした物をリーゼに渡した。
「もちろんオッケーよ。んじゃ、依頼出しとくからよろしく!」
そしてリーゼは厨房の持ち場に戻っていった。
「……受けるという事で良いよね?」
プランの言葉にサリスは不満げに、エージュは満足げに頷いた。
プランは昔エーデルワイスに教わった為古代式のゴーレムについて理解がある。
だが、これはあくまで理解があるだけであり、最低限以下ギリギリの知識しかプランは持ち合わせていない。
ゴーレムを扱うのに自分だけで不安というのは謙遜でも何でもなく、ただの事実でしかなかった。
また、前の様に起動状態になっていながらも配線が繋がっていないという状態であるとも限らない。
そうなるとある程度応用力のある知識を持った人の助けが欲しいのだが……昔のゴーレム操作について知っている人というのは流石のプランでも心当たりが全くない。
ただ……ゴーレム操作は別としてこういう事に頼りになりそうな人なら一人ほどプランに心当たりがあった。
やる気のない憂鬱な溜息を繰り返しながら、件の女性は一人で佇んでいた。
客観的に見るなら、結構な美人の部類に入るだろう。
愛想も良く、何でもてきぱきとそつなくこなし、外見は優しく美人なお姉さん。
そういう佇まいをしている為割と人気のある人なのだが、今日に限ってはその明るい顔に影を差している。
大勢いる中のたった一人が暗い。
ただそれだけなのに、場の空気は露骨なほど悪くなっている。
それだけ、その女性はこの場では注目を浴びる人物という事を示していた。
彼女の名前はイヴ・ストール。
学園生三年目にして受付といった業務をこなす非常に優秀な生徒である。
そんな彼女は現在、学園での受付嬢の一人として働いていた。
ただ、今日は何時もと違いなにやら悲しそうにしている。
そんなイヴを見つけ、プランは手を振った。
「イヴおねーさん。今お時間良いですか?」
呼ばれたのに気づきイヴはそっとプランの方に顔を向けた。
「あらプランちゃん。時間割確認? それとも個人授業の申し込み?」
「ううん。今日はイヴおねーさんに用があって来ました……けど、どうかしました?」
明らかに様子のおかしいイヴを見てそう尋ねると、イヴはプランの肩を強く掴んだ。
「聞いてよプランちゃん! 酷いんだよ! ゴーレム沢山来たのに私研究から外されたんだよ! 酷くない! 私から研究取り上げるなんて! しかもあんな面白おかしい物! 酷いよね! 酷い! 絶対酷い!」
そう言葉にして、イヴはぶんぶんとプランを揺さぶった。
「わぷっ。お、おねーさん、ゴーレム専攻だっけ?」
「ううん。錬金術関連の方。だけどゴーレムも研究したいじゃん。なのに専攻が違うからって外すのは酷くない! ねぇ!」
当たり前の事としか思えない事をイヴはねちねちと恨み、プランを揺さぶった。
「あー。あの、おち……落ち着いて」
「あ、ごめんプランちゃん。そうよね。うん。気持ちを切り替えないと!」
そう言葉にして、イヴは自分の頬をぴしゃりと叩いた。
「良し! 切り替えた! それでプランちゃん何の用事? 私の妹になりにきたの?」
「おねーさん落ち着いた様な気になっているだけで全然落ち着けてないでございますね。……ちょっと待ってね。今何て言おうか考えてるから」
「んー。やっかい事?」
「というよりも、さっきの様子のおねーさんに話すと荒ぶったりしそうでどうなるかわからないからこう……ゆるやかーな感じで話さないとと思ってます」
というかまっすぐ話したら間違いなく暴走するだろう……いやする。
そう確信を持てるからこそ、プランは伝えて良い情報の取捨選択を考えた。
「あんまり気にしなくて良いのに……」
「……本当に?」
「本当よ。もう気持ちも切り替えられたし……それに、一歩間違えたら大事になる実験や研究が私のライフワークよ? ちょっとやそっとじゃ気持ちは乱れないわよ」
そう言って優雅に微笑むイヴを見て、プランは溜息を吐いた。
どうせダメだろうが……素直に伝えるのが一番話が早いからだ。
「えっとですね。関係ない話なんですけど、ゴーレムが一機盗まれたの知ってます?」
「え? プランちゃん良く知ってるわね。そうね。怪盗が盗んでいったわね。まあ元々私調査チームに入ってないからどうでも良いけど。むしろざまあみろって感じね」
話す度に残念になっていくイヴを見て苦笑しながら、プランは話の続きを始めた。
「ええ。それと全く関係ないですけどね。はい。ほんっとーに関係ない話題から本題に入るんですけど……ちょっと変わったゴーレムのメンテと修理の様な内容が依頼に入る予定なのですが、御一緒にどうですか?」
その言葉にイヴはぴたりと固まり、コロコロと変わっていた表情を消して真顔となり……腕を組み上を向いてうーんと唸り声を上げながら悩んだ様子を見せる。
そしてプランの方を見て、小さな声で尋ねた。
「……つまり……そういう事?」
「そう言う事です。オーダーはある程度の制御。そこそこ以上に報酬も美味しいかと」
「……自由に調べられる?」
「壊さなければ」
「うん! 後輩の依頼を手伝うのは先輩として当然だよね!」
そう言葉にするイヴの顔は晴れやかな……晴天の空の様だった。
ありがとうございました。




