8-2話 浪漫同盟その二
プラン、ミグと共に暮らしている黒猫ノワールをどちらの使い魔にするのか相談した結果、ミグの使い魔とする事となった。
使い魔とは主のサポートとなる存在である。
逆に言えば、使い魔である以上主のサポートをする事しか出来ない。
安定して戦闘能力が低く、大体の行動は他人任せ、代わりに料理等他者に対してのサポートが得意なプランが使い魔を得ても、はっきり言えばメリットはほとんどない。
逆にミグは戦闘能力が高い代わりに不安定で、そして生活能力と常識が皆無。
良くも悪くもサポートし甲斐があるのはミグの方である。
まだノワールの運用方法も考えていないが恐らく偵察等の支援となる事を考えた結果、そういった理由からミグの使い魔となる事が決まり、ミグはノワールにたしたしされながらめんどそうに使い魔講習に行く日々が始まった。
「そんなわけで実は猫を飼っていました」
プランがえへんと胸を張り、サリスとエージュにそう自慢する。
それに対して……。
「知ってた」
サリスがそう答え、エージュは苦笑いをしながら頷いた。
「まじで?」
「おう。つーかルージュ先輩ほどじゃないが俺らもしょっちゅうおまえんとこ行ってる訳だしそりゃわかるわ」
「そかー。んじゃ、これからもノワール共々宜しく」
そんな元気よくの発言にエージュは目をきらりと輝かせた。
「……ノワール。気品ある良い名前ですわね」
どうやらエージュのお眼鏡に適う名前だったらしくやけに満足げなエージュも見て微笑んだ。
「ミグちゃん命名です。良い名前つけるよねー」
「プラン。もしお前だったらどういう名前つける?」
「ん? にゃんじろーって言ったら猫に拒否されました」
「そうか。まあ俺もミケとかタマとか付けるだろうし普通そんなもんだよな」
そうサリスが言うと、エージュは二人を信じられない物を見るような冷たい目で見つめた。
「こんにちはーまきちーいるー?」
本来なら他者には秘匿すべき工房の奥、研究室にプランは堂々と乗り込み声を上げる。
それに対して工房の主であるマキアはニコニコ顔で三人に手を振った。
「はいはーい。いらっしゃーい。お茶の用意……うん、私が用意するよりプランちゃんの方が良いよね。お願いして良い?」
「はーい。そういうと思って茶葉良いの買っといた」
「ありがと。後で代金分教えてね。ちゃんと返すから」
「あいあい。んじゃ行ってきまーす」
そう言葉にし、プランはお茶の用意に奥に向かった。
「……うーん。まるで我が家の様だなあいつ」
ここに来るのはまだ二度目にもかかわらず、相変わらずな様子のプランを見てサリスはそう呟いた。
「私としちゃ妹でも娘でも弟子でも何でも良いから来て欲しいなー。ま、プランちゃんもプランちゃんでしたい事あるだろうしわがまま言えないけど」
「……その前に、プランさんが来る前に軽くだけでも掃除しておきましょう……」
エージュはごっちゃごっちゃにちらかったテーブルと床を見てそう呟いた。
「あはは……ごめん手伝ってくれる?」
申し訳なさそうに呟くマキアにサリスとエージュは頷き、ゴミを集め片し始めた。
とは言え……プランがいない三人では要領が上手く掴めず、プランがお茶を持ってくるまでに出来たのは最低限のスペースを確保する事だけだった。
「それで、三人共用意してくれた?」
お茶を楽しんだ後の時間、マキアの言葉に三人は顔を見合わせ頷きテーブルにそれぞれメモ書きのされた紙を並べた。
「オッケー。それじゃ、片っ端からやってみよう!」
そう言葉にした後マキアはクッキーを幾つも口に突っ込み設計用の道具を自分のテーブルに並べた。
マキアが三人に頼んだのはアイディアを出す事である。
自分のアイディアは思いつく限り全て試した。
武具と浪漫に賭ける情熱には自信あるが、所詮それだけ。
元々発想力に乏しいというのもあるが、それ以前に知識を得た事で生まれた常識という壁が邪魔をしてしまう。
だからこそ、何も知らず発想力の高い若手女性冒険者というのはマキアにとって欠けた物を補うにぴったりのパートナーとなっていた。
「まずは……剣を可変ってあるけどこれは?」
マキアの問いに書いたサリスが答えた。
「ほら。バスタードソードってあるだろ?」
「ああ。片手半剣ね」
「使う状況で使い分けられる剣ってのはサブウェポンとしては非常にありがたいだろ? だから状況によって使い分けられる用可変したら便利かなって思って」
「普段良く使うからこその発想ねー。どう可変したら便利?」
「あー。贅沢言って良いか?」
「むしろ言って。ぶっちゃけ片手半剣って正直残念武器寄りだし」
「あ? カッコいいだろうが。ま……それは置いといてだ。長さを変えられないか?」
「あー。有効射程を変えたいのか」
「おう。槍の射程か短剣の射程に変えられる剣があればとても便利かと思って」
「ふむふむ。……試しにやってみようか」
そう言葉にし、マキアは自分の工房奥から余りの剣を用意し加工を始めた。
ゼロから作るのではなく発想のアイディアを試す為だけの改良しやすい試作武器を幾つも用意し何時でも思いついた事を試せるようにしておく。
それがマキアのやり方だった。
そして一時間後……。
「出来たから試してくれる?」
マキアは二種類の剣をサリスに渡し、奥の実験室を指差した。
「あいよ。上手くいったら俺に売ってくれ」
「あげるわよ。試作段階を過ぎて実用化チェックが終わればね」
その言葉にサリスは頷き、一人で実験室に入る。
それをマキアは強化ガラス先から見つめ、紙を持ち記述する用意を始めた。
「さて、まずは普通に……」
サリスは片手用のロングソードを握り、ぶんと軽く振ってみる。
「……うーん……」
はっきり言えば、微妙だった。
重心がズレているのか重さか質か。
理由はわからないがそこいらの初心者用練習武器程度かそれ以下の使い心地しかない。
おそらく可変ギミックの所為だろう。
「んで、このロックを外せば……」
サリスは持ち手にあるボタンを強く押し込んだ。
カチッ。
そんな音と共に、剣はじゃらじゃらと音を立てて崩れていく。
剣は矢印にも似た形状の幾つもの塊となってバラバラとなり一本の金属製の糸で繋がれている。
剣だった何かは蛇腹状の鞭の様な形状に変化していた。
「なるほど。これで射程伸ばしたのか」
そう言葉にし、サリスは試しに適当に振ってみた。
ギャリギャリギャリギャリ!
そんな強い音を鳴らせ、ターゲットである人形は全身傷だらけになってバラバラとなっていく。
挙動は鞭に近いが、その傷口は雑にノコギリで切った様な形となっていた。
「あー。こりゃあかんな」
サリスは後頭部を掻きながら周囲を見た。
たった一度振っただけなのに実験室の天井や壁にはいくつもの蛇が這った様な斬撃の後が生まれていた。
その後もう一本の武具を試し、同じ様な感想を残してサリスは実験室を後にした。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
前のめりに感想を尋ねるマキアにサリスは苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
「一本目は駄目だ。通常時は使いにくいし伸びた時は挙動が不安定で操作出来ん。狙いがちょっと甘いだけなら良いんだがそんな程度じゃない。ありゃじゃじゃ馬過ぎて絶対味方に当たる」
「そか。うーん鞭の知識を集めたらマシになるかな」
「無理だと思う。鞭に似てはいるが完全に別物の武器だし」
「そか。んじゃ没っと。二本目は」
ロックを外すと剣が収納されて短くなる剣を指差しサリスにそう尋ねる。
それもサリスは首を横に振った。
「やってもらって何だがロングソードとダガー一本ずつ持った方が絶対楽だわ。すまん」
「そかー。こっちはまあ完璧に没っと。よし、次のアイディアをお願い」
一ミリも残念がった様子を見せず、むしろマキアは期待に満ちた瞳を三人に向け早々におねだりを始めた。
失敗を重ねる事は非常に辛い事である。
それも、成功例が見えない失敗の苦しみというのは途方もないだろう。
にもかかわらず、その重圧に一切苦しまず心からの笑顔を見せるマキアを見て……プランは心から尊敬した。
こんな凄い人がいるのかとプランは心から驚いた。
強い人や凄い人は沢山いる。
だけど、自分の辛さに勝てる人というのは中々いない。
だからこそ……プランはマキアに何かしてあげたくて……全力を出した。
自分のアイディアと用いる知恵、全てを使い……その結果……。
「ごめん! 何が悪かったかわからないけどこれが違うのだけはわかるよ本当にごめん!」
幾つもの没案を築き上げたその果てに――プランは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。
それに対し、三人は驚き沈黙する事しか出来なかった。
アイディアはプラン。
実行はマキア。
力仕事はサリスで魔法関連でエージュ。
全員の力を一つとし、成し遂げたはずだった。
最初は間違いなく、剣を作る予定だった。
だが、出来上がったのは――。
「んでさプラン。これ……何だ?」
そう言葉にして、サリスは今回の成果であるコップに入った一杯の真っ白な液体を見つめた。
「えっとね、ジュース」
「……何で?」
「わかんない」
プランは本当に自分でも理解出来なかった。
そもそもメイン実行者であるマキアすら完成するまでは剣が出来ると思っていた位である。
誰一人この結果が理解出来るわけがなかった。
「……とりあえず、試作した物は試さないといけないんだけど……誰が飲む?」
プランがそう言葉にすると、誰よりも最初にマキアがキラキラした目で手を挙げた。
「はいはい! 私飲んでみたいです」
眼鏡越しにでもわかるほどの輝かしい目と溢れんばかりの意欲。
あの食欲魔人であるサリスすら一歩引くほどの熱意を見せたマキアは皆の合意の下、グラスを手に取り傾け喉に流し込んだ。
――盛大に咽せた。
「ごほっ。ちょっ。待っげほっ。ごほっ。わ、私……けほっ。炭酸は……無理……」
「……まきちー……その……何かごめん」
そう言葉にした後、プランはそっと水をマキアに手渡した。
「こほっ。喉いたひ……。んっ、ふぅー。うん。美味しいと思うけど炭酸がきつくてわかんないや。誰か他にも飲んでくれない?」
マキアがそう言葉にするとサリスが迷わずグラスを取って飲んだ。
「……んー。俺の感想だが……かなり美味いと思う。ヨーグルトジュースっぽいけどあっさりして飲みやすくて、甘さがかなり控えめで」
淡々と食レポするサリスの言葉をマキアは涙目のまま資料に書き記していった。
「では少し恥ずかしいですが私も……。ヨーグルトジュースの割に透き通った味わいで、瑞々しさが素晴らしいですわね。ヨーグルト味の真水……いえ、炭酸水の様な印象があります」
エージュの言葉をそのまま記述し、マキアはプランの方を見た。
「うん。テストは成功だけど……これ、どうしようか?」
マキアにそう尋ねられてもプランは困る事しか出来なかった。
「……どうしよう?」
「一応製法も残ってるから量産出来るけど……プランちゃんの物かな? 料理だし」
「そう言われても……私一人の成果じゃないし……。それにこれ、地味にまきちークラスの研究設備がないと作れないんだよね……。サリス、エージュ、これどうしよう?」
プランからの言葉に二人は首を傾げる事しか出来なかった。
そもそも、剣を作るつもりでジュースが出来た時点でもう理解の範疇外である。
それ以上の事を言われても困る事しか出来なかった。
「んー。……ああ、考えるまでもないわ。プラン。お前ムーンクラウン商会とも食堂とも伝手あるじゃん。どっちかにレシピ売れば?」
そうサリスが言うとプランは困った顔を浮かべた。
「えー。本職から見て買い取ってくれるかどうかわからない物だけど」
「その辺りはほれ。マキアにもう一個作ってもらって実食してもらった上で決めて貰えば?」
「そかー。まきちーそれで良い?」
その言葉にマキアは喜んで頷いた。
「うん! ぶっちゃけ作る事しか考えてなかったから作った後の事は任せるよ。でも伝手があったり交渉したり、プランちゃん本当に何でも出来るんだね」
「えへへー。んじゃ、食堂用に一個作ってくれない?」
「良いけど……そっちなの? ムーンクラウン商会の方が高く買い取ってくれそうだけど」
「まきちー。ムーンクラウン商会は商売のプロだよ? こんな値段が決まってない物売ろうとすればカモにされちゃうよ。食堂で売る時独占契約せず、ある程度売れてからじゃないと私値段の見積もりがつけられない。その後にムーンクラウン商会に持ってかないと」
「……プランちゃん。その……うん。……凄いね」
今度の凄いはどこかニュアンスが違った様な気がしたが、それでもプランは嬉しそうに微笑んだ。
そして実際に交渉した結果――。
「……こんなに高いの?」
プラン行きつけの食堂の料理長との交渉の末、レシピをただ教えただけで金貨二十枚となった事にマキアは驚きを隠せずそう呟いた。
「んー。思ったよりも大分高いからレシピの中にアレンジ効きそうな調理法があったんだと思うよー。という訳ではい」
そう言葉にし、プランは何事もないかの様に硬貨袋をマキアに手渡した。
「はいって……どして私?」
「いや、工房主だし主に作ったのまきちーだしそれはまきちーのでしょ? ねえ二人共?」
その言葉にサリスとエージュは当然の様に頷いた。
「え……えぇ……。いやこういう時普通奪い合いにならない?」
「なんで?」
「いや……何でも何でもなく……金貨だよ?」
「うん。金貨だね?」
「三人共新入り学生じゃん。それなのに金貨で目の色変えないって……えぇ……」
マキアは驚きながら金貨と三人を何度も見比べた。
「そう言ってもねぇ……」
プランが困った様子でそう呟くとサリスは苦笑いを浮かべた。
「あー、まあガチで俺らの事は気にしないでくれ。こいつといると金には困らないからな。……その分トラブルに巻き込まれるけど」
そう言葉にして、サリスはぽんぽんとプランの頭を叩いた。
「サリスにもエージュにもいつも感謝してるよ」
「お。ちゃんと謝罪じゃなくてありがとうって言えたな」
そう言葉にしてから、サリスはぐりぐりとプランの頭を乱暴に撫でまわした。
「やーめーてー」
ぐわんぐわんと脳が揺さぶられたプランはそう呟くが、顔はとても嬉しそうだった。
「……うん。だけど、それでもこれは四人で行った事だから私だけってなら受け取れないよ。そこまで私恥知らずになりたくないし」
そう言葉にし、マキアは悲しそうに硬貨袋を見つめた。
「んじゃ、四等分で良い?」
プランの言葉にマキアはこくりと頷いた。
「オッケー。んでサリス、エージュ。二人の分預かって良い?」
その言葉に二人は迷わず頷いた。
あのプランがそう提案するなら損のない提案だろう。
そう二人は信じているからだ。
その信頼が羨ましくて……マキアは……。
「あ、私もプランちゃんに――」
「んで、私の分も含めて三人分、まきちーに預けるね」
「――はい?」
「私、プラン、サリス、エージュの三人は金貨五枚をまきちーに投資します。上げるんじゃないよ? 投資だよ?」
「……それ、どう違うの?」
「まきちーの腕を買ったって思ってくれたら良いよ。近い将来、私達の役に立つ何かを、または浪漫を見せてくれるって思うから」
そう言葉にするプランの顔をマキアは見つめた。
信じられない事だが、プランは心からマキアの事を信じていた。
「でも……私今まで成功した事もないし……」
「成功した事なかったらお前夢諦めるのか?」
そうサリスに言われ、マキアは首を横に振った。
「……そう言えば、最近は諦めるなんて事考えた事もなかったな」
そう呟いた後、マキアは何時からだったか考えてみる……。
考えるまでもなかった。
プラン達が来てからだ。
それからは、諦めるなんて思う前に新しい事に挑戦し続けていた。
「そう言う訳で諦め知らずのまきちーならきっと出来る! だから投資するのです。これは絶対私達の将来の為になるからね」
ふんすと胸を張り、プランは自信満々にそう答えた。
「という訳で諦めて受け取ってくれや。ぶっちゃけ製作費とか俺らの思う以上に高いだろ?」
サリスの言葉は正しく、今でも開発費を集める為に相当無茶な依頼をこなした上での生活となっている。
そこまで考えられて、期待されての行動なら……マキアに断れる訳がなかった。
「……うん。そう言う事なら……三人が私の腕を信じた事、後悔させないから」
そうマキアが答えると、三人は満面の笑みとなり頷いた。
「でもそれはそれとして今私に必要なのは気分転換も兼ねての友達とのお食事会だと思うのですよ」
眼鏡をキランと光らせそう言葉にするマキアの声にプランとサリスはぴたりと足を止めた。
「……少々以上に豪勢な夕食、一緒に食べません? ほら。ここにお金もありますし」
硬貨袋を持ちながらそんな甘言を邪悪な笑みで呟くマキア。
その甘言に三人は抵抗など出来る訳がなかった。
ありがとうございました。




