8-1話 自分のゴーレムにこなたろー君と名付ける様なネーミングセンスの彼女
ぐつぐつと煮込まれる鍋を見るのはプランにとって大切な日常の一コマだった。
美味しくなって欲しいと願う自分に応えてくれている様な気がしてくる。
誰かの為に何かが出来る。
それが幸せな事だと心から思うプランに取って料理とは食べてくれる誰かを幸せにしたいという願いそのものである。
だからこそ、プランの料理は技術以上に評価される。
そんなプランの料理、特に今回の様な自宅で作る家庭料理には大きな欠点がある。
余りに誰かを想いすぎての料理である為、特定の人間に対しては中毒症状と言って差し支えない程に刺さるのだ。
具体的な人名を上げるとすればチョコことルージュが該当する。
男三人と一緒に住んでいるのもかかわらず恋愛関連は全く発展しない。
ルージュ本人も別に彼らと恋仲になりたいのかと言えばそんな事もない。
ただ、それは別としてルージュは誰かと一緒になりたいと願っている。
もう恋愛とかすっ飛ばして結婚したい。
そう思ってそれなりに行動しているルージュだが……外見そこそこ中身残念挙句の果てには男三人と同居という状況により婚活は全く上手くいっていない。
そんなルージュの心には常に孤独の風が吹いている。
そういった人間がプランの料理を食べると駄目人間一直線となってしまう。
現にルージュはプランとミグの部屋にしょっちゅう遊びに来てそのまま泊まっていく頻度が異常に多い為、空いた部屋の一つはルージュの寝室の様になっている。
合鍵を持っていないのはルージュの無意味な抵抗で、最後の砦だった。
プランの好意に甘え合鍵を作る、または引っ越してそこに住むと自分はもう駄目になる。
それをしてしまえばきっと自分は生涯結婚出来なくなってしまう。
それがわかっているからこそ、ルージュは合鍵を作らず遊びに行くという形に留めようとしていた。
と言っても……自分とプラン両方の都合さえ合えば必ず遊びに行っている辺りもう手遅れ感は非常に強かった。
「……そろそろかなー。今日はミグちゃんと自分の分だけで良いからスープだけで良いかな」
二人だけの為そこまで気を遣わず簡単な食事にする。
それはプランにとって楽というよりは作りごたえがなくて少し寂しいという気持ちの方が強かった。
ちなみにルージュがいる時は甘くて肌に良い何か、サリスがいる時は肉、エージュがいる時は紅茶とそれに合う焼き菓子をプランは作り足す。
好きな物をというよりは食べ慣れた食事を食べて欲しいというのがプランの考え方だからだ。
リクエストがあれば当然喜んでそれを行う。
「サラダは……沢山食べられないミグちゃんだし温野菜のサラダをちょっとだけにして……よし。そろそろ起こしに行きましょうか」
そう言葉にした後プランは自分のベッドで寝ているミグの元に向かった。
「ミグちゃん。ご飯出来たよ」
そう言葉にしてから、プランはそっとその頭を撫でる。
無反応で完全に寝入っているのだが、それでもプランが撫でると少しだけ頬が緩む。
そんなミグがプランは無性に愛おしかった。
「ほら。朝だよ」
そう言葉にしてもミグは中々起きない。
「ん……」
それだけ答え、ミグはプランの足に顔をこすりつける。
それでも、起きる気配はない。
「もう……毎朝だけど困ったなぁ」
そう言いながらもプランの顔は満面のニコニコ顔で困った様子はない。
そしてミグの頬をプランは指でぷにっと付いた。
ちなみに……しっかり揺さぶれば流石のミグも目を覚ます。
幾ら朝が弱いからと言ってもそこまで弱い訳ではない。
それをしないのはプランもプランでこの状況を楽しんでいるからである。
何度もぷにぷにとするプランとされるがままになりつつも時々甘えるミグ。
それは一部の……ヴェインハットやイドラが見るときっとパライソの様に見えたであろう。
そんな二人のイチャイチャとした無意味かつ有意義な時間だったが……それを快く思わない者の妨害の手によりそんな時間は終わりを遂げた。
ふにっ。
ミグの顔面に黒い固まりが襲い掛かる。
ふにっふにっ。
ふにっふにっふにっふにっ。
たしたしと何度も叩きつけられる柔らかい暴力。
それにより、ミグはようやく目を覚ました。
「……おはよ。二人共」
その言葉にプランは微笑み、ミグを起こした凶悪な前足を持った黒猫はにゃーと声を上げ、再度ミグの顔面に肉球パンチを重ねた。
「……あはは。早く起きろだって。たぶんお腹が空いたんじゃないかな」
「……ごめんね。……ふぁ」
小さく欠伸をした後、ミグはプランに起こして貰い、そのまま顔を洗いに向かった。
「おまたせ。先に食べてて良いよ」
そう言葉にしてからプランは黒猫の前に食事を用意する。
だが黒猫は手を付けようとせず、たしたしと不満げに地面を叩いた。
恐らくだが、ミグが戻ってくるのを待っているのだろう。
「……君、やっぱり賢いね」
その言葉に、猫はにゃっと短く鳴いて答えた。
二人と一匹での食事を終えると、ミグは皿を洗う為無言で台所に向かう。
食器洗い位は自分でと思うからだ。
だが、それを許す様なダダ甘お世話大好きプランではない。
ミグの隣に当たり前の様に陣取った。
そんな二人を黒猫はやれやれという目線で見る様な人間臭い仕草をした後、テーブルの上に乗り皿を咥え台所の方に運でいった。
「……いつの間に覚えさせたの?」
ひょいひょいと身軽な動作で皿を運ぶ猫を見ながらミグそう呟いた。
それに対しプランは――驚いた表情のまま右手と首をぶんぶん横に振った。
「私何も教えてないよ!」
「自分で覚えた……。……猫ってそんなに頭良いの?」
それなりに猫と接してきたがこんな猫初めて見るミグはプランにそう尋ねる。
だが、大して猫に詳しくないプランは首を傾げる事しか出来なかった。
「わかんにゃい。この子がめちゃくちゃ頭良い事はわかるけど……」
そんなプランの言葉に猫は皿を咥えたままどやっと自信に溢れた姿を見せた。
幸か不幸か、運命か偶然か。
何かわからないが、とりあえず手元に来た黒猫は恐ろしく賢く、使い魔となる資質は十分以上に持ち合わせていた。
使い魔になる為には必要な条件は非常に多い。
相性や魔力、知能レベル。
だが最も重要で最も困難な条件はこれらではない。
主の命令を聞き、正しく理解して実行出来るか。
ようするに超高度な躾けに動物が付いてこれるかが重要となる。
そういう意味で言えば、この黒猫は正しく文句なしというよりも更にその上の次元にいる存在だった。
片付けも終わり、プランとミグはゴロゴロと日向ぼっこをしている猫の傍に寄った。
「……とりあえず、返事してくれる?」
「にゃー」
プランの問いに、黒猫は当たり前の様に返事をする。
もうその程度では驚かなくなったが、良く良く考えたらこの時点で相当凄いのではないだろうか。
そうプランは改めて思った。
「んじゃ、はいの時は普通に鳴いて、いいえの時は別の鳴き方してくれる?」
「にゃー」
「試しに、いいえの時はどう鳴く?」
「なーご」
「……うん。完璧だねぶっちゃけ下手な人と話すよりも意思疎通取れてる。一応試しに……スプーン取ってきてくれる? 計量スプーンの……中匙」
「にゃん」
一鳴きした後猫は台所に移動し、器用に引き出しを開け言われた通りの物を持って来た。
普通のスプーンでもティースプーンでもなく計量スプーン。
それのきっちり言われた物を。
「……ミグちゃん。その本だとこれ何ページ目の段階?」
プランは『使い魔育成用教本準備編』を持っているミグにそう尋ねる。
眠そうな目のまま、ミグはそっとそのページを開いて見せた。
最後のページだった。
「……準備、終わっちゃったね」
ミグはこくんと頷いた。
金貨五枚というとんでもない値段のした分厚い教本は九割ほど使う事なくその役目を果たしてしまった。
「……とりあえず……次の段階に進もうか」
「ん。教本はまた買っとく」
ミグは頷きながらそう呟いた。
「私も半分出すよ」
その言葉にミグは首を横に振った。
「んー。何か一銭も出さないって凄く申し訳がない気がするなー」
そう言葉にするプランを、ミグは信じられないものを見る様な目で見た。
「……私、自分の事普通じゃないと思うけど……それよりプランの方が普通じゃないって自信持って言える」
「えー。このどこを見ても普通な私が? まあちょっと変わってるかもしれないけどさー」
その言葉に猫は「なーご」とめんどくさそうに鳴いた。
使い魔としての準備は終わった。
後必要なのは授業を受け、学び、認定試験を受け、この黒猫が使い魔であるという証明をしなければならない。
それさえ終わればずっと一緒に居る事が出来る。
その場合、どうしても必要な物が一つあった。
ミグは普通ではない。
過去何があったかはわからないが愉快な事でないのは確かだろう。
だからミグの事には出来る限り触れないでおいた。
この黒猫に名前を付けない事も含めて……。
だが、もうそういう訳にはいかない。
使い魔とするのだからどうしても名前が必要となる。
もう少し時間があればそれとなく触れられたのだが……思った以上に猫が優秀過ぎてしまったからだ。
少し言葉を考えた後、プランはそっとミグに話しかけた
「ミグちゃん。そろそろこの子の名前が必要だね」
その言葉にミグはこくんと頷いた。
「……ミグちゃん。……どうして、この子に名前つけなかったか聞いて良い?」
過去に猫を亡くしたのか、それとも自分が名前を付けられない様な生活をしていたのか。
それはわからない。
だから触れたくないが……だが……。
そんな胃に直接刺激が行くような気持ちで尋ねたプランに対してミグは……。
「え? プランが名前決めるんじゃないの?」
真顔で、当たり前の様にそう尋ねた。
「へ?」
「……あれ?」
二人は顔を見合わせた後、その後そっと黒猫を見つめた。
黒猫は二人を責める様な目で見ていた。
「ミグちゃん連れてきたからミグちゃんが付けるのかと……」
「自慢じゃないけど、全部プランに丸投げしてたからプランが飼い主かと」
そんな会話の後、二人は責める様な目で見る猫のご機嫌取りに向かった。
「……んー。にゃんじろー!」
「なーご」
「にゃんた?」
「なーご」
「んー。ころころとかどう?」
「……なーご」
「ふにゃんしす」
「なーご!」
黒猫は怒った様子でプランの膝をたしたし肉球で叩いた。
「……うーん。どういった名前が良いかなー」
そう言葉にし、真剣な様子で悩むプラン。
そしてその前にいる猫は……まるで捨てられた子猫の様な縋る瞳でミグを見つめた。
『プランが楽しそうだからこのままで良い。』
少し前のミグならそうして猫の助けを無視していただろう。
だけど、少しだけ人間味を帯びたミグは少し困った顔になり、対処方法を考え始めた。
プランの名前に何の不満があるかすらわからない自分では何の役にも立てない。
わかっているからこそ、ミグは唯一頼りになりそうな私に答えを頼んだ。
「……ん? あれ?」
プランはほんの一瞬、傍に別人がいる様な錯覚にとらわれた。
だが、そこにいるのはいつものミグだけで誰かが入って来た様な気配はない。
「んー? ミグちゃん。誰かいた?」
ミグはふるふると首を振り、いつもの無表情な眼でぽつりと呟く――。
「ノワール」
その一言に、猫は肯定的に鳴きミグにすり寄った。
「……ん? それは?」
「ノワールの名前。駄目?」
「ううん。良い名前だと思うよ。ね、ノワール」
「にゃー」
そう返し、黒猫ノワールはミグをたしたしと叩いた。
その様子は『良くやったぞ』といかにもな上から目線であり、そんなノワールとミグの二人を見てプランはくすりと笑った。
ありがとうございました。
パンゴーレムを覚えている人がいるのだろうか……。




