7-番外編 プランのやりたかった事を理解していた人
神は約束を違えない。
神は人を幸福に導く。
神は人と共にある。
ただし、神と人が理解し合う事はない。
ごくわずかな例外を除いて。
プランは絶望感と義務感から意識をしていなかったが、神は最後の最後には責任を取るつもりでおり実際プランに元の生活に戻れる事だけは約束していた。
人の事がわからないなりにだが、神はプランを元の生活に戻す事だけは気にしていた。
ただし、ヴェインハットの言う通り神は人の事を理解出来ない。
理解しようとすらしない。
それが神という存在だからだ。
そんな神がプランの今後を保証する為の方法として選んだのは……自らの信者への丸投げである。
同じ人間なら人間の事など理解して当然であろうという少々以上に傲慢な考えだが、少なくともルインが直接動くよりは幾分以上にマシであった。
そして信者達、豊穣神ルイン教団は神からの無茶ぶりに悩んだあげく……学園に対してこう発表した。
今回の騒動でプランが受けるべき罰則、ならびに賠償は全てルイン教団が引き受けると。
それがプランが無罪放免となった理由である。
学園と言えども教団に逆らう事も好ましくなく、また金銭的な事さえ解決出来たらそれで良い程度の問題であった為、お互い良好な関係のままこの問題は終わりとなった。
もちろん、少々以上に多めの金銭の受け渡しがあったからだが……それでも間違いなく円満に問題は解決したと言って良いだろう。
ただし……解決した問題はプランの分であり、学園としては残された残党、名状しがたき組織を無罪とするわけにはいかなかった。
テロ行為に加担した人間はプランがトップにたった際に全てごっそりと消え去り、現在組織にいるのは比較的綺麗な人間ばかり。
その為今回直に罰せられた人間はいないが、組織に対して罰が下された。
『学園に対しての反抗的行動を禁ずる』
要するに学園に紐付けされた形になるという事だ。
元々学園が気に入らないから所属していた人が多かった為それは相当に大きな痛手と言って良い。
更に、今回の騒動により不安定ながら詰みあがっていた評判が落ち、その上トップのプランまで辞めた。
そうなれば当然、組織に残るうま味という物はほとんどなく、多くの人が組織を抜ける決意をした。
既に死に体、後は自然消滅を待つだけの組織はまさしく虫の息と呼んで良いだろう。
それでもまだ組織は残っている。
それどころか、今まさに生まれ変わろうとすらしていた。
新しいトップの元で――。
ダンッ!
テーブルを強く打ち付け、キーラは怒りを露わにする。
その様子を見てシムとアントはどおどおとキーラを落ち着かせようとした。
「親分。カリカリしても良い事ないですよ? 実際得してるんですし良いじゃないですか」
「そう言う問題じゃないんだよアント。あの野郎。俺に組織を丸投げしていきやがって……」
プランに任されたキーラはその事がどうしても我慢出来ず、イライラを隠そうとすらしていなかった。
「でも親分組織乗っ取る事も考えてましたし良いんじゃないですか? それとも学園の紐付きになった組織じゃ嫌です?」
「いんや。それは良い事だしトップが直々にさ、あたいになら預けても良いっていうんだら悪い気もしないよ? だけどよ……あいつ。何て言ったと思う?」
「プラン様……じゃなくてプランさんですよね? 何て親分に言ったんです?」
「『キーラちゃんなら悪い事しなさそうだから安心だね!』だぞ!? 生粋の悪党のあたいに……これが腹立たずにいられるか!」
そう言葉にするキーラ。
だが、シムとアントはむしろプランの方に同意していた。
キーラが悪事を働いた事など一度しか……いや、悪事を働いた事など二人は一度も見ていない。
一度窃盗でキーラは捕まったが、あれを悪事と呼ぶ事だけは二人は絶対に認めない。
命の恩を悪事と呼ぶ様な恥知らずに二人はなりたくなかった。
「と言っても……無駄な気持ちであるのはわかってる。切り替えないとね。プラン様様のおかげ様であたいはこの組織のトップになれたってね。今はまだだがゆくゆくは全員を子分にしてあたいの為だけの盗賊団にするのも面白そうだ」
そう言ってキーラはニヤリと満足げに笑った。
「そうですよ。……たぶん盗賊活動失敗しますけど」
「シム。何か言ったかい?」
「いいえ何にも。とりあえずどうします?」
「あー。……時間はもう少しあるね。せっかくここに居る訳だし……シム、資料報告。組織の人員について」
その言葉に頷き、シムは棚にある分厚い資料集を取り出しめくりながら言葉を紡いだ。
「はい。現在組織の人員は全盛期の十分の一以下でおよそ……八百人程度となっております。およそというのは辞めないだけで活動する気はない人が混じっているからですね」
「だろうな。元々そういう奴らもたむろってたし。辞めるにしろ続けるにしろ発破をかけなきゃならんな」
「その辺りは総会の時間で。幹部級、特にプランさんを慕っていた人は軒並み脱退しました。今残っているのはボランティアが好きな人と食に関心が強い人ばかりですね」
「……うーん。悪い事し辛い奴ばっかか……。いや、それを利用して悪い事をするというのも手か。うんうん」
そんな事を口走り頷くキーラ。
恐らく、この組織の中で最も悪い事から遠い人間であるにもかかわらず、キーラは未だに悪い事をする事に謎の憧れを持っていた。
「まあはっきり言いますけど親分の事を認められず辞める人は少なくないと思いますよ」
「だろうな。んでシム。そんな事であたいの心配してんのか?」
その言葉にシムは笑った。
「まさか。止める人が増えるっていっただけです。親分の心配なんてしていませんしこの組織の心配もしちゃいません。だって親分ですもん」
その言葉にキーラは笑った。
「アント。あと十分位あるから、その間に使えそうな意見を片っ端から出しな。出来るよな?」
アントは頷き、キーラが何を希望しているのか適切に判断しキーラの望む回答を十分間言い続けた。
プランが組織を脱退してから三日。
その間に過半数の人が辞めていった。
プランがいたから入った。
プランがいたから残っていた。
プランが何か無茶をやるのが楽しかった。
プランの料理目当てだった。
学園の気に入らない部分を直したかった。
食事情改善に興味があった。
そんな理由で入って来た人達のほとんどは辞めた。
理由は単純で、終わりが見えてしまったからだ。
大きなトラブルでワンマンだったトップが抜け、学園に二度もメスを入れられ学園の紐づけとなってしまった。
もうこの組織に未来はない。
そう思えるには十分な理由だった。
それでもこの組織に残っているのは、何か出来る事があると考える真面目な人と、何等かの利益があるかもと信じる人、そして……楽しかったからこその未練で抜けられない人。
そんな人達しか残っていないのだ。
もはや組織として真っ当な維持は出来ない。
皆、そう思っていた。
そんな中の最初の総会。
新しいトップであるキーラによる命令で、組織人員全員が強制参加と決まった。
そんな最初の総会――。
「ふむ……。あんたらさ、もう少し広く場所使ってくれ。隣の人と肩が触れない様にね。何なら手足を振り回しても当たらない位開けても良いぞ? それ位人減っちまったし。そっちそっち。そこもっと開けて。もっと広く使ってくれ」
キーラは舞台上から部下達にそう指示を飛ばし、人と人との隙間を開けさせた。
「……ま、こんなもんか。うん。悪くない」
そう言葉にしてから、上から部下を見る。
およそ五百人。
それはキーラが思った人数よりも多かった。
しかし……。
「さて、これからあたいが話をするんだけど、先に言っておくよ。あたいのやり方が気にいらない。または何もやる気がないって奴は出ていって構わん。むしろ途中で出ていきやすくする為にスペースを開けたんだ。だから出ていきたくなった何も言わなくとも良いし何の手続きもいらない。この総会が終わるまでに出ていけばそれで終わり、脱退となる」
そうキーラが言葉にすると、さっそく数十人が退出していく。
それをキーラは満足そうに頷いてみせた。
「さて、あたいの方針だけどさ、前の行動を基本的に引き継ぐつもりだ。ただし! 前の奴、プランがやりたかった事の一部だけを引き継ぐ。やりたくなかった事、やれない事は一切やらんし前の前の組織、やんちゃだった頃の名残は今日ここで全て捨てる」
その後、キーラは具体的な内容を話し出した。
まず、活動内容はボランティアが中心となる。
孤児院や病院、場合によっては農村などに食料の支援。
その他にも食堂含む学園内の食事情の改善は行っていくつもりだが、この組織で料理をする事はもうない。
代わりに食堂や料理サークルと密に連携を取り、食材、料理の知識を含む支援を行う事で向上を目指す。
それと同時に依頼をこなし、組織を盤石にしていく。
その代わり、もう学園に歯向かう事は基本行わない。
学園がよほどの圧政を強いない限りこの組織は学園に逆らわず、むしろサークルの一つとなって学園の紐付けとなるより更に先の、学園の一部に混じる。
「要は金銭面自給自足のボランティアサークルになるって事だ。それが気に入らないなら今の内に抜けて良いぞ」
そう言葉にして、キーラは椅子に座って目を瞑り五分ほど待った。
何人かは残ると思うが、どうせほとんど残らない。
だが、それで良かった。
そもそも今までが異常だったのだ。
嗜好や考え方どころか目的すら異なる人が同じ方向を向き、各自が好き放題行う。
それで瓦解しないというのは普通ありえない。
それでも、それが決して健全な状態であったかと言えばそうではなかった。
プランという支柱を皆違い好き放題に支えて、好き放題動いて組織の統制が取れなくなる。
例えどれだけうまく行っていても、それが一組織として健全である訳がなかった。
キーラはプランが幹部勢を自由にさせ過ぎた結果だと考えている。
あれだけ統制が取れていないのに組織が一つのままでまとまっており、その上巨大になっていくのは素晴らしい才能である事は間違いない。
だが、それは駄目な方向の進歩であり、また同じ事はキーラには絶対出来ない。
それをキーラは良く理解していた。
そっとキーラは目を開け、そして驚いた。
大多数が辞めると思っていたのだが……予想以上に残っている。
ざっとみて三百人以上。
その全員が、キーラの話を聞いた上でその場に止まり続けていた。
「あんたら……どうして……。いや、聞くのが早いか。んじゃあ……端っこにいるあんた。どうして残るなんて頭の悪い選択したのか教えてもらっても良いかい?」
その言葉に若い男性がこくりと頷き、傍にいた男性一人と女性二人で身を寄せ合った。
「俺達四人同じ孤児院出身なんです。……キーラ様がこの前行かれたあそこです」
「ああ。ちんまいガキ共が多くいたあそこな。あたいの子分候補が大勢いる」
その言葉に男は嬉しそうに微笑み頷いた。
「はい。あの子達は……俺達の弟達は奴隷として教育されてました」
「……は? 奴隷ってそんな」
「ええ。王国で奴隷所持は禁止ですね。ですが、それでもそういう人達は後を絶ちませんから。それでその奴隷商人が逮捕されてあの孤児院に入ったのですが……皆非常に困ったそうです。子供達は……その……奴隷としての教育を受けていたので……」
「具体的には……いややっぱ良い。飯が不味くなるから聞かない」
嫌そうな顔でそう答えるキーラに男は頷いた。
「まあ気分良い話じゃないんで具体的には避けますが……子供達は教育……いえ、洗脳の結果無償で施される事を極端に怯える様になっていました」
「……そうだな」
「ですが……キーラ様はあの子達にパンを渡し、そしてあの子達はそれを受け取りました。……あの子達が自分から人に貰った物を食べたのは、誰かの施しを喜んで受けたのは初めてでした」
「……奴隷じゃないけど、あたいもスラム育ちなもんでね、気持ちは少しだけだけどわかるのさ。不安とか、怖さとかね」
「……あの子達はそんな産まれですから、やりたい事もしたい事も、夢も希望もなかったんです。そんなあの子達が、皆、一斉にやりたい事を言い出しました。何だと思います?」
「さあね。あたいに手伝える事かい?」
男は己の涙を隠す様、優しく微笑んだ。
「『キーラ様の子分になるんだ』と皆一言一句同じく言いました。正直兄として止めたい気持ちはあります。……それでも、あの子達が生まれて初めて臨んだやりたい事です。出来るだけ叶えてやりたいんですよ」
キーラは何も言えなかった。
気軽に子分を増やすなんて気持ちでやった事がそこまで大きな事になってると想像出来ず、何も言葉にする事が出来なかった。
「……弟達がそれを望むなら、我ら兄、姉もそうであるべき。何もしてやれなかった俺達でも、先輩になる事位は出来る。そういう理由で俺達はここに残っています。もちろん、純粋な尊敬もありますのでご安心を」
「そうかい――」
キーラはそう呟いた後、上を見た。
まるで祈る様なその姿はどこか尊く、まるで聖女の様であった。
ただ泣いているのを誤魔化す為上を向いていると気付くのは、実際の子分二人だけだった。
スラム以下の暮らしをしていた癖に、地獄すら生ぬるい環境で生き抜いた癖に……キーラはそういう悲劇に恐ろしく弱かった。
「あんたらの理由はわかった。これからの活動上孤児院に伝手があるのも大きい。精々役立ってもらうよ」
若干声を震わせながらキーラがそう言うと、その四人は広い会場に負けない位大きな声で返事をした。
「他の奴も何か理由があるんだろう。ここまで大事じゃなくてもね。……まあ何でも良い。あたいは来る者こばまず、去る者追わずだ」
コッコッと足音を立てながらキーラは移動し舞台中央に立ち、自分の部下全員を見つめ直す。
「お前ら!」
その声に、全員が姿勢を正した。
「……前の馬鹿に負けない位でかい事をやるぞ。あたいに付いて来な!」
挑戦的に笑うキーラの姿に部下達は新しい可能性を感じ、怒声の様に叫び返事をした。
その品のない叫び声こそ自分達らしく、キーラは楽しそうに笑った。
プランの様に人を惹きつける才能はなく、プランの様に無茶を成し遂げるだけの人脈もない。
料理や掃除といった技能もなければ当然剣の絶対的才能もない。
そんなキーラだがプランが唯一恋い焦がれ持ち合わせなかった才能、為政者としての才能だけは持っていた。
ありがとうございました。




