7-11話 みぞうのきき(みかん味)
生徒達から先生と呼ばれ慕われている五人が呼び出され、そして現場でそれを目撃した。
それはなんと例えたら良いのかわからない。
見たままで言うなら超巨大ゴリラ型ぬいぐるみ風ゴーレムっぽい何かとなるだろうか。
顔だけはぬいぐるみの様に単純で、そして愛くるしいのだがその裏腹にやけに逞しくリアルな体。
見ているだけで溜息を吐きたくなるほどの理不尽さであり、出来るならば無視したい。
それが五人の共通見解である。
だが、それは何の因果か学園目掛けてまっすぐ突っ込んで来ている。
先生と呼ばれる者として、学園の防衛を担う者として、無視するわけには――。
「帰って良いですか?」
剣鬼とも称される男、老年とも呼ばれる今まで剣のみに全てを費やして生きて来たティロスはそう言葉にした。
「おや。どこで、いつ、誰とでも殺し合いをするのがお望みではなかったのですか?」
隣の若い男に言われ、ティロスは微笑んだ。
「はい。そうですね。ですが……あれはないです」
「勝てる自信がないと?」
「勝敗はまあ置いておきましょう。考えてみてください。あれに対して果し合いを挑み、命のやり取りをする自分の姿を。――情けなさで死にそうです」
ティロスの言葉に四人は何も答えなかった。
「という訳で帰って良いですか?」
「……あの中にティロスさんご期待の女生徒が乗っていますけど良いんですか?」
「……忘れてました。というよりも……忘れたいままです」
ティロスは苦笑いを浮かべそう呟いた。
「ああいう色物は学園長が担当でしょう。学園長呼びません?」
ティロスはどうでも良さそうにそう言葉にする。
それを聞いた四人の教師は全力で示し合わせたかのように全力で首を横に振った。
「とんでもない! あんな面白おかしい者と学園長が組み合わされば何をしでかすかわかったもんじゃない! わざわざ学園長に見つからない様足止めしに私達が出ているのに」
「……最近の子は真面目ですねぇ。我々の時代は何かある度に学園長を野に放っておりましたのに」
「その所為で学園長の汚名が広がったんじゃないですか」
学園長の事を新人教師に伝える時、必ず皆こう教える。
『隠しておきたい秘密兵器』
最初は大げさと皆思うが実際何をしてきたか、また何かしでかした際にそれが事実であると理解する。
だからこそ、学園長の姿を見た者は生徒どころか先生ですら少ない。
一部の人が被害を食い止める為必死に学園長の動きを抑えているからだ。
「今は真面目さが大切な時代なんですかねぇ……」
ティロスは遠い目をしながら否が応でも視界に入るゴリラを見る。
あの中にプランがいると知っても、帰りたい気持ちは強い。
全てをなかった事にしたかった。
「……おや。ティロス先生。何やら動きが変わりましたよ」
そう教師の一人が言葉にした瞬間、ゴリラは肩を軸とし、片腕をぶんぶんと車輪の様に回転させ始めた。
「ほぅ。あれが戦闘形態という事でしょうか。……帰って良いです?」
その情けない動きにティロスは再度心からの本音が漏れていた。
ちなみに、ゴリラが腕を回しているのは戦闘用でも何でもなくキーラがゴリラの駆動系をぶち壊した影響に過ぎなかった。
「……じゃんけんで一人残しましょう。ただ大きいだけのゴーレムを対処出来ない先生なんていないでしょ」
「良いですが……私の時は少々後処理に困るかと思いますよ」
「はいはいティロス先生。そうやって楽しようとしない。ちゃんと丁寧に解体出来るでしょ。中の教え子さんが死んじゃっても良いんですか?」
その言葉にティロスは小さく溜息を吐き、そして全力で拳に運命を託した。
ギャリシーにとって、これは本当に久方ぶりのまともな外出である。
太陽を感じられ、命の危険がない場所。
何もしなくとも命が削れず、体にまとわりつく不快感もない。
そんな久方ぶりの地上は天国の様に感じてもおかしくはないだろう。
だが……。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……ここまで馬鹿なのかよ……。なあ。帰って良いか?」
この天国であってもあの馬鹿な惨状に紛れるなら地獄の方がはるかにマシ。
そう思ったギャリシーは何故か長い付き合いとなったイース・キリキアに声をかける。
相変わらずの胡散臭い狐目の笑顔のイース。
何を考えているのかわからないが、ギャリシーは彼に逆らう事が出来ない。
外出中、彼から長時間離れたらギャリシーの心臓は止まり、またいつどのような時であっても彼の意思一つでギャリシーの体は自由自在に動かされる。
地下の学生よりも更に下の、地獄とも言えるべき場所で活動する為の条件。
それが教師に人権全てを委ねる事。
イースは処刑人として生きているギャリシーの責任者となっていた。
「帰っても良いですよ。私だけでも良いですし」
「は? 仕事って聞いたぞ。俺にアレを何とかさせる為に連れ出したんじゃねーのか?」
「いいえ。私達の仕事は何かあった時の待機ですよ。他の先生方がアレを対処するのでその後始末、並びにあれが複数起動したりあれが陽動だった時など特殊な状況用の緊急時の予備部隊。それが私達のお仕事です。ぶっちゃけ私だけで良いので帰って良いですよ? 私も一時間位したら戻りますし」
「……まじ?」
「まじです」
「……そう言って帰ったら殺されそう。あんたの事が信じられないからここにいるわ」
「そうですか。残念です」
そう言葉にするイースだがその顔は全く残念がっておらず、笑顔のまま全く変わっていない。
本音はギャリシーに暖かい日の光といつか戻る時の為に日常を見せてあげたかったという理由なのだが、仮面を被ったイースの本意をギャリシーが理解する事はなかった。
「……なあ。あの中にまじであの馬鹿がいんのか?」
ギャリシーの言葉にイースは頷いた。
「プランさんの事でしたら、ええもちろん。えーっと現在は……『冒険者用料理研究向上友の会』の会長でもありますね。組織名も目的も一日おきに変わりますけど」
「……はぁ。まあ馬鹿だとは思っていたが想像の斜め下に馬鹿だな。地下の奴らの方がまだ常識を知ってるぞ」
「ギャリシー君。常識を知っている人が非常識を行うからこそ怖いんですよ。常識知らずはただの無知なだけで何も怖くありません」
「……なるほどな。少しわかるわ。……確かにあの馬鹿は俺らロクデナシとは違う方向性で怖い」
そう言葉にしてギャリシーは目を細め巨大なゴリラの背後にある窓の様子を見る。
四人ほどがオタオタしている中、その一人に確かに見知ったその馬鹿の間抜け面が見えた。
「はぁー。まじでクソだなあいつ。何してんだよ本当……」
露骨な溜息と共に心からの本音をぶちまけるギャリシー。
そんなギャリシーにイースは……。
「ふふ……」
今までと異なる優しい笑みを向けた。
「……何だよその顔。死ぬほどうざい顔なんだけど」
今までと違い感情が読み取れる笑み。
だからこそ、酷く不気味だった。
「いえいえ。ただ……女性は皆嫌いのギャリシー君だけどプランさんだけは嫌いが少々違うんだなと思いまして」
「……女は例外なくクソに決まってるだろ」
そう言葉にするギャリシーに、イースは相変わらず柔らかい笑みを向けた。
ギャリシー自身が理解していた。
プランに対しての感情は他と少々以上に違う。
嫌いな事は確かだが……同時に何か憧憬の様な感情もある。
それが何なのかはわからない。
友情でもないし当然恋愛感情なんかでもない。
プランと恋仲になる事を考えると吐きそうになる。
だからこそ、それが何なのかギャリシー自身理解出来ていなかった。
「……んで、片が付くまで待機だっけ?」
「はい。安全な位置から遠くでまったりと待ちましょう。あ、ジュース買ってきましたけど要ります? 氷入りですよ」
「……貰うわ」
そう言葉にしてからギャリシーはカップを受け取り、冷たく甘いジュースを喉に流し込む。
それはギャリシーにとって本当に久しぶりの、栄養補給以外の飲食物だった。
その老人は恨んでいた。
他の誰でもなく……己を……己の運の悪さを……。
いや、良く考えたら自分はじゃんけんが弱かった様な気がする。
その所為でしょっちゅう貧乏くじを引かされていた様な……。
「……次の時はじゃんけんではなくくじ引きにしてもらう様お願いしましょうかね」
負けた手、チョキのままティロスはそうぼやき言葉にしたくない謎の物体の通行ルートの前に立った。
「はぁ……気が進みませんねぇ……。せめてもう少しデザインが良ければ……」
ティロスは後輩教師から預かったスクロールを破いて起動し、周囲に自分の声が響く様にして息を大きく吸った。
「プランさーん。それと他三人の方ー。今すぐそれ解体しますので落下に気を付けて下さいねー。死にはしないと思いますから各自適当にー。それと周囲の野次馬に来ている生徒は怪我しても自己責任でお願いしますよー」
ティロスの言葉を聞き、周囲の野次馬に来ていた学生は急いで逃げた。
学園の教師の言葉に従わないと酷い目に遭うという事を人伝で、または体験して皆知っていた。
そしてある程度落ち着いた辺りで……ティロスは笑みを消し、剣を握る。
たったそれだけで今までの緩いパニックの様な空気は消し飛び、張り詰めた糸の様に鋭い争いの空気と変質する。
そこに立つのは一人の老人には見えず、それはただ何かを殺す為の鬼と化していた。
「プラン。あの声の奴知ってんのか?」
キーラの言葉にプランは頷いた。
「うん。ティロス先生。めっちゃ強い剣の人」
「ほーん。センコーなら助かる……。いやいや、何か険呑な空気なんだけど!? さっきから危険信号ビンビンに出てあたい鳥肌立ってるんだけど!?」
過酷な環境でも生き抜いてきたが故にキーラはティロスから放たれる何か恐ろしい気配を感じ、同時にこの後起きそうな事を予想して怯えていた。
「あははー。そうだよねぇ……あの先生あんまり人を助けるのに向いてなさそうだったし」
「どんな奴なんだ?」
「剣を振る事が大好きな人。間違いなく良い先生だけどとにかく剣が好き。……うん。このゴーレム位なら何とかする腕はあるねきっと」
「…………あたいら事真っ二つ……ってのはないよな?」
否定出来ないプランは適当に苦笑いを浮かべた。
「あははー。とりあえず……身を寄せ合いません?」
プランの提案にキーラは頷き、シムとアントを手招きした。
「ほれ。お前ら来い」
「でも……親分……」
「あん? どうした?」
「こう……プラン様と……女性の方とくっ付くってのは少し恥ずかしいというか……」
そんなシムの言葉にアントに頷いた。
「あん!? あんたらあたいの時はそんな事言わないのにどうした突然」
「だって親分は親分ですし」
そんなアントの言葉にシムも同意し頷く。
それを見てキーラは目を吊り上げ怒りの形相を浮かべた。
「あたいは女じゃないってのか!?」
「はいはいどおどお」
キーキー言い放つキーラに困り果てるシムとアント、ニコニコ顔のままキーラを宥めるプラン。
そんなぐだぐだな喧騒の中――プランは空を見た。
ゴーレムの体内である為見えるはずがない空。
その空が見えた後に、プランはゴーレムが斬られたのだと理解した。
天井も、壁も、床も全てバラバラとなり、無事なのは四人だけ。
ほんの刹那でゴーレム全てが何分割にされたのかわからないほどバラバラとなっていた。
ゴーレムがバラバラになり原形が残っていないという事は……今まで自分達が立っていた場所、床すらも消失しているという事となる。
つまり……。
「あちゃー」
プランは落下しながらそう呟いた。
キーラ、シム、アントの三人はそれぞれしがみ付き悲鳴を上げている。
そりゃあそうだろう。
三階相当から落ちたのなら悲鳴位出る。
プランが悲鳴を上げていないのはシンプルな理由であり、誰かが助けてくれると信じているからだ。
――我ながら人任せ過ぎるなぁ。
そんな気持ちのまま地面に落下していき……そして地面直前でプランは宙に浮いた。
「……ありゃ?」
着地する様子がなく手足をぱたぱた動かすプラン。
どうして浮いているのかなーと思い違和感を探ると、プランは誰かに首を掴まれているのだと後から気が付いた。
「……お前……本当に馬鹿だな……」
苛立ち吐き捨てる様な声が後ろから聞こえ、プランはぱーっと微笑んだ。
「ギャリシー君じゃん! 久しぶり。そしてありがと助けてくれて」
予想外の助け人にプランはニコニコしながら答える。
背後では呆れた様な溜息と舌打ちが聞こえたがプランは気にしない事にした。
「……んー。これで前言ってた借りは返されちゃったかしらね」
そうプランが呟くとギャリシーはプランを放り投げる様に捨てた。
「あいてっ」
尻もち付いた後プランは立ちあがり、ギャリシーの方を向く。
その表情はとても嫌そうな顔だった。
「……こんな下らない事で……ゲーナやグルディの想いに応えたお前の借りに……こんな良くわからない状況で返すのは甚だ不本意だ。二度とお前に関わりたくはないが……それでも……これはなしだ」
「そかー。じゃあ今回は純粋なギャリシー君の好意で助けて貰ったという事なんだね」
ニコニコ……というよりはニヤニヤした顔でそう言われギャリシーはうんざりした顔をした。
「仕事だよクソが。そうじゃなきゃ貴様とかかわりたくなんて……借りがあるから後一度はかかわらにゃいけないんだったな……はぁ……厄日だ。……どうせ死ぬなら俺の見てないとこで野垂れ死ね」
そう言葉にしてからギャリシーはどこかに去っていった。
「おーこわ。あれお前の知り合いか?」
こそっとキーラが話しかけてきたのを見てプランは頷いた。
「うん。あれでも随分丸くなったんだよー」
「まじかよ」
「所でキーラちゃんは大丈夫……みたいだけど誰かに助けて貰えた?」
「んー胡散臭い笑顔の奴に助けられた。んでそいつが楽しそうにプランとあの怖いのを見てたからこっちに来た」
何時もの様に背後にシムとアントを付けながらキーラはそう言葉にした。
「そっかー。心配してくれてありがとねキーラちゃん。でも大丈夫だよ」
「……別に心配はしてねーよ」
そう呟きそっぽを向くキーラをプランはニコニコしたまま抱きしめた。
「止めい! くっ付くな暑苦しい」
そう言葉にしてもがくキーラだがプランは放そうとしなかった。
そしてしばらくキーラを堪能した後プランは離れ……ぽつりと呟いた。
「さて……あとやるべき事は一個だけか……」
「あん? やる事って何だ?」
「あれの責任を取る事」
そう言葉にしてからプランは、残骸となったゴーレムとゴーレムが壊したであろう幾つもの建造物を見つめた。
「……手伝える事は……手伝うわ」
同情百パーセントでそう言葉にするキーラの好意に甘え、プランは素直に頷いた。
ありがとうございました。




